平成13年6月4日(月)(地方公聴会)

日本国憲法に関する調査のため、兵庫県神戸市において地方公聴会を開き、意見陳述者から意見を聴取した後、意見陳述者に対し質疑を行った。

1.意見を聴取したテーマ 日本国憲法について(21世紀の日本のあるべき姿)

2.派遣委員

団長 会長   中山 太郎君(自民)  

   会長代理 鹿野 道彦君(民主)

   幹事   中川 昭一君(自民)  

   幹事   葉梨 信行君(自民)

   幹事   中川 正春君(民主)  

   幹事   斉藤 鉄夫君(公明)  

   委員   塩田  晋君(自由)  

   委員   春名 直章君(共産)  

   委員   金子 哲夫君(社民)  

   委員   小池 百合子君(保守)  

   委員   近藤 基彦君(21クラブ)

3.意見陳述者

 兵庫県知事              貝原 俊民君

 川西市長               柴生  進君

 神戸市長               笹山 幸俊君

 学校法人大前学園理事長        大前 繁雄君

 神戸大学副学長・大学院法学研究科教授 浦部 法穂君

 弁護士                中北 龍太郎君

 兵庫県医師会会長           橋本 章男君

 兵庫県北淡町長            小久保 正雄君

 会社経営               塚本 英樹君

 大阪工業大学助教授          中田 作成君


◎団長挨拶の概要

団長から、会議開催の趣旨及び憲法調査会におけるこれまでの議論の概要について、発言があった。


◎意見陳述者の意見の概要

貝原 俊民君

  • 大都市直下型地震としての阪神・淡路大震災の教訓を踏まえ、21世紀の日本のあるべき姿について以下の二つの提案をしたい。
  • 日本人は、人を温かく気遣い助け合いながら、公共心をもって勤勉に行動するという美質を有している。21世紀には、我々は、この美質をもって、観念的な平和主義の主張に代えて、医療、福祉、環境、防災等の分野における諸課題を具体的に解決するための「平和の技術」を世界に提案していくべきである。
  • 現行憲法では、地方自治の根幹に係る事柄が法律事項とされ、介護保険、市町村合併、地方交付税等のような問題に、地方自治体の意見が十分に反映されていない。このような国の立法による地方への介入がなされている現状では、国と地方との間のチェック・アンド・バランスの制度を確立することが必要である。

柴生  進君

  • 地方自治は、生活に密着した民主主義の具体的な実践の場であり、今必要とされるのは、憲法の作り替えよりも、憲法に基づく民主主義の実践であると考える。
  • 川西市では、98年に「子どもの人権オンブズパーソン条例」を制定し、子供の人権保護について積極的に取り組んでいるが、国レベルにおいても、独自の行政・立法措置あるいは地方自治体の取組みを支援する等の具体的な措置がとられるべきである。
  • グローバリゼーションの進展の中で、地域社会は、国際社会と連帯して、平和と非暴力の人権文化の確立を目指しながら、教育、福祉、環境等の地域社会の課題に、NPO、NGOを含む市民参加により取り組むことが必要である。
 
 

笹山 幸俊君

  • 阪神・淡路大震災の教訓を踏まえ、大規模自然災害に対する危機管理のあり方として、以下の点が検討されるべきと考える。
  • 大規模な都市災害には、現場に身近な市町村長が直接災害に対応する仕組みが必要であり、市町村長に、自衛隊への派遣要請権のような十分な権限が付与されるべきである。
  • 憲法の生存権保障にふさわしい被災者支援に必要な施策と実際の法律の規定との間にあるギャップ(個人の敷地には仮設住宅を建てられない、住宅再建支援制度がない等)を埋める努力が必要である。

大前 繁雄君

  • アジアあるいは世界では、依然として、日本人の礼儀正しさ、遵法精神、立憲君主国家としての政治体制の安定等について、高い評価がなされている。
  • これを踏まえ、憲法も、補正・改善がなされるべきであり、具体的には、@立憲君主国家であることを明確化し、A権利尊重ばかりではなく、必要な義務規定を盛りこみ、権利と義務のバランスを取ること等が必要である。

浦部 法穂君

  • 地球温暖化、人口増加等の地球的規模の問題に対し、もっぱら国境に対する脅威を考えた伝統的な安全保障の概念では対処できない。このような認識に基づき、「国家の安全保障」から「人間の安全保障」へという新しい考え方が、国際社会での大きな潮流となっている。
  • 憲法の前文の「恐怖と欠乏から免かれ」という表現には、既にこの「人間の安全保障」の理念が述べてあり、わが国はこれを具体化する政策を率先して実行し、国際社会をリードすべきである。そして、軍備に巨額を投じるより、人間の力では避けることのできない大地震のような自然災害に備えるべきである。
 
 

中北 龍太郎君

  • 20世紀は戦争の世紀であったが、21世紀は平和の世紀にすべきであり、そのために過去の戦争に対する反省から生まれた「平和憲法」を守り活かしていくことが必要である。
  • 政府は、周辺事態法の制定など米軍に協力する体制を強化しており、その先には、集団的自衛権の行使を容認するという動きがあるが、これは、「平和憲法」を「戦争憲法」に転換するものであり認めることはできない。
  • 21世紀には、非核神戸方式の法制化、日米安保条約の友好条約への転換等の「平和憲法」を活かす具体的な政策がとられるべきである。

橋本 章男君

  • 阪神・淡路大震災の際の医療担当者としての経験から、大災害時においては、国家レベルでの明確な指揮命令系統が確立され、それにより、省庁相互の援助・協力がなされることが不可欠である。憲法に大規模災害に対する国家の責務と緊急対応に係る規定を設けるべきである。
  • 経済発展に伴う生活水準の向上等に伴い、生存権については「最低限度の生活」より高いレベルの保障が必要であるから、25条の「最低限度」の文言を削除するとともに、国民に対する「健康権」の保障を憲法に明示すべきである。また、生涯にわたる健康の保持増進を目的とした「健康基本法」を制定すべきである。

小久保 正雄君

  • 憲法は、「不磨の大典」ではなく、その国を運営又は存続させるための一つの装置又は道具に過ぎないので、時代の変化に応じて、変更していくべきである。
  • 現行憲法は、我が国が再び強国となることがないようにするために、GHQが押しつけたものであることは明らかであるから、日本人の自覚の上に立った憲法を制定すべきである。その際には、@「天皇は日本国の元首であり」という文言を挿入し、A自衛のための交戦権、シビリアンコントロールの下での軍事力の保持を明記し、B公共の福祉を強く押し出すべきである。

塚本 英樹君

  • 戦後50年が経過し、社会情勢が大きく変化している今日、企業が必要に応じてその憲法といえる「定款」を変更するように、日本も、憲法改正に着手すべきである。
  • その際には、@我が国の伝統・文化・歴史の記述を欠く前文や89条の私学助成の問題等のような「すぐにでも変更すべきもの」、A危機管理体制・緊急事態のような「追加すべきもの」、B9条の問題や参議院不要論のような「今後議論すべきもの」というように段階を分けて、検討していくべきである。

中田 作成君

  • 地方公聴会が形式的な儀式であったり、改憲のためのお膳立てに利用されてはならない。
  • 憲法を活かす努力を怠ってきた者が声高に改憲を主張するのは本末転倒であり、現実を憲法の理念に近づける努力が必要である。
  • 憲法は、被災者に対する公的支援法制定に向けての運動、神戸市長リコール運動等の住民運動の基礎ともなるものであり、憲法改正論の台頭は、ファシズムへつながる要素を持つだけでなく、住民自治への脅威でもある。憲法改正が軽率に議論されてはならない。

◎意見陳述者に対する主な質疑事項

中山 太郎団長

  • 首相公選制をいかに考えるか。(貝原陳述者、柴生陳述者及び笹山陳述者に対して)

中川 昭一君(自民)

  • 地方自治に関する規定を前文に盛り込むべきではないか。また92条の「地方自治の本旨」という文言を分かりやすくするとしたらどのように書き換えるべきか。(貝原陳述者に対して)
  • 教育は、個人・家庭・地域のそれぞれの伝統・文化を踏まえて、きめ細かくなされるべきであるが、現在の教育行政の在り方をいかに考えるか。(大前陳述者及び塚本陳述者に対して)

中川 正春君(民主)

  • 現在の地方自治をめぐる議論は、財政論や市町村合併のように上からの改革のように思えるが、コミュニティーの自律という観点から、地方自治をめぐる問題をどのように考えるか。(柴生陳述者に対して)
  • 大規模自然災害の被災者の自立に対する支援の在り方について、憲法との関係からいかに考えるか。(笹山陳述者に対して)
  • 地方分権を進めるに当たり、司法権の移譲まで含めた連邦国家的な制度を考えるのか。(貝原陳述者に対して)

斉藤 鉄夫君(公明)

  • 人々が支えあう町作り・コミュニティー作りについていかに考えるか。(笹山陳述者に対して)
  • 自然災害等の緊急事態において地方の首長には十分な権限が付与されていないと感じるが、国と地方の権限分担についていかに考えるか。(貝原陳述者、柴生陳述者及び小久保陳述者に対して)

塩田  晋君(自由)

  • @大日本帝国憲法から現行憲法に変わったことによって、日本の国体は変わったのか、A現行憲法は民定憲法か欽定憲法か、B天皇の規定を第一章から第二章に移すべきとする主張、C天皇を元首と明記すること、それぞれについていかに考えるか。(大前陳述者に対して)

春名 直章君(共産)

  • 震災等の被災者に対する公的支援は、憲法上の要請なのか。(浦部陳述者に対して)
  • 貝原陳述者の主張した「平和の技術」とは具体的にいかなるものか。(貝原陳述者に対して)

金子 哲夫君(社民)

  • 旧軍人・旧軍属ではなく一般市民に対する過去の戦争被害の補償は、憲法上要請されるのか。(中北陳述者に対して)
  • 日米安保体制の維持・強化の憲法適合性についてどのように考えるか。(浦部陳述者に対して)

小池 百合子君(保守)

  • 自然災害に関する規定を憲法に明記することについて、いかに考えるか。(小久保陳述者、笹山陳述者、柴生陳述者及び貝原陳述者に対して)

近藤 基彦君 (21クラブ)

  • 阪神・淡路大震災の際に、国の対応で不満が残った点は何か。(小久保陳述者及び貝原陳述者に対して)

◎傍聴者の発言の概要

派遣委員の質疑終了後、団長は、傍聴者の発言を求めた。

井上  力君

  • 阪神・淡路大震災の際に危機管理が上手く機能しなかったのは、法律に不備があったからで、それは国会の責任であるのに、国会議員がそれを口実として憲法改正の議論を行うことは認められない。委員の方々も、震災の被害についてよく勉強してほしい。

池田 三喜男君

  • 憲法19条の思想及び良心の自由の文言について説明して頂きたい。

藤本 龍夫君

  • 各地で意見を聴き、理想に近い憲法にして欲しい。自立した国家として、我が国の歴史と伝統を体現したような憲法を制定すべきである。

湯口 澄一君

  • 現行憲法は、マッカーサーによる押しつけ憲法であり、もう一度、国民の手によって、新たな憲法を制定し直すべきである。

岡本 浩和君

  • 市民運動を行ってきた中田陳述者に対して、派遣委員からの質問が全く行われないような議事運営はおかしい。今や戦争を行うに足る準備が整いつつあるが、9条を武器にして反戦の声を上げるべきである。