平成14年7月4日(木) 基本的人権の保障に関する調査小委員会(第5回)

◎会議に付した案件

 基本的人権の保障に関する件

  上記の件について参考人草野忠義君から意見を聴取した後、質疑を行った。その後、委員間で自由討議を行った。

(参考人)

  日本労働組合総連合会事務局長 草野 忠義君

(草野忠義参考人に対する質疑者)

  石破 茂君(自民)

  小林 憲司君(民主)

  太田 昭宏君(公明)

  武山 百合子君(自由)

  春名 直章君(共産)

  金子 哲夫君(社民)

  井上 喜一君(保守)

  近藤 基彦君(自民)

  大出 彰君(民主)

  平井 卓也君(自民)


◎草野忠義参考人の意見陳述の要点

1.労働基本権について

  • 憲法28条では、団結権、団体交渉権及び争議権が規定されているにもかかわらず、公務員には、憲法制定当時から争議行為が禁止されている。政府は、様々な公務員制度改革を行ってきたが、労働基本権の制約の撤廃には取り組んでこなかった。
  • この我が国の公務員の労働基本権の問題は、連合がILO(国際労働機関)に提訴したこともあり、今や、国際的にも批判を受けている。

2.雇用対策について

  • 憲法27条1項は、政府に(a)国民が完全就業できる体制を作ること、(b)失業者に就業の機会を与えること、(c)失業者に生活資金を給付することを義務として課していると解釈されており、この義務に反するような政策は違憲であると考える。
  • 例えば、昨今の不況と失業者の増加から雇用保険制度の維持が厳しい状況であるにもかかわらず、政府が国庫負担の増額に応じないことは、憲法の趣旨に反すると考える。

3.労働条件について

(1)雇用平等の課題
  • コストを引き下げるために女性をパートで雇用することが多いことから、男女の賃金格差が拡大していく傾向にある。このような不平等は、憲法の趣旨に反すると考えられる。
(2)「過労死」「いじめ」「セクシャルハラスメント」などの問題
  • 職場における過労死、いじめ、セクシャルハラスメントなどの問題は、労働条件の問題にとどまらず、人間の尊厳や生存権に関わる問題であり、これらを防止、禁止するための法整備が必要である。

4.労働権等のあり方について

(1)労働権・社会権の検討の意義
  • 現代社会において、現行憲法の労働権・社会権の規定で十分か否かの問題があり、憲法調査会でも今後大いに議論をして欲しい。
(2)若干の論点について
  • 雇用対策に関しては、「国の雇用対策の責務」や「労働者の能力開発」の明記について議論すべきである。
  • 労働条件の規定に関しては、「男女平等」の明記や、労使間のような私人間関係にも憲法の人権保障を及ぼすための根拠を設けることについて、議論すべきである。また、「児童の酷使の禁止」をさらに充実させることについて議論すべきである。
  • 社会権の規定に関しては、経済のグローバル化によって社会的格差が拡大することが予想されることから、憲法25条において、弱者への配慮をより明確にすることについて議論すべきである。
(3)憲法制定時の議論について
  • 現行憲法の充実した社会権の規定は、制憲議会での日本社会党及び協同民主党の意見を取り入れて制定されたものである。当時の議論は、今後、社会権を検討する上でも参考になると考える。

◎草野忠義参考人に対する質疑者及び主な質疑事項等

石破 茂君(自民)

  • 外国人労働者の就労は、日本人労働者の権利とぶつかる事態があると思うが、いかがか。
  • 一部の労働組合は、有事法制における業務従事命令(自衛隊法103条)が、憲法18条の「奴隷的拘束」「苦役」に当たると反対している。しかし、この意見は、日本も批准している国際人権規約における、「緊急事態と自然災害での役務は強制労働に当たらない」という条項と齟齬をきたすことになるのではないか。


小林 憲司君(民主)

  • 参考人は、公務員に争議権がないことを問題としているが、今や、民間企業ではストライキがほとんど見られないことや、公務員による労働組合の組織率も低いことを考えると、公務員が争議権を獲得しようとする運動は、国民の理解を得られないのではないか。
  • 最近の厳しい経済情勢の中で、民事再生法などの企業の組織再編を促す法整備が進んでいるが、他方で、組織再編の際の労働者の権利を保護する法整備が不十分であると思うが、いかがか。


太田 昭宏君(公明)

  • 私は、憲法27、28条の規定は現状のままでよいと考えるが、参考人はどう考えるか。
  • 今次の公務員制度改革大綱(H13.12.25.閣議決定)では、人事院の役割を縮小させる動きがあるように思われるが、このことと公務員のスト権との関連についてどのように考えるか。
  • 現在、「職に就かない若者、職に就けない中高年」という問題が特に深刻になっている。このうち、若年者雇用の問題については、若者に対して働きがいを示せない使用者側にも問題があるという意見があるが、連合では、この若年者雇用についてどのような見解を持っているか。


武山 百合子君(自由)

  • 我が国がILO111号条約(雇用・職業における差別待遇に関するもの)を批准していないことについて、参考人はどう考えるか。
  • 主婦のパートタイム労働に関する税法上の優遇措置が、労働意欲を減少させるという結果を招いている。家庭の主婦も働き、税を納めるという姿が望ましいと考えるが、いかがか。
  • 我が国では、パートタイム労働の希望者の増加に対して、それに見合う雇用が足りていないが、その対策としての「日本型ワークシェアリング」としてはどのようなものが考えられるか。


春名 直章君(共産)

  • 勤労の権利、労働三権等の規定は、戦前の苛酷な労働条件等の反省を踏まえてできたものと考えるが、参考人はこれらの規定の意義についてどう考えるか。
  • 労働者派遣業の制限の緩和、有期の労働契約の制限の緩和等といった最近の労働法制の「規制緩和」は、財界の要求に応じてきたものであると考えるが、参考人はこのような労働法制の変遷についてどう考えるか。
  • 現在の厳しい経済情勢の下では、残業時間の上限の法定、解雇規制法の制定等により、労働者の権利を保護しつつ景気の回復を図ることが憲法の要請であると考えるが、いかがか。


金子 哲夫君(社民)

  • 我が国では公務員に対する労働基本権の保障が不十分であり、その改善のためにもILO151号条約(公務員の団結権の保護に関するもの)を批准すべきと考えるが、いかがか。
  • 我が国が批准しているILO87号条約(結社の自由及び団結権の保護に関するもの)等は、憲法98条2項に基づき、国内法と同様の効力を有すると解されるため、これらに関する問題は国内の裁判所に提訴することも考えてよいと思うが、いかがか。
  • 今次の公務員制度改革大綱においては、公務員の労働基本権の制限と人事院勧告制度のうち、後者のみが取り上げられているため、結果的に公務員の労働基本権がより制限されるおそれがあるのではないか。


井上 喜一君(保守)

  • 公務員の労働基本権の制約に対する代償措置である人事院勧告制度はそれなりに機能し、また、公務員には団体交渉権が実質的に認められており、現行制度で不都合はないのではないか。
  • 雇用に係る規定を憲法に設けることについて、どう考えるか。
  • 解雇に係る法律を整備する場合、判例によるいわゆる「整理解雇の四条件」以外に規定すべき事項はあるか。
  • いわゆるワークシェアリングの導入は、法律で規定すべきか、いわゆる労使の話合いに委ねるべきか。


近藤 基彦君(自民)

  • 憲法改正のための手続整備として、国民投票法を制定することについて、どう考えるか。
  • 現代社会では、労働をめぐる問題として、労使間の問題を超えて、大企業と下請の関係や労働組合とNPOの関係といったことが課題となると思うが、これらの課題についてはいかに検討されているのか。
  • 公務員は「全体の奉仕者」という性格を有し、また、公務の懈怠は国民生活に重大な影響を与えるので、公務員に争議権を与えることは妥当でないのではないか。


大出 彰君(民主)

  • 今次の公務員制度改革大綱の決定の過程に、公務員の職員団体はどのように関わったのか。
  • 憲法28条の規定からして、公務員にも労働基本権が保障されることが原則とされるべきではないのか。


平井 卓也君(自民)

  • 公務員の労働基本権が論じられる一方で、いわゆる「お役所仕事」のような無駄を排除し、行政コストを下げるため、リストラや労働条件の引下げの仕組みがあってもよいと考えるが、いかがか。
  • 失業率の高い地域に、職業紹介事業に係る規制を緩和するような「雇用特区」を設けることについて、どう考えるか。
  • 中高年の整理解雇は、一方で若年者の雇用機会の創出につながる面もあるので、解雇の制限を緩和した方がよいとも考えられるが、いかがか。
     

◎自由討議における委員の発言の概要(発言順)

土屋 品子君(自民)

  • 人権とは独立した「個」の権利の問題であるが、他方、個人は国家という集団の一員でもある。この点で、サッカー・ワールドカップ大会での日本代表チームへの応援を通じて、日本人に国家意識が芽生えたことはとても有意義だった。
  • 「個」に立脚した人権のあり方を考えつつ、憲法の条文を時代に合ったものに変えていくべきである。


春名 直章君(共産)

  • 憲法に勤労の権利、労働基本権(27,28条)が明記されているのは、先駆的であり、今後の指針ともなるものだが、政府は、戦後期から現在に至るまで、これらの労働法制の基本原則を空洞化させてきた。
  • 今後は、憲法のこれらの規定を指針とし、解雇規制法の制定、残業時間の上限の法定、サービス残業の禁止の徹底、公務員の労働基本権の保障等の課題に取り組むべきだ。


金子 哲夫君(社民)

  • 公務員といえども労働者であるから、憲法で保障された労働基本権を認めるべきである。しかるに、今次の公務員制度改革大綱において、この論点が抜け落ちていることは極めて問題である。
  • 昨今の厳しい経済情勢にかんがみ、勤労の権利の保障を充実させる観点から、雇用保険制度における国庫負担を増加させることを検討すべきだ。


中山 太郎会長

  • 今後、難民が増加することが予想される状況の下で、難民条約に基づいて受け入れる難民も含めて、在留外国人の人権をどう扱うかについての議論が必要である。


今野 東君(民主)

  • 人権を考える際は、組織されていない人々や組織内の少数派の人々などの、表に出にくい人の声にどう耳を傾けるかが重要である。
  • 憲法は理念を定めたものであり、その具体化は法律で行えばよい。ゆえに、法律で定めれば済む事項を挙げて、憲法が完璧でないというのは当たらない。