平成14年5月9日(木) 地方自治に関する調査小委員会(第3回)

◎会議に付した案件

 地方自治に関する件

  上記の件について参考人神野直彦君から意見を聴取した後、質疑を行った。その後、委員間で自由討議を行った。

(参考人)

  東京大学教授 神野 直彦君

(神野直彦参考人に対する質疑者)

 

  伊藤 公介君(自民)

  永井 英慈君(民主)

  江田 康幸君(公明)

  武山 百合子君(自由)

  春名 直章君(共産)

  金子 哲夫君(社民)

  井上 喜一君(保守)

  森岡 正宏君(自民)

  筒井 信隆君(民主)

  平井 卓也君(自民)


◎神野直彦参考人の意見陳述の要点

はじめに.

  • 現在、地方分権が政策課題となっている背景としては、(1)日本が昔から追求してきた民主主義の波と、(2)20世紀後半から先進諸国に生じている地方分権の波とが重なって、現在の分権化の動きが生じていることが考えられる。

1.過去からの教訓

(1)大正デモクラシーと両税(地租及び営業税)移譲運動
  • 1920年代当初、米騒動に端を発した物価の上昇によって地方財政が破綻したことから、市町村は財政調整としての義務教育国庫負担金の増額と両税の移譲を要求した。これらの運動を支持した大正デモクラシーの結果、1928年に日本初の普通選挙が実施され、政友会の選挙ポスターに見られるように、地方分権が重要な課題となった。
(2)シャウプ勧告の教訓
  • 戦後のシャウプ勧告では、行政事務の配分に関して、補完性の原理(第一次的には市町村が事務処理を行い、それが不可能な場合には道府県、国が事務処理を行うこと)、能率性の原則(最も能率良く遂行できる機関に行政事務を割り当てること)等を勧告した。また、税・財源配分に関しては、両税移譲を勧告して固定資産税及び事業税を地方の独立税として実現させ、さらに、補助金を整理して、地方政府間の財政力格差を是正する財政調整制度としての平衡交付金制度の導入も勧告した。

2.グローバル化とローカル化

  • 20世紀後半から、経済のグローバル化が進行した一方で、地方政府に決定権を与える動き(ローカル化)が進行している。
  • ヨーロッパ地方自治憲章(1985年)においては、補完性の原理を謳うとともに、(a)「受益と負担」の関係の明確化、(b)民主主義の活性化、(c)地方自治体による適切な政策、(d)地方自治の拡充の観点から、財政調整制度によって補完された自主財源主義を謳っている。また、現在、国連を中心にヨーロッパ地方自治憲章と同内容の世界地方自治憲章を制定する動きもある。

3.政府間財政関係の分権化

(1)垂直的財政調整と水平的財政調整
  • 地方財政に関しては、(a)中央政府と地方自治体間にどのように行政任務及び課税権を配分するかという「垂直的財政調整」と、(b)地方自治体間の財政調整である「水平的財政調整」とが必要である。
  • 垂直的財政調整によって多くの行政任務が地方に割り当てられれば分権は進むが、他方、地方自治体間の財政力格差を調整する必要が生じるため、水平的財政調整の必要性が高まることになる。
(2)垂直的財政関係における二つの非対応の解消
  • 地方に多くの行政任務を割り当てても、(a)依然として中央が決定権を持ち、決定と支出(執行)の非対応が生じたり、(b)多くの行政任務を割り当てたものの課税権を割り当てず、行政任務と課税権の非対応が生じていると、分権的ではない。
(3)集権的分散システムから分権的分散システムへ
  • 現在の我が国の国と地方の関係は、多くの行政任務を処理する地方に課税権や決定権がない「集権的分散システム」となっていることから、地方が課税権や決定権を有する「分権的分散システム」に移行させることが重要と考える。
  • 先の地方分権一括法による機関委任事務の廃止によって、(a)決定と支出(執行)の非対応の解消については一定の成果があったものの、(b)行政任務と課税権の非対応が残っている。この非対応を解消するためには、個人所得税と消費税という二つの基幹税を移譲すべきと考える。所得に対する税の移譲の手法としては、現在、国税(所得税)と同様に地方税(住民税)も累進税率で課税されているが、例えば地方税の税率を10%の比例税率として、累進税率である国税としての所得税と組み合わせることが考えられる。
  • 今、地方自治体に求められていることは、福祉、医療、教育の三つのサービスを充実させることであり、「セーフティ・ネット」では充分ではなく、「安心そしてチャレンジ」を可能とする「社会的トランポリン」を作らなければ、現在の不況は脱出できないと考える。
(4)地方分権推進委員会の最終報告
  • 地方分権推進委員会の最終報告では「地方自治の本旨」の具体化についても触れているが、税・財源のあり方を明確化していくことが「地方自治の本旨」の明確化につながると考える。

◎神野直彦参考人に対する質疑者及び主な質疑事項等

伊藤 公介君(自民)

  • 東京都の「銀行税」(銀行に対する事業税の外形標準課税)の試みのように、自治体の創意工夫による自主的な課税権の行使を認めていくべきと考える。かかる見地から、先日、東京地裁で出された、「銀行税」は地方税法違反であり無効であるとする判決は、自治体の自主的な取組みに水を差すのではないかと懸念しているが、いかがか。
  • 主要国の間でも、国と地方の歳出額の割合、歳入額の割合が大きく異なっているように、国の統治システムの違いにより、税のあり方も違う。我が国でも道州制の導入をはじめ、様々な統治システムが議論されているが、これに関連して、どのような税制度が望ましいと考えるか。
  • 地方に課税自主権を認めていった際、財政的に貧しい自治体が出てくることは避けられないが、このような自治体間の財政格差を解消するにはどうすればよいか。


永井 英慈君(民主)

  • 近時の我が国の政界の不祥事、産業界のモラルハザード、学級崩壊等の諸問題に見られるモラルの欠如の根源は、中央集権的社会であるために、国民が自立心を失い、依存心を持つに至ったことにある。これらの解決のためには、地方分権の推進が不可欠であるが、地方分権を進めるに当たり、どのような統治制度が望ましいか。また、道州制の導入についてどう思うか。
  • ドイツでは連邦、州、市町村が共同で所得税、法人税及び付加価値税を徴収し分配する「共同税」制度がとられているが、このような制度を日本でも導入することは可能か。


江田 康幸君(公明)

  • 所得税の5%分を住民税に移譲し、かつ、消費税の1%分を現在の地方消費税額に上乗せすると、国と地方の税収の割合が、現在6対4であるのが、5対5に変わるという議論が地方分権推進委員会でなされたと聞いているが、このような案についてどう考えるか。また、そのような税制に段階的に移行していく必要があると思うが、そのためにはどうすればよいか。


武山 百合子君(自由)

  • 参考人は、地方分権は昭和初期から我が国の懸案事項であったと言うが、このように長期間にわたって分権改革が進まなかった理由は何か。
  • 地方分権を進めるに際しては、自主財源の確立が不可欠と解するが、自治体は財源を何に求めるべきと考えるか。
  • 我が国が地方分権を進めるに当たって、見本となるような国を挙げるとすればどこか。


春名 直章君(共産)

  • 日本国憲法で初めて地方自治の章が定められたことの歴史的意義について、参考人はどう考えるか。
  • 国庫支出金や機関委任事務の撤廃等を内容とするシャウプ勧告の趣旨が現在まで実現されなかった理由について、参考人はどう考えるか。
  • 地方交付税は自治体の財政力の不足を補うものであるにもかかわらず、現在進められている行財政改革は交付税削減を最大の目標としており、財源移譲には消極的になっている。このことについて、参考人はどう考えるか。
  • いわゆる有事法制の一環である武力攻撃事態法案では、首相が地方自治体に協力を求め、指示する権限が規定されているが、このことは地方自治の観点から問題ではないのか。


金子 哲夫君(社民)

  • 現在、政府は財政上の優遇制度をインセンティブとして市町村合併を推進しているが、地方財政問題の本質的な解決策である税・財源移譲等への取組みが伴っていない。このような動きは、むしろ地方分権に逆行しているのではないか。
  • いわゆる過疎地域では、高齢化・低所得化が進み、人口も少ないため、たとえ合併したとしても、財政力の強化が見込めない自治体が多い。そのような地域に対しては、財政調整の手段を含め、どのような対応をとるべきか。


井上 喜一君(保守)

  • 地方に税・財源を移譲した場合、地方自治体間に財政的格差が生ずるため、むしろ、中央政府が税金等を一元的に徴収した上で、各地方自治体に対し、裁量の余地なく機械的に分配する方法を確立した方がよいのではないか。また、税金の徴収権も一元化した方が良いと思うが、いかがか。
  • 地方交付税制度における特別交付税の税額決定のあり方をどのように評価するか。


森岡 正宏君(自民)

  • 新たな憲法を制定するとした場合、地方自治に関し、いかなる条項を規定すべきと考えるか。地方自治体の税・財源のあり方についても規定すべきか。
  • 参考人は、政府の各種委員会の委員をしている立場から、経済財政諮問会議等の議論から見て、いわゆる小泉改革の進捗状況をどう判断するか。
  • 現行の地方交付税制度は地方自治体の自助努力を妨げるものであるとの批判があるが、こうした批判に応えるためには、いかなる改革をなせばよいか。
  • 将来的な制度改革は別としても、当面の地方自治体の財政危機を乗り切るための具体的な施策はないか。


筒井 信隆君(民主)

  • 参考人は、グローバル化とローカル化は一体として進むと主張するが、その理由を伺いたい。また、グローバル化の進展により国際機関の役割が高まり、かつ、ローカル化の進展により地方自治体の役割が高まった場合、「国民国家」の果たす役割は低下するのではないか。
  • 現在の地方交付税制度は、地方自治体が自助努力により自主的な税・財源による歳入を増加させると地方交付税が減額されるという仕組みになっており、地方自治体による自助努力の意欲をそぐ制度となっている。地方自治体が意欲を持てるような制度を模索すべきではないか。


平井 卓也君(自民)

  • 個性ある地域づくりを進めていく一つのやり方として、沖縄の経済特区のように、他地域よりも規制を緩和し、経済的優遇策を講ずる「特区」を設定する政策が考えられるが、これをどう評価するか。
  • 住民が自己責任で市町村合併の是非を決めるべきだという参考人の意見は、市町村合併は必ずしも地方分権に不可欠な政策ではないという趣旨にとれるが、いかがか。
  • 電子政府計画が進展しネットワーク化が進んでいくと、地方自治体のあり方も大きく変わるのではないかと考えるが、これについて参考人の見解を伺いたい。

◎自由討議における委員の発言の概要(発言順)

金子 哲夫君(社民)

  • 国は、財政基盤の強化を図る観点のみから一律に市町村合併を推し進めているが、地方の多様性や自主性を尊重した地方自治を推進すべきだ。また、現在の有事法制議論においても、有事の際に協力を求めることになる地方自治体に対し、国が十分な説明をしておらず、こうした国の姿勢はあまりに中央集権的である。


春名 直章君(共産)

  • 地方自治体の自主財源保障は、憲法の「地方自治の本旨」から本質的に導かれるものであり、憲法上に明記されていないからといって何ら問題ではない。
  • 地方への税・財源移譲が図られるより先に、行財政改革を優先する観点から、国主導による市町村合併や地方交付税の削減が行われるのは、本末転倒であり問題である。
  • 住民の生命・安全・財産を守ることは自治体の最大の使命であり、そのための判断権は自治体が行使すべきである。しかし、武力攻撃事態法案では、住民に対する直接の危険がいまだ具体化されていない状態で、国がその権限を制限できることになっており、問題である。


永井 英慈君(民主)

  • 地方分権の問題は戦後長い間議論の的であったが、そろそろ政治が決断を下し、「この国のかたち」を明確にするべきだ。