平成14年7月11日(木) 国際社会における日本のあり方に関する調査小委員会(第5回)

◎ 会議に付した案件

 国際社会における日本のあり方に関する件

  上記の件について参考人中村民雄君から意見を聴取した後、質疑を行った。その後、委員間で自由討議を行った。

(参考人)

  東京大学社会科学研究所助教授 中村 民雄君

(中村民雄参考人に対する質疑者)

  近藤 基彦君(自民)

  山田 敏雅君(民主)

  赤松 正雄君(公明)

  藤島 正之君(自由)

  山口 富男君(共産)

  金子 哲夫君(社民)

  井上 喜一君(保守)

  石川 要三君(自民)

  首藤 信彦君(民主)


◎ 中村民雄参考人の意見陳述の要点

1.EU統合プロセスにおける議論

(1)EUの列柱構造
  • EU(欧州連合)は、(a)共通経済政策に関するEC(欧州共同体)、(b)共通外交・安保政策、(c)警察・刑事司法協力体制という3本の柱の上に成り立つ存在である。
  • EUの管轄権は、拡大傾向にあり、経済政策だけでなく、政治的・社会的価値の実現に係る政策に及んでいる。
(2)EUの統治方式
 ア 上記(a)の柱について
  • 立法権については、ECは、独自の立法権及び立法機関を有しており、EC法には、EC法が直接各国民に権利義務を発生させるという「直接効」と、EC法が憲法をはじめとする国内法に優先するという「優位性」とが認められている。しかし、加盟国の立法権が留保されている部分が大きく、また、EUと加盟国との立法権限の配分は不分明である。
  • 政策実現(行政)については、ECの政策の多くは、各国政府を通じて実施される。
  • 司法権については、EC法の統一的な適用を確保するため、EC裁判所が設置されているとともに、加盟国の裁判所が具体的な訴訟の中でEC法の解釈又は有効性についてEC裁判所の先決的な意見を求める「先決裁定手続」等の制度が整備されている。
 イ 上記(b)及び(c)の柱について
  • 共通外交・安保政策及び警察・刑事司法協力体制の分野においては、各加盟国が強い権限を有している。
(3)EUに対する評価
  • EUの政策の実現は各加盟国に依存する部分が大きく、EUを「連邦体」として評価することは疑問である。EUは、前代未聞の特異な統治制度であり、発展途上にある「壮大な実験」と評価するのが適当である。
(4)EU憲法制定に向けた議論
  • 人民主権に基づくEUの統治体制を再確認することが、「EU憲法」制定に向けた動きの根本にある。
  • EU憲法の制定に向けた議論における論点としては、(a)EU組織と加盟国との権限配分、(b)各国議会の役割、(c)EU基本権憲章等人権擁護に係る規範の法制化を挙げることができる。

2. EU統合に伴う各国憲法の変容――イギリスの場合

(1)立法面及び司法面での影響
  • 議会が無制限の立法権限を有するというイギリスの「議会主権」の原理は、直接効及び優位性が認められているEC法と衝突することとなったが、判例において、EC法の優位性が認められることになり、また、その後、EC法に反する国内法を裁判所が適用しない事例も生じてくることとなった。このような状況から、「議会主権」は実質的に変容したと考えられる。
(2)行政面での影響
  • 政府は、EUの政策を実施する主体としての側面も有するようになり、また、国内立法の提案に当たっては、事前に、EUとの協力関係を求めるようになった。

3. EUの経験を踏まえた上での日本に対する示唆

  • 経済のグローバル化が進展するにつれ、環境、資源保護等の分野においては、国境を超えた各国間協力による対処が不可欠となっている。その意味で、EUがどのようなメカニズムに基づき機能しているかを参考にすべきである。
  • EUの制度は、加盟国間の協議により築かれた公序に基づくものであり、その形成過程は、日本の国際協調主義の在り方の参考にすべきである。

◎ 中村民雄参考人に対する質疑者及び主な質疑事項等

近藤 基彦君(自民)

  • EU統合に向けた条約の批准やEC法を受容する過程において、加盟国が自国の憲法を改正した事例はあるのか。
  • EUの列柱構造の第二の柱である「共通外交・安保協力政策」は、EUの法体系において、どのように規定されているのか。また、外部からの侵略があった場合、EU加盟各国がそれぞれ集団的自衛権を行使する形ではなく、EU自体が自衛権を行使する形になっているのか。
  • EC設立の原加盟国となった6カ国が、国力等の差異を克服できた理由は何か。
  • ヨーロッパの安保問題については、ヨーロッパの域外の国である米国やカナダが加盟しているNATOとの関係が問題となると考えられるが、EUにおいてはどのような議論がなされているか。


山田 敏雅君(民主)

  • 恒久平和の構築の鍵は、(a)軍事力を単一の統治の下に置くこと、(b)国際紛争を解決するための裁判制度を実効化することの二点であると思う。EU統合を進めていく上で、加盟各国間の紛争を(b)のような裁判制度により解決することを念頭に置いた司法制度の整備が考えられているのか。また、各国は軍隊を有さず、「EU軍」とでも称する軍隊を設置する議論は進んでいるのか。
  • 日本が国際的にリーダーシップを発揮していくには、日米安保体制を見直すとともに、アジアにおける経済共同体の構築を目指していくべきと考えるが、いかがか。


赤松 正雄君(公明)

  • 参考人は、EUの統治制度は「連邦国家(国民国家)」モデルでは説明のできない前代未聞の特異な制度であると主張するが、これは、EUを既存の古い概念を用いて理解すべきではないということか。
  • EUの将来像については、統合の推進により国民国家で構成する連邦体を構築すべきとする立場のフランス・ドイツと、国家主権を維持しつつ統合を深化させるべきとする立場のイギリスとの間で考え方の違いが見られるが、参考人は、この点についてどのように考えるか。
  • EUの結束を強調すればするほど、その域外の諸国に対する排他性は強まると考える。そのような排他性は、東ヨーロッパ諸国や旧ユーゴスラビア諸国との間に摩擦を生じさせるのではないか。また、コソボ紛争は、EU統合の過程にどのような影響を及ぼしたか。


藤島 正之君(自由)

  • EUは、「連邦国家(国民国家)」モデルでは説明できない前代未聞の特異な制度とのことだが、この統合は、さらにさまざまな分野において進められていくのか、あるいは、現状が限界と考えられるのか。
  • イギリスをはじめとして、各国の憲法は、EC法にどのような影響を受けたのか。また、EC法の優位性にかんがみれば、各国憲法とEC法との関係は、条約優位と考えてよいか。
  • イギリスは英米法系の国であり、他方、ドイツやフランスは大陸法系の国である。このような法体系の違いは、EU統合の過程で問題とはなっていないのか。
  • イギリス、フランスやドイツといった似たような規模あるいは国力を有する国同志がEUのような統合を推進していくことは理解しやすいが、アジア等各国の事情の隔たりが大きい地域で、このような統合の可能性は考えられるか。


山口 富男君(共産)

  • 50年以上に及ぶEU統合の試みは、21世紀の国際社会にとって大きな意味のある実験であると考えるが、このような前例のない実験を支える「ヨーロッパ的な条件」とは、どのようなものであると考えるか。
  • 今日、欧州労連等がEU基本権憲章をEU憲法に明確に位置付けるべきであるとの主張をしているが、参考人は、この憲章自体をどのように評価しているか。また、EU憲法を制定するに当たって、この憲章をどのように位置付けるべきと考えるか。
  • EU統合過程の中で、国境を越えて行われる統一的な規制や国民の社会的権利の保護の進展は、どのように位置付けられると考えるか。
  • ヨーロッパ各国の政治体制はさまざまであるが、EU統合の過程で各国憲法に生じた変容について、類型的な整理をすることはできるのか。


金子 哲夫君(社民)

  • 加盟国がそれぞれに憲法や憲法的伝統を持っており、人権の保障の在り方も異なると思うが、法的拘束力はないとはいえ、EU基本権憲章を短期間でまとめることができた要因は何か。
  • EU基本権憲章の制定に当たっては、各国の議会の代表がその制定過程に参加したが、過去において、各国の議会の代表がそのような役割を果たした例はあるのか。
  • EC法については、優位性と直接効が認められているが、EC法以外の条約は、EU加盟国においてどのように位置付けられているのか。
  • 欧州議会は、そのメンバーが直接に選挙で選ばれているにもかかわらず、欧州理事会等に比べてその位置付けが低いと考える。参考人は、欧州議会の役割について、今後どのように変化し、また、変化すべきであると考えるか。


井上 喜一君(保守)

  • EUにおいて指令、規則等を制定するに当たっては、事項によって決定方法が異なると思うが、具体的には、どのような事項につきどのような決定方法があるのか。
  • ECとして加入している条約にEC加盟国自身も個々に加入している場合、その法的関係はどのように整理されるのか。
  • EUがどのような性質・性格のものなのか不明確である。外交交渉等においては、EUが主体となる場合や加盟国が主体となる場合があり、場面に応じて両者が使い分けられているように思われる。私は、加盟国を国際社会における主体と考えるべきであると思うが、いかがか。


石川 要三君(自民)

  • 過去の歴史を振り返ると、イギリスはECやEUに対して抵抗を示してきたと思われ、また現在も国内では反対が強いようである。イギリスのECやEUに対する対応は、他の加盟国とはかなり異なると思われるが、その理由と実態はどのようなものか。
  • 現在、ヨーロッパの安全保障の問題に関しては、NATOの枠組みによる対応が図られているが、参考人は将来的にはどのようになると考えているか。
  • 「憲法」とは、国家の在り方の象徴であると考える。参考人は、EUを連邦国家になぞらえて把握することは適当ではないと指摘するが、そうであれば、「EU憲法」という捉え方は不適当なのではないか。
  • 東アジアは、ヨーロッパに比べて、宗教や経済力等の面においてはるかに多様性に富んでいると思われる。そのことを踏まえた場合、東アジアにおいてEUに相当するような共同体が成立する可能性について、参考人はどのように考えるか。
  • 我が国の憲法は、軍隊を持たないこと等を定めた世界の中でもまれな理想主義に立つ特殊な憲法である。憲法を改正しなければ、東アジアの共同体にも加盟することができないと考えるが、いかがか。


首藤 信彦君(民主)

  • EUは、基本的にはキリスト教国によって構成されているが、イスラム教国のトルコ等の加盟の問題について、どのように対処しようとしているのか。
  • EUの統合には、過去においてEU加盟国が一国では日本に対抗できないという認識を持ったという意味で、日本の存在も大きく影響している。日本が国際社会の中で「脅威」ではなくなった現在、さらにEUの統合を進めていこうというモメンタム(気運)はあるのか。
  • 近年、EU加盟国においては、政治の右傾化の傾向が顕著であるが、このことは、将来のEUの統合に対して、どのような影響を与えると考えるか。
  • オランダがソフト・ドラッグを合法化するなど、麻薬・薬物問題への各加盟国の対応はかなり異なるが、EU全体としては、どのように対処しようとしているのか。

◎ 自由討議における委員の発言の概要(発言順)

赤松 正雄君(公明)

  • 昨日、パキスタン大使と懇談した際、大使は、インドの軍事的野心を強調するとともに、(a)カシミール紛争の平和的解決、(b)インド・パキスタン間の緊張緩和、(c)南アジア地帯の非核化構想の3点について、日本の支持を求めた。他方、中国がパキスタン、ミャンマー、太平洋地域等への進出に意欲を見せていることについてどのように考えるかという質問に対しては、大使は、中国には軍事的脅威を感じないと述べた。
  • 我が国は、アジアにおける中国の進出やインド・パキスタン間の緊張関係に積極的に対応するため、外交の在り方を検討する必要がある。


中野 寛成会長代理

  • 憲法を論議する際、国民国家の枠内でのみ考える傾向があるが、現実には、既に、EUのような国民国家を超えたリージョン・ステートが存在し、国民の福利や平和の構築という国家目的の実現を新たな形で補完する役割を負っている。このような現状を踏まえた上で、我が国も、新しい時代の憲法感覚を持つべきである。


中山 太郎会長

  • 日本の国会は、欧州議会や欧州評議会と協議の場を持っている。これらの協議において特徴的と感じるのは、人権を大事にするというヨーロッパ共通の考え方があるということである。
  • 今後は、国境を越えて形成される地域共同体間の協議が行われるようになることが予想され、我が国は、これに対応できるような政治の在り方や国民の考え方が求められるだろう。