平成14年11月28日(木) 基本的人権の保障に関する調査小委員会(第1回)

◎会議に付した案件

 基本的人権の保障に関する件

  上記の件について参考人苅谷剛彦君から意見を聴取した後、質疑を行った。その後、委員間で自由討議を行った。

(参考人)

  東京大学大学院教育学研究科教授 苅谷 剛彦君

(苅谷剛彦参考人に対する質疑者)

  谷川 和穗君(自民)

  今野 東君(民主)

  太田 昭宏君(公明)

  武山百合子君(自由)

  山口 富男君(共産)

  山内 惠子君(社民)

  井上 喜一君(保守)

  近藤 基彦君(自民)

  小林 憲司君(民主)

  倉田 雅年君(自民)


◎苅谷剛彦参考人の意見陳述の要点

はじめに

  • 教育社会学を研究する立場から、教育現場の実態やその変化と人権との関係について述べる。

1.憲法における「教育」

  • 憲法26条や教育基本法3条に定められた「能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利」等は、制度、運用面でどのように保障されているのか、教育現場の実態を踏まえて具体的に検討すべきである。

2.「能力」の意味

  • 「能力に応じた教育」という場合の「能力」とは、「どのような」能力かというだけではなく、「どの時点での」能力かということが重要であり、個人が持って生まれた能力や、家庭環境や学校制度がそれぞれどの程度影響しているのかを明確にしないと、教育を受ける権利が十分に保障されない。

3.教育改革の下での教育の実態の変化

  • 従来、教育を論じる場では、数量化された統計的データが軽視され、ほとんど使われなかったため、教育現場の状況が把握できず効果的対策がとれなかっただけでなく、学力格差等の問題を生じさせてきた。
  • 1992年の学習指導要領の改訂においては「ゆとり教育」を重視したが、その前後に行った小中学生の学力調査結果等から、家庭での勉強時間の減少や、基礎学力の低下(特に低学力者の学力の低下)が明確になった。基礎学力の習得は、その後の学力に大きく影響し、その欠如は将来の生活に対する不安にもつながることから、教育を受ける権利の保障にとって不可欠である。
  • 「調べ学習」の意欲や高校卒業後の進路の調査結果等から、家庭の環境や社会階層が子どもの能力や進路に影響を与え、「高学歴家庭の子は高学歴」といった「階層差」を生じさせていることが分かる。「生きる力」を育てるため「ゆとり教育」を重視するとしてきたこれまでの教育方針は、基礎学力の定着をないがしろにしてきたことにより、むしろ個人の能力格差を拡大してきたと言える。

4.「結果の平等」と「機会の均等」

  • 日本では、横並び意識から、「結果の平等」とは「最終的な結果における平等」ととらえられ、「機会の均等」を損なうものとされている。しかし、その意味は、むしろ、「均等な機会」を活用する能力を平等に与えられるべきという観点からの「事実上の平等」であり、「単なる理論的平等」と対比されるものであると考えるべきである。このことを教育の場に還元すれば、義務教育を終了した時点で、フェアな競争ができる能力を平等に持たせるということにつながる。

◎苅谷剛彦参考人に対する質疑者及び主な質疑事項等

谷川 和穗君(自民)

  • 国家活動に国民が参加をしていくという民主主義の趣旨から、証券教育や外国語教育といった、教員が実体験を持ちにくい分野においてNPOやNGOの支援を得ることについて、参考人はどのように考えるか。
  • ヒトゲノムの解析等科学技術の進展により個人に対応した医療等が可能な現代において、個人の能力に合った教育カリキュラムの作成等も可能なのではないか。また、こうした新しい時代の教育は、国が一つの方向を示すよりも地方に任せる方が実効性が上がるのではないか。


今野 東君(民主)

  • 教育基本法3条が誤って解釈されることにより、「結果の平等」が指向されており、現在の社会では、この規定が正しい意味で活かされていないと考えるが、いかがか。
  • 学力低下、不登校、子どもの問題行動等の諸問題は、経済効率優先の社会に原因があるのではないかと考えている。経済効率だけが優先される社会の問題を見ずに教育上の病理現象のみを理由として教育基本法を改正すべきとする議論は危険であると思われるが、いかがか。
  • 長期不況下での雇用の不安定化により拡大する経済格差が教育格差を生じさせている。この問題にどのように対処すべきであると考えるか。


太田 昭宏君(公明)

  • 私は教育改革国民会議において、大学改革、学力低下、学級崩壊・不登校問題の3点を問題提起しているが、このうち、学力低下について、参考人は、この10年間に行われてきた「ゆとり教育」に誤りがあったと考えるか。また、「ゆとり教育」が学級崩壊や不登校の問題の何らかの要因になった点はないか。
  • 従来の教育改革の流れは、個性の尊重を中心とするものであったが、教育改革国民会議においては、奉仕活動の義務化等、教育において一定の強制が必要であるとの考え方が共有されたと考える。参考人は、個人と公共のバランスについてどのように考えるか。
  • 心の教育を行うに当たっては、人間のつながりを重視する共同性の復活の中から文化や伝統を汲み上げることを重視すべきである。その際、歴史観、伝統・文化をどのように教えるべきかという点について、教育基本法の改正論議との関係において参考人はどのように考えるか。


武山 百合子君(自由)

  • 秘書の公募を通じて、立派な経歴や数々の資格等を有している者が、社会人としての基本的なマナーを十分身につけておらず、また、職を転々と変えている現状を目の当たりにしている。このような現状を生じさせた原因は何であると考えるか。
  • 教育改革に当たっては、法整備のほかにも、校長がリーダーシップを発揮できるような環境を築くこと、多種多様な経験を有する者に対し教員としての門戸を開くこと等のダイナミックな改革が必要であると考えるが、いかがか。
  • 教員の能力が現場で活かされるような環境を築いていく必要があると考えるが、現状は、教員、校長、文部科学省を含め、膠着状態にある。これにどのように対応すべきと考えるか。


山口 富男君(共産)

  • 参考人は、教育基本法の精神が教育の現場で活かされるよう改善すべきとの立場に立っているのか。
  • 参考人は、学力低下等の問題に関して、1992年の学習指導要領の改訂がターニングポイントになっていると分析している。本年4月に改訂された学習指導要領に対しても多くの批判があるが、その問題点や課題が学力低下等に与える影響等について、どのように考えるか。
  • 日本の教育内容に対しては、過度の競争とストレスが子どもの健康に悪影響を及ぼし、ひいては、不登校や自殺という問題を生じさせている等の批判が国際的にもなされているところであるが、この点について、どのように考えるか。
  • 義務教育段階における不登校、学級崩壊等の問題について、どのように考えるか。
  • 最近、中央教育審議会から提出された中間報告をどのように評価しているか。


山内 惠子君(社民)

  • これまでの学習指導要領の改訂が、逆に、子どもの「勉強ばなれ」を加速させたのであり、また、いじめ等の問題は、教育基本法の改正により解決できるものではないと考えるが、いかがか。
  • 教育改革に当たっては、学力の視点からのみとらえるのではなく、子どもに元気を与えるという視点を基本とすべきであり、また、「ゆとり」や「生きる力」を重視しつつ、学習内容を十分に理解できていない子どもへの対策・支援をも念頭に置くべきと考えるが、いかがか。


井上 喜一君(保守)

  • 義務教育制度は必要であると考えるか。また、1年ごとの進級という制度についてはどうか。
  • 子どもの能力差が広がっているということに関連して、「授業が分からないから、面白くない」という問題をどう解決すべきと考えるか。
  • 現在の技術の進歩や社会の複雑化に合わせて、義務教育課程を高等学校まで延長させることについて、どう考えるか。


近藤 基彦君(自民)

  • 憲法26条2項における「普通教育」とは、どのような教育を意味しているか。
  • 最低限の学力をつけさせるためにも少人数学級制を導入することには賛成であるが、あまりに人数が少ないと人間関係を育むという点では問題である。具体的に少人数とはどの程度が適当であると考えるか。
  • 地方では過疎化が進み、学校の統廃合により、学校へ通うのが不便になる生徒が出てくるという問題が起こっている。教育分野におけるこうした地域間格差に対して、国にはどのような関与の余地があると考えるか。
  • 都会の子どもたちに対して、日常の授業や体験学習の中で環境問題を教えるにはどのようにしたらよいか。


小林 憲司君(民主)

  • 戦後の教育では、子どもによって能力に差があるのは当然であるにもかかわらず、「平等」を追求したために、かえって子どもの間に不平等を生んでしまったと考えるが、いかがか。
  • 戦前の教育の検証も行うべきである。教育は、歴史・文化を踏まえた上での国家観及び日本と国際社会との関係を考える際の基軸を形成する役割を負うものであると考える。教育基本法の見直しに当たっても、そういった観点が大事であると思うが、いかがか。


倉田 雅年君(自民)

  • 現在の学習指導要領の方向性を転換し再改訂すべきだと考えるが、いかがか。
  • 新しい学習指導要領では教科内容が3割削減されたが、このような教育をやっていては日本は世界から後れをとってしまうのではないかという焦燥感を持っている。文部科学省は、実態調査を行い現在の政策を考え直して、早急に学習指導要領をより高い水準の内容のものへと改訂するべきと考えるが、参考人の考えを伺いたい。

◎自由討議における委員の発言の概要(発言順)

山内 惠子君(社民)

  • 教育における「平等」について考えるに当たっては、女子差別撤廃条約等において、「差別」とは区別、排除、制限のことを言い、また、「平等」とは、機会や権利のみならず責任の面においても要請されるものであるとされていることが参考になる。
  • 学校では、学力で子どもの地位が評価される傾向があり、勉強のできない子、目立たない子の評価が低くなりがちだが、そういう子についても、勉強以外の面での努力やクラスの脇役的な立場での活躍等を積極的に評価し、子どもの個性の発展を図るべきである。


山口 富男君(共産)

  • 参考人の話は、教育における多様性、分権等を重視するものであり、これまでの教育行政に対する批判であると受け止めた。教育の在り方を考えるに当たっては、教育の実態の把握が不可欠であり、また、参考人が指摘する教育における「階層差」について考える際には、憲法や教育基本法の本来の趣旨は何であったのかを理解する必要がある。
  • 明治憲法下の教育に対する評価を行う際には、教育勅語における主権在君等の考えが基本的人権の尊重等と相容れないために、1948年に、国会が、教育勅語等排除に関する決議を行った趣旨を踏まえる必要がある。


谷川 和穗君(自民)

  • 人権について考える際には、「公共の福祉」が重要であるが、憲法の「公共の福祉」という概念は分かりにくいと思う。基本的人権は奪うことができないが、他方で、これを濫用してはいけないということに尽きるのであり、憲法の条文はなるべく簡明なものにした方がよい。