平成15年3月13日(木) 基本的人権の保障に関する調査小委員会(第2回)

◎会議に付した案件

基本的人権の保障に関する件(労働基本権−公務員制度改革及び男女共同参画の視点から−)

上記の件について参考人菅野和夫君及び藤井龍子君から意見を聴取した後、質疑を行った。その後、委員間で自由討議を行った。

(参考人)

 東京大学教授          菅野 和夫君

 内閣府情報公開審査会委員
  元労働省女性局長        藤井 龍子君

(菅野和夫参考人及び藤井龍子参考人に対する質疑者)

 野田  毅君(自民)

 小林 憲司君(民主)

 太田 昭宏君(公明)

 武山 百合子君(自由)

 春名 直章君(共産)

 金子 哲夫君(社民)

 井上 喜一君(保守新党)

 平林 鴻三君(自民)

 水島 広子君(民主)

 谷本 龍哉君(自民)


◎菅野和夫参考人の意見陳述の要点

1.現行公務員制度(労働基本権制限の枠組み)の成立

  • 立法政策として公務員制度をどのように構築するかに当たっては、公務員の労働基本権制約の枠組みの成立過程を検討することが、現在でも大きな意味を持つと考える。
  • 公務員の労働基本権制約の理論的根拠として、一方で、米国における「主権理論」(公務員の使用者は政府ではなく主権者たる国民自身であること、したがって、公務員の労働条件は議会が決すべきであって政府には本来決定権がなく公務員と政府の間に団体交渉はあり得ないこと、などをその主たる基礎とする理論)が、一方で、ドライヤー報告が挙げられる。ドライヤー報告は、その後の東京中郵事件の判例理論や同時期の立法政策にも重要な影響を与えた。

2.公務員の労働基本権問題と判例の流れ

  • 当初、最高裁は「全体の奉仕者論」により全面的合憲論を導いたが、強い批判を背景に、東京中郵事件等により判例変更がなされ、その後、さらに全農林警職法事件等による再度の判例変更により全面的合憲論が復活し、現在に至っている。全農林警職法事件の判例理論は、「主権理論」及び議会制民主主義・財政民主主義に基礎を置くものである。
  • 全農林警職法事件による判例変更の功績は、28条の団体交渉原理にどのような制約があるかが問題なのではなく、28条と対立する諸原理があり、28条は相対化・弾力化せざるを得ないことを明らかにしたことであると考える。
  • その後、議論は立法政策に移り、三公社のスト権問題は国鉄民営化で決着がつき、非現業公務員については本格的議論がないまま今日に至っている。

3.今回の公務員制度改革と労働基本権

  • 公務員の労働基本権を考えるに当たっては、労使関係をどのようにするかは重要な問題である。公務員制度改革大綱(H.13.12)においては、現行の労使関係を維持するように見受けられるが、その検討は今回の公務員制度改革の議論において先送りされている。また、各主任大臣の人事管理権強化、能力・業績主義の導入という大改革に対応した労使関係制度の在り方についても、答えが出されていない。
  • 労使関係における米・欧の二つの立場のうち、ILOは、伝統的に欧の政労使の協議・対話重視の立場に立脚する。それはドライヤー報告とそれを継承した東京中郵事件判決の考え方が立脚するところのものである。
  • とすると、今回のILOの中間報告(H.14.11)のメッセージは、一つは、公務員制度において労使関係をどう構築するかについての関係団体への協議の呼びかけであり、もう一つは、大改革に見合うだけの公務員の労使関係制度についての再検討を行うべきではないかという呼びかけであると思われる。
  • しかし、この問題についての政府の説明は、依然として全農林警職法事件(「主権理論」の立場)に基づくものであり、それではILOに対して説得力は少ないのではないかと考える。
  • 公務員労使関係の難しさは、多数の論点がからみあうこと、また、制度論と運用論が複雑にからみあうことであり、広く意見を徴するプロセスを重視すべきである。

◎藤井龍子参考人の意見陳述の要点

1.雇用の場における女性の地位の向上に大きな影響を与えた日本国憲法

  • 戦前、女性は参政権を持たず、男性に比べ低い地位に置かれていたため、日本国憲法14条や24条の規定は、女性にとって画期的なものであった。
  • 1947年、憲法の労働基本権を具体化するものとして、男女同一賃金の原則を謳う労働基準法が制定され、同時期に設置された労働省に婦人少年局が、各都道府県に婦人少年室が置かれた。
  • その後、雇用における男女平等議論はなかなか進まなかったが、1975年の「国際婦人年」における世界女性会議(メキシコ)、1979年の女性差別撤廃条約の採択(我が国は1985年に批准)を受けて、国内においても、雇用の分野における男女の機会均等のための法整備への検討が始まった。ここにおいて、男女の「平等」が「女性保護」と衝突することから、大きな議論となった。
  • 1985年に男女雇用機会均等法が制定されて以降、育児休業法やパートタイム労働法の制定等を経て、1999年、「社会のあらゆる分野における活動に男女が共同で参画する機会が確保されることをめざす」男女共同参画社会基本法が成立した。

2.女性労働者の現状

  • こうして女性の地位向上のための施策が実施されてきたが、我が国の女性労働者の特徴としては、(a)女性労働者の高学歴化・基幹労働力化が進む一方、均等法の遵守状況がいまだ不十分である、(b)女性が、出産・育児の時期に仕事を辞め、育児が一段落した後になって再就職するという現象(「M字型カーブ」)が、諸外国と比べて顕著である、(c)女性の就業形態が多様化してきている、(d)ライフスタイルが多様化し、晩婚の傾向、未婚率の上昇が顕著であるといったことがある。
  • これらの点を念頭において、女性労働に関する政策を検討すべきである。

3.雇用の場における均等を実現するための課題に関する私見

  • 雇用の場における均等を実現するための課題に関し、以下の3点を提唱したい。
  1. 行政指導により採用差別等に対処するには限界があるため、強制的な命令権限等をもつ救済機関を設置するといった救済措置の拡充が必要である。
  2. 我が国は、「再就職型」の働き方をする女性が多いことから、パートタイム労働対策など再就職を希望する女性のための施策を拡充する必要がある。また、募集・採用時の年齢制限が、女性の再就職に際して障害となることから、その撤廃も検討すべきである
  3. 育児・介護等と仕事との両立が容易となる環境を整備する必要性が高まっていることから、国・地方自治体・企業・個人(家庭)の責任分担についての十分な議論と国民的なコンセンサス作りを行う必要がある。

◎菅野和夫参考人及び藤井龍子参考人に対する質疑者及び主な質疑事項等

野田 毅君(自民)

<両参考人に対して>

  • 公務員制度改革や男女共同参画の観点から、現在の憲法の規定に不備な点があると考えているか。

<菅野参考人に対して>

  • 公務員制度改革については、行財政改革の視点からも考えるべきではないか。また、民間企業と同様に合理化を進めた場合、民間と比べて公務員の側に不利になるような現実があるか。

<藤井参考人に対して>

  • 「家庭」について、例えば、家族が助け合うことなどを憲法に明記すべきではないかと考えるが、いかがか。


小林 憲司君(民主)

<菅野参考人に対して>

  • 公務員に対する労働基本権の在り方は、各国によってさまざまである。我が国では、労働基本権制約の代償として人事院制度が設けられていることを踏まえ、公務員の労働基本権について国際的な平仄に合わせるには、どのようにすべきと考えるか。
  • ワーク・シェアリングを進めていくことが、国民の勤労の権利を実現していくことに資するものと考えるが、いかがか。

<藤井参考人に対して>

  • 女性の年齢階級別労働力率が「M字型」のグラフ曲線を描くというのは、日本だけの特徴か。
  • 男女共同参画社会について、国民の意識改革は進んでいると思うが、実態が伴っていないと認識する。国民の意識に実態を合わせていくためには、今後、どのような施策が必要と考えるか。


太田 昭宏君(公明)

<菅野参考人に対して>

  • 27条及び28条の規定は現在のままでよいとも考えるが、勤労の義務については、「自己実現を図るため」等の表現を加えてはどうか。
  • 公務員制度改革について、人事院の権限を縮小する方向で議論が進められているが、全農林警職法事件の最高裁判決でも認めているように、人事院制度は労働基本権制約の代償として大切な制度ではないのか。

<両参考人に対して>

  • 公務員の人事制度に、中途採用による雇用の流動性や前向きの競争原理を導入すること等は、組織に活力を与えるために必要と考えるが、いかがか。

<藤井参考人に対して>

  • 育児休業や介護休業を取得しやすい環境を整備するためには、今後、どのような施策が考えられ、その結果、それはどのようなイメージのものとなるか。


武山 百合子君(自由)

<菅野参考人に対して>

  • 公務員の労働基本権について、具体的な規定を憲法に設けるべきと考えるが、いかがか。また、立法政策で対応するのであれば、どのような法整備が必要と考えるか。

<藤井参考人に対して>

  • 男女の雇用機会均等、育児休業、介護休業等に関して、憲法に現実を踏まえた上で明記すべきことがあるか。また、子育てを終えた人が職場復帰を希望した場合、その受入れを企業に義務付けるという自由党の政策について、感想を伺いたい。
  • 男女共同参画社会の視点から、憲法に位置付けるべきことがあるか。また、立法政策で対応するのであれば、どのような法整備が必要と考えるか。
  • 地方公共団体による男女共同参画社会推進のための条例制定等の取組みについて、感想を伺いたい。


春名 直章君(共産)

<菅野参考人に対して>

  • 公務員制度改革大綱では労働基本権の検討を先送りしているが、そのような中で、労働基本権の制約の代償措置たる人事院の機能を縮減し、任命権者の権限を拡大することは、憲法違反ではないのか。
  • ILO勧告は、我が国の公務員に対する労働基本権の在り方について再考すべきとしている。これに対し、政府は、ILOが我が国の公務員制度を誤解しているとして真摯に受け止めようとしないが、このような政府の考え方はおかしいのではないか。

<藤井参考人に対して>

  • 参考人の意見陳述からは、今なお女性差別が残っているのは、憲法の理念に立法・行政が追いついていないからであると認識されていると感じたが、そのような理解でよろしいか。
  • 男女雇用機会均等法が改正され、差別の禁止等について義務化されたにもかかわらず、女性差別は解消されていない。参考人は、救済措置の拡充で対応すべきとするが、法律に罰則規定を設けてはどうか。


金子 哲夫君(社民)

<菅野参考人に対して>

  • 公務員制度改革大綱において、公務員の労働条件や勤務条件に係る事項が多く記載されているにもかかわらず、労使を交えた議論が行われていないことは問題であると考えるが、いかがか。
  • ILOの勧告は、公務員の労働関係についての労使間の話合いを促していると考える。このことを、日本は、基本認識として捉えるべきであると考えるが、いかがか。

<藤井参考人に対して>

  • 日本の労働法制においては、努力規定が多く、企業努力に委ねている事項が多過ぎると考える。このまま企業の良心に委ねていても、それらの規定は守られないのではないか。
  • 女性の占める割合の高いパート労働者や有期雇用労働者と正社員との間の賃金格差が拡大しつつある現在、パート労働者等と正社員との同一価値労働同一賃金を保障していくべきであり、それは、すなわち女性労働者の賃金を引き上げていくことにもなると思うが、いかがか。


井上 喜一君(保守新党)

<菅野参考人に対して>

  • 労使関係等の実態にかんがみた場合、公務員について、労働基本権は、およそ認められないと考えるか。認められるとすればどのような権利か。

<藤井参考人に対して>

  • 男女共同参画社会について、さまざまな理解がなされているようである。私は、性別に応じた特性や役割といったものはあって構わないと考えるが、そもそもの男女共同参画社会の原点を伺いたい。
  • 国が、法律等に規定することにより、家庭というプライベートな場にまで干渉していくことは問題ではないかと考えるが、いかがか。


平林 鴻三君(自民)

<藤井参考人に対して>

  • 男女共同参画に係る現行憲法の条文には、基本的に修正すべき点はないと考えるが、いかがか。
  • 参考人は、雇用の場における均等を実現するために必要なものとして救済措置の拡充を挙げているが、公務員関係ならともかく、私企業における労使関係には私的自治の原理に委ねる部分も多く、男女共同参画社会の実現を推進すべく行政が介入していくことはなかなか困難な問題であると考える。参考人の考える行政が行う救済措置の具体策はどのようなものか。

<菅野参考人に対して>

  • 公務員の労働条件等については、法定されるという原則がある以上、労使間の交渉で決められるという性質のものではないと考えるが、いかがか。
  • ILOの勧告や報告は、憲法や国内法に優先するものではないので、直ちにこれに従う必要はないと考えるが、いかがか。


水島 広子君(民主)

<藤井参考人に対して>

  • 社会生活において妊娠や出産等の生物学的な事象に起因した差がつかないようにするのが、男女共同参画社会の考え方であると思うが、いかがか。
  • 日本は、仕事と私生活のバランス、いわゆる「ワーク・ライフ・バランス」が極端に悪い国であると言われるが、これを端的に示すデータ等があれば教えていただきたい。また、憲法の理念を活かすには人間としての尊厳が保たれる環境の提供が重要であるという観点から、「ワーク・ライフ・バランス」を考える必要があると考えるが、いかがか。
  • 民主党は、2001年には、「労働者の職業生活と家庭生活との両立を支援するための育児休業、介護休業等に関する法律案」を国会に提出し、今年に入り、パート労働者の均等待遇原則を定めた法案の骨子をまとめたところであるが、参考人は、このような方向性についてどのように考えるか。

<菅野参考人に対して>

  • 以上の点について、労働法の大家としてのご意見があれば伺いたい。


谷本 龍哉君(自民)

<菅野参考人に対して>

  • 現在の日本の公務員の労働基本権に関して、28条の観点からは、ILO勧告にもあるように、給与決定等に公務員自身が参画していないことが論点となると思うが、一方、使用者は国民全体であるとの考え方(主権理論)、41条の議会制民主主義や83条の財政民主主義の観点からは、それらは労使間の自由な合意によるべきではないと理解するのが自然である。参考人は、このような二つの観点からの考え方の調整を、どのように図るべきと考えるか。

<藤井参考人に対して>

  • 日本では、これまで、平等とは結果の平等であるかのような用いられ方をしてきたが、重要なことは、評価や競争条件の平等である。特定の性別や人種を対象に優遇策を設ける国もあるようだが、参考人は、ある程度強引にでも、国が、男女平等の社会の実現という結果の平等を求めるべきであると考えるか、あるいは、環境や条件の整備を中心に行っていくべきであると考えるか。

◎自由討議における委員の発言の概要(発言順)

倉田 雅年君(自民)

  • 公務員の早期退職勧奨の慣行を廃止するとともに、定年年齢を延長することにより、「天下り」が減り、特殊法人が整理され、ひいては、行財政改革が推進されることになると考える。


春名 直章君(共産)

  • (a)ILO加盟に当たっての諸条件及び98条に定める条約遵守義務にかんがみれば、公務員の労働基本権に関するILO勧告を無視するかのような政府の姿勢には問題があること、(b)14条で性差による差別を禁止しているにもかかわらず現実には差別が存在しているため、藤井参考人の提言をも踏まえた上で、その差別の解消に取り組む必要があること、(c)公務員の労働基本権が制約されていることは問題であり、憲法の精神を実現するという観点から解決を図るべきであること等の課題について、憲法調査会において、掘り下げて議論していくべきである。


平林 鴻三君(自民)

  • ILO勧告は国家主権を侵害するような性質のものではなく、また、憲法や国内法に優位するものでもない。公務員制度については、我が国の実情に応じた制度の構築を図るべきである。


金子 哲夫君(社民)

  • 公務員の労働基本権については、ILO勧告を受け入れるか否かは主権の問題であるにせよ、ILOという国際組織が労働に関する国際基準を踏まえて発した勧告を相応に尊重した形で議論するとともに、ILOに提訴しなければ事態の打開を図ることができなかったという現状を深刻に受けとめるべきである。
  • 労働基本権が労働運動の中で確立されてきたという歴史的経緯を踏まえた上で、公務員の労働基本権については、(a)公務員も労働者である以上労働基本権を原則的に保障する、(b)十分な議論を通じてどこまでその制約を認めるかを決定する、(c)制約を行う場合には代償措置を検討する、という順序において議論を進めるべきである。


平林 鴻三君(自民)

  • 公務員の労働条件等は、国会での議論を経た上で、法律により定められるものである。ILO勧告は、憲法や国内法に優位するものではなく、国会で議論を行う際の考慮要素に過ぎない。


今野 東君(民主)

  • 家族の助け合いの精神を憲法に明記することは、家族の在り方に一定の枠をはめる結果になりかねない。むしろ、夫婦の多様な在り方を認める社会を実現する方向において、国民のコンセンサスの形成を図るべきであり、その過程の中で、男性の育児休業がとりやすいような環境整備等について検討すべきである。


春名 直章君(共産)

  • 日本は、ILO条約の加盟国である以上、公務員の労働基本権の議論に当たっては、公務員の労働基本権に関するILO勧告を踏まえた議論を行う必要がある。それは、ILO勧告が憲法や国内法に優位するか否かという議論ではない。


大出 彰小委員長

  • 公務員の労働基本権に関するILO勧告について、日本では、「中間報告」であり最終的なものではないと誤解されているようであるが、ILOの当局者によれば、勧告部分は既に勧告としての効力を有しているのであり、国際常識に沿った形で日本の公務員制度改革が行われるのを期待しているとのことである。
  • 公務員の早期退職勧奨の慣行、独立行政法人制度の在り方等を見直すことを通じて、適切な制度改革を行うべきである。