平成14年4月11日(木) 基本的人権の保障に関する調査小委員会(第3回)

◎会議に付した案件

 基本的人権の保障に関する件

  上記の件について参考人阪本昌成君から意見を聴取した後、質疑を行った。その後、委員間で自由討議を行った。

(参考人)

  広島大学法学部長 阪本 昌成君

(阪本昌成参考人に対する質疑者)

  石破 茂君(自民)

  小林 憲司君(民主)

  太田 昭宏君(公明)

  武山 百合子君(自由)

  春名 直章君(共産)

  原 陽子君(社民)

  井上 喜一君(保守)

  土屋 品子君(自民)

  大出 彰君(民主)

  平井 卓也君(自民)


◎阪本昌成参考人の意見陳述の要点

はじめに.

  • アダム・スミス、ハイエク等の流れを汲む古典的自由主義に立脚する立場から意見を述べたい。
  • 憲法は、国家を名宛人とするものであり、市民に対する行為規範ではない。

1.Human Right の意義

(1)公権であり、裁判所によってエンフォースされるとは限らない。
  • Human Rightは、公権であり、裁判所によって執行されるとは限らないところに私権との違いがある。また、権利(right)である以上、「正しき論拠をもった利益(interest)」の主張(正義の主張)であることが求められる。
(2)「国家/市民社会」「公的領域/私的領域」の区別が近代立憲主義を支えてきた。
  • 近代立憲主義においては、公的領域を支配する公法と私的領域を支配する私法が厳格に区別された。20世紀以降、社会国家思想を背景に、公法と私法の峻別を疑問視する主張もなされているが、両者を峻別し、私人間の問題は私法において処理すべきである。
  • 公的領域における「自由権」(国家に対する不作為請求権又は妨害排除請求権:国家からの自由)の保障が、Human Rightの中核であり、参政権のような「国家への自由」、社会権のような「国家による自由」は本来のHuman Rightではない。

2.日本国憲法第3章の「基本的人権」の種類

(1)ドイツ的「社会的法治国家」思想の影響を受けて、「社会権」が憲法典に組み込まれた。
  • ドイツの学説の影響を受けて、我が国では、基本的人権を、自由権/受益権/参政権/社会権の4類型に分類する学説が通説化したが、自由権と社会権は本来両立するものではないことに表されているように、これらの分類に合理性はない。これらの分類では、そこから漏れる人権が多く存するほか、「新しい人権」の位置付けが曖昧となっている。
(2)第3章は、基本権の典型例を列挙(例示)しているにとどまり、それ以外の基本的法益をも保障しようとしている。
  • 列挙外の基本的法益は、まず、「無名権」として保障され、社会的・経済的変化を受けて、個別名称をもつ「新しい人権」になると解され、その条文上の論拠の多くは、憲法13条の「幸福追求権」に求められている。

3.憲法13条の「幸福追求権」の理解のしかた

  • 通説・判例は、幸福追求権として保障される法益は、人格的生存にとって必要不可欠なものに限られるとする「人格的利益総体保障説」に立つが、人権は、人間が人格的であるがゆえに保障されるわけではなく、個々の場面において行動選択する自由を人々が包括的に持つべきとする「一般的行為自由説」が妥当である。

4.「新しい人権」

  • 「新しい人権」として(ア)プライバシー権、(イ)肖像権、(ウ)自己決定権(人格的自律権)、(エ)「氏名権」又は「氏名保持権」、(オ)環境権、(カ)知る権利等が挙げられているが、いずれも(a)私法上の法的処理又は(b)法律の制定により国側の責務規定を設けることで対処が可能であり、あえて「基本的人権」とする必要性は低い。

5.「新しい人権」の憲法典への組み入れ(明文化)の際の留意点

  • 私的自治又は市場における自発的取引に委ねうる論点について、国家が介入し、あえて憲法的解決を図るとすれば、「人権のインフレ化」、「統治の過剰」、「社会の国家化」を招く。
  • 私権又は私法上の法処理が可能である場合には、あえて「基本的人権だ」と論ずる必要性は低い。私法上の法処理ができないときには、法律を制定することによって解決することを、第一順位に考えればよい。
  • 「新しい人権」を憲法で保障するに当たっては、(ア)その権利が高優先性を持つこと、(イ)その外延と内包が明確であること、(ウ)相手方の憲法上の自由を不当に制限しないこと、(エ)相手方が特定可能であること、(オ)相手方の責務の範囲が明確であることが必要である。
  • 例えば、「環境権」は、国家の責務として規定するにとどめるべきであり、「環境権」のように、内容が不明確なものを「権利」とするのは慎重でなければならない。

◎阪本昌成参考人に対する質疑者及び主な質疑事項等

石破 茂君(自民)

  • 国家の自衛権はそれを担保する機関がなく、また、集団的自衛権は、政府解釈によると、保有しているが行使できないとされているように、国家の自衛権の概念が明確でないように思う。そもそも、国家の自衛権とはどういうものと考えるべきか。
  • 日本国憲法は、権利章典、フランス人権宣言、アメリカ憲法の影響を受けているが、これらの背景にある、「人権は、人間が人間であるがゆえに有するものであるという考え」(自然法思想)は適切なのか。


小林 憲司君(民主)

  • 参考人は、教育の分野にも競争原理を導入するため、教育サービスを購入するクーポン券を国民に支給して、生徒が自分の希望する学校を選択できる制度(バウチャー制度)を実現すべきと主張しているが、教育制度はどうあるべきか。
  • 現在の国際社会は、大国主導のグローバル・スタンダードの下に動いているが、このような状況下では、我が国の憲法がグローバル・スタンダードの影響を受け、そこに我が国の歴史や文化等が反映されなくなるおそれがあるのではないか。


太田 昭宏君(公明)

  • 参考人は、いわゆる「新しい人権」を憲法上の権利として認めるには慎重でなければならないという立場だが、そうすると、現在、「新しい人権」として確立すべきものはあるのか。
  • 日本国憲法は、ヨーロッパの近代と日本の伝統を接ぎ木したような不整合な側面を持っていると理解している。人権の淵源を自然権に求めない参考人の立場は、日本国憲法の考えとは合致しないように思えるが、そのような点も日本国憲法の欠陥の一例と考えるべきか。
  • 環境は人と人との間を結ぶものであり、環境と人間の一体感の醸成が重要であると考える。参考人は環境について「環境権」として規定すべきではないとの主張だが、憲法の前文に環境の大切さを表現することは必要ではないか。


武山 百合子君(自由)

  • 本来、「平等」とは、「機会の平等」を意味するものであるのに、国民は「結果の平等」まで意味するものと誤解している。このような事態はなぜ生じたのか。
  • 近時、公立の学校の卒業式で、音楽の教師が自己の人権を主張して、国歌の伴奏を拒否した事件があったが、人権と国家、市民社会との関係という観点から、これをどう評価するか。
  • 「知る権利」の重要性がよく言われるが、「国民の知る権利」のみではなく、「国家の知らせる責務」も必要と考えるが、いかがか。


春名 直章君(共産)

  • 先進7カ国の憲法と比較して、日本の憲法上の人権規定はどういう特徴を持っていると考えるか。
  • 従前は一般的な宣言規定とされていた13条が、1960年代以降、具体的な権利を保障する規定として認められるに至った背景について、参考人はどう認識しているのか。
  • 国民の運動を通じて憲法13条、25条の規定の趣旨が環境権として具体化されてきたと考えるが、国民のこのような運動について、学界ではどのように評価されているのか。
  • 憲法と法律の齟齬の一例として、一昨年8月から施行されている通信傍受法は、憲法21条、35条等の規定と齟齬が生じていると考えるが、学界ではどのような議論がなされているのか。


原 陽子君(社民)

  • 国民の権利は個々の法律で具体的に規定されるべきであり、例えば「環境権」を憲法に規定しても、法律で具体化されなければ意味がないと考えるが、参考人はどのように考えるか。
  • 昨今の情報公開においては、プライバシーに関する情報も開示されているようだが、プライバシー権の内容はその時々の状況によって変わり得るものであると考える。参考人は、現代において保障されるべきプライバシー権の内容をどう考えるか。
  • 夫婦別姓制度の導入に反対する見解があるが、私は、憲法上の人権には姓の選択権も含まれると考える。また、導入を認めないことは多様な社会の形成を阻害すると考える。参考人は、夫婦別姓制度の導入について、どう考えるか。


井上 喜一君(保守)

  • 参考人が古典的自由主義の立場をとるのは、人生哲学からなのか、それとも学問的見地からなのか。
  • 昨今、個人情報保護法案が検討され、国家とマスコミの関係が問題となっているが、国家がマスコミを規制する場合、どの程度まで許されると考えるのか。
  • 憲法第3章を改正する場合、どのように改正するのが望ましいと考えるか。


土屋 品子君(自民)

  • 小中学校における不登校や引きこもりが社会問題になっている。法改正によって義務教育課程におけるフリースクール制度を認めるべきと考えるが、参考人はどのように考えるか。
  • 憲法に規定のない権利等について、第一義的には私法上の処理に委ねるべきであるとする参考人の立場においては、判例の積重ねによって規範が確立されていくことになり、司法権が立法権を行使してしまうことになりはしないのか。


大出 彰君(民主)

  • 参考人は、現在は「新しい人権」として憲法で保障すべきものはないと主張するが、将来においても「新しい人権」として認めるべき権利が出現しないと考えるのか。
  • 「エホバの証人輸血拒否訴訟」のような、患者の自己決定権と医師の義務・使命が対立するような事態が生じた際の人権上の問題について、参考人はどう考えるか。
  • 自己決定権の一種として、「自殺の自由」も認められるのか。
  • 自己に関する間違った情報を訂正させるといった権利の行使は、法律に具体的な規定がなくても可能と考えるが、いかがか。


平井 卓也君(自民)

  • 現在は「規範なき社会」であり、社会の様々な規範意識の回復には憲法に義務規定を設けることが必要だとする主張もあるが、参考人は憲法に義務規定を設けることについてどう考えるか。
  • 企業やマスコミといった「疑似権力」からの人権保障に関して、憲法の人権に関する規定は有効に機能していると考えるか。
  • 諸外国の憲法のうち、比較的新しいものには、「環境権」や「環境に関する規定」が設けられていることが多いが、参考人はこのことについてどう考えるか。
  • 同時テロ事件後のアフガニスタンにおけるアメリカの軍事行動のように、「正義」という観念が国家の行動規範となることがあり、使い方によっては万能の規範となることも考えられる。「正義」が行動規範となることについてどう考えるか。

◎自由討議における委員の発言の概要(発言順)

葉梨 信行君(自民)

  • 昨今、夫婦別姓制度の導入についての議論が活発になされているが、夫婦が同じ姓を名乗ることは、我が国の長い歴史の中で培われてきた伝統的な制度であり、家族という一つの社会単位の基盤であるため、今後も守っていくべきであると考える。また、別姓制度の導入は社会の乱れにも繋がると考える。夫婦別姓制度について他の委員の意見を伺いたい。

>土屋品子君(自民)

  • 結婚によって旧姓を名乗れないことにより、国内外で不利益を被ることもある。また、夫婦別姓制度の導入によって利益を受ける人はごく少数かもしれないが、そのような一部の人たちのためだけにでも導入すべきであると考える。

>原陽子君(社民)

  • 夫婦が同姓であるべきとも別姓であるべきとも考えず、どちらでもよいと考える。重要なのは、姓を選択できるということである。時代の流れと共に家族というものの考え方も変わってきている。家庭の崩壊のおそれから、夫婦別姓制度に反対する人もいるが、第三者が家庭の崩壊について口を出すのおかしい。


葉梨 信行君(自民)

  • 夫婦別姓制度の導入は、我が国の社会の混乱に拍車をかけるのではと危惧している。若い世代が中心となる21世紀の日本を考えていく上でも、人間の生活の基本は家族である以上、このことが社会の崩壊に繋がらないか心配である。


原 陽子君(社民)

  • 若い世代には夫婦別姓制度導入を許容する姿勢が強い。年配者にも若い世代がどのような考え方をしているかを知ってほしい。


武山百合子君(自由)

  • 夫婦の姓に関して、きちんと決定されなかった場合に困るのは子どもである。諸外国の例も参考にして、原理原則だけは明確に定める必要がある。


中山 太郎会長

  • 生まれてくる子どもは姓についての決定権がないのであり、夫婦の姓に関する制度については子どもの立場から考える必要がある。制度によっては親と子の姓が異なる事態もあり得る。子どもによる姓の選択の権利等についても検討する必要がある。


今野 東君(民主)

  • 夫婦別姓制度の導入により親子の姓が異なることが問題であると考えるなら、子どもに姓の選択権を与えればよい。また、別姓を希望するものが少数であることを理由として制度の導入を否定するのは間違いであり、少数者の意見を大事にすることは国会の責務である。


春名 直章君(共産)

  • 夫婦別姓制度導入は、民主主義の成熟と発展から導き出されるものである。
  • 憲法を活かす国民の努力によって「新しい人権」が認められてきた。現行憲法は、条文上明記されていない人権も13条の幸福追求権によって保障する趣旨であるため、これらの明文化の必要はなく、今後は「新しい人権」を活かしていく努力こそが必要である。