平成14年5月23日(木) 基本的人権の保障に関する調査小委員会(第4回)

◎会議に付した案件

基本的人権の保障に関する件

上記の件について参考人伊藤哲夫君から意見を聴取した後、質疑を行った。その後、委員間で自由討議を行った。

(参考人)

  日本政策研究センター所長 伊藤 哲夫君

(伊藤哲夫参考人に対する質疑者)

  長勢 甚遠君(自民)

  今野 東君(民主)

  太田 昭宏君(公明)

  武山 百合子君(自由)

  春名 直章君(共産)

  植田 至紀君(社民)

  井上 喜一君(保守)

  石破 茂君(自民)

  小林 憲司君(民主)

  葉梨 信行君(自民)


◎伊藤哲夫参考人の意見陳述の要点

1.基本的人権の規定はこのままでよいか

(1)通説的解釈及び「自然権」規定の原型
  • 基本的人権とは、人が人であることに基づいて生まれながら当然に有する権利で、前国家的な自然権であるとされる。このような「自然権」規定は、ヴァージニア権利章典、アメリカ独立宣言及びフランス人権宣言にその原型があるとされる。
(2)「自然権」が前提とする人間観
  • 「自然権」の前提には「神の下にある人間」という発想があると私は考えており、そこには「神への義務」の自覚が見られる。当時の各国の諸規定等でも「責任を前提とした権利」という考え方がとられている。
  • これに比べて、日本国憲法が前提としているのは、共同体的背景を否定した「抽象的個人」である。そこには、「悪を犯すこともある人間」という視点が欠落し、「自己制約」の論理も存在しない。しかし、それについてはこれまでまったく議論されてこなかった。
(3)「権利」の歴史論的把握
  • イギリスでは、国家の歴史の中で作り上げられていった経験主義的な権利観が存在し、ロック流の「自然権」概念と対立していた。アメリカ独立革命においても、「自然権」よりむしろ「英国民の権利」という伝統的観念に由来する実定的権利観の影響が見られる。
(4)日本国憲法は「自然権」を規定していると理解すべきか
  • a.第3章が「人」でなく「国民」の権利及び義務と規定していること、b.12条に「憲法が国民に保障する自由及び権利」とあり、国家と憲法があってはじめて権利が保障されると解されること、c.社会権等の国家を前提とした権利が規定されていること等から、日本国憲法は、「自然権」を規定しているとは言えないと考える。
(5)「権利」をどのように位置付けるべきか
  • 「自然権」論から脱却し、「権利」とは共同体の歴史と文化と伝統の中で徐々に生成され、最終的に憲法によって確認されたものであり、その背景には共同体独自の「法の精神」が存在するということを認識すべきである。
  • 「権利」のための実用的な「法と制度」を構成する必要がある。

2.権利の限界について

(1)「権利」の本質からくる限界
  • 「権利」には、人間が「共同体内で他と共に生きる存在」であることから必然的に生じる自己制約があり、また、共同体の歴史・文化・伝統から生じる制約がある。
(2)「公共の福祉」論はこのままでよいか
  • 通説は、「公共の福祉」は「人権相互間の調整原理」であるとするが、この考え方は疑問である。平和で秩序ある国家が存在しなければ「権利」も実質的な意味で存在するとは言えない。その意味では、亡命を求める脱出者が相次ぐ北朝鮮国民には「権利」があるとは言えない。

3.「国民の義務」について

  • 「国民の義務」なくして国家の成立はあり得ないため、憲法には義務に関する規定が必要と考える。
  • 自らの国を自ら守ることは民主主義の基本原則であるため、憲法に「国防の義務」を規定すべきである。この「国防の義務」は、「兵役の義務」とは区別されるものである。

4.各論的規定

(1)「新しい権利」の新設について
  • いわゆる「新しい権利」に関しては、「情報に関する権利」及び「環境に関する権利」は、慎重に内容を考慮した上で、その外延と内包を明確にし、憲法上明記してもよいと考える。
(2)「政教分離」の規定について
  • 「政教分離」は「絶対的分離」ではないことを確認し、禁止事項の明確化を図る必要がある。諸外国にも「政教分離」を定めている国は少ない。
(3)「家族尊重」規定の新設について
  • 人間にとって家族は最後の拠り所であり、「家族尊重」の明文規定を憲法上に設け、家族の保護を図るべきである。

◎伊藤哲夫参考人に対する質疑者及び主な質疑事項等

長勢 甚遠君(自民)

  • 現在の我が国では、人間関係がぎすぎすし、優しさや慈しみが失われているように感じるが、その原因は、憲法の人権観念が濫用され、すべての社会的関係を国民の権利や国の責任に還元しようとする傾向にあることだと思う。このような風潮を改めるには憲法をどう直したらよいか。
  • 現行憲法の人権規定の下では、「国の権力」と「国民の権利」という関係しか存在せず、その中間にあるはずの自己責任や社会通念のようなものが忘れられているように思う。憲法の権利関係のみに基づいてものごとを処理するのではなく、自己責任や社会通念という考え方が取り入れられるようにするには、どうしたらよいか。


今野 東君(民主)

  • 参考人は、国家があるから国民の権利があるのであり、瀋陽の日本総領事館に亡命を求めた5人の北朝鮮人家族には、人権がないと主張しているが、彼らには、たとえ国家を捨てたとしても、自由を求める権利があると思うが、いかがか。
  • 参考人は、伝統的共同体が活力ある経済発展を築いたとの考えに賛同している。しかし、共同体的な企業・経済の運営が個人を置き去りにし、それが、牛肉のラベル偽造により詐欺罪に問われた雪印事件に見られるような昨今の企業のモラルの崩壊につながっていると思うが、いかがか。
  • 参考人は、現在のアメリカの民主主義の根底にも「神の政治」の思想があることを指摘して、宮澤俊義教授が日本国憲法の制定を「『神の政治』から『人の政治』へ」と表現したことを批判しているが、このような日米の対比は、敗戦当時の日本と現代のアメリカの時代的相違を考慮しない前時代的な試みではないか。


太田 昭宏君(公明)

  • かつて、日本においては、「パトリ(愛国心、郷土愛)」という観念が、郷土意識という側面よりも、国家主義、国粋主義と結びつき、国家主義的戦争を引き起こしたと考えるが、いかがか。また、「パトリ」や「エスニック(民族)」という観念が国家主義と結びつかないようにするにはどうすればよいか。
  • 参考人は、権利は共同体の歴史、伝統によって形成されるものであるとの考えだが、日本の共同体的背景としての文化の本質はどのようなものと考えるか。


武山 百合子君(自由)

  • 日本国憲法が共同体的背景を否定した人間観に基づいていることを問題視する参考人の意見に賛成であるが、なぜ、今まで、この問題点が議論されてこなかったのか。
  • 自分の国は自分で守るという考えに立つと、国民の国防義務が重要と考える。現在の武力攻撃事態法案では、国民の自発的協力しか定められておらず、不十分と思うが、いかがか。


春名 直章君(共産)

  • 私は、立憲主義とは、「国民の人権を保障するために国家に対して権力を付与するが、人権侵害を防ぐために国家権力の行使を制限すること」であると認識している。これに対して、「国家あっての人権保障」という参考人の考え方は、このような考え方とまったく異なると思うが、いかがか。
  • 参考人は、敗戦によって歴史・文化等が押し流されたと述べているが、a.大正デモクラシー運動における言論・出版の自由を求めた運動が日本国憲法に結実したこと、b.明治憲法の下では法律の範囲内でしか人権が保障されなかったことから、国家権力によって人権が脅かされ、やがては侵略戦争につながっていったことに対する反省に基づいて日本国憲法が成立したことを、どう認識しているのか。
  • 日本国憲法において、30ヵ条にもわたる豊かな人権規定が何らの制限もなく規定されたにもかかわらず、今日、これが実現されていないことに問題があると考える。


植田 至紀君(社民)

  • 参考人は、権利の限界について、「共同体内存在としての制約」があることを述べているが、どのような共同体を考えているのか。
  • 共同体の存在自体よりも、その共同体の在り方や存在形態を検討しなければ、説得力に欠けるのではないのか。
  • 参考人は、「平和で秩序ある国家あってこその権利保障という発想の必要性」を述べているが、「平和で秩序ある国家」とは、国民が実質的に平等であることを前提としていると思うが、いかがか。


井上 喜一君(保守)

  • 占領軍によって憲法を与えられた日本においては、権利の有無は、法に規定されているか否かによってのみ判断される傾向があり、共同体の歴史の中で生まれたルールが現代の法体系にまで引き継がれている英国とは、法に対する意識が異なると考えるが、いかがか。
  • 英語のrightには「正義」や「力」という意味があるのに対して、権利の「権」には「仮の」という意味がある。したがって、「権利」は絶対的ではない「仮の利益」を意味していると考えられ、このような日本の権利観は欧米とは異なり、相対的なものと考えるが、いかがか。
  • 参考人は、「家族尊重」の規定や、「国防の義務」を憲法に規定するべきとしているが、具体的にはどのような文言で規定すべきと考えているのか。


石破 茂君(自民)

  • 人権の由来としての「自然権」という考え方が強調されすぎると、「権利は神聖不可侵なものである」と考えられがちだが、このような考え方はおかしいと思う。「自然権」という考え方に否定的な立場である参考人は、これについて、どう思うか。
  • 日本が危機に瀕した際に、国民の権利を保障してくれるのは日本国政府しかない。このような観点から、有事法制においても、輸送や医療等の従事命令違反に対して罰則を科すべきであり、適正な法手続の下に国民の権利が制限されることは、国民が権利を享受するためにも必要であると考えるが、いかがか。
  • 日本においては、徴兵制は意に反した奴隷的苦役であるとして憲法違反であるとの意見がある。しかし、国を守ることが奴隷的苦役であるような国ならば、国家に値しないと考えるが、いかがか。


小林 憲司君(民主)

  • 世界の諸国は、食糧や資源の配分等に係る新たな国際秩序形成をめぐって臨戦態勢のような状況にある。そのような危機意識が日本人に欠如しているのは、西洋的な明確な権利意識を持たない日本民族固有の感覚に由来しているのではないかと思うが、いかがか。


葉梨 信行君(自民)

  • 権利は地域・社会によって育まれたものであるという参考人の考えに共感を覚える。そのような考えに立てば、権利の裏返しである義務も重要であり、現行憲法の義務規定は不十分であると思うが、具体的に、どのような義務規定を憲法に盛り込むべきと考えるか。
  • 現実の政治において憲法上の権利が実現されていないことにかんがみれば、憲法を改正する必要はなく、現実の政治を憲法の理念に合わせるべきであるという主張があるが、このような主張について、どう思うか。
  • 現在において、核家族化が進展したり、家庭崩壊が生じている背景の一つには、戦後、採用された均分相続の原則があるのではないかとも考えられるが、いかがか。

◎自由討議における委員の発言の概要(発言順)

中野 寛成会長代理

  • 「権利」、「権力」の「権」の字の対語は「実」であり、「実利」、「実力」という語の「実」を「権」に置き換え、「権利」、「権力」という語にすると、社会的な意味が付与される。政治の世界では、実力と権力が一致していることが望ましい。
  • 権利や義務に係る社会的な認識を深めるためにも、権利や義務は、できるだけ明確に憲法に規定すべきである。また、権利と義務は表裏一体であり、地球環境が破壊されるつつある現状を考えると、環境権の創設よりも環境保持義務の創設こそ検討されるべきである。


葉梨 信行君(自民)

  • ある教育委員会が、特定の歴史教科書を採用しようとした際に、その選定に関わった委員に対し、匿名の抗議の電話や手紙が殺到したという事実があった。このような責任の主体を明示しない抗議が行われるような風潮が蔓延すると、言論活動が萎縮し、憲法が保障する表現の自由(21条)や思想良心の自由(19条)が侵害されるのではないかという大変な危機感を抱いている。


今野 東君(民主)

  • 参考人の意見は、人権について片側通行的なものであったと思う。
  • 宗教と国家が一体であった前近代国家や、宗教が国家の求心力として利用された明治国家などが存在した歴史的事実を振り返ったとき、参考人の意見は、国家観と宗教的価値観を整理する上でも疑問が残る。


植田 至紀君(社民)

  • 現憲法下で、人権の保障がなされず差別が存在するという具体的問題があり、それらへの取り組みが大事である。マイノリティー層への差別の解消など、人々が機会の平等を享受できるような社会を目指した立法作業・行政政策を進めていくべきだ。
  • 機会の平等の観点から、天皇制を維持すべきか否かについての議論が不可欠である。


春名 直章君(共産)

  • 葉梨委員が批判した、歴史教科書問題における市民の抗議行動は、表現の自由に基づく正当な行為であり、歴史教育に偽りがあってはいけないという意見の表明である。
  • 武力攻撃事態法案3条4項における有事の際の国民の権利制限は、憲法13条の「公共の福祉」に適うものであり合憲であるとする政府の主張には、以下の三つの点で誤りがある。a.13条の「公共の福祉」では、個人の権利よりも国家の価値が優先することは認められていない。b.13条の「公共の福祉」により国民の一定の権利が制限される既存法律として、災害対策基本法等があると政府は主張するが、以前、政府自ら、その制限は29条(経済的自由権)の「公共の福祉」によるものと解釈していたはずである。c.憲法の平和主義の下では、軍事的理由による「公共の福祉」は成り立たない。

>葉梨信行君(自民)

  • 憲法上表現の自由が認められているとはいえ、匿名の電話や手紙等ではなく、名前を明らかにするなど責任を明確にした上で抗議・発言すべきだ。