平成15年3月6日(木) 最高法規としての憲法のあり方に関する調査小委員会(第2回)

◎会議に付した案件

最高法規としての憲法のあり方に関する件(象徴天皇制−天皇の権限・国事行為等を中心として−)

 上記の件について参考人園部逸夫君から意見を聴取した後、質疑を行った。その後、委員間で自由討議を行った。

(参考人)

 元最高裁判所判事         園部 逸夫君

(園部逸夫参考人に対する質疑者)

 平井 卓也君(自民)

 中野 寛成君(民主)

 斉藤 鉄夫君(公明)

 藤島 正之君(自由)

 山口 富男君(共産)

 北川 れん子君(社民)

 井上 喜一君(保守新党)

 森岡 正宏君(自民)

 伴野 豊君(民主)

 近藤 基彦君(自民)


◎園部逸夫参考人の意見陳述の要点

はじめに

  • 象徴天皇制は、現行憲法の理念に基づき規定されているが、その背景にある歴史や伝統等を無視し得ないため、国家機関の権限を定めた通常の法律のみで律するようなことはできない。また、独特の制度であるため、比較法的観点からそのあるべき姿を探ることは困難である。現実の天皇の存在とその行動に着目し、天皇制のあるべき姿を探求していきたい。


1.天皇制度の憲法上の位置付け

(1)天皇制度の背景−歴史的変遷に見られる多面性
  • 歴史上、天皇は、統治機構の基軸として、権力に正統性を付与する役割を果たしてきたが、象徴天皇制下では、この「権威付けの権限」を国民が天皇に委ねたと理解することができる。
  • この他、天皇は、社会規範の具現、文化・学芸の伝承・体現、祭祀の継承といった側面を有してきた。


(2)日本国憲法が定める天皇の地位・権能と皇室諸制度

  • 現行憲法は、天皇が、(a)象徴たる地位にあること、(b)世襲による地位にあること、(c)国民の総意に基づく地位にあることを定める。また、その地位の維持のために、憲法や皇室典範には、国事行為、皇位継承、皇族、皇室経済の各制度が定められている。


2.天皇の権能と行為

(1)権能・行為のあり方−象徴の積極性と消極性
  • 天皇の権能・行為のあり方については、存在するだけで象徴であるとの消極的象徴との視点だけでなく、象徴としてふさわしい行為のあり方を模索し、象徴であるためには天皇が象徴的機能を果たす場の用意が必要であるとする積極的象徴の見地からも、実情等を考慮しつつ、探求すべきである。
(2)権能・行為の制度上の基準
  • 天皇の行為に関して、(a)国民主権から導かれる基準として、内閣の助言と承認により最終的に国民の意思に適うこと、(b)象徴制度から導かれる基準として、「狭義の政治(統治や秩序に関する事柄であって国民の間にさまざまな議論があり、その帰趨が定かではない事柄)」に関わることがあってはならないこと、(c)世襲制度から導かれる基準として、天皇が何らかの事情によりその機能を果たせない場合には、「摂政」あるいは「国事行為の臨時代行」といういずれも皇族のみが就任資格を有する制度で象徴機能が果たされなければならないことが、それぞれ挙げられる。
(3)権能・行為のあり方と運用上の基準−行為分類論
  • 国事行為に係る規定は厳格でなければならないが、天皇が、戦後、国政の場以外で果たしてきた象徴としての役割の位置付けも考えるべきである。
  • 天皇の行為に関する分類については二分説や三分説があるが、私は、天皇の行為の実態に即して象徴に由来する価値を分析するとの観点とともに、天皇の行為の性質に応じた費用負担という観点から、五分説(国事行為、公人行為、社会的行為、皇室行為、私的単独行為)を提唱したい。


3.国事行為等について

(1)国事行為の分類
  • 国事行為は、(a)天皇の権能のありようと国事行為との対応関係、及び(b)儀式の有無により、分類することが可能である。
(2)象徴たる地位と国事行為等
  • 「国政に関する」行為は、前述の「狭義の政治」に関わる行為を意味すると理解すべきであり、天皇は、象徴であるために、統治行為の権威の源泉たる地位を国民から委ねられていると考えられる。
  • 国事行為として行われる儀式は、国民が当該行為の意味内容を可視的に理解するのに資するものである。
  • 天皇は、国事行為や公的行為により象徴性を発揮することが重要であり、それらの行為の責任は内閣が負うのが当然である。公的行為に関しては、その意味にふさわしい制度上の位置付けが必要と考えるが、慎重な配慮が必要であり、また、限定列挙には馴染まないと考える。
(3)行為の代行
  • 摂政と国事行為の臨時代行とは、前者が天皇の意思と関わりなく行われ、後者がその意思にかからしめられる点で異なるが、いずれの者による国事行為にも内閣の助言と承認を要する。

◎園部逸夫参考人に対する質疑者及び主な質疑事項等

平井 卓也君(自民)

  • 天皇が諸外国から我が国を代表するものと評価されていること等にかんがみれば、天皇を元首として位置付けるべきであると考えるが、いかがか。
  • 内閣総理大臣等の任命に当たって、現在、天皇に対して「裁可」を求めるという形式をとっているが、「裁可」という言葉は、天皇が任命権者であるとの誤解を与えるので、不適当ではないか。
  • 参考人は、天皇の行為の分類について、「五分説」を提言するが、その理由は何か。


中野 寛成君(民主)

  • 象徴天皇制は国民に支持され、定着しており、天皇制に関して何ら変更する必要はないと考えるが、「元首」という肩書を持つ者がいないと何か不都合があるのか。
  • 皇位は、第一子が継承することとし、女性天皇を認めてもよいと考えるが、その場合、現行のシステムで何らかの不都合があるのか。あるとすれば、どのように改善すべきか。
  • 国民の象徴としての天皇のあり方については、皇位継承の問題を含め、現実論ではなく一般論として議論すべきと思うが、いかがか。


斉藤 鉄夫君(公明)

  • 天皇には、統治の基軸として権威の源泉となり権力に正統性を付与するという性格が与えられているとの理解は、旧憲法下の天皇と同様、現行憲法下の天皇についても当てはまるのか。
  • 権威の源泉は、憲法上は、第一義的には国民にあり第二義的に天皇にあるが、参考人が指摘するように、実態としては、歴史的背景の上に成り立っている天皇制度そのものにあると考えるが、この点に関し、現行憲法の構成との関係でどのように考えるか。
  • 参考人は、天皇の行為の性質に応じた費用負担という観点からも、天皇の行為の分類について「五分説」をとるとのことであるが、なぜそのような行為分類が重要なのか改めて伺いたい。


藤島 正之君(自由)

  • 現行憲法において天皇の国事行為とされている行為の範囲は、諸外国と比べた場合、適当であると考えるか。
  • 天皇が元首としての性格を持っていることとの関係で、現行憲法下において首相公選制を導入する場合、何らかの問題が生ずると考えるか。
  • 参考人は女性天皇の問題について早急に結論を出す必要はないとするが、皇位継承の問題については、あらかじめルールを明確にしておく必要があり、早急に検討すべきであると考えるが、いかがか。
  • 皇族制度は、現行のままでよいと考えるか。


山口 富男君(共産)

  • 参考人は、象徴天皇制は現行憲法に定められた新たな理念に基づいて理解されるべきであると述べているが、この場合の新たな理念とは何か。私は、象徴天皇に係る規定も国民主権原理を具体化するものであり、天皇に権威の源泉としての地位を与えたものではないと考える。
  • 4条において、天皇が国事に関する行為のみを行い国政に関する権能を有しないと厳格に定めた意義について、どのように考えるのか。
  • 参考人は、国事行為を大きく三つに分類するが、そのいずれも、(a)行為の責任は内閣がとる、(b)行為の性格は形式的・儀礼的なものである、という点で共通していることが重要であると思うが、いかがか。
  • 私は、天皇の行為を国事行為とそれ以外の行為に分類する二分説をとるべきであると考えるが、現状では、憲法解釈上、天皇の行為があいまいになっているという問題が、運用にそのまま組み込まれたとの印象がある。この点について学界等において批判はないのか。
  • 国事行為の分類について、参考人が「国政に関する行為」という語を用いるのは、どのような問題意識に根差すものものか。

北川 れん子君(社民)

  • 天皇の行為については、二分説に立って厳格に考えるべきである。参考人の唱える五分説は、天皇の行為をあいまいにするものであり、明治憲法における考え方に近いのではないかと考えるが、いかがか。
  • 国事行為を行ったときのみ象徴としての天皇の行為であるとする理解が、国民にとって分かりやすいと思う。また、五分説をとると、天皇の行為をあいまいにし、主権在民の方向に反すると考えるが、いかがか。
     

井上 喜一君(保守新党)

  • 象徴天皇は、内閣の助言と承認に基づいて国事行為を行うが、実際上の問題として、天皇に裁量の余地はあるのか。
  • 天皇制は、属人性の強い制度であり、これまで天皇の退位の制度について議論がなされていない。退位制度創設の是非について、参考人はどのように考えるか。
  • 天皇の地位について定めた第1条は、よくできた規定であると考えるが、よりよい表現の仕方があるかについて、参考人の考えを伺いたい。
     

森岡 正宏君(自民)

  • 現在の天皇はさまざまな行為をしており、4条の「天皇は国事に関する行為のみを行ひ」という規定の、「のみ」という文言は削除した方がよいと考えるが、いかがか。
  • 宮中祭祀のうち、大嘗祭などについては、宗教的行為として考えるべきではなく、国事行為として位置付けるべきであると考えるが、いかがか。
     

伴野 豊君(民主)

  • 私は、天皇の権能と行為について、「天皇が象徴であるためには受動的・消極的権能を基本」とするネガティブ・ルール的な定め方の方が良いと考える。参考人は、天皇が象徴として積極的機能を果たす必要がある場合に、「象徴的役割を果たす場の用意が必要」とするが、具体的にはどのような場を考えているのか。
  • 天皇の行為については、行為主体の側からの分類とともに、行為の受け手の側からの分類、例えば、国民や世界がどう受け止めるかという観点からの分類もあってしかるべきと考えるが、いかがか。
  • 天皇は象徴であり、国事行為だけでも大変な仕事であるため、天皇の行為について詳細に規定することは、現在の忙しさを一層助長するようにも思われる一方、公的職業としての天皇のあり方・可能性という観点から天皇の行為を整理することは、かえって行為主体である天皇にとっても好ましいことであると考えるが、いかがか。
  • 3条では、国事行為には「内閣の助言と承認を必要」とされているが、内閣が「助言」をした場合に「承認」しないことはあり得ないので、「承認」という文言は不要であると考えるが、いかがか。
     

近藤 基彦君(自民)

  • 皇位継承者として生まれた皇長子を、天皇としてふさわしい人格に育てるためには、一般の教育では十分ではなく、「天皇教育」というべき特別な教育が必要であると考えるが、いかがか。また、特別な教育が必要であるとすれば、女性天皇の是非についても早急に検討すべきではないか。
  • 昭和26年の第12回国会の開会式における「おことば」の中の、「平和条約の調印が終わったことは、…誠に喜びにたえない」という文言について、政治的発言ではないかといった批判がなされたが、こうした「おことば」の中の政治的発言について、参考人はどのように考えるか。
  • 国事行為については、助言と承認を行う内閣が責任を持つこととなるが、公的性格ないし公的色彩のある行為について問題が発生した場合には、やはり内閣に責任があるのか。またその場合、内閣はどのような形で責任をとるのか。
     

◎自由討議における委員の発言の概要(発言順)

奥野 誠亮君(自民)

  • 参考人は、天皇の地位の源泉は国民主権に存すると述べたが、これは誤解を与えるのではないか。マッカーサーは、英国の制度を念頭に、天皇の地位を“Head of the State”としたが、これをそのまま「元首」と訳したのでは、旧憲法と変わらないという誤解を招くので用いられなかっただけであり、また、「主権の存する」という文言は、極東委員会の要求により後から加えられたものである。私は、現在のままでは、天皇の地位は不明確であるので、「国民を代表する地位」という意味の言葉を入れるべきであると考える。
  • 即位の礼などの際に、「国の儀式」と「皇室の儀式」とを分離したのは、20条が「国及びその機関は、…いかなる宗教的活動もしてはならない」という規定に基づき、一連の行事を分類したものであり、これによって「宮中の伝統」を守ることはできた。しかし、私は、20条は、神道を潰すために設けられた規定であると考えており、新しく作る憲法では、「皇室の儀式」について周到に配慮した規定を設けるべきである。


島 聡君(民主)

  • 7条に列挙されている国事行為のうち、4号で用いられている「国会議員の総選挙」という文言は、本当にこのままでよいのか検討すべきである。
  • また、3号の衆議院の解散については、69条で解散の要件を内閣不信任決議案が可決された場合又は信任決議案が否決された場合と定めているにもかかわらず、実際には7条を根拠に内閣の判断で行われている。解散は、国会と内閣の対立行為であり、単に天皇の国事行為として整理してしまうのではなく、天皇、内閣及び国会の関係をきちんと整理すべきである。
     

山口 富男君(共産)

  • マッカーサー・ノートの“Head of the State”は、今日では「頭位」又は「頭部」と訳すのが普通であり、マッカーサー・ノートを下敷きとして「元首」について議論することには、無理があると考える。
  • 衆議院の解散の規定については、7条と69条とを併せて検討すべきである。