平成15年5月12日(月)(金沢地方公聴会)

日本国憲法に関する調査のため、金沢市において地方公聴会を開き、意見陳述者から意見を聴取した後、意見陳述者に対し質疑を行った。

1.意見を聴取したテーマ 日本国憲法について(非常事態(安全保障を含む)と憲法、統治機構(地方自治を含む)のあり方及び基本的人権の保障のあり方)

2.派遣委員

団長 会長 中山 太郎君(自民)

会長代理  仙谷 由人君(民主)

  幹事  葉梨 信行君(自民)

  幹事  中川 昭一君(自民)

  委員  桑原 豊君(民主)

  委員  遠藤 和良君(公明)

  委員  一川 保夫君(自由)

  委員  春名 直章君(共産)

  委員  金子 哲夫君(社民)

3.意見陳述者

 無職        山本 利男君

 福井県立大学教授  島田 洋一君

 弁護士       岩淵 正明君

 弁護士       松田 智美君

 大学教授      鴨野 幸雄君

※なお、意見陳述を予定されていた蓮池ハツイ君は、お身内に御不幸があったことから欠席されたため、団長の指示により、意見陳述募集の際に寄せられた意見の要旨を事務局が朗読し、意見の概要を紹介した。


◎団長挨拶の概要

団長から、会議開催の趣旨及び憲法調査会におけるこれまでの活動の概要等について、発言があった。

◎意見陳述者の意見の概要

山本 利男君

  • 憲法第3章「国民の権利及び義務」において、権利義務は表裏一体であるべきなのに権利のみがきわだち、義務があまりにも少ない。
  • 道徳教育を徹底する必要がある。また、宗教とは何か、なぜ人間は宗教を必要とするかの基本を教えるべきである。
  • 前文の「…平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」については、生物の自己防衛という自然界における法則に反する不自然なものであり、直ちに削除すべきである。
  • 愛国心や郷土愛、「利他の心」を憲法に規定すべきである。
  • 日本国憲法は、旧憲法から言えば間違いなく無効憲法であり、また占領地の法律を変えてはならないという国際法違反の不法憲法である。
  • 96条の「憲法改正の手続」を他の項目に優先して改正すべきである。
  • 日本国憲法には良い面もたくさんあるが、時代は大きく変化しており、その出番は終わっている。

島田 洋一君

  • 北朝鮮による拉致を重大な人権問題として、北朝鮮に対する制裁の理由とすることについては、米国の国会議員もこれをバックアップすると言っている。日本政府は、このような米国の認識を踏まえ、拉致問題にしっかり対応すべきである。
  • 米国で自国民が拉致された場合、軍事力をもって奪還することが大統領として当然なすべきことである。日本で同様の対応をする場合、憲法上問題が生ずるが、テロ勢力との交渉の際には、最終的には軍事的オプションもあるという力の背景があって初めて解決が可能となることを認識すべきである。
  • 日本国憲法は、力による解決を悪としているとの理解があるが、国内の不法行為に対して警察力で対処することは当然であり、国境を越えた問題に対して力による解決を図ることを悪であると考えるのはおかしい。拉致は戦争中ですら許されない犯罪である。
  • 北朝鮮がミサイルに燃料を注入する等、日本に対する攻撃意図を明らかにした場合、日本は、先制攻撃によりこれを防ぐ能力を持つべきである。また、集団的自衛権の行使も認めるべきである。
  • 現行憲法は、いわば「敵前逃亡憲法」である。「神学論争」に時間を無駄にすることなく、前文、9条は直ちに削除すべきである。

岩淵 正明君

  • 今求められているのは、日本と世界の現実の中で憲法の理念を確認して、活かすことであり、決して憲法「改正」ではない。武力・戦争による紛争解決は行わず、平和的に他国との関係においてあらゆる努力をする日本国憲法の積極的平和主義が今ほど現実性をもってきたことはない。
  • 米国のイラク攻撃を通じて、戦争には正当な理由はあり得ないこと、戦争では結局何の罪もない市民が犠牲になることが明らかになった。日本は戦争による紛争解決を優先する米国を支持したが、これは9条1項の理念に反し、憲法前文の平和的生存権を侵害するものであり、政府に課せられた憲法尊重擁護義務に対する著しい違反である。
  • 北朝鮮問題は、憲法の求めるように、武力によらない平和的解決を求めて他国との関係においてあらゆる努力をすることで解決が可能である。軍事力による解決は、韓国に甚大な犠牲を強い、あってはならない選択である。
  • 武力によらなければ安全は確保できないとの思考は、核兵器を含め最強兵器の保有へと行き着き、軍拡競争を呼び起こし、かえって北東アジア地域の軍事的緊張を高め、平和を阻害することになる。9条等を改変すると、歯止めない軍事拡大路線をとる危険性が大きく、憲法「改正」は断じて認められない。

松田 智美君

  • 時代の変化に伴い、自己の生存に不可欠な権利が「新しい人権」として主張されるようになったが、憲法は13条で幸福追求権を認めていることから、これらは13条で保障することが可能であって、同条で保障された人権を具体的に立法化することによって権利の保障が守られれば足りると考える。
  • この「新しい人権」の一つであるプライバシーの保護について、現在、国会では個人情報保護法案が審議されているが、同法案には、(a)思想や信条などの個人の名誉や秘密に関する情報の収集を禁止していないこと、(b)「相当な理由のあるとき」という曖昧な規定で目的外利用を認めていること、(c)罰則規定が甘いことといった問題点が指摘できる。また、民間事業者に対する規制について、報道目的や著述目的の場合は原則として適用除外となっているものの、報道目的か否かについては国による恣意的な判断の余地が残されているので、こうした判断は公正な第三者機関に委ねるべきである。
  • このような問題点があることにかんがみ、個人情報保護法案については、この法案が真に国民のプライバシー権を保護することができるのかという観点から、再検討をすべきと考える。また、本法案の立案のきっかけとなった住基ネットについても、この制度を国民が必要としているのか否かに耳を傾けた上で、再検討すべきである。

鴨野 幸雄君

  • 昨今「自立的な日本人」というものが立ち行かなくなってきているように思われるが、私は、その解決策を憲法に見出し、特に生活に密着したところから考えることとしたい。
  • 憲法の基本原理である(a)基本的人権の保障、(b)国民主権の原理、(c)恒久平和主義、(d)権力分立の原理、(e)地方自治の保障及び(f)国際協調主義は、人類の多年にわたる努力の結晶であって、これらの理念を後退させることは憲法改正をもってしても許されないと考える。
  • このうち、地方自治が住民の自己決定権(13条の幸福追求権)という人権保障の原理及び国民主権の原理に由来するとの理解に立てば、これによって成り立つ地方自治体は、同じ原理で成り立つ国と対等、並立であり、国民に対して協力し合う関係となる。また、地方自治の本旨、地方自治権の本質や自主財源の保障といったことは、一定の範囲で国の政策や法律を拘束する憲法的規範性や拘束性を持つものである。
  • これらにかんがみれば、地方自治体には、(a)自治体の存立権、(b)住民の直接民主的参政権、(c)住民の自治体機関任免権、(d)自治体の固有事務遂行についての対国家的全権及び(e)国と地方の協働権が必然的に存することになるが、現行法制の上で不十分な点については、実定法による補充が必要である。
  • 地方自治は、単なる制度ではなく、基本的人権の保障であり、また、民主主義そのものである。

蓮池 ハツイ君(意見陳述募集の際に寄せられた意見の要旨を要約したもの)

  • 今回のテーマである「基本的人権の保障のあり方」という言葉を聞くと、ただ虚しさだけを覚える。果たして、この国において基本的人権の保障など存在するのだろうか。また、誰がそれを保障してくれるのか。24年間息子の帰りを待ち続けて、ずっと考えてきたのがそのことである。
  • 基本的人権とは、何事にも侵されることのない、生命、自由、幸福を追求する権利であるが、私の息子は、拉致された日にそういった権利を一瞬のうちにすべて奪い取られた。北朝鮮による日本人拉致は、基本的人権の侵害の極みであり、何事にも侵されることのない権利が他国によって侵されている以上、これは国家主権の侵害である。到底許すことのできない凶悪犯罪であり、国家テロである。
  • どうしてこのような状態が24年以上も続いているのか、不思議でならない。基本的人権を保障するのが国家の役割ではないのか。日本国憲法など、この国では遵守されていないと言っても過言ではない。

◎意見陳述者に対する主な質疑事項

中山 太郎団長

<全陳述者に対して>

  • 学級崩壊、犯罪の低年齢化など子供達を取り巻く問題には、大人社会のあり様が大きく影響していると思われる。これに対応するためには、グローバル化に対応した国際的日本人の育成を目指しつつも、同時に、日本社会に根ざした伝統や習慣、良き共同体としての支え合いをしっかりと認識した国民教育が必要であると考える。現在、憲法の精神に則り制定された教育基本法の改正が議論されているが、教育基本法の改正、教育の在り方についてどのように考えるか。

中川 昭一君(自民)

<岩淵陳述者に対して>

  • 北朝鮮による邦人拉致という問題に対し、どのような認識を持っているのか、また、どのように解決すべきと考えているか。

<島田陳述者に対して>

  • 北朝鮮による邦人拉致の問題は、海外においても関心が高まってきていると認識するが、一日も早い全面解決のためには、どのような態度で望むべきと考えるか。

桑原 豊君(民主)

<鴨野陳述者に対して>

  • 構造改革を進めていくに当たっては、地方分権改革が重要であると考えるが、その際に必要とされる地方自治体の自立のためのポイントは何か、また、市町村合併の在り方及び道州制の導入に対する所見を伺いたい。

<松田陳述者に対して>

  • 「新しい人権」については、立法措置で対処すべきとのことであるが、現に急がれている立法措置があるか。

<岩淵陳述者に対して>

  • 北朝鮮問題について、私は平和的解決が重要との立場から、北東アジア政策の構築が欠かせないと考えているが、いかがか。また、北朝鮮問題に関する韓国の新政権の対応をどのように評価するか。

<島田陳述者に対して>

  • 北東アジアの平和と安定のためには、拉致問題は避けて通れないものであり、その解決のためには、中国、ロシア及び韓国との連携が必要と考えるが、いかがか。

遠藤 和良君(公明)

<全陳述者に対して>

  • 拉致問題をどのように解決するかは、この「国のかたち」や憲法の在り方にもつながる問題である。その解決については、(a)軍事力を背景にした話合いによって解決しようとする考え方と(b)あくまでも平和的話合いによって解決を図るべきとする考え方であったと思うが、各陳述者は、どのような見解をお持ちか。

<全陳述者に対して>

  • 「新しい人権」や地方自治の理念について、憲法に明記すべきと考えるか、あるいは、立法措置によって行うべきと考えるか。

一川 保夫君(自由)

<島田陳述者及び岩淵陳述者に対して>

  • 我が国の安全保障に関し、我が国が直接に武力攻撃を受けた場合は応戦することは当然であろうが、それ以外の場合は、国連を中心にして解決を図るべきと考える。この国連中心主義という考え方に対する意見を伺いたい。

<鴨野陳述者に対して>

  • 地方分権によって真の地方自治を達成すべきであり、そのためには、地方自治の意義や国と地方の役割分担について、憲法に明記した方が良いとの意見もあるが、いかがか。

<山本陳述者に対して>

  • 「公共の福祉」の概念については、明確にした方が良いとの意見もあるが、いかがか。

春名 直章君(共産)

<島田陳述者に対して>

  • 北朝鮮による邦人拉致の問題に関し、まず経済制裁を行い、これに対して北朝鮮が武力攻撃を準備するようなことがあれば、先制攻撃を行うべきであるというが、これでは問題の解決には結びつかず、むしろ国民の安全を危険にさらすことになるのではないか。

<岩淵陳述者に対して>

  • 1994年の朝鮮半島における核危機の際には、外交努力によって戦争回避が図られたと認識しており、そうした点からも平和的解決に向けての努力が大切であると考えるが、いかがか。

<鴨野陳述者に対して>

  • 憲法学者の立場から、北朝鮮問題をどのように解決していくべきと考えるか。

<松田陳述者及び岩淵陳述者に対して>

  • 北朝鮮問題に絡めて、有事法制の整備が必要だとの論議があるが、有事法制にについてどのように考えるか。

<松田陳述者に対して>

  • 「新しい人権」とは、国民の側の運動によって創り出してきたものと考える立場からは、世の中の流れに遅れているのは憲法ではなく、社会や政治の方ではないかと考えるが、いかがか。

金子 哲夫君(社民)

<島田陳述者に対して>

  • 島田陳述者は、北朝鮮問題について力による解決を主張しているが、この問題については、北朝鮮、米国及び中国が北京会談を行うなどしており、こうした話合いを通じての解決の流れを促進していくことが重要であると考える。また、韓国の太陽政策を重視すべきと考えるが、話合いによる解決については、どのような認識を持っているのか。

<松田陳述者に対して>

  • 人権保障に関して、国の判断や国益を重視する立場からの立法が増えてきているように思うが、いかがか。

<岩淵陳述者に対して>

  • 有事法制とは、人権制約が目的であって人権保障という考えとは矛盾すると思うが、いかがか。

<鴨野陳述者に対して>

  • 市町村合併が政府の主導で行われていることが、歪みを生じさせていると認識するが、このような状況は、憲法が謳う地方自治の理念を活かしきれていないからではないか、また、市町村合併による基礎的自治体の広域化は、地方自治を住民から遠ざけるものではないかと考えるが、いかがか。

◎傍聴者の発言の概要

派遣委員の質疑終了後、団長は、傍聴者の発言を求めた。

諸橋 茂一君

  • (a)前文に主語が二つある文章があり、日本語としておかしい、(b)8条と88条で皇室財産の扱いが一貫していない、(c)私学助成は引き続き行うべきであるが、89条を素直に読めば私学助成は違憲であり、助成はできないこと等から、憲法に問題があることは明らかであり、一日も早く改正すべきである。

木村 吉伸君

  • 北朝鮮に対する「経済的締め付け」については、結局締め付けられるのは誰かということを考える必要がある。イラクに対する経済制裁においても罪のない人が死ぬという結果を招いている。憲法の平和主義の立場から拉致問題を解決する必要がある。

菅野 昭夫君

  • 陳述者から、国内の誘拐について警察力で解決することが当然とされている以上、国際紛争についても力による解決が認められるとの指摘があったが、国際紛争は国際法が律するものであり、この指摘は法律的に誤りである。過去の戦争の経緯を踏まえて、今日の国際社会があるということを認識すべきである。
  • 「敵前逃亡憲法」というような発言があったが、これも間違った認識である。1999年のハーグ国際平和市民会議では、各国政府に対して日本国憲法9条と同様の規定を憲法に明記すべきだという趣旨の決議がなされている。

世戸 玉枝君

  • 道徳の問題については「悪いことをしても反省しない」ということが、一番悪いことであると考える。そうした意味からは、日本人は、過去の戦争に対する反省の下、憲法の理念を発展させていくことが必要であるにもかかわらず、政府の行っていることは、むしろ逆なのではないか。
  • 北朝鮮の問題についても、邦人の拉致問題を24年間も放っておいたことの責任や国際社会の中で孤立させたことについては、日本政府にも問題があるのではないか。「体罰」のような方法で抑え付けてみたところで、問題の解決にはならない。