平成14年11月7日(木)(第3回)

◎会議に付した案件

1.委員派遣(地方公聴会)承認申請に関する件

(派遣地) 福岡県

(派遣日) 平成14年12月9日(月)

2.小委員会設置に関する件

基本的人権の保障に関する調査小委員会、政治の基本機構のあり方に関する調査小委員会、国際社会における日本のあり方に関する調査小委員会及び地方自治に関する調査小委員会を設置することに、協議決定した。

3.日本国憲法に関する件

英国及びアジア各国憲法調査議員団の調査の概要を中山団長から聴取し、派遣議員から発言がなされた後、委員から自由発言がなされた。


◎「衆議院英国及びアジア各国憲法調査議員団」の調査の概要

1.調査議員団の構成

団長  中山太郎君
     葉梨信行君、中川正春君、春名直章君

2.期間

平成14年9月23日(月)から10月5日(土)まで


3.訪問先

英国   議会、副首相府、コンスティチューション・ユニット等

タイ   憲法裁判所、プラチャースポック・インスティチュート等

シンガポール  司法長官庁、外務省等(※)

中国   中国人民大学、人民大会堂等

韓国   国会、憲法裁判所、国家人権委員会

※ 在シンガポール日本国大使公邸にて、シンガポール、フィリピン、マレーシア及びインドネシアの憲法について、それぞれの大使館から招致した職員より説明を聴取し、質疑応答を行った。


4.英国における調査の概要

(1)人権に関する両院合同委員会 ポール・エバンス氏
  • 英国の人権保障について以下の説明があった。

    (a)欧州人権条約の国内法制化の措置として1998年に「人権法」が制定され、(b)その際に、英国の伝統的な「議会主権」の原則との関係が問題となった。

(2)ニック・レインズフォールド閣外大臣、イアン・スコッター地域議会部長
  • ブレア労働党政権下の地方政策について以下の説明があった。

    (a)ブレア労働党政権は、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドに続いて、イングランドにおいても地方議会の設置を含めた地方分権を進めようとしている、(b)こうした動きは政府の効率性だけではなく「政府への参加」に関心を持つ国民の期待に応えるものである。

(3)ロンドン大学 ロバート・ヘーゼル教授
  • 上院改革及び政官関係等について以下の説明があった。

    (a)「上院改革」に関して、上院議長が、内閣の法務大臣、上院の議長及び大法院の長としての大法官という三権にわたる地位を兼ねていることが問題とされている、(b)「政官関係」に関しては、英国では官僚組織の公正中立が伝統とされてきたが、最近では、そうした官僚組織の運用に不満も出てきている。

(4)上院改革に関する両院合同委員会 デビット・ビーミッシュ氏 政府の上院改革チーム
  • 上院改革について以下の説明があった。

    (a)世襲貴族の削減を主とした第一段階の改革は終えており、現在は、長期的な第二段階の改革について検討を進めているが、「ウェイカム報告書」と呼ばれる王立委員会の報告書を踏まえ、議会内の両院合同委員会での議論に重点が移っている、(b)そこでは、上院に公選制を導入した場合の下院の地位低下のおそれ等について議論がなされている。

(5)公務員組合評議会事務局長 チャールズ・コクラン氏
  • 「政官関係」全般について以下の説明があった。

    (a)英国の公務員は、内閣の一員として大臣に仕えるものであって、政治家個人に仕えるものではないと考えられている、(b)政治的な面については、政治任用の「特別アドバイザー」が補佐するものとされている。


5.タイにおける調査の概要

(1)憲法裁判所 スチット判事  外1名
  • タイにおける憲法裁判所の活動状況について以下の説明があった。

    (a)設置以来200件を超える法令の合憲性審査を行っている、(b)汚職防止の面でも政治家の資産報告の虚偽審査を行っている。

(2)プラチャーティポック・インスティチュート ボウォンサック・ウワンノー事務局長  外2名
  • タイの選挙制度は日本の小選挙区比例代表並立制を参考にしたこと等について説明があった。
(3)マルット・ブンナーク元下院議長  外1名
  • 幾多のクーデターを重ねた同国の憲政史について説明があった。


6.シンガポールにおける調査の概要

(1)各国日本国大使館職員
  • フィリピン、マレーシア及びインドネシアの日本国大使館職員から、各国の憲法事情について以下の説明を受けた。
    「フィリピン憲法」

    (a)マルコス独裁体制の経験から行政権に対する抑止が強く働いている、(b)基本原則として国民主権、平和主義、核兵器の廃絶等が掲げられているほか、外国軍隊の駐留及び外国軍基地の設置の原則的な禁止を定めた憲法上の規定がある。

    「マレーシア憲法」

    (a)イスラム教を国教と定めてはいるが、憲法が最高法規とされている、(b)マレー系住民の「特別な地位」が憲法に明記されている、(c)マレー語の地位等に関する言論を規制する規定が憲法におかれている。

    「インドネシア憲法」

    (a)スハルト独裁体制の崩壊から、大統領の権限を制限する等の民主化に向けた憲法改正が、4年連続となる本年の改正で一応の完成を見た、(b)しかし、国内の体制は「法の支配」の確立等において依然として課題がある。

(2)司法長官庁民事局長 ジェフェリー・チャン氏  外3名
  • シンガポールでは、中国系以外の少数民族に配慮し、少数民族が必ず国会に議席を持てるように配慮した「グループ選挙制度」という独特の選挙制度を採用していること、その他シンガポールの憲法制度全般について説明があった。
(3)法務大臣兼外務大臣 ジャヤクマール氏  外1名
  • 国民の兵役義務を定めたシンガポールの国防制度等について説明があった。
(4)シンガポール国立大学 ティオ・リーアン助教授
  • 「グループ選挙制度」は与党の人民行動党に有利な選挙制度であって、私見としては単純小選挙区制が望ましいと考えていること等について説明があった。


7.中国における調査の概要

(1)中国人民大学法学院 曾憲義(そう けんぎ)院長  外7名
  • 中国が改革・開放政策を進める中で、市場主義経済の導入は必要かつ必然であって社会主義市場経済はそのための発展形態であること等、中国憲法全般についての説明があった。
(2)中国共産党中央党校 劉俊傑(りゅう しゅんけつ)教授  外1名
  • 中国の憲法制度全般にわたって以下の説明があった。

    (a)中国でも、科学技術立国の立場から、知的所有権の保護が重要な課題として取り組まれている、(b)憲法改正に関する理論的な問題として私有財産の保護をいかに図っていくかが議論されている。

(3)全人代常務委員会法制工作委員会 張春生(ちょう しゅんせい)副主任  外3名
  • 現行憲法の制定の経緯について説明があった後、次のような意見交換を行った。

    (a)日本の平和憲法が、北東アジア及び世界の平和に多大の貢献をなしてきたことを評価している、(b)日本が国連決議に基づく平和維持活動に参加することは全く問題がない。


8.韓国における調査の概要

(1)朴寛用(パク クァンヨン)国会議長  外3名
  • 憲法をめぐる諸情勢について以下の説明があった。

    (a)韓国では、大統領の任期を国会議員と同じ4年とすべきではないかといった憲法改正論議がある、(b)日本が平和憲法を中心として経済大国に見合った国際貢献を行うことは高く評価できるが、アジアの隣国として日本国憲法9条に賛意を示している。

(2)金錘斗(キム ジョンドゥ)国会法制室長ら法制室職員
  • 韓国における議員立法の状況、立案過程における法制室の役割等について説明があった。
(3)憲法裁判所 朴容相(パク ヨンサン)事務処長  外6名
  • 韓国の憲法裁判所について以下の説明があった。

    (a)韓国の憲法裁判所は、国民の強い支持の下、軍事政権下で制定された多くの立法について違憲の判断を下している、(b)一般市民が直接、憲法裁判所に提訴することができる「憲法訴願」制度が活発に利用される等の積極的な活動を行っており、内外から高い評価を受けている。

(4)国家人権委員会 金昌國(キム チャングク)委員長  外4名
  • 韓国の国家人権委員会について、同委員会は、軍事政権下の権威主義において人権が侵害された経験にかんがみ、昨年、政府から独立した機関として設置されたばかりの機関であるが、積極的な活動が期待されていること等に関して説明があった。

◎中山団長所感

中山団長より、以上の概要について報告があった後、これを踏まえて、以下のような所感が述べられた。

  • 上院改革、地方分権の推進等の憲法改革を続けるイギリス、改革・開放政策の推進にあたり必要な憲法改正を行った中国、国民的な運動を受けて民主的な憲法が制定されたタイ、フィリピン、インドネシア、韓国等の経験にかんがみるとき、各国において、社会情勢が急激に変遷していく中で、それらの諸情勢に応じて、随時、憲法のありように関する国民的論議がなされ、それを踏まえて、憲法改正がなされてきていると言える。

◎派遣議員の発言の概要

葉梨 信行君(自民)

  • 英国以下、各国では、新しい時代の流れに積極的に対応し、憲法改革を図っていると感じた。
  • 各国の調査で印象的であった点を挙げれば、
     英国では、(a)地方分権改革や上院改革等をできるところから着手していること、(b)上院議長の権能抑制を憲法習律によって行おうとしていること、(c)公務員は、大臣に仕えるものであり、政治家個人に仕えるものではないということ等、
     タイでは、度重なるクーデタごとに憲法改正がなされており、(a)憲法裁判所が機能を発揮していること及び政治腐敗防止委員会が設けられていること、(b)選挙制度について日本の制度を参考にしたこと、(c)新憲法は改正をしやすくしたが、憲法への国民の支持は高く、実際には改正は難しいであろうということ、(d)新憲法の制定により、今後、クーデタが起きる可能性はほとんどなくなったとの発言等、
     シンガポールでは、(a)「アジア的価値観」について語られ、国民が政府を信頼しているかどうかが大切だという発言があったこと、(b)親の扶養義務を憲法上に規定することの是非に関する私の質問に対し、それは教育の問題であるとの発言があったこと、(c)中国の経済的発展は脅威であり、東南アジア諸国は日本に期待しているということ、
     中国では、(a)天安門事件の際に政府がとった措置は正しかったが、その最終的な評価は歴史が判断するであろうとの考えが示されたこと、(b)改革開放路線を進めている中で、何が「社会主義」であるのか今なお模索中であること、(c)憲法上の親の扶養義務規定が、「一人っ子政策」が原因でうまく機能していないこと、(d)中国側も我が国のPKO活動への参加は問題がないと認識していること等、
     韓国では、北東アジアの安定に関して、韓日米3カ国と中国及びロシアとの話合いが重要であると認識されていること等
    である。
  • 総括として、(a)国際関係を考える上で、自国の安全と利益に優先するものはない、(b)今後は、日本国民同士の信頼感を基本とした憲法論議を行っていくべきであるという感想を持った。


中川 正春君(民主)

  • 調査対象国の多くでは、活発な議論の中、国家目標や重要な争点に関して憲法改正を一つの手段として国論をまとめていくといった姿勢が窺え、それにより、憲法を国民に定着させている。また、軍事政権下の経験から、人権の考えを重視した憲法を制定した国があった。このような憲法に対する積極的な態度という観点から見ると、日本は大幅に遅れている。
  • 諸外国では、憲法裁判所の果たす役割が非常に大きいことを実感した。憲法裁判所が合憲性に関する明確な判断を示すことが立法府の議論の活発化を推進しており、このような「環境づくり」が憲法論議には重要である。
  • 9条について、中国及び韓国は、その平和主義的姿勢を高く評価しているが、日本のPKO活動についても積極的に評価しており、日本の国際貢献に対する期待を感じた。今後は、これらのことを踏まえた議論を行うことが重要である。


春名 直章君(共産)

  • 各国の憲法の歴史的背景などは大きく異なるが、いずれも国民の権利獲得の戦いの産物として憲法が成り立っており、憲法に関する議論を行う際には、改正回数や明文規定のあるなしにかかわらず、国の政治と国民生活との関係で考えることが重要であると感じた。
  • 近代憲法の大原則である国民主権及び人権保障という普遍的な理念が、それぞれの国の在り方の中心に据えられ、前進していることが印象的であった。訪問した各国においては、諸問題に対するさまざまな国民の模索や運動を経て民主主義と人権保障が拡充されてきているということを実感した。
  • アジア各国から、9条をはじめとする我が国の憲法の平和主義への積極的な評価・支持が表明されるとともに、それが崩されることへの危惧が率直に語られたことが特徴的であった。侵略戦争への反省なしにアジア諸国との真の友好関係を築くことはできないと痛感した。
  • ASEANの拡充や東南アジア非核地帯条約の調印など、東アジアは、世界の中で、大きな平和への流れを形成している地域であると考えられ、東アジア各国で、非同盟・非核兵器、紛争の平和的解決という力強い潮流が前進していることを実感した。こうした各国をめぐる憲法状況を見るにつけ、憲法調査会においては、人権保障と民主主義、日本の平和と外交などをめぐって日本でなされているさまざまな国民の模索と運動を踏まえ、憲法の運用実態の調査を行っていくべきであると痛感した。

◎委員の発言の概要

金子 哲夫君(社民)

  • 今回の海外派遣の特徴は、中国及び韓国での調査において、我が国の憲法、とりわけ9条に関する言及・評価がなされたことである。その背景には、アジア諸国の日本の戦後57年の歴史及びそれ以前の侵略の歴史に対する関心と、日本の将来に対する危惧がある。このことを受け止めた上で、今後の調査会を進めていくべきである。
  • 今回の調査議員団によれば、韓国の国家人権委員会は、人権とは国家権力から守られ救済されるべきものであるとの考えの下、政府から独立した機関として設立されたとのことである。この点からも、我が国で議論されている人権擁護法案は、人権委員会が法務大臣の下に置かれるなどの点で、十分に人権を救済できるのか疑問である。今後の国会論議の中で、今回の調査を活かしていくべきである。