平成15年4月3日(木) 最高法規としての憲法のあり方に関する調査小委員会(第3回)

◎会議に付した案件

最高法規としての憲法のあり方に関する件(硬性憲法としての改正手続−各国憲法の改正手続と国民投票制度−)

上記の件について参考人高見勝利君及び長尾龍一君から意見を聴取した後、質疑を行った。その後、委員間で自由討議を行った。

(参考人)

 国立国会図書館調査及び立法考査局政治議会調査室主任
  北海道大学名誉教授                  高見 勝利君

 日本大学法学部教授                  長尾 龍一君

(高見勝利参考人及び長尾龍一参考人に対する質疑者)

 近藤 基彦君(自民)

 伴野 豊君(民主)

 遠藤 和良君(公明)

 藤島 正之君(自由)

 山口 富男君(共産)

 北川 れん子君(社民)

 井上 喜一君(保守新党)

 平井 卓也君(自民)

 島 聡君(民主)

 森岡 正宏君(自民)


◎高見勝利参考人の意見陳述の要点

I.憲法改正規定の諸類型

  • 諸外国の憲法改正手続は多種多様であるが、通常は、(a)「憲法の安定性」及び(b)「国民主権の原理」に由来する要請を充たすように仕組まれている。
  • 以上二つの要請は、各国憲法において種々の方式となって現れるが、憲法改正の決定・承認の主体に着目して、以下のように大別できる。
(1)議会による憲法改正の方法
  • まず、(a)原則として表決数だけが加重される型(例:ドイツ)(国民投票制が併用される場合も多い)及び(b)議会で再度の議決が要求される型に分けられる。さらに(b)は、(ア)同一構成の議会による再議決を要求する型(例:イタリア、ウクライナ)及び(イ)異なる構成の議会による再議決を要請する型(例:フランス、ベルギー)に分けられる。
(2)国民の投票による方法
  • 憲法改正は憲法制定権力(主権)を有する国民だけに許され、立法権しか有さない議会には許されないとの思想に基づく。この方法は、(a)必要的(義務的)国民投票制(例:日本)、(b)任意的国民投票制(例:スエーデン)、(c)併用制(例:オーストリア)とに分けられる。
(3)特別の憲法会議を設ける方法
  • この方法は、特に設けられた会議体が改正案を審議ないし議決する方式で、国民の憲法制定権力の思想に基づくものである。(例:アメリカ合衆国)
(4)連邦を構成する支邦の多数の同意による方法
  • この方法は、連邦制に特有の方式である(例:アメリカ合衆国)。


II.憲法96条の沿革

(1)96条の制定過程
  • 明治憲法の改正手続においては、国民はその過程から排除されていた。
  • 松本委員会における国民投票制導入の検討、民間憲法研究会案に国民投票制が盛り込まれたことなどを経てGHQで作成された第一次試案は、人民は常に憲法を精査し新たに憲法を制定する権限を有するとの「世代理論」を反映して、10年ごとに憲法改正について検討する国会の特別会(extraordinary session)の召集が義務づけられていた。しかし、憲法は永続性と弾力性を併せ持つ文書でなければならず、その改正手続は簡明なものでなければならないとの考えから、最終案は、「一院制の国会の3分の2以上による発議」、「国民の承認」、「天皇による公布」を内容とするものとなった。
  • さらに、同案の日本側への交付後、日本側の要請により二院制が採用されたことにより発議要件がより厳しくなるなどの変更が加えられた。
(2)憲法96条の原意
  • 第90回帝国議会の金森国務大臣答弁によれば、憲法制定権と立法権は観念的に区別され、前者は国民がその意思を直接に表明することにより行使され、後者は国会によって表明されることとなるから、憲法改正案の発案は国会の権限、承認(決定)は国民の権限とされている。


III.おわりに

  • 96条の改正のハードルが高いことは確かであるが、世界的に見て最高レベルにあるとは言えない。また、諸外国の憲法を見るとき、形式的な改正のハードルの高低から、改正の頻度が導かれると考えるべきではない。


◎長尾龍一参考人の意見陳述の要点

1.硬性憲法の問題

  • フランスのジロンド憲法では、「人民は、常に自身の憲法を再検討する権利を有し、一世代は、その制定した法律に将来の世代を従わせる権利を有しない」旨を定めていた(「世代理論」)。
  • 硬性憲法とは、立法者のエゴであって、子孫はこれに抵抗する権利を有する。
  • 憲法が通常の法律に優越する理由には、以下のようなものが考えられる。
    (a)「神の法」−ユダヤ教やイスラム教に見られる宗教的なもの
    (b)「立法者崇拝」−徳川幕藩体制が徳川家康を東照神君としたようなもの
    (c)「伝統主義」−伝統は子孫の世代の多数決で変えられない尊厳を持つもの。
     ただし、伝統にも「古い伝統」と「新しい伝統」とがあり、憲法自体「古い伝統」を壊してできたものであることに注意すべきである。
    (d)「感激時」の決意−カール・シュミットが「非常時の決断は平常時の決断に優先する」と述べたように、敗戦など「感激時」の意思は平常時の意思に優先するとするものだが、必ずしも一般化できないと思われる。
  • 憲法の硬性とは、その改正に特別多数決を要することで「秩序の安定」を図る意味があろうが、果たして、少数意見(「祖先派(憲法制定時の祖先と同じ意見の者)」)が多数意見(子孫)を拘束できるであろうか。


2.硬性憲法の意義

  • しかし、他方、憲法改正が単純多数決で決まってよいかについては、以下のことを考えるべきである。
  • 自然権思想の立場からは、多数の意思をもっても変えられないものがあるはずである。
  • また、self-criticalな社会(少数者の意見を常に尊重するような社会)というのは、「自滅しない社会」でもあり、少数者と多数者が会話の場を持つことは安定した社会を築くことになる。なお、「少数者」には、「一時的少数者」と「永続的少数者」とが存することに留意すべきである。
  • このようなことから、憲法の硬性には、「少数者保護」という意義があると考えられる。

おわりに

  • 近代憲法は「啓蒙思想の落とし子」である。ジョン・ロックは、人間は生まれたときには白紙の状態であって、すべては生まれた後の経験によって形成されるが、それは後の時点で白紙還元できるという「白紙還元主義」を唱えたが、この考え方からすると、冒頭に紹介したジロンド憲法の規定は、まさにこの考え方を明文化したものであったと言えよう。
  • 私は、「白紙還元主義」が歴史哲学として正しいとは考えないが、歴史とは「白紙還元」の繰り返しであるとすれば、そこには、常に「啓蒙」と「伝統」の対立があったことになる。
  • 21世紀においては、「啓蒙」と「伝統」の調和を図っていくことが必要と考える。

◎高見勝利参考人及び長尾龍一参考人に対する質疑者及び主な質疑事項等

近藤 基彦君(自民)

<両参考人に対して>

  • 96条が憲法改正手続を規定していながら、国民投票に関する法整備がなされていないために、現実には憲法改正を行うことができない。これは、見方によっては「国会の不作為」ということにもなる。憲法改正を行うかどうかは別として、速やかに法整備を行うべきと考えるが、いかがか。

<高見参考人に対して>

  • 諸外国の憲法改正手続は、憲法にすべての規定が設けられているのか、下位法令に委任している部分もあるのか。

<長尾参考人に対して>

  • 少数意見をも尊重するのが民主主義であるが、少数意見を尊重するあまり、多数意見を無視してしまっては、憲法改正についての時代の要請に応えることはできない。その意味で、私は、参考人の著作を読んでいて、軟性憲法にした方がよいのではないかという印象を受けたが、参考人の意見はいかがか。


伴野 豊君(民主)

<両参考人に対して>

  • 国会における憲法改正の発議について議論する前提として、国会議員の選挙の際の一票の格差が是正されなければ国民の意思が正確に反映されないと考えるが、いかがか。

<長尾参考人に対して>

  • 憲法改正の発議についての要件を少し緩和してもよいと思うが、参考人が指摘した「少数者の保護」について、よい知恵はあるか。


遠藤 和良君(公明)

<両参考人に対して>

  • 例えば前文には「これは人類普遍の原理であり、この憲法はかかる原理に基づくものである。われらは、これに反する一切の憲法……を排除する」とあり、9条には「永久にこれを放棄する」、11条には「侵すことのできない永久の権利」とある。このように、文言上、憲法改正に限界が設定されていると考えられないか。
  • 96条自体を改正することは、一種の自己否定となるのではないか。憲法改正権に関する規定も改正できると考えるか。


藤島 正之君(自由)

<両参考人に対して>

  • 憲法には、どのような規定を設けることもできるのか。また、設けられた規定は、すべて有効となるのか。例えば、自衛権は自然法上認められるものであると考えるが、自衛権の行使を禁ずる規定を憲法に設けることはできないし、もし規定しても無効であると考えるが、いかがか。
  • 憲法の平和主義と軍隊の保持の関係についてどのように考えればよいか。


山口 富男君(共産)

<高見参考人に対して>

  • 諸外国の憲法改正規定は類型化が可能であり、おおむね二つの要請(安定性・国民主権)を満たしているとの参考人の意見であったが、立憲主義が世界に波及・成長していったという歴史を考えれば、各国の憲法は共通の土壌に立っているものとみなしてよいのか。
  • 「世代の拘束論」(立法者は後の世代を拘束するという考え)は、改正規定と対応する側面があるものと考えてよいか。
  • 憲法改正限界説は、私も支持するところであるが、参考人が、改正に限界があると考えている事項として、具体的にどのようなものがあるか。
  • 参考人が、憲法改正限界論の立場から各国憲法の特徴づけを行った研究・作業はあるか。
    <長尾参考人に対して>
  • 参考人は、硬性憲法に批判的な見解を紹介し、かつ「「感激時」の決意」は法理論として一般化は難しいという説明をしたが、それは、参考人のこれまでの法哲学の研究を踏まえての意見であると考えてよいか。
  • 明治から昭和の戦前期にかけての時期においては、筧憲法学のような、今では到底受け入れられない神権的な憲法論が力を持ったが、これはなぜだと考えるか。

北川 れん子君(社民)

<両参考人に対して>

  • 憲法の理念が法律に反映されているかについて検証することが必要であると考えるが、その点を踏まえて、今の法律の中で具体的に何か気付く点はあるか。
  • 憲法に「新しい人権」などの新しい条項を盛り込むべきであるといった意見があるが、私はその必要はないと考える。これについて、参考人のご意見を伺いたい。  

井上 喜一君(保守新党)

<両参考人に対して>

  • 憲法の理念と現実は、憲法制定時には一致していたが、次第に乖離していった。この乖離を解釈によってもカバーできなくなった場合、どのような手段でそれを解決すればよいか。
  • 諸外国の改正手続規定にはいくつかの類型があるとのことだが、そのうち、うまく機能しているものとして、どの国の憲法が挙げられるか。
  • 改正する事項によって異なる改正手続を定めている国はあるか。  

平井 卓也君(自民)

<両参考人に対して>

  • ある新聞社の世論調査で、憲法改正を支持する意見が、ここ数年過半数を超えているという結果が明らかになったが、現行の96条では、国民の過半数の賛成があっても、国会議員の3分の1以上が反対であれば憲法改正はできない。これは、国民の意思よりも国民の代表者の意思を上位に置くものと考えられるが、いかがか。
  • 国民主権の原理を発展させていくという観点から、国民が憲法改正の発案ができるとの規定を設けることを考慮してもよいのではないかと考えるが、いかがか。
  • 国会法に、内閣には憲法改正を発案する権限はないと定めた場合、その規定は憲法違反になるか。
  • 1962年、フランスでは当時のド・ゴール大統領が、憲法の規定を無視して直接国民投票を行うことで憲法改正を行った。それは違憲の疑いがあると思われるが、フランス憲法院はその憲法改正を有効であるとの判断を下した。この憲法院の判断はどのような理論構成に基づくものであったのか。  

島 聡君(民主)

<両参考人に対して>

  • 私は、昨年6月号の『Voice』で96条の改正私案を発表しており、(a)各議院の総議員の3分の2以上の賛成があれば、国民投票を経ずに憲法改正は可能である、(b)第3章(基本的人権)の改正については全て国民投票を経なければならない、などの規定を置いた。これについて、参考人の意見を伺いたい。
  • 昨年11月に行われたイタリアにおける憲法改正の国民投票では、投票率が34パーセントと低調であった。96条は条文上、投票率を想定していないと思われる。投票率が低ければ無効という考えもあるが、どのように考えるか。  

森岡 正宏君(自民)

<両参考人に対して>

  • 憲法は敗戦・占領の異常状態の中、GHQという国家主権を超えた存在が関わって制定された。96条に込められたアメリカの意図は日本の脅威の排除にあり、日本国憲法は時の政府の意思に反してできた憲法である。このような経緯を踏まえて、(a)憲法の制定過程に対する感想、(b)96条のハードルを変えた方がよいかについて伺いたい。

◎自由討議における委員の発言の概要(発言順)

藤島 正之君(自由)

  • 96条の改正手続を具体的に実施するための国民投票法が制定されていない。これが「国会の不作為」というべきものであるかどうかはともかく、速やかに制定されるべきである。
  • 本小委員会も、国民投票法の制定に向けた何らかのアクションを起こすべきであり、小委員長報告においては、少なくとも、国民投票法の制定を図るべきとの議論がなされていることに触れていただきたい。


平井 卓也君(自民)

  • 藤島委員の意見に同感である。国民投票法の制定を慎重にすべきであるとの見解に、合理的な根拠はないと考える。  

山口 富男君(共産)

  • 96条の改正手続を実施するための国民投票法が整備されていないことが「立法不作為」には当たるとは言えないとの高見参考人の意見は、よく整理されたものであると考える。
  • 憲法改正が具体的に問題となった時点では、国民投票法は必要であると考えるが、現時点においては、不備があるとは考えていない。  

大畠 章宏君(民主)

  • イラク戦争の戦後処理の問題を考えるとき、日本が第二次世界大戦敗戦後に連合軍の占領を受け、その下で現行憲法が制定されたことが想起されるが、その際に日本国民の民意が反映されたとは考えられない。現行憲法のこのような経緯にかんがみれば、今後、国民の総意によって改正されることも考えられる。そうであるならば、来るべき時に備え、個人的には、憲法改正のために必要な具体的な立法措置をとっておくことは必要であると考える。

遠藤 和良君(公明)

  • 96条に規定する改正手続に関して、もっと議論すべきこととして、(a)内閣に発案権はあるのか、(b)改正案の審議の際の定足数は通常の委員会と同様でいいのか、(c)各院による発議に必要な「総議員」の3分の2とは、議員定数を指すのか現在議員数を指すのか、(d)国民投票における「過半数」とは、有権者総数・投票総数・有効投票総数のいずれの過半数を意味するのかなどの点が挙げられる。
  • 現行憲法の文言は、その制定以来一言一句改正されていないが、いわゆる解釈改憲と言われるように、実態としては変遷してきているのではないか。イェリネックは「事実は法を破壊し、法を創造する」と述べているが、実際、時代の方が法に先行しており、我々も、解釈だけではもはや対応できなくなっている点があるのではないかとの観点から憲法を考えることが必要ではないか。  

北川 れん子君(社民)

  • 私は、憲法は国家権力の行使の制限を規定しているものであると考える。
  • 長尾参考人は、「日本は、感激時しか憲法を改正しないのかもしれない」と述べていたが、国家権力の行使の制限を規定する憲法を改正しなければならない前提条件が発生するに至っているのかについて、国会の内外における議論が深まっているのか疑問である。96条の問題以前に、国家権力の行使の制限に関する現在の状況に焦点を当てる必要があると考える。  

仙谷 由人会長代理

  • 現行の憲法秩序の下で、現在のような閉塞状況がもたらされているとの認識に立ち、グローバリゼーションや情報化が進む時代において、現在の制度が効果的に機能しているか、現行憲法のどの条項を改正すれば制度改革が進むかとの観点から憲法を考えること、すなわち「国のかたち」との観点から憲法を議論することが必要ではないか。
  • 憲法改正のための国民投票法の未整備を「国会の不作為」であるとするのは運動論としては理解できるが、具体的な改正・改善についての国民の合意を形成することが先であり、憲法改正のための国民投票法の制定はその後に行えば十分ではないか。
  • 日本の政治の意思の収斂の方法として、憲法改正により、国民投票や住民投票を取り入れたほうがよいと考える。憲法改正のための国民投票法は、それに合わせて制定すればよいと考える。  

奥野 誠亮君(自民)

  • 20年程前の法相在任当時、当時の社会党から自主憲法制定についての見解を尋ねられた際に、国民に正直な意思を示した方がよいとの判断から、私は、「国民の間に議論がなされ、結果として、たとえそれが元の憲法と同じものであったとしても、再度憲法を作り直そうとの機運が生まれれば、それは好ましい」と答えた。護憲派はこれを捉えて私に辞任を迫ろうとしたが、彼らには本当に憲法を守ろうとする意思があるのか、疑問に感じた。
  • 現行憲法に照らして自衛隊が違憲であるかどうかなどは、各人によって意見の分かれるところであり、真に守られる憲法を制定する必要がある。その際は、これからの日本のあるべき姿を念頭に置いて考えるべきである。憲法改正を許さないという考えの方々とは、話し合うことによって打開策を見出したい。  

遠藤 和良君(公明)

  • 憲法改正のための国民投票法の制定だけを先行させることには、疑問がある。仙谷会長代理の言うように、まず「国のかたち」を考えることが重要であり、96条についても、先程述べた諸点の議論を行った上で国民投票法を整備すべきである。


北川れん子君(社民)

  • 私は、憲法というものは、政治家や判事等の公務員が、国民・市民から、遵守すべきものとして託されたものであると考える。96条の問題を考える際も、その背景にあるものは何かを考えることが重要であり、長尾参考人の言う「感激時」、言い換えれば興奮した状態で国会が議論を進めていってしまうことには疑問を感じる。
  • 政治家等憲法に近い側の者ではなく、遠い側の者の考えに耳を傾けるべきであり、さらには、そういった思いを汲み取る仕組みがあるか否かを検証すべきである。  

藤島 正之君(自由)

  • 改正の具体的提案が定まってから国民投票法を整備すれば十分であるとの意見があるが、96条に関しては遠藤委員の言うようなさまざまな論点があるのだから、そのような点だけでも先行して検討していくことが重要ではないかと考える。