平成14年2月14日(木) 基本的人権の保障に関する調査小委員会(第1回)

◎会議に付した案件

 基本的人権の保障に関する件

  上記の件について参考人棟居快行君から意見を聴取した後、質疑を行った。その後、委員間で自由討議を行った。

(参考人)

  成城大学法学部教授 棟居 快行君

(棟居快行参考人に対する質疑者)

  松島 みどり君(自民)

  大出 彰君(民主)

  太田 昭宏君(公明)

  武山百合子君(自由)

  春名 直章君(共産)

  金子 哲夫君(社民)

  井上 喜一君(保守)

  近藤 基彦君(自民)

  今野 東君(民主)


◎棟居快行参考人の意見陳述の要点

1.日本国憲法(解釈運用)における人権保障の一般的特徴

  • 現行憲法は、西欧的・古典的な自由主義理念に20世紀的な社会権規定を接合しているため、両者の間に生じる矛盾を抱えている。
  • 経済的自由に関しては、経済政策において自由放任主義ではなく行政主導の積極的規制が行われ、判例や学説もこれを容認してきた。
  • 精神的自由に関しては、これを前国家的な恣意に近いものとしてとらえ、公民の自由という観点からとらえてこなかった。

2.古典的自由主義憲法としての「限界」

ア 消極的自由
  • 現行憲法は、「国家からの自由」、「消極的自由」を基本としているが、自由放任のみでは現代社会における自由を実質的に確保できない。
イ 非国際性
  • 現行憲法は、人権保障に関して国家対国民という図式をとっており、内向きである。
ウ 私人間関係の放置
  • 現行憲法は、国家による個人への人権侵害の排除を念頭に置いているのみであり、個人と個人、社員と企業といった「私人間関係」における人権保障は、法律や民事訴訟によっている。

3.古典的自由主義憲法としての日本国憲法と運用面でのズレ

ア 経済的自由
  • 現行憲法は、「自由で自己決定的な個人」による自由主義状態を理想としたが、高度経済成長期等を通じて、経済的自由に対して行政主導の積極規制が行われ、判例や学説もこれを容認してきた。そのため、経済的自由に対する安易な規制を許容する風潮が生まれ、憲法本来の自由主義が一度も現実化しなかった。
イ 精神的自由
  • 民主主義を支える国民は、「公民」として、表現の自由等の精神的自由を駆使する必要があるが、これまでは精神的自由と民主主義との相互関係が希薄にとらえられがちであった。また、プライバシーは精神的自由の基礎をなすと考えるべきであり、表現の自由と対立すると考えるべきではない。

4.日本国憲法(解釈)の課題

ア 積極的自由という理念の必要
  • 現代社会においては、古典的な消極的自由のみでは人権保障に不十分であり、インターネットアクセス権の保障のためにインフラ整備を行う等の、国家が積極的に自由を保障する「国家による自由」が必要である。
イ 国家性悪説から制度の合理性へ
  • 司法は、「人権の制約は小さいほどよい」という比例原則から脱却し、制度設計の合理性(政策目的の合理性)を担保する観点に立って国会の立法裁量を統制していくべきである。
ウ 個人の尊厳のための手段として複合的な人権の理念が必要
  • 古典的な分類を超えた現代的かつ複合的な人権を構想する必要がある。これに関しては、インターネットアクセス権、環境権、情報公開請求権(知る権利)等が挙げられる。
エ 人権の国際的保障と国内的保障の連携が必要
  • 人権の国際的保障と国内的保障を連携させ、国際人権規約等に見られる人権保障を国内法に取り込む必要がある。もっとも、その際には弱者保護についても憲法に明記し、人権の過剰な国際化に歯止めをかける必要がある。
オ 私人間の人権紛争をも対象にした人権規定が必要
  • 国家と国民だけでなく、私人間における関係も対象にした人権規定が必要である。また、国家と国民の二元的・垂直関係だけでなく、国家と市民社会と個人という三面的関係を視野に入れる必要がある。

◎棟居快行参考人に対する質疑者及び主な質疑事項等

松島みどり君(自民)

  • 家族の中における女性という立場から憲法の人権を考えると、長年、義理の親を介護した嫁が相続において何らの分配にあずかれない現行の相続制度は問題ではないか。
  • 報道とプライバシー保護との関係及び加害者に比べて被害者の人権が軽視されている現状について、どう考えるか。
  • 戦後、政府により生産調整のような経済統制が実施されてきた理由は何か。弱者保護という視点ではないように思うがいかがか。


大出 彰君(民主)

  • 戦後、官僚主導による経済統制が行われてきたのは、我が国において個人主義が根付かなかったことが理由ではないか。
  • 地球環境の存立自体が脅かされている現在においては、憲法を論ずるに当たり、地球環境的な視点が必要ではないか。
  • 憲法は、差別の解消に十分に機能してこなかったのではないか。また、いわゆるアファーマティブ・アクション(積極的差別是正措置)について、どう考えるか。
  • 参考人は、憲法に<国家―市民社会―個人>という三面的関係の在り方を規定すべきと主張するが、この場合の「市民社会」とはいかなる概念か。


太田 昭宏君(公明)

  • 憲法が立脚している個人の尊厳を中核とした近代ヨーロッパ的な人間観は、儒教や仏教等の影響の下に人間は地域、歴史、家族等に縛られた存在であるという我が国の伝統的な人間観にそぐわないのではないか。
  • プライバシー保護と報道の自由のような二項対立する問題について、それらを調整する具体的な基準は打ち立てられるのか。


武山百合子君(自由)

  • 経済的自由について、憲法の本来の理念が浸透してこなかったのはなぜか。また、本来の理念と相反するような官僚主導の積極規制が肯定されてきたのはなぜか。
  • 参考人はどのような憲法がふさわしいと考えるか。日本の古き良き伝統を加味した上で、経済的自由については自己責任や自己決定を伴うものとしたり、その他、情報公開や環境権等を盛り込むことについては、どのように考えるか。
  • これからの憲法を考えるに当たり、現行憲法を基礎に検討するのではなく、白紙の状態から検討することについて、参考人はどのように考えるか。


春名 直章君(共産)

  • 環境権、プライバシー権等のいわゆる新しい人権で保護しようとしているものは、もともと個人の尊厳といった憲法上保障されている基本的価値であり、いかに明文化すべきかが問題ではなく、いかに保護するかが大事であると考えるが、いかがか。
  • 人権保障は「国家からの自由」のみでなく、「国家による自由」も必要であるとの観点から、例えば、企業の従業員に対する人権侵害についても、労使に委ねるのではなく、国による規制・介入も必要であると考えるが、いかがか。
  • 国際人権規約の内容が現行憲法にとり入れられているにもかかわらず、憲法の運用において具現化されていないとの指摘を国連から受けていることについて、参考人はどのように考えるか。


金子 哲夫君(社民)

  • 基本的人権の保障の主眼は国家が個人の自由を守ることであり、その場合、社会権の保障等による弱者の保護を中心に考えるべきと思うが、いかがか。
  • 近時、人権の保障に関して、公共の福祉の観点が強調される傾向にあると思うが、いかがか。

井上 喜一君(保守)

  • 基本的人権には内在的制約があると思うが、いかがか。また、国会の立法措置により「公共の福祉」の内容が明らかになることからすれば、「公共の福祉」の判定は国会の意思によって行われるものと考えてよいか。
  • 仮に、憲法を改正するとすれば、基本的人権についてはどのような新たな規定を整備すべきか。


近藤 基彦君(自民)

  • 参考人は<国家−市民社会−個人>の三面関係の在り方を憲法に規定すべきという考えだが、その際の「市民社会」の具体的な内容を説明されたい。
  • 参考人は、我が国には「見えない憲法」が存在してきたという考えだが、それは日本国憲法の運用が本来の趣旨と離れてなされたということか、それとも、本音と建前の二つの憲法が別にあったということか。


今野 東君(民主)

  • 参考人は国政において直接民主主義を積極的に評価しているが、例えば、国民投票の際、国民は何に基づいて判断をすると考えているか。
  • 以前、マスコミに携わっていた経験に照らすと、国民はマスコミの報道に基づいて政治に関する判断を下すにもかかわらず、現在のマスコミの報道姿勢は娯楽優先であり必ずしも事実を正確に伝えていないとの懸念を抱いている。参考人のように直接民主制の導入に積極的な立場からは、このような事態をどう評価しているか。

◎自由討議における委員の発言の概要(発言順)

中山 太郎会長

  • 昨今、家族内における争いごとが頻発しているが、新しい憲法を作るに当たり、家族や個人の在り方をどのように考えるか。

>松島みどり君(自民)

  • 「家族の美風」の名の下に親の面倒を見る等の苦労を背負った者が、報われなくても当然のこととなっている。「家族の美風」よりも経済的合理性を求めるべきであり、苦労していない者も平等に相続するような制度では、苦労が報われないと考える。

>中山太郎会長

  • 相続において経済的合理性を求めるならば、遺言が重要となってくると考えるが、いかがか。

>松島みどり君(自民)

  • 遺言よりも生前贈与を中心とする制度の方が、確実と考える。


春名 直章君(共産)

  • いわゆる新しい人権を明文化すべきとの議論があるが、現行憲法97条は、制定時に予見していないことに対しても、13条や25条等の柔軟な解釈により、憲法を豊かに発展させていくことを国民に求めている。


今野 東君(民主)

  • 憲法改正をしない場合、外国人の人権はどの条文で保障されると考えるか。

>春名直章君(共産)

  • 直接規定している条文がなくとも、解釈・運用上、保障することは可能と考える。


金子 哲夫君(社民)

  • 憲法に掲げられている人権は、最低限保障されるべきもののみが掲げられているにすぎず、法律で広げることが可能であると考える。環境権も、法律で保障することができたにもかかわらず、怠ってきたのであって、それを憲法の欠陥というのはおかしい。


茂木 敏充君(自民)

  • 科学技術の著しい発展により環境が破壊されていることにかんがみ、憲法も時代の変化を踏まえて考える必要がある。
  • 国家と個人の関係のみならず、家族の中における個人の関係も考える必要がある。


松島みどり君(自民)

  • 日本人と外国人との婚姻届が受理される一方で、配偶者である外国人が入国できない事態が生じるような現行制度は、解消されなければならないと考える。


小林 憲司君(民主)

  • 国家が人権を保障することは当然であるが、国民が、国家、さらには地球を守るべきであることも、当然に認識されるべきである。


大出 彰君(民主)

  • 憲法の理念である個人主義が長年実現されてこなかったが、憲法本来の解釈に立ち返り、例えば、夫婦の選択的別姓や二重国籍等も認めてもよいと考える。


葉梨 信行君(自民)

  • 環境問題は、国内のみならず、世界的な問題である。環境問題について日本が世界をリードするためにも、憲法に環境規定を明記すべきと考える。
  • 家族の在り方についても議論する必要があると考える。