平成14年3月28日(木) 国際社会における日本のあり方に関する調査小委員会(第2回)

◎会議に付した案件

 国際社会における日本のあり方に関する件

  上記の件について参考人畠山襄君から意見を聴取した後、質疑を行った。その後、委員間で自由討議を行った。

(参考人)

  日本貿易振興会理事長 畠山 襄君

(畠山襄参考人に対する質疑者)

  石川 要三君(自民)

  中川 正春君(民主)

  赤松 正雄君(公明)

  武山 百合子君(自由)

  山口 富男君(共産)

  金子 哲夫君(社民)

  西川 太一郎君(保守)

  平井 卓也君(自民)

  山田 敏雅君(民主)

  伊藤 信太郎君(自民)

  中川 昭一小委員長    


◎畠山襄参考人の意見陳述の要点

1.自由貿易協定(FTA)とは

(1)定義
  • 地域経済統合は、経済学者であるバラッサによれば、(a)域内において関税・非関税障壁を撤廃する「自由貿易地域」、(b)メンバー国間においては関税等を撤廃し、対外的には共通関税を設定する「関税同盟」、(c)労働・資本等の生産諸要素の移動を自由化する「共同市場」、(d)マクロ経済政策を統合する「経済同盟」、(e)政治的統合をも含む「完全な統合」の五段階に整理される。
(2)WTOとFTA
  • FTAは、非メンバー国に対しては差別的側面を有し、WTOの掲げる「無差別原則」に抵触する可能性がある。WTOは、(a)FTAの措置は、実質上全品目を対象とする、(b)FTA締結後、域外国に対する関税等を引き上げてはならない、(c)経過期間は10年を超えてはならないことを条件に、FTAを許容しているが、この条件を充たすFTAは存在せず、また、WTOによる認定もなされていない。

2.FTAの拡がり

  • ガット・ウルグアイラウンドの1990年の閣僚会議の失敗により多国間交渉の難しさが認識され、その結果、FTAへの期待が高まった。また、1992年のEU創設による共同市場誕生を機に、それまで、EUはブロック経済化につながるとしてきたアメリカもNAFTA(北米自由貿易協定)を発足させるに至った。これを契機にFTAは増大し、最近では、FTAA(米州自由貿易地域)構想や、EUによる13カ国を対象とした新加盟国交渉、さらに、中国やアメリカがASEAN諸国と交渉する動き等が見られる。
  • 現在、効力を有するFTAは138件であり、GDP上位30カ国中、FTAに加盟していないのは、日本、中国、韓国、台湾、中国香港の5経済のみである。日本においては、シンガポールとの間の「新時代経済連携協定」の今国会提出、韓国との共同研究会の設置の合意等の動きがあるが、FTAが拡大する中で後れをとっている。

3.日本の立場

(1)WTOへの一元化とこのため生じた問題点
  • これまで日本は、FTAは無差別原則に反し、ブロック経済化につながるとして、自由貿易はWTOにより推進すべきとの立場をとってきた。このため、国際的な孤立、国内構造改革の遅れ、新分野における競争と貿易に係る実験の機会の喪失、貿易や投資に係る実害といった結果を招いた。
  • こうした反省から、今後は、FTAによりWTOを補完する「重層体制」へ移行することが必要であると考える。
(2)今後の課題
  • 農産物は、食糧安全保障の観点から一定品目を保護した上で、その他の品目の自由化を進めることが重要であり、また、急変緩和のため経過措置の活用が必要である。
  • FTAの交渉の際に、経済・産業を担当する官庁が中心となってとりまとめることが必要である。
  • これまでの相手国の提案を受けてのFTA交渉を改め、政治家のリーダーシップによる主体的なFTA交渉を通じて日本が国際的なリーダーシップをとることが期待される。

◎畠山襄参考人に対する質疑者及び主な質疑事項等

石川 要三君(自民)

  • EUやNAFTAは、その範囲を拡大させつつあるが、FTAが実効的にその機能を果たすことのできる適正規模はどのくらいであると考えるか。
  • FTAの深化・拡大によって、経済的要素以外の要素に関する考慮も必要となると考えられる。国家主権等の憲法上の検討を要する問題も生じることになるのではないか。
  • EUと東アジアにおける地域統合プロセスを比較した場合、EUにおいては、ほぼ同質かつ同規模の国家群の集合であるためその統合が容易であったと考えられる。これに対し、東アジアにおいては、各国間の経済格差等に起因する利害対立、中国等との政治体制の違いに起因する政治的課題、先の大戦に関する歴史認識等に関する歴史的・文化的課題や国民感情等解決すべき問題が山積していると考えられる。日本がそのようなプロセスに参加することには、相当な困難が予想されるのではないか。
  • ヨーロッパの場合は、軍事同盟であるNATOが先に存在し、その後に経済統合プロセスが進められたが、日本が東アジアにおける地域統合プロセスへの参加を目論む場合は、軍事同盟が先に存在するわけではない。この点は、同プロセスにどのように影響すると考えられるか。


中川 正春君(民主)

  • ドイツ基本法においては、国家主権の一部の国際機関への委譲を定めているが、日本国憲法にも、そのような条項を書き込むことが必要ではないか。
  • 参考人は、WTO一辺倒という戦略からFTAによりWTOを補完する「重層体制」への戦略転換がなされ得なかった理由として、無差別原則の尊重等を指摘したが、実際には国内の利害対立や首相のリーダーシップが発揮されなかったことなどに原因があったのではないか。参考人は、このような利害対立の調整には何が必要と考えるか。
  • 日本は、ブロック経済化に対する過度の懸念を払拭し、欧米のように、それを国家戦略の一つとして考えるべきではなかったか。
  • FTA等の通商政策を戦略的に進めていく際には、現在の経済産業省ではなく、首相直属の通商代表機関を設置し、これに当たらせるべきではないか。


赤松 正雄君(公明)

  • 参考人は、日本はWTO一辺倒という戦略からFTAによりWTOを補完する「重層体制」への戦略転換をなかなかなし得なかったことが問題であると指摘したが、逆に、現在の状況を肯定する主張にはどのようなものがあるのか。
  • 政治体制の異なる中国等を抱えるアジアには、EUの統合プロセスはあまり参考にならないのではないか。また、AFTA(東南アジア諸国連合自由貿易地域)の停滞・形骸化に影響を与えていると見られる中国の存在を考えた場合、東アジアの経済統合プロセスは楽観視できるのか。
  • 現在、ざまざまな地域でFTAが推進されつつあるが、途上国等にとって、FTAの進展は、冷戦時代に生じた南北問題を解消するものにはならないのではないか。


武山 百合子君(自由)

  • FTAの推進に当たって、現在のような各省庁の割拠主義に基づく締結交渉プロセスから脱却するには、どのような方策が考えられるか。また、そのような現状を打破するためには、首相がリーダーシップを発揮することが必要ではないか。
  • FTAの推進に際しては、国内の規制緩和だけでなく、対外的な規制も撤廃していくことが重要ではないか。
  • 参考人は、FTAの推進により貿易の自由化を進める場合であっても、「食糧安全保障上守ることが必要な品目」があるとするが、具体的には何か。


山口 富男君(共産)

  • FTA等の経済協定には、各国の経済主権や経済的基盤を守るために、どのような仕組みがあるのか。
  • メキシコにおいて、メキシコシティが経済的発展を遂げる一方で中小業者の半数以上が破綻し、その背景にメキシコのNAFTA加盟があるとの指摘もなされているが、参考人はどのように考えるか。
  • ASEAN諸国は、社会体制、経済発展の度合いや宗教等において多様性を有し、同諸国の経済統合であるAFTAは、WTOから、「途上国の集合」として認定を受けている。このような状況の中で、シンガポールとの自由貿易協定締結をはじめとして、ASEAN諸国の経済統合プロセスに日本が参加していくことに対するASEAN諸国の反応は、どのようなものか。
  • WTOが加盟各国間の協調に行き詰まりを見せる中でFTAの拡大・深化が進めば、WTOの補完というFTAの位置付けが変化してしまうのではないか。


金子 哲夫君(社民)

  • 今後、我が国が、さまざまな国とFTAを結ぶこととなると、国際間の人的交流も増えると思われるが、憲法上、外国人の人権について何か改善すべき点はあるか。
  • FTAを結ぶことにより、日本において産業の空洞化が進む懸念はないのか。
  • 韓国や中国とFTAを締結すること等により経済的な協力関係を深めることは安全保障上も重要であると考えるが、いかがか。


西川 太一郎君(保守)

  • 中国が10年以内にASEANとFTAを結ぼうとしており、また、EUやNAFTAがある現状は、ブロック経済の再来とも評価できると思うが、そのような世界情勢の中での日本の「孤立」についてどのように考えるか。
  • 日本がFTAの締結等を通じて「経済圏」を形成していくに当たって、農業など国際競争力の弱い産業を含めた形で「産業調整」を行う必要があるのか。
  • 今後、さまざまな国とFTA等の経済協定を締結するに当たっては、経済分野にとどまらず、幅広い分野についての連携が必要であると考えるが、いかがか。


平井 卓也君(自民)

  • FTAには、「経済安全保障」としての意義もあると思うが、いかがか。
  • 日本が対外的な交渉を行う際の外務省とそれ以外の省庁の役割分担が明確ではないと考えるが、例えば「パワー・ポリティックス」に関しては外務省が担当し、それ以外の環境、エネルギー、貧困などの「グローバル・ガバナンス」の分野に関しては、その他の省庁で担当するというような役割分担はいかがか。
  • FTAについては、韓国との締結を最優先すべきと考えるが、いかがか。
  • 知的財産権はFTAの中でどのように位置付けられているのか。また、FTAの締結等に際し、知的財産権について交渉する際に最も問題となる点は何か。


山田 敏雅君(民主)

  • 私は、農業等の国内産業の保護や産業の空洞化を防ぐ観点から、FTAの締結には否定的である。シンガポールとのFTAについては、双方にメリットもデメリットもないからこそ締結できると考えているが、参考人はシンガポールとのFTAをどのように評価しているか。
  • FTAについていえば、日本は既に「孤立」し、またFTAに対応できるような施策も講じられていない。このような状況を踏まえれば、FTAの推進よりも、ブロック経済化の弊害を取り除くべきであるとの立場をとるべきではないか。
  • FTAを締結することよりも、国内産業を守るとともに、産業の空洞化に対応することが重要なのではないか。


伊藤 信太郎君(自民)

  • 諸外国において、FTAを締結するするに当たり、憲法を改正した例はあるのか。
  • 憲法前文の国民の「福利」をどのようにとらえるかについては、多様な価値観があると考える。例えば、農業は、産業という面もあるが、環境や文化とも深くかかわりがある問題である。FTAを経済合理性の観点からのみ評価し、これを進めることは必ずしも国民の「福利」に合致しないのではないか。
  • FTAの締結に当たり、二酸化炭素の排出権、排他的経済水域や漁業権が問題とされたことはあるか。
  • 経済統合の段階が進み、第三者機関に部分的に国家主権を委譲するようなこととなった場合、憲法の国民主権との関係で第三者機関の権力の正統性はどのように担保されるのか。


中川 昭一小委員長

  • FTAについて交渉を進める際に、日本ばかりではなく、各国においても農産物の取扱いがネックとなっているという事実を、参考人はどのように認識しているのか。
  • 憲法前文において、全世界の国民がひとしく欠乏から免れるべきことを規定している趣旨に照らして、FTAと発展途上国との関係を、参考人はどのように考えているのか。FTAの締結は、発展途上国にとっては、むしろ先進国との経済格差を拡大するものなのではないか。

◎自由討議における委員の発言の概要(発言順)

伊藤 信太郎君(自民)

  • 憲法前文の「福利」とは、多様な価値観に基づき、それぞれ判断されるべきものである。したがって、経済合理性の観点からのみFTAを推進することは、国民の「福利」に資するものではなく、「憲法違反」とも言うべきである。
  • FTAが発展して国家主権の一部を国際機関に委譲する事態となれば、憲法改正が不可欠である。


首藤 信彦君(民主)

  • FTAについては、その背景にあるグローバリズムとこれに対するさまざまな評価をいかにとらえるかという「世界観」と、地方分権が一層推進された場合において国家と地域との間に考え方の違いが生じたときにその関係をいかに考えるかという問題をはじめとする「地域観」とを勘案して、検討を進めなければならない。


山口 富男君(共産)

  • 経済問題については、平和的生存権、国際協調主義等にのっとった憲法的基盤と、自決権及び主権平等に基づく国際法的基盤との両方に軸足を置いた対処がなされなければならない。
  • 東アジア地域における経済統合に日本が関与することについては、経済格差、先の大戦に係る後遺症等の解決すべき問題があり、困難が予想されるが、平等・互恵の精神に基づく対応を行っていくべきである。


金子 哲夫君(社民)

  • 我が国においては、従来、アメリカとの関係が重要視されてきたが、今後、アジア諸国との関係が重要になってくると考える。
  • FTAを推進するに当たっては、農業が我が国の伝統・文化や環境問題と密接に関係している点に配慮すべきである。


中村 哲治君(民主)

  • 21世紀においては、環境問題が重要になってくると考えられる。我が国の農業は、水資源を大切にする文化の中で成り立ってきたものであり、今後、開発途上国の復興を我が国が支援するに当たっては、このような観点が重要になると考える。


平井 卓也君(自民)

  • 憲法前文ではなく、9条において、我が国の国際社会における位置付けや役割を明確にすべきであり、FTAの推進も、その延長線上にある問題と認識すべきである。
  • また、FTAが拡大・深化していくことになれば、日本人としての共通の価値観を維持する観点から、国籍について定める10条に関する議論もせざるを得ない。


山田 敏雅君(民主)

  • 国際社会における日本の孤立化は、現行憲法と日米安全保障体制の下では当然の結果であり、憲法上の「足枷」が存在するということの証左であると考える。