平成14年11月14日(木)国際社会における日本のあり方に関する調査小委員会(第1回)

◎ 会議に付した案件

国際社会における日本のあり方に関する件

  上記の件について参考人岩間陽子君から意見を聴取した後、質疑を行った。その後、委員間で自由討議を行った。

(参考人)

  政策研究大学院大学助教授 岩間 陽子君

(岩間陽子参考人に対する質疑者)

  山口 泰明君(自民)

  山田 敏雅君(民主)

  赤松 正雄君(公明)

  藤島 正之君(自由)

  山口 富男君(共産)

  金子 哲夫君(社民)

  井上 喜一君(保守)

  近藤 基彦君(自民)

  中川 正春君(民主)

  平井 卓也君(自民)


◎ 岩間陽子参考人の意見陳述の要点

はじめに

  • 外交史、国際政治の観点から、戦後ドイツの基本法及び安全保障について意見を述べる。
  • ドイツ基本法の特徴としては、これまで改正法の数で51回と、頻繁に改正されてきたこと、憲法裁判所が基本法について大胆な判断を繰り返してきたことが挙げられる。

1.元々のドイツ基本法の規定

  • 西ドイツは、戦後、武装解除により軍備のない状態にあり、制定時の基本法には、侵略戦争の準備の禁止、兵役忌避の認容、平和を維持するための連邦の相互的・集団的安全保障制度への加入の規定があるのみだった。

2.西ドイツの再軍備

  • 朝鮮戦争勃発後、ヨーロッパ統合の枠組み内において西ドイツの再軍備が検討され、1954年には軍備に関する立法権限を連邦に付与する基本法改正が行われた。そして、西ドイツのNATO及びWEU加盟についての交渉を受けて、1954年にパリ条約が調印され、1955年に志願兵による連邦軍が発足した。
  • 1956年、与野党協力により再軍備に関する基本法の改正がなされた。その際、軍隊に対する民主的統制を図る上で、政府に対する議会のチェック及び連邦参議院を通じた連邦と州とのバランスが意識された。
  • 1957年には徴兵制が開始され現在に至っているが、徴兵制の存続については現在議論がなされている。なお、連邦憲法裁判所は、冷戦後においても徴兵制は合憲であるとの判断を示した。

3.1968年の非常事態立法

  • 非常事態立法は、主権回復のために懸案となっていたが、1968年、社会民主党と保守系政党との大連立政権下で実現され、基本法の大幅な改正により、ほとんどの領域をカバーする有事法制が整備された。これにより、基本法上に「防衛事態」、「緊迫事態」、「同盟事態」等の各事態に関する規定が置かれ、その定義、確定の要件、効果等が定められた。

4.冷戦下における西ドイツ軍の置かれた状況

  • 冷戦下において、西ドイツ軍はNATOに統合され、その機動性、指揮系統等については厳しく制限されるとともに、活動範囲はNATO領域内しか想定されていなかった。
  • 一方、人道援助、災害救難のための軍の派遣は別の観点でとらえられており、特段の議論なく、1960年以来、ほぼ毎年海外に派遣されている。

5.冷戦後のドイツの安保政策の変化と憲法解釈の変化

  • 冷戦後、湾岸戦争、旧ユーゴ紛争、ソマリアの内戦等に対処するため、国連やNATOを通じてドイツ軍が国際社会の一員又は同盟国の一員として参加する必要が生じ、これに伴い、域外派兵が基本法上の問題となった。
  • 1994年7月の連邦憲法裁判所判決において、国連の集団安全保障としての活動のほか、NATOのような同盟による活動についても、議会の同意を前提に、24条2項を基本法上の根拠として、連邦軍の派遣が可能であるとの判断が示された。この判決以降、ドイツ軍の海外における活動は拡大し、現在では、常時9,000人から10,000人を派遣するに至っている。
  • 冷戦後、自国への攻撃という事態が想定しづらくなるといった安全保障環境の変化に対応し、ドイツ軍は、危機管理、紛争予防のための域外展開を新たな任務とする方向で改革を進めているところである。

◎ 岩間陽子参考人に対する質疑者及び主な質疑事項等

山口 泰明君(自民)

  • 不穏な国際情勢に対する適切な対応と国際平和維持のため、確固とした法整備を行う必要がある。9条による制約がある一方で国際社会の平和と安全に係る日本の役割もあるという事情の下、軍事分野における日本の国際協力をどう考えるべきか。
  • 現行憲法の精神は尊重しつつも、軍事分野における日本の不可避の国際協力があるとすれば、憲法改正は避けて通れない選択肢になると考えるが、いかがか。
  • ドイツ基本法では、「防衛上の緊急事態」等対外的な緊急事態に関して規定を設けているが、これと比較して、有事関連3法案について、特に人権制約、地方自治体等に対する統制、国会によるコントロール等の観点からの参考人の意見を伺いたい。


山田 敏雅君(民主)

  • 現在の我が国にとって、どのような憲法改正が望ましいと考えるか。
  • 緊急事態の法整備に関しては、権限の集中と人権の制限が最大の問題となるが、参考人は、我が国でもドイツの緊急事態法制のような制度をとるべきと考えるか、それとも、我が国独自の制度を構築すべきと考えるか。
  • 侵略戦争への反省とそれを踏まえた対応において、日本とドイツの戦後の歩みには大きな違いがあった。日本が他国を侵略する意図がないことを諸外国に理解してもらうにはどうすればよいと考えるか。
  • 自衛隊を国連の指揮下に置くことについて、どう考えるか。


赤松 正雄君(公明)

  • 戦後の戦争責任をめぐる問題については、ドイツでは戦争責任をすべてナチスに押しつけ、「巧妙」であったのに対し、日本は責任の所在を曖昧にしてしまったのであり、「稚拙」であったという見解に対してどう考えるか。
  • 参考人は、その著作で、アメリカの対テロ軍事行動に際して、ドイツは即座に軍事的行動を含むあらゆる支援を行う用意があると表明したということを、大国としてのドイツの自己理解と結び付けて考えるべきであると主張しているが、これはどういうことか。
  • 今後、ドイツがアメリカ等の同盟国の立場と異なる立場に立つことも増えてくると考えるか。
  • 9条は憲法制定当時の状況を反映したものであり、また、これまで大きな役割を果たしてきたが、時代の変化を踏まえ改正を検討すべきであるという9条に対する参考人の認識は、私の認識とほとんど一致するものである。また、日本の有事法制論議において、国家の在り方をめぐる問題に関しては超党派の議論が必要という意見にも賛成であるが、現状は悲観せざるを得ない。このような現状に対し参考人はどうしたらよいと考えるか。


藤島 正之君(自由)

  • 9条で禁止されている侵略戦争と憲法上許される自衛隊の海外派遣との区別について、どう考えるか。
  • 我が国の緊急事態法制はどうあるべきと考えるか。
  • ドイツの連邦軍は今後どのように変わっていくと参考人は考えるか。
  • 「民主的軍隊」とはどのようなものと考えるか。また、ドイツにおいて徴兵制はどのようなものとしてとらえられているか。


山口 富男君(共産)

  • ドイツがNATOへの加盟と一体のものとして再軍備を行った際に、ドイツ一国での基本法の枠組みと国際社会との関係について問題になったと思われるが、当時のドイツはこれにどのように対処したか。
  • ドイツは戦後補償に関して長い間努力をしてきている。参考人は、日独両国における戦後補償の在り方の違いは民族性の違いによるものであると説明しているが、ドイツ基本法にも、この問題を政治が責任をもって対処するように求めるといった側面があるのではないか。また、ドイツにおける戦争責任の論争は、基本法の改正論争と関連して生じたものであったか。
  • 徴兵制導入以前から、ドイツ基本法4条には良心的兵役拒否の規定があるが、それが規定された経緯と意義について伺いたい。また、徴兵制の導入前と後ではこの規定の意味合いにどのような変化があったか。
  • 日本国憲法には戦争一般及び軍事力を放棄するとの明文規定があるのに対し、ドイツの基本法にはそのような明文規定がないが、このことについてどう考えるか。


金子 哲夫君(社民)

  • 軍事問題が発生すると、国連との関わりが議論の対象となるが、1999年のNATO連合軍によるコソボ空爆は、国連の決議がないままに行われた。これは国際的秩序の維持という点で問題ではないか。また、当時ドイツ国内では、この問題についてどのような議論がなされたか。
  • 先日の選挙で、ドイツ社会民主党は、アメリカが準備しているイラク攻撃に対して反対を掲げて勝利を収めた。そのときの反対理由及び国民の受け止め方は、どのようなものであったか。
  • ドイツでは、国家の個人に対する戦後補償がなされているのに対し、日本では全くなされていないが、このことについてどう考えるか。


井上 喜一君(保守)

  • 現行憲法には、危機管理や自衛隊に関する明文規定がなく、自衛権を根拠付ける規定も明確ではない。また、集団的自衛権の行使も認められていないとされている。私は、現在の社会通念から著しくかけ離れた9条は改正すべきと考えるが、参考人の意見はどうか。
  • 日本では、憲法が条約に優位するとの解釈が通説であるが、条約が憲法に優位すると考えれば、法律を制定しなくとも条約を国内法として直接適用できると考えるが、いかがか。
  • ドイツでは、今年2月の憲法裁判所の判決において、基本法に明文化されている徴兵制に関して合憲か否かが争われたというが、これはどういう意味か。


近藤 基彦君(自民)

  • ドイツでは基本法の改正はどのような手続によって行われているのか。日本のように国民投票は必要ないのか。
  • ドイツは、昨年9月11日の同時多発テロ後、アメリカのアフガニスタンでの軍事行動に協力する旨を直ちに表明したのと比べて、今回のイラク問題に対してはかなり異なった態度をとっているように思うが、その背景としてどのようなことが考えられるか。
  • 現在、ドイツでは非軍事面での国際貢献が重視されているとのことである。私は、日本が「人間の安全保障」という観点から非軍事的な貢献を行っていくべきと考えるが、その際、ドイツを参考にすべき点としてどのようなことがあるか。


中川 正春君(民主)

  • 冷戦中及び冷戦後のNATO域内での軍事行動でも、最近のNATO域外での軍事行動でも、ドイツ軍の国外への派兵は、ドイツ基本法24条2項(相互集団安全保障制度への加盟に関する規定)を活用して行われてきたと言える。しかし、アメリカ中心の多国籍軍に参加するようなケースについてもこのような集団安全保障で説明するのはやや無理があると思われる。ドイツでは、こういうケースはどのように理論構成されているか説明願いたい。
  • テロ特措法や周辺事態法の議論では、日米安保条約を集団安全保障とみなした上で、武力の行使に当たるかどうかという点からのみ議論がなされているようだが、このような議論はもはや限界に来ており、集団的自衛権や集団安全保障に関して正面から議論する必要があると考えるが、いかがか。
  • ドイツが基本法を何度も改正してきた秘訣は何か。


平井 卓也君(自民)

  • ドイツでは、基本法をたびたび与野党一致で改正して国家の安全保障を確立してきたが、どのようにして政治家や国民のコンセンサスを形成してきたのか。また、その際、政治家の強力なリーダーシップが必要だったと思うが、それについて説明願いたい。
  • ドイツ軍の旧ユーゴへの派兵に際しては、憲法裁判所の判決が決定的な役割を果たしたとの説明があったが、民主的正統性を持たない憲法裁判所が大きな役割を果たすことに批判はないのか。
  • 今後のアジアにおける安全保障の枠組みについて、何か方法論があれば教えていただきたい。

◎ 自由討議における委員の発言の概要(発言順)

赤松 正雄君(公明)

  • 有事関連3法案については、参考人が言うように、超党派の賛成を得て成立させるべきと考えている。この前は、社民党から、軍事的対処により失われる生命の数の方が非暴力の抵抗により失われる生命の数よりも多いことから、有事が生じた場合には、非暴力の抵抗により対処すべきという見解を伺った。共産党は、有事法制の整備に関してどのような考え方に立つのか。2000年9月に、緊急時における自衛隊の活用を共産党の方針として決定したと認識しているが、有事法制の整備は必要であるとの認識に立っていると理解してよいか。
 

>山口富男君(共産)

  • 有事関連3法案については、海外における武力行使につながるものであり、反対である。憲法前文において平和構築に向けた積極的平和主義の立場が明らかにされていることにかんがみれば、将来的にも、この立場を基本とすべきと考える。なお、2000年9月の党決定は、違憲の存在である自衛隊を「負の遺産」として前政権から受け継いで共産党が政権を担うことを想定して、警察力で対処することができない事態が生じた場合に既存の組織である自衛隊を活用するという意味であり、有事関連3法案と結び付けて考えていない。
 

>赤松正雄君(公明)

  • 有事法制の整備は必要ないという考えに立つと理解してよいか。
 

>山口富男君(共産)

  • 日本において、「有事法制」という言葉は、手垢の付いたものとなってしまっているが、そもそも、有事には、海上保安庁や警察によって対処し得るものもある。また、軍事同盟、核兵器、東アジアの不安定要因等の解決に向けた平和的努力を通じて、自国の平和と安全を図るべきであり、その意味で、政府の提案する「有事法制」は不要である。
 

>赤松正雄君(公明)

  • 「万が一」の事態が生じた場合、非武装・無抵抗を貫くという立場に共産党は立つものではないと理解してよいか。
 

>山口富男君(共産)

  • 9条で保持を禁止されている戦力以外の手段で、徹底的に抵抗するという立場に立つ。


金子 哲夫君(社民)

  • 戦後、ドイツと日本とが置かれた状況には、大きな違いがあることに留意すべきである。
  • 日本が他国からの侵略を受ける可能性がないことは明らかであることから、国外における紛争への対処が必要であるとの文脈で有事法制に関する議論が進められることを危惧している。また、本来であれば、他国からの侵略の可能性があるのか、平和外交によって不安定要因を除去することは不可能なのか等について議論を深める必要があるが、有事関連3法案は、そのような議論を欠いており、国際社会の現実から乖離していると考える。


中山 太郎会長

  • 北東アジアにおける安全保障の枠組みを構想する上で、平和維持に向けた外交努力を続けていくことが重要である。同時に、国民の生命・財産を守ることは政治の最優先課題であり、そのために必要な法律の整備を検討すべきである。
  • ドイツは、他国の平和構築のために人的資源や資金を提供しているが、日本は、まず、自国及び自国民の平和と安全を確保することに重点を置くべきである。


仙谷 由人会長代理

  • 参考人の意見陳述を聴いて、ドイツにおける再軍備は、第二次世界大戦への反省から、「開かれた軍」を念頭に国民の合意の上になされたということを再認識した。
  • ドイツの緊急事態法制が軍による国民の生命・財産の侵害の可能性等を踏まえて制定されたこと、実力部隊の役割が領土防衛から紛争予防・危機管理へと変化してきたこと等にかんがみれば、有事法制に関する議論は、憲法問題であることを認識するとともに、国民の合意の上で進めていく必要がある。


下地 幹郎君(自民)

  • 有事法制の整備に当たって国民の理解は不可欠の前提であることから、国民に対し、分かりやすい形で提示する必要がある。
  • そのためには、有事法制と日米安保条約との関係を検討する必要がある。特に、日米安全保障条約に基づく日米地位協定は平等性に欠けるものであることから、同協定の適正な改正がなされないままに有事法制の整備が先行することは、国民からの理解を得られない。


山口 富男君(共産)

  • 50回に及ぶ基本法の改正をはじめとするドイツの経験は、分断国家が統一へと至った歴史の中に位置付けて考えるべきである。
  • 北東アジアにおける安全保障を考える場合、日本の侵略戦争により生じた問題が未解決であることを踏まえ、憲法を活かす方向において諸課題に対処していくことが重要である。


赤松 正雄君(公明)

  • 今夏に事態対処特委員から構成された派遣議員団の一員としてドイツの緊急事態法制について調査を行った際、面談相手が、日本において有事法制を検討するに当たっては、国家間紛争への対応とともに、テロ等の国家間以外の紛争への対応を考えるべきであると述べたことが、大変印象に残っている。