◎会議に付した案件
日本国憲法に関する件(21世紀の日本のあるべき姿)
上記の件について参考人坂本多加雄君及び姜尚中君から意見を聴取した後、両参考人に対し質疑を行った。
(参考人)
学習院大学法学部教授 坂本 多加雄君
東京大学社会情報研究所教授 姜 尚中君
(坂本多加雄参考人に対する質疑者)
(姜尚中参考人に対する質疑者)
◎坂本多加雄参考人の意見陳述の要点
はじめに
- 私は、「国家をどう考えるか」という観点から意見を申し述べたい。
1.国家とは何か
- 国家とは、「正当な暴力を独占する政府・統治機関を中心に営まれ、かつ、人々がそれを期待し、また承認を与えている行動の仕組み」である。
2.国家の必要性
- ヒト・モノ・カネのグローバル化の時代などと言われているが、モノやカネのようにはヒトは国境を越えて自在には動かない。一定の地域に定住する人々の安全を守るために国家があるのであって、国家の意義がなくなるという考えは誤りである。
- 第二次大戦後、日本が戦争を直接経験しなかったことや、憲法の文言が、世界が本来平和なものであるとの前提に立っていることから、多くの日本人は、この時代が平和な時代であると誤解しているが、現実には世界中で戦争が相次いで起きている。
- 社会の変化が不可避的に直線的に進むという「進歩」観念、「国民か市民か」といった「二者択一」的な思考は誤りである。個人は、家族、地域社会、国家等が重なり合っている中で生きており、各個人がそれぞれに応じたアイデンティティーを有している。個人は国家へのアイデンティティーを有する限りで「国民」となるのである。
3.国民と民族
- 国家は個人の外ではなく、個人の心の中に実在する。また、国家は、ただの人間ではなく、「特定の地域の地理歴史環境に育まれた文化を担った人々(=民族)」によって構成されている。「国民国家」は民族の争いの中で形成されてきたものであるため、必然的に国防が国家の基本課題となると言える。
4.21世紀の日本の課題
- 日本はユーラシア大陸の東端に位置し、戦争経験が少ない。そのため、対外的意味での「国家」であったのは、7〜8世紀と明治時代の2度だけである。しかし、21世紀の現在、中国・北朝鮮の脅威が著しく、移民受容等の国家的問題が山積みとなっている。このような状況の下、日本は3度目の対外的な意味での「国家」を形成する必要に迫られていると言える。
◎坂本多加雄参考人に対する質疑者及び主な質疑事項等
保岡 興治君(自民)
- グローバル化の時代において「国家」を論ずることの必要性はどのようなところにあるのか。
- 自衛権は国家の根幹にかかわる問題であると思うが、9条については、内閣法制局による解釈が一般に拠り所とされている。このことについて、参考人はどう考えるか。
- 我が国では、国民の国防意識が希薄であると思うが、いかがか。
- 戦後、我が国では、自由や権利の行使に伴う責任、国民の義務及び個人に対する「公」の存在といったことが軽んじられる風潮があるように思うが、いかがか。
大出 彰君(民主)
- 憲法は、パリ不戦条約(1928年)以来の戦争の違法化の流れを受け継いだもので、9条は、これを具体化した規定であると考えるが、参考人は、戦争というものをどう捉えているか。
- 参考人が参加している「新しい歴史教科書をつくる会」が作成した歴史教科書には、天皇制を礼賛しているのではないかと思われるような記述が散見されるが、参考人は、旧憲法下の神権天皇制を今なお肯定する立場か。
上田 勇君(公明)
- 参考人は、グローバル化によって動くのはモノとカネであって、ヒトについては、グローバル化によっても自在に動くものではないとのことであった。しかし、欧米諸国では、グローバル化の進展に伴ってヒトの動きも活発であるように思うが、いかがか。
- EUでは、加盟各国の経済統合から政治的統合へと進んでいく過程で、国家主権の一部がEUへ譲渡される方向に進んでおり、そうした観点から見れば、グローバル化によって国家の在り方というのも変わっていくのではないか。
- 参考人の言う「日本人ならざる日本国民の受容」について、外国籍の者の日本国籍取得を容易にしていくことは必要であると考えるが、いかがか。
藤島 正之君(自由)
- 国家が他の組織と決定的に違うところは、国家が国民の安全を守るという大きな役割を担っている点であると考えるが、いかがか。また、日本人の国民意識が希薄になっていることについての参考人の意見を伺いたい。
- 参考人は、これからの中国や北朝鮮の動きを念頭に置いた場合、我が国が軍事面を含めてどういう対応をしなければならなくなると思うか。
塩川 鉄也君(共産)
- 現行憲法が、人権に関し先駆的で豊かな規定を有しているにもかかわらず、現実には活かされていないという「乖離」について、参考人はどう考えるか。
- 日本が20世紀に犯した過ち、すなわち植民地支配や侵略戦争を美化せずにこれを直視し、アジアの人民と共通の歴史認識を持てるように努力することが日本のなすべきことであると思うが、いかがか。
金子 哲夫君(社民)
- 日本は、「再び核兵器を使ってはならない」というヒロシマ・ナガサキのメッセージを世界に向けて真剣に伝えようとしていないと思うが、いかがか。
- 参考人は、いわゆる「神の国」発言を指弾するマスコミの論調を「言葉狩り」と評するが、そのような論評は、我が国の歴史の背景を無視し、問題の本質を覆い隠すものであると考えるが、いかがか。
小池 百合子君(保守)
- 我が国において「国家」というものが希薄になってしまった理由及び我が国が危機管理を戦略的に考えることができない理由は、何か。
- 象徴天皇制の下での首相公選制の導入に関する参考人の意見及び皇室典範を改正して女性が天皇になれるようにすることについての参考人の意見を伺いたい。
近藤 基彦君(21クラブ)
- 参考人は「国家が正当な暴力を独占しているのは、それをもって国民を守るのが国家の役目だからである」と主張するが、そうであるならば、国家は確実に危機を止められる体制を整えておかなければならないと思うが、いかがか。
- 参考人は、日米安保条約が我が国の安全保障に果たした役割をどう評価するか。
◎姜尚中参考人の意見陳述の要点
はじめに
- 自分は、日本国籍を持たないが、“made in Japan”であることを誇りとしている。
- 国民にプラスを配分する政治から国民にマイナスを強いる政治への転換が求められる中で、21世紀に向けた日本のビジョンを明らかにする必要がある。
1.20世紀の北東アジアはどんな時代だったか
- 20世紀において、日本は、戦前は英国と、戦後は米国と緊密な関係を維持することで繁栄を享受してきたが、親しい「隣人」を持つことができないという負の遺産をも負うことになった。このような時代は、後世において、「北東アジアはパックス・ジャポニカの時代であった」と評されることになるだろう。
- 親しい「隣人」を持つことができなかった結果、戦後の日本は、米国との連関を強く求めるようになったが、その関係が将来において盤石なものであるかどうかは不透明である。
- 今後、日本が豊かさを享受し続けるためには、日米関係を基軸としつつ、近隣諸国とのパートナーシップ(「共同の家/common house」)を確立していく必要がある。
2.グローカリズム・リージョナリズム・ナショナリズム
- 日本の社会は、戦前戦後を通じて、公としての国家が官僚機構を通じてプラスを配分することで国民をコントロールするというシステムにより成り立っていたが、プラスの配分が不可能となった今日、国家の役割・存在意義が問われている。
- 国家がプラスを配分できなくなったことで、地方分権、ネットワーク化等国家に頼らない制度が構築されつつある。国家の集権的な力は低下するが、他方で、危機管理に係るネットワークを設定する等の役割が重要になってくる。
- グローバル化が進展し、国家の役割が相対化すると、必然的に国家とは何か、国民とは何かという問題に直面することになるが、その際、いたずらにナショナリズムを焚き付けることなく、むしろ、ナショナリズムをできるだけ抑える形のシステム、すなわち、「共同の家」を築くべきである。
3.北東アジアにおける「共同の家」に向けて
- 経済分野においては、(1)円の国際化、(2)輸入大国化、(3)ヒトの国境を越えた移動に関する共同管理システムの構築、(4)国境を越えた通信、情報及び運輸システムの整備等が求められる。
- 外交及び安全保障の分野においては、(1)日朝交渉をミサイル問題及び拉致疑惑問題の解決と同時並行的に進める、(2)2(北朝鮮・韓国)+2(米国・中国)+2(日本・ロシア)の枠組みを築く、(3)朝鮮半島を永世中立地帯とするという具体的な行動を通じて、朝鮮半島を中心とした関係諸国とのパートナーシップを強化することにより、日米関係を対等なものとしつつ、多極的な安全保障体制を築くべきである。
- 社会及び文化の分野においては、(1)国際交流の促進、(2)不毛なナショナリズムの消耗戦に陥らないための歴史教育の共有、(3)イベントの共同開催等を積極的に行っていくべきである。
4.日本の課題
- 21世紀における日本の課題としては、(1)米中覇権競争に対する基本的スタンスを確定すること、(2)日米関係を基軸としつつ、多極的な安全保障体制を確立すること、(3)南北朝鮮の共存・統一に対し積極的な働きかけをすること、(4)円の国際化を推進するために国内改革を断行すること、(5)輸入大国化を実現するために構造改革を断行すること、(6)日本国籍の有無に左右されない多民族・多文化共生社会の実現を図ること等が挙げられる。
◎姜尚中参考人に対する質疑者及び主な質疑事項等
中谷 元君(自民)
- 参考人が提唱する北東アジア「共同の家」を実現するには、その土台として、構成国の間に自由・民主主義等についての共通の認識が必要と思うが、いかがか。
- 線路に転落した日本人を韓国人と日本人が救助しようとして死亡した先般の事故に関する報道が、「国民道徳」という観点を強調している点について、参考人は批判的な立場のようだ。しかし、国民に求心力を呼び起こすことにより日本を再生するためには、国が国民の道徳心、愛国心の向上を図ることが必要と思うが、いかがか。
- 永住外国人に地方参政権を与えるべきとの主張があるが、国民主権の原則から言えば、参政権は、国と運命を共にする決意のある者、すなわち日本国籍を有する者に限り与えられるべきではないか。
大石 尚子君(民主)
- 参考人は、「歴史教育の共有」、すなわち、日本とアジア諸国で歴史教科書を相互に翻訳して、自国の歴史の授業の副教材として使用することを提唱している。歴史認識は各国で異ならざるを得ないものであることからすれば、この意図は、各国で歴史認識が違うということを知ることにあると理解してよいか。
- 参考人は、日本の今後の課題として、「輸入大国」になるための構造改革が必要であるとの考えだが、その具体的方策として何があるか。
- 現在の日本のジャーナリズムの、国民に対する影響力についてどう思うか。
太田 昭宏君(公明)
- 21世紀はハンチントンの言う「文明(文化)」の衝突がより強くなると考えられるが、参考人は日本文化の原像をどのように捉えているか。また、郷土、日本文化等を汲み上げる哲学、精神性が欠如していることをどう考えるか。
- 多民族国家、地方分権、外国人の地位の保障等といった観点からすれば、永住外国人へ地方参政権を付与すべきであると考える。そして、この問題を議論するに当たっては、人権、社会の在り方や仕組みといった幅広い議論が必要と考えるが、いかがか。
塩田 晋君(自由)
- 北東アジア「共同の家」構想を主張する参考人は、軍事力の増強を図る中国の動きをどのように評価しているか。
- 日本を無力化することを目的とした戦後のアメリカの対日占領政策は、成功したと考えるか。
- 戦前の日本人は気概に満ちていたが、戦後の日本人は豊かさが原因で心が失われ、ナショナリズムが崩壊していると思われるが、いかがか。
山口 富男君(共産)
- 北東アジアにおいて、9条はいかに評価され、どのような役割を果たしていると考えられているか。
- 参考人は、日米の二国による安全保障から、北東アジア全体での多極的な安全保障に移行すべきと主張するが、その際、日米安全保障条約はどうすべきと考えるか。
- 北東アジア「共同の家」構想において、侵略戦争の反省といった歴史に関わる問題をどのように位置付けているか。
重野 安正君(社民)
- 北東アジア「共同の家」構想の実現の前提として、先の戦争に対する真摯な反省が行われるべきではないか。
- 憲法の理念が実現されていない今、憲法を暮らしの中に活かしていくべきと考えるが、いかがか。
小池 百合子君(保守)
- 首相のリーダーシップを強化するための首相公選制導入論を、どのように評価するか。
- 日韓において伊藤博文と安重根の評価が異なるような歴史認識の相違を理解することが、参考人の主張する「歴史教育の共有」なのか。
近藤 基彦君(21クラブ)
- 北東アジア「共同の家」構想において、極東ロシアはどのように位置付けられるか。また、同構想の実現に当たり、近隣諸国から信頼を得るため、我が国は何をなすべきか。
- 参考人が主張する対等な日米関係において、安全保障はどうあるべきと考えるか。