平成13年11月26日(月)(地方公聴会)

 日本国憲法に関する調査のため、愛知県名古屋市において地方公聴会を開き、意見陳述者から意見を聴取した後、意見陳述者に対し質疑を行った。

1.意見を聴取したテーマ 日本国憲法について(国際社会における日本の役割)

2.派遣委員

 団長 会長   中山 太郎君(自民)

    会長代理 鹿野 道彦君(民主)

    幹事   葉梨 信行君(自民)

    幹事   斉藤 鉄夫君(公明)

    委員   鳩山 邦夫君(自民)

    委員   島 聡君(民主)    

    委員   都築 譲君(自由)

    委員   春名 直章君(共産)

    委員   金子 哲夫君(社民)

    委員   宇田川芳雄君(21クラブ)  

3.意見陳述者

名古屋大学名誉教授              田口富久治君

主婦                     西 英子君

岐阜県立高等学校教諭             野原 清嗣君

名古屋大学大学院法学研究科博士課程後期課程  川畑 博昭君

弁護士                    古井戸康雄君

大学生                    加藤 征憲君


◎団長挨拶の概要

 団長から、会議開催の趣旨及び憲法調査会におけるこれまでの議論の概要について、発言があった。


◎意見陳述者の意見の概要

田口富久治君

  • 9月11日の米国同時多発テロは許すべからざる行為だが、米国の報復は、国際法上正当化できないとの指摘があり、また、そのテロ再発防止策としての有効性も疑問である。
  • テロ対策特別措置法に定める協力支援は軍事行動の一環を成し、内閣法制局による集団的自衛権の政府解釈の縛りを解き、憲法9条改正への地ならしとなるものだ。
  • 憲法9条は、国連憲章2条4項に定められた戦争の違法化と照応しており、国連憲章も憲法も、日本の軍事的な国際貢献は想定していない。
  • 日本は今後も非軍事的な国際貢献をすべきであり、核軍縮への努力やアジア太平洋地域における経済的・社会的国際協力、イランや中東アジアとの外交経験の活用、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)やユニセフ等との一層の協力、NGOとの連携等を図るべきである。

西 英子君

  • 日本は、憲法前文の理念を活かしたかたちでの国際社会における役割を果たしているかを考える必要がある。
  • 途上国への多額の経済援助にもかかわらず世界的に貧富の格差が拡大している要因として、ODAや民間企業による投資が必ずしも貧困層を支援する結果になっていないことや、伝統的な生活様式や自然環境を破壊する結果となっている点が挙げられる。
  • テロへの対応として行われているアフガニスタンへの米国等の空爆は、そこに住む人々の「平和のうちに生存する権利」を脅かすものであり、直ちに止めるべきである。
  • 貧困がテロを生み出す土壌となっており、問題を解決するためには、貧富の差の解消に取り組むしかない。
  • テロ対策特別措置法による自衛隊の海外派遣は、憲法9条に違反する集団的自衛権の行使である。ペシャワール会の中村哲医師は、自衛隊の派遣は有害無益であり、緊急食糧援助に努めるべきであると述べている。

野原 清嗣君

  • 米国同時多発テロは、米国の軍事行動に協力すべきか否かという観点から議論されているが、日本の平和が脅かされたときにどうすべきかという、日本自身の問題として捉えるべきである。
  • 青少年の凶悪犯罪の増加の背景には、ルールやマナーを子どもたちに教えてこなかった大人の側に問題があり、大人が正しいと思う価値観を子どもに教えられないことの根本には、憲法の問題がある。
  • 憲法前文と9条は、自国の安全を他人任せにしており、その結果、国を守る義務がない日本人は、個人を超える価値観を、子どもたちに自信を持って伝えられていない。ここから教育問題が起きている。
  • 日本人に生まれた喜びを持つところから積極的な生き方が見つかり、国際社会に貢献できる人が育つ。そのためにも憲法は普通の国が持つ自衛権をはっきり謳うべきで、前文も日本人の顔が見える格調あるものに改正すべきだ。

川畑 博昭君

  • テロやそれに対する軍事力行使が日常的に行われていた1990年代のペルーに滞在し、「武力による問題の解決」という方法がもたらす「死の恐怖」を実際に体験した立場から、意見を述べたい。
  • 昨今の内外の政治状況の中で、テロという暴力に対して暴力で対抗するということが何の緊張感もなく主張されているが、それこそ「平和」の中に安住してきた者の発想である。
  • ペルーにおいては、フジモリ政権の「テロに屈しない」という姿勢の下、軍部によって多くの罪のない人々が人権侵害を受けたり殺害されたりするなど「暴力の悪循環」が生じていた。
  • 「命の尊さ」という観点から「テロに屈しない姿勢」を考えるならば、それは「和解」以外にあり得ず、それを実現するものとしての「対話」が最も重要である。
  • 「国際社会」とは、本来、複雑なものであり、その中での「日本の役割」とは、「人間一人一人の命の尊さ」という観点に立っての、それぞれの国の国情に応じた「協力」を行っていくことである。

古井戸康雄君

  • 冷戦終結後の国際社会の特徴は、第一に、地域・民族紛争の多発、第二に、アメリカン・グローバリズムの席巻であり、その中で、東アジア情勢も激しく変化してきている。そうした中で、日本が国際社会に対していかなる役割を果たしていくべきかが問われている。
  • これまでの我が国は、ODAや国連への潤沢な負担金拠出といった「カネだけの国際貢献」であったが、湾岸戦争後、「カネとともにヒトによる国際貢献」が求められるようになり、PKO協力法の制定となった。
  • 今後の日本は、「国際社会からの評価」ではなく「国益」という観点から国際社会における役割を決定するべきである。
  • また、理想と現実の狭間で悩み葛藤していく中で日本の役割を考えていくべきである。「カネによる貢献」については、貧困国の市民救済という理念と債務国に債務返済計画を考えさせるという現実の平衡をとったODAを今後も続けるべきであり、「ヒトによる貢献」については、平和を希求するという理念と日本の国益を考えるという現実の平衡をとれば、アジア諸国の理解を得た上でコントロールの効いた軍隊を持つべきである。
  • 「カネとともにヒトを出す」国際貢献のためには、人材の育成が肝要であり、明石康・元国連事務次長のような、理想と現実の中で悩みながら信念を持って活躍する日本人の姿が世界各地で見られるようになって欲しい。

加藤 征憲君

  • 国際社会の中で、日本は、世界のリーダーという認識を持たれておらず、それは、我が国に真のリーダーが不在であることに起因していると考える。
  • 国際連合を中心とした世界平和構築のため、我が国は、安全保障理事会の常任理事国となって、平和憲法を有する立場から、日本が平和を希求する国であることをアピールし、また、非核兵器保有国の立場から、核兵器廃絶を進めるべきである。
  • 我が国がこのような国際社会におけるリーダーとなるためには、強いリーダーシップを持った指導者が必要であり、そのためには首相公選制を導入すべきである。その理由は、第一に、直接国民から選ばれるという意識を持つことによる強い責任感とリーダーシップ、第二に、任期が保障されることによる長期的視野に立った政策の実現、第三に、政党から独立して政治を行えることによる素早い意思決定が、期待できるからである。


◎意見陳述者に対する主な質疑事項

中山 太郎団長

  • 安全保障の概念として、従来の国家の安全保障に加え、地域の安全保障、世界の安全保障、個人の安全保障といったことが論じられるようになっているが、こうした安全保障概念の変化についての意見を伺いたい。(田口陳述者、西陳述者及び古井戸陳述者に対して)

鳩山 邦夫君(自民)

  • ペルーでの経験を踏まえ、今回の米国同時多発テロに対して、我が国はどのような対処をすべきと考えるか。(川畑陳述者に対して)
  • 国際テロに対し、国際的な司法裁判所を設置して対処すべきとは、具体的にはどういうことか。(田口陳述者に対して)
  • 「平和」とは、どのような状態を指すと考えているか。(加藤陳述者に対して)
  • 我が国は、環境問題について世界にリーダシップを示すべきであり、そのためには、憲法に自然との共生や環境に対する義務を明記すべきと考えるが、いかがか。(西陳述者及び野原陳述者に対して)

島 聡君(民主)

  • 集団的自衛権については、これ以上憲法解釈の変更によって対処すべきではなく、新たに憲法を制定し直すべきと考えるが、いかがか。(田口陳述者に対して)
  • 国家の安全に奉仕することを義務付けることについて、若い世代の人たちに抵抗感はあると考えるか。(加藤陳述者に対して)
  • 環境についての権利及び義務を憲法に明記することの是非について、どのように考えるか。(西陳述者に対して)

斉藤 鉄夫君(公明)

  • 暴力に対して暴力によらない「対話」が必要であるという考えには共感するが、今ここで断固たる措置をとらなければ国際社会の安全そのものが脅かされるという現実の中で、我が国は、どのように責任ある国際貢献を果たすべきと考えるか。(西陳述者及び川畑陳述者に対して)
  • 現憲法の持つ理想と現実との間のギャップは、教育荒廃の一因と考えられるか。また、教育基本法について、どのように考えているか。(野原陳述者に対して)
  • 「評価」よりも「国益」を優先すべきであると言うが、「国際評価」こそ「国益」ではないのか。(古井戸陳述者に対して)
  • 現在の我が国の政党について、どのように考えているか。(加藤陳述者に対して)

都築 譲君(自由)

  • 国際社会において、国連主導の下、国連警察軍のような集団安全保障体制が構築された場合、日本は、自衛隊を参加させるべきと考えるか。(全意見陳述者に対して)

春名 直章君(共産)

  • 人類の歴史の中で、軍事力の保有及び武力の行使に関して、どのような流れとなっているか。(田口陳述者に対して)
  • ペルー滞在の経験から、今回のテロに対する米国の行動をどう見ているか。また、世界の日本国憲法に対する評価は、どのようなものか。(川畑陳述者に対して)
  • 憲法9条の価値をどのように考えているか。(西陳述者に対して)
  • 核兵器廃絶のため、我が国は、国際社会にどのような役割を果たすべきと考えるか。(加藤陳述者に対して)
  • 国連の機能強化は重要であると認識するが、国連は、今後、どのような役割を果たすべきと考えるか。(田口陳述者に対して)

金子 哲夫君(社民)

  • テロ対策特別措置法の制定は、憲法をないがしろにするものと考えるが、いかがか。(田口陳述者に対して)
  • 我が国が核兵器の廃絶に関して本年の国連総会に提出した決議は、昨年の決議に比べて内容が後退しており、日本の核兵器廃絶に向けた独自性が見えるものとなっていないと考えるが、いかがか。(川畑陳述者に対して)
  • 教育の現場において、憲法の平和主義は、どのように取り上げられているのか。また、どのように教えられているのか。(野原陳述者及び加藤陳述者に対して)

宇田川芳雄君(21クラブ)

  • 大学生の間では、9条はどのように議論されているのか。(加藤陳述者に対して)
  • 国際紛争に対処するため、有事法制の整備を現憲法下において行うことは可能と考えるか。(古井戸陳述者に対して)
  • 現憲法3章に規定される人間の権利は、国際社会の中においても活かされるべきと考えるが、いかがか。(野原陳述者に対して)
  • 憲法の改正について、その賛否を伺いたい。(全意見陳述者に対して)

◎傍聴者の発言の概要

派遣委員の質疑終了後、団長は、傍聴者の発言を求めた。

土井登美江君

  • 平和憲法を持っていることによって、日本は国際社会の信頼を得ているのであって、この憲法の理念を具体的に活かすべきである。また、女性の意見陳述者の割合をもっと増やすべきである。

林 八重子君

  • 公立学校の教員が憲法改正の発言をしたり、大学生が憲法を学んでいないというのは問題である。憲法について、折りに触れ話題に取り上げるような教育環境が必要である。

森 圭三君

  • 現憲法は、日本人が作ったものではなく、マッカーサーが日本弱体化のために作ったものであり、日本人の手で作り直すべきである。

渥美 雅康君

  • 国際社会の中で日本が尊敬を受けて来なかったのは、憲法9条を持ちながら軍事力を増強したり、侵略戦争をしておきながらそれを否定する発言を政府の人間がする等が原因の一つである。憲法を守るための努力を行い、平和憲法の理念を活かすべきである。

安良城文生君

  • 世界の流れは戦争の違法化であり、日本は、そのために軍事力を持たないという立場を明確にすべきである。現憲法は、世界の叡智を集め、議会の審議を経て制定されたものである。学校の現場で、憲法の学習がおろそかにされていることが問題である。