平成15年2月6日(木) 最高法規としての憲法のあり方に関する調査小委員会(第1回)

◎会議に付した案件

 最高法規としての憲法のあり方に関する件(象徴天皇制)

  上記の件について参考人高橋紘君から意見を聴取した後、質疑を行った。その後、委員間で自由討議を行った。

(参考人)

 國學院大学講師
  東京経済大学講師
  元共同通信記者         高橋 紘君

(高橋紘参考人に対する質疑者)

  森岡 正宏君(自民)

  伴野 豊君(民主)

  赤松 正雄君(公明)

  藤島 正之君(自由)

  山口 富男君(共産)

  北川 れん子君(社民)

  山谷 えり子君(保守新党)

  近藤 基彦君(自民)

  大畠 章宏君(民主)

  平井 卓也君(自民)


◎高橋紘参考人の意見陳述の要点

はじめに

  • 私は、記者という立場で、取材を通してこれまで見てきた天皇及び皇室という観点から、意見を述べる。


1.皇位継承について

(1)憲法及び皇室典範上における問題点
  • 新旧の憲法及び皇室典範の皇位継承に関する規定は、皇男子のみに皇位の継承権を認めている点等において、あまり異なるものとはなっていない。
  • 現在の男子による皇位継承を続けていくならば、いずれ、皇族は途絶えてしまう。
(2)過去における皇位継承の方法
  • これまで男系男子による皇位継承が守られてきたのは、側室の存在によるところが大きく、旧皇室典範においても庶出の子による継承を認めていた。
  • 歴史上、推古天皇を初め10代8人の女性天皇が存在するが、いずれも、(a)皇太子が幼少であった等の理由による中継ぎ的存在であり、また、(b)寡婦か独身の女性であって、あくまでも例外的なものであった。
(3)旧皇室典範の制定過程
  • 旧皇室典範の初期の草案では、女性による皇位継承を認めようとしていた。
  • これに対し、井上毅は、(a)過去の女性天皇はいずれも寡婦又は独身であって、これは男系男子を守るためだったこと、(b)欧州でも、女性による王位継承を認めていない国があること等の理由を挙げ、皇位の継承は男系男子に限るべきだとした。
  • この結果、伊藤博文により、皇位の継承は、(a)皇胤に限る、(b)男系に限る、(c)一系にして分裂させないという三大原則ができあがった。
(4)現行の皇室典範の制定過程
  • 現行の皇室典範の制定過程では、憲法14条との関係から、女性による皇位継承を認めるべきではないかという議論はあったが、男系男子のままとなった。
  • 幣原国務大臣の答弁にあるように、当時は、男系男子が途絶えるおそれがあるとは思われていなかった。ただし、金森国務大臣は、憲法2条の定める皇位の世襲は、憲法上は男系男子と決めているものではないとも発言していた。
(5)皇室典範改正の必要性
  • 皇太子妃の懐妊後、世論調査では、女性による皇位継承を容認する声が高まっている。
  • 皇位の継承について、旧皇室典範の三大原則を守るならば、旧皇族を再び皇族に戻すことが考えられるが、これは、皇籍離脱後、半世紀以上を経た今日では、もはや無理であると言わざるを得ない。
  • したがって、皇室典範を改め、女系による継承を認めるとともに、皇族があまり増えないよう配慮しつつも、皇族女子の宮家創設についても認めることとすべきである。
  • なお、皇位の継承について、「男子優先」と男女の別なく「長子優先」という二つの考え方があるが、帝王学を通じて「天皇」という人格が形成されていくということにかんがみれば、長子優先の方が良いと考える。


2.象徴天皇について

  • 古来より、天皇には、(a)神事を大切にすること、(b)学問と教養を深めること、(c)万人に公平であることが求められ、名前にも、慈愛の心を表わす「仁」が用いられている。また、現在の天皇が即位に当たって述べた「おことば」のキーワードは、(a)国民とともに、(b)国民の幸福を願う、(c)憲法を遵守する、である。それが、まさに象徴天皇のあり方を示している。
  • 天皇には、「刃に血ぬらざる伝統」というものがあり、歴史上、明治天皇のような「軍服を着た天皇」は、ごくわずかにすぎない。
  • これらにかんがみれば、「象徴天皇」とは、GHQによってもたらされたものではなく、古来より、そうであったと見るべきである。
  • 天皇制のあり方は、現在の天皇になって、発言・行動を自らの判断で自由に行うなど、随分変わったが、それは、現在の天皇が、昭和天皇と違って皇太子の時代から、「象徴天皇制」について考え、模索してきたからである。その意味で、現在の天皇は、日本国憲法の下で即位した「初代の象徴天皇」と言ってよい。


おわりに

  • 天皇や皇族の外国訪問は、政府の都合等によって行われており、また、「大物政治家」が随行することで、「皇室外交」として政治色が付けられてしまっている。こうした「政治色」は、排除されるべきである。
  • 天皇制の議論というと、どうしても旧憲法下の天皇制を思い浮かべてしまうが、国会においては、本来あるべき「象徴天皇」について議論していただきたい。
  • 皇室典範の改正を図り、皇位の安定を図るべきである。

◎高橋紘参考人に対する質疑者及び主な質疑事項等

森岡 正宏君(自民)

  • これまでの天皇制のあり方にかんがみて、1条は現在のままでよいが、天皇は我が国の元首であると憲法に明記すべきと考えるが、参考人はどう考えるか。
  • 皇位を長子継承とすると、長子が女子であった場合、その配偶者をどのように選ぶかが大きな問題となるのではないか。
  • 参考人は、宮内庁担当の記者であった経験から、皇族のプライバシー及び情報開示に関してどのように考えるか。


伴野 豊君(民主)

  • 憲法及び天皇制について、早い段階から子どもに教えるべきである。女性の天皇や国王を認める国の方が成熟した国家であると感じられるため、女性天皇制も認めるべきと考えるが、参考人はどう考えるか。
  • 外国の王族における、女王又は女性皇太子の配偶者について説明されたい。


赤松 正雄君(公明)

  • 金森国務大臣は、女性天皇を認めることについては利害得失を考えていかねばならないと述べているが、ここでいう「利害得失」とはどういうものと考えられるか。
  • 女性天皇について議論することは、その他の天皇制の諸問題についての論議も巻き起こすのではないか。
  • 天皇と、首相公選制を導入した場合の首相との関係について、元首性との関連でどう考えるか。
  • 参考人は、皇族の外遊に有力政治家が随行することに批判的であるが、具体的にどのような問題があるのか。


藤島 正之君(自由)

  • 天皇が「象徴」であるということを、具体的にどのようにとらえるべきか。
  • 天皇の政治的中立性についてどう考えるか。
  • 首相公選制を採用した場合、公選された首相の「元首」性が問題となると考える。現行憲法における天皇の立場と公選首相の立場は両立しうると考えるか。
  • 皇位は、男子による継承を優先として、男子のない場合に限り女子による継承が行われるとする方が、我が国の国民感情に適合するのではないか。


山口 富男君(共産)

  • 新旧皇室典範の内容がほぼ同じであるとしても、両法については、新旧憲法における主権の所在の違いを認識しておくべきではないか。
  • 天皇制の歴史は長いが、その中でも、主権在民下の天皇制は現行憲法下の制度が唯一のものである。この点についてどう考えるか。
  • 現行憲法は、天皇の国事行為を厳格に規定しているが、これはどのような理由によるものと考えるか。
  • 天皇の行為は厳格に解すべきであり、国事行為と私的行為の二分説が妥当で、公的行為の概念は認めるべきではないと考えるが、参考人は、いわゆる皇室外交は国事行為との関係でどのような問題があると考えるか。
  • 現行憲法には、元首に関する規定がない。もし、元首というのであれば、行政権の長である首相が元首であると考える。したがって、天皇を元首と解することはできないのではないか。
  • 現在の天皇は、即位に当たって、「国民の幸福を願い、憲法を遵守する」という趣旨の発言をしたが、この発言は、憲法のどのような規定を踏まえたものと考えるか。


北川 れん子君(社民)

  • 女性天皇制度の導入には慎重であるべきと考える。参考人が、長子による皇位継承を主張する最大の理由は、男女平等の観点に立ってのものではなく、天皇制の存続を第一に考えてのものか。また、マスコミが男女平等の観点から女性天皇に言及していることについてはどう考えるか。
  • いわゆる「女性の視点」からは、皇族の中にも、我が国の伝統的制度の問題である家父長制や家制度の問題が残っていると考えられる。このような、「女性の視点」から見た天皇制についてどう考えるか。
  • 退位の自由及び皇籍離脱の自由を含め、天皇や皇族の人権についてどう考えるか。また、皇族女性のリプロダクティブ・ヘルス/ライツ(性の自己決定権)についてどう考えるか。


山谷 えり子君(保守新党)

  • 皇室の神事や祭祀は、日本の歴史や伝統等と一体のものであり、国民に日本の象徴としての天皇を感じさせるものといえるが、メディアや学校教育はそういったことを伝えていない。このような状況では、国民、ことに若者の皇室への理解は十分ではないと言え、よってその下での世論調査には疑問を感じるが、いかがか。
  • 象徴天皇制を次代に受け継いでいくためにも、象徴天皇制について議論していくことは重要であるにもかかわらず、今まであまりなされてこなかったと思うが、いかがか。


近藤 基彦君(自民)

  • 現在の国民の天皇制への関心は高く、また、女性天皇を認めようという合意も得られつつあると言えようが、他方で、皇位は男子に限るべきだと主張する人々がいる。しかし、これらの人々の意見は、旧皇室典範の背景にある考えとは異なるものと思われるが、いかがか。
  • 女性天皇を認めるとなれば、その配偶者として、民間から男性を迎えることになろうが、その場合の国民感情はいかがか。


大畠 章宏君(民主)

  • 69条によらず、天皇の国事行為である7条のみによって衆議院の解散を行うのは問題ではないかと考えるが、いかがか。
  • 天皇の元首性という問題と抵触するので首相公選制を採用することは難しいという意見があるが、これについて参考人はどう考えるか。
  • イギリスは「議会君主制」の国であると言われるが、他方で、我が国の制度はどう名付ければよいか。


平井 卓也君(自民)

  • 皇室典範の改正は必要であるという漠然とした感覚はあるが、日本人にはそういった問題を先送りするようなところがある。しかし、天皇とは我々のナショナル・アイデンティティーであり、「唯一の文化」でもあることから、いずれ日本人は知恵をしぼってこの問題を解決していくことと思う。これについて、参考人はどう考えるか。
  • 天皇は、内閣の「助言と承認」による国事行為、例えば、国務大臣の任命等の「裁可」に当たって、これを拒否しうるか。
  • 現行憲法の天皇に関する規定に問題点はないと思うが、「象徴」という言葉にはよく分からないところもある。天皇は「象徴」としての行為を自ら決定して行うものではないと考えるが、いかがか。

◎自由討議における委員の発言の概要(発言順)

奥野 誠亮君(自民)

  • 1条で、天皇の地位が「国民の総意に基づく」とされているのであるから、天皇は、元首という言葉がいいかどうかは別にして、日本国民を代表する地位にあると考える。
  • 他方、8条で、皇室の財産授受に関して国会の議決を要するとして煩雑な手続が要求されているのは、1条の規定と比べて違和感を感じる。これは、現行憲法制定時に、GHQが皇室の財産規模を制限する目的でなされたのではないかと考える。
  • 連合軍による占領中であったことなど、現行憲法が制定された当時の状況を整理した上で、我が国の伝統を踏まえつつ新しい日本をつくるとの発想の下、新しい憲法を考えることが必要である。


中山 太郎会長

  • 高橋参考人に対する質疑では、各党から天皇それ自体に対する反対論は出されなかったように思う。今後、議論を進めていく上で、各党が天皇制に対してどのような考えを持つかは重要であると考える。この点について、共産党の山口委員から考えを伺いたい。

>山口富男君(共産)

  • 奥野委員から「天皇は日本国民を代表する地位にある」との趣旨の発言があったが、天皇は象徴であり、代表とは意味合いが異なると考える。また、皇室の財産授受に国会の議決を要するとしている8条の制度は、憲法の枠組みの中で定められている法的な制度であると考える。
  • 各党の天皇制に対する考え方が、今後の議論において重要であるとは考えていない。主権在民という原理と象徴として特定の一家族が定められていることとの間には、やはり矛盾があると考えている。現行憲法においては国事行為が厳格に定められるなどしており、天皇制の問題は当面の課題とはならないと考える。

>中山太郎会長

  • 公選された首相が元首であるとの立場、天皇が元首であるとの立場、天皇は象徴であるとの立場のうち、どれが最も好ましいと考えるか。改めて山口委員に考えを伺いたい。

>山口富男君(共産)

  • 天皇制は、歴史の中で解消されていくことが望ましいと考えるが、現在は、憲法上、天皇は象徴であり、当面の課題となっていない。

>中山太郎会長

  • 社民党の北川委員は、山口委員に伺った諸点について、どのように考えるか。

>北川れん子君(社民)

  • 社民党の公式の見解ではないが、私は、女性天皇に関しては、慎重であるべきと考える。
  • 国民の「総意」が変化すれば、象徴の意味合いも変化すると考える。
  • 憲法の定める主権在民や女性の人権という観点からすると、それらと天皇制との間にはやはり齟齬が感じられ、天皇制が制度としてなくなることを希望したい。

>中山太郎会長

  • 高橋参考人は、天皇となるべき者には幼少の頃から帝王学を学ばせるべきであり、敬宮愛子様がすでに1歳を迎えられていることもあるので、女性天皇を認めるための皇室典範の改正は早急に考えられるべきであると述べたが、この見解について、北川委員はどのように考えるか。

>北川れん子君(社民)

  • 皇室典範は、日本国憲法と比べると、あまりに異なるものであると感じる。天皇の人間としての人権が守られる方向で皇室典範改正の議論がなされるのでないならば、改正には反対である。

>中山太郎会長

  • 共産党、社民党両党の委員からの意見について、赤松委員はどのように考えるか。

>赤松正雄君(公明)

  • 憲法と皇室典範との間にギャップを感じるとの北川委員の発言の趣旨は、理解できる。
  • 山口委員の意見は、象徴天皇制を当面は変える必要はないが、「長期的なスパンで見た場合には変えていくべき」と理解してよいか。

>山口富男君(共産)

  • 憲法自体が、国民の判断で天皇制を変えうる仕組みを有していると考える。主権在民という原理と象徴として特定の一家族が定められていることとの間には、やはり矛盾があり、天皇制は自ずと解消へ向かうと考える。


仙谷 由人会長代理

  • 大日本帝国憲法に定められた告文や憲法発布勅語等を、今一度読み直す必要がある。
  • 大日本帝国憲法の制定された当時、政府は、天皇は神であり、女性は不浄であるから皇位に就けるべきではないとの誤った考えを有していたように思われる。そして、それが現在の皇室典範にも反映されているのではないか。女性天皇については賛成であるが、その議論をする前提として、天皇が男性でなければならなかった理由、王政復古や王権神授説等のある種の虚構が濫用され日本が第二次世界大戦へと突き進んだという経緯等を総括することが必要であると考える。

>奥野誠亮君(自民)

  • 男系男子の皇位継承を変更することは、時期尚早ではないか。皇室典範の改正は法律問題であり憲法問題ではない。また、天皇は神であり不浄である女性は皇位に就けないとの話は初めて聞いたし、終戦直後の議論にもそのようなことは出てこなかったはずである。

>仙谷由人会長代理

  • 私の言ったのは、第二次大戦直後ではなく、明治維新後の大日本帝国憲法制定時の話である。

中野 寛成君(民主)

  • 女性天皇の是非は、皇孫の中に男子がいないという観点から論じるのではなく、それが天皇制の在り方、両性の平等など一つの国の在り方や哲学に関わる事柄であることを踏まえた上で論じるべきである。結論としては、女性天皇を認め、皇位は長子継承とすべきと考える。
  • 皇室典範は、憲法と同じタイミングで検討し、議論し、改正していくべきである。
  • 1条の「総意」とは具体的にはどういうことであるかや、天皇の国事行為として掲げられている7条4号の「国会議員の総選挙」は「衆議院議員の総選挙及び参議院議員の通常選挙」と書き換える等、天皇制に関わる整理すべき点はいくつかあると考えるが、象徴天皇制は国民の間に浸透しており、存続させていくべきであると考える。