平成15年5月15日(木) 基本的人権の保障に関する調査小委員会(第3回)

◎会議に付した案件

基本的人権の保障に関する件(知る権利・アクセス権とプライバシー権−情報公開法制・個人情報保護法制を含む−)

上記の件について参考人堀部政男君から意見を聴取した後、質疑を行った。その後、委員間で自由討議を行った。

(参考人)

 中央大学法学部教授       堀部 政男君


(堀部政男参考人に対する質疑者)

 倉田 雅年君(自民)

 小林 憲司君(民主)

 太田 昭宏君(公明)

 武山 百合子君(自由)

 春名 直章君(共産)

 北川 れん子君(社民)

 谷本 龍哉君(自民)

 今野 東君(民主)

 長勢 甚遠君(自民)

 井上 喜一君(保守新党)


◎堀部政男参考人の意見陳述の要点

はじめに

  • 私は、40年以上、知る権利やプライバシー権等の研究に携わり、国及び地方自治体における制度作りやOECDにおける検討部会など国際的な議論にも参加してきた。そうした経験を基に、意見陳述を行いたい。

1.日本と世界の知る権利・情報公開論議

  • 日本における知る権利・情報公開論議は以下の五つの時期に分類できる。

    (1)知る権利認識・制度化提唱期(1940年代後半〜70年代前半)―「知る権利」は、憲法の施行後比較的早い時期から認識されていたが、1966年の米国「情報自由法」制定は、日本における議論にも影響を与え、同時期の最高裁判例には、「知る自由」に言及するものや、「報道は…国民の『知る権利』に奉仕するもの」とするものが現れた。

    (2)情報公開制度化提唱・実現期(1970年代後半〜1980年以降)―1970年代後半から、ロッキード事件を契機に情報公開への関心が強まり、その制度化が提唱され、まず地方自治体においてその実現に向けた動きが始まった。

    (3)自治体情報公開制度運用・情報公開法検討期(1980年代前半以降)―1983年の神奈川県公文書公開条例制定以後、地方自治体では情報公開制度の運用期に入る一方、国においても1995年、行政改革委員会において法制度の検討が始まった。

    (4)情報公開法要綱案公表・自治体情報公開制度再検討期(1996年以降)―1996年、情報公開法要綱案(中間報告)が発表され、これを受けて法制定に向けた動きが始まる一方、地方自治体においては、既に運用されていた情報公開制度の再検討が行なわれた。

    (5)情報公開法等運用期(2001年以降)―1999年5月、情報公開法が成立し、2001年4月に施行された。

2.日本と世界のプライバシー・個人情報保護論議

  • 日本におけるプライバシー・個人情報保護論議は以下の四つの時期に分類できる。

    (1)プライバシー権認識・制度化提唱期(1950年代〜70年代中葉)―1950年代、米国の学界では、マスメディア等による私生活の暴露等の問題にどう対応すべきかについて議論が活発となり、プライバシー権を「ひとりにしておかれる権利」とする論文が発表され、わが国では、1964年、「宴のあと」事件東京地裁判決で、プライバシー権は「私生活をみだりに公開されないという法的保障ないし権利」として認められた。一方、米国では60年代、コンピュータとの関連で「自己に関する情報の流れをコントロールする個人の権利(自己情報コントロール権)」と捉える見方が打ち出された。

    (2)プライバシー権制度化提唱・実現期(1970年代中葉〜1980年代以降)―1970年代、欧米での議論が活発となり、これを受けて、日本でも地方自治体での条例制定の動きが進み、1980年には、OECDのプライバシー・ガイドラインが採択された。

    (3)行政機関個人情報保護法制定検討・個人情報保護ガイドライン策定・都道府県個人情報保護法制度化期(1980年代中葉以降)―OECD勧告を受けて、政府において議論がなされ、1988年、いわゆる行政機関電子個人情報保護法の制定に結びついた。民間部門における個人情報保護は、同法制定の際「早急に検討を進める」旨の附帯決議がなされたが、関係省庁等はガイドラインの策定などで対処してきた。

    (4)個人情報保護基本法制提案・議論期(1999年以降)―1999年の住民基本台帳法改正の際の国会論議で個人情報保護の必要性が争点となり、また、政府において、民間部門を含めた個人情報保護法制について具体的に検討された。その後、中間報告・大綱の発表を経て、現在参議院で審議中の個人情報保護関連法案の国会提出へとつながっていった。

3.日本と世界のアクセス権と知る権利・プライバシー権

  • イギリスの情報公開法や英訳された諸外国の情報関連法で使われている“access”という単語の用法から見て、アクセス権とは、知る権利や自己情報コントロール権等を含む市民の情報への権利を統一的に把握できる権利であるといえる。
  • これに対し日本では、アクセス権は1970年代より議論され始めたが、もっぱらマスメディアに対する権利と理解されるにとどまり、いまだにそうしたトータルな権利としての理解が深まっていない。
  • アクセス権は、国際的に議論されている概念であり、今後議論を深めていくべき課題である。

◎堀部政男参考人に対する質疑者及び主な質疑事項等

倉田 雅年君(自民)

  • 国家・市民という二極構造が分化して、国家・市民・マスメディアという三極構造となった経緯にかんがみると、マスメディアに対するアクセス権の内容としての自己情報コントロール権も認められるべきと考えるが、いかがか。
  • 取材の自由を保護するためにマスメディアを個人情報保護法制の適用除外とすることは理解するが、一方で、強大なマスメディアと弱者としての個人という関係があることにかんがみ、個人をマスメディアから守ることも必要と考えるが、何かよい工夫はないか。
  • 表現の自由に配慮してマスメディア側の自主規制が望ましいということは理解するが、例えば、マスメディア側に対して自主規制のための機関の設置を法律で義務付けてはいかがか。

小林 憲司君(民主)

  • 情報公開法では、施行後4年を目途に見直しを行う旨の規定が置かれている。施行からほぼ2年を経た現時点において、見直すべき点としては、情報公開訴訟の管轄の拡大、知る権利の明記等が考えられるが、参考人は、どのような見直しが必要と考えるか。
  • 現在審議中の個人情報保護法案については、包括法ではなく、公的部門と民間部門の別や民間の事業分野別に個別法で定めるべきではなかったかと考えるが、いかがか。
  • 防衛庁が自衛官募集に当たり、地方自治体に個人情報の「提供」を求め、これに地方自治体が応じていたことが明らかになっているが、これは、住民基本台帳法が規定する「閲覧」の範囲を超えるものではないか。

太田 昭宏君(公明)

  • プライバシー権については13条の解釈から導き出されているが、情報化時代にあっては21条もその根拠となるのではないか。また、新しい人権は、憲法上他に代替する規定がない場合に限り規定すればよいとの意見があるが、国民憲法、人権憲法、環境憲法のように、国家の方向性を示すという観点から、何らかの形で明記すべきではないか。
  • マスメディアからの国民の保護については、マスメディア側の自主規制が前進していることを評価するが、米国のように懲罰的な損害賠償請求も考慮すべきではないか。
     

武山 百合子君(自由)

  • 6年前にノルウェーを訪問した際、非常に情報公開が進んでいることに驚かされた経験があるが、外国から見て、我が国の情報公開の水準は、どの程度であるのか。
  • 情報公開法制や個人情報保護法制の施行に当たっては、まず国民の意識改革が大切であると考える。我が国は、行政による情報の密閉やマスメディアによる個人情報の悪用などの点において、欧米諸国に比べ意識が非常に低いと思うが、いかがか。
     

春名 直章君(共産)

  • 知る権利・アクセス権とプライバシー権の議論に関して、日本は欧米諸国より20年から30年遅れているといわれるが、なぜそのような遅れが生じたと考えられるか。
  • 憲法に知る権利・アクセス権を明記すべきとの意見もある。しかし、憲法制定後50年の歴史の中で、明文になくとも、13条の個人の尊厳・幸福追求権の下、住民の運動や世界の流れ、学者の努力や判例の積重ね等、さまざまな人の努力によりこれらの権利が確立されており、今日必要なのは、立法によるその具体化であると考える。この点について、参考人の意見を伺いたい。
  • 個人情報保護法の制定に当たり、報道の自由を守ると同時に個人の情報を守るため、行政から独立した第三者機関を置くというのが世界の流れであると考えるが、参考人の意見を伺いたい。
     

北川れん子君(社民)

  • 住民票コードのように個人に番号を付すこと及び住民基本台帳ネットワークシステムは世界の流れの中でどのように位置付けられているのか。
  • 住民票コードを取り扱うこととされている財団法人地方自治情報センターは公益法人であり、これには、現在議論されている行政機関個人情報保護法案や独立行政法人等個人情報保護法案の適用がないが、どのように考えるか。
  • 情報公開法に「知る権利」を明記しなかったことについて、施行から2年を経た現在どう評価しているか、参考人の意見を伺いたい。
     

谷本 龍哉君(自民)

  • 現代においてマスメディアが最大の権力になってしまっていることにかんがみれば、マスメディアに対するチェックを自主規制のみに委ねることには、不安を感じざるを得ない。参考人の指摘した21条に表現の自由が定められ、法的な規制は難しいとの意見も承知しているが、自主規制のみに頼ったのでは、今後、仮に憲法が改正され、その際にプライバシー権、知る権利やアクセス権が明記されたとしても、報道の自由との関係でそれらが無意味になってしまわないとも限らない。参考人は、プライバシー権と表現の自由との調和を図る上で、どのような方向性が望ましいと考えるか。
  • 個人がマスメディアにより権利を侵害され裁判で主張が認められたとしても、マスメディアの側に科される罰則は軽く、賠償の額は低い。そのため、損害賠償を見込んであえて出版するようなことが行われているが、これを防止するためには、ペナルティをより厳しくする必要があると考えるが、いかがか。
     

今野 東君(民主)

  • 政府は、自己情報コントロール権の概念はいまだ確立していないと言うが、個人情報保護に関して先進的な欧米諸国において、法律に自己情報コントロール権に該当する権利が明記されていることにかんがみれば、自己情報コントロール権は、概念として十分確立していると考えるが、いかがか。
  • 国が一端構築した制度であっても、運用を経た後で見直すことは重要ではないかと考える。個人情報保護法についても、入手情報の目的外利用や第三者利用、センシティブ情報の取扱い等の問題について、運用を踏まえた上での再検討や見直しが必要となってくると考えられ、「見直し条項」は必要であると考えるが、参考人は、同法への「見直し条項」の明記の必要性について、どのように考えるか。
     

長勢 甚遠君(自民)

  • 北朝鮮による拉致被害者である曽我ひとみさんの夫の平穣市内の住所が、朝日新聞により曽我さんの承諾を得ないままに報道されたが、このような回復し難い被害から国民を守るために、どのようにすべきと考えるか。
  • マスメディアが公正中立、非営利、真実報道を旨としているとするのは、もはや神話、虚構であり、この際、国民の自由や権利等を守る法体系を整備するとの考えを持つべきではないかと考えるが、いかがか。
  • マスメディアの報道の自由等を保護することにより生じる弊害を除去する方法があるか。また、マスメディアの法体系における位置付けを見直すべきとも考えるが、いかがか。
     

井上 喜一君(保守新党)

  • 「知る権利」や「プライバシー権」の内容について、学界での通説的な見解を説明していただきたい。
  • 朝日新聞が曽我ひとみさんの了解を得ずに差出人の詳細な住所を報道したことは、プライバシーへの配慮が足りなかったとの一言では済まされない問題である。報道の公正さやプライバシー権侵害の防止を制度的に担保するに当たり、現在の制度は十分であると考えられるのか。十分でないと考えるならどのようにすればよいか。
  • プライバシー権の侵害について、刑事罰を加えるような諸外国の立法例は存在するのか。  

◎自由討議における委員の発言の概要(発言順)

春名 直章君(共産)

  • 国民の知る権利の行使に伴い収集される情報については、政府による行政目的や民間による営利目的の収集とは異なった扱いをすべきであり、また、憲法上最も重要な権利の一つである表現の自由に対する規制については、極めて慎重な配慮が必要であることを指摘したい。したがって、国民の知る権利の行使に奉仕するマスメディアに対する法的な規制はあってはならず、自主規制が本筋である。これにかんがみると、個人情報保護法案(政府案)において主務大臣の恣意的な判断に基づくマスメディア規制の余地がある点は大きな問題であると考える。
  • 知る権利、アクセス権及びプライバシー権は、国民の運動、判例の積重ね、研究者の努力等により憲法上保障された人権として確立してきたものであり、今日問われているのは、これらの権利を具体化する立法の努力であることを改めて指摘したい。
     

今野 東君(民主)

  • 個人情報保護関連法案(政府案)には「見直し条項」が置かれていないが、どのような法律であっても制定時には完全なものではないのであって、真摯な見直しを重ねていく姿勢を明確にするためには、やはり「見直し条項」は必要であると考える。
  • 今日、マスメディアも報道機関としての志を失っていると言うこともできるが、だからといって、公権力がマスメディアをチェックするようなことは、あってはならない。そこで、プライバシーの保護との調整として、第三者機関の設置が重要であると考えるが、これは、各省の中に置かれるようなものであってはならない。
     

平林 鴻三君(自民)

  • 自由は責任を伴い、権利は義務を伴うということを国民がきちんと認識した上で、知る権利・アクセス権やプライバシー権を行使すべきであり、また、これらの権利の取扱いに携わる者は、この認識をきちんと持つべきである。憲法上これらの権利を明記しなければならないとは必ずしも考えないが、この認識なくして、これからの日本の民主政治の健全な維持発展はないと考える。
  • 民間放送には、会社横断的な自主的な第三者機関があるが、新聞についても、そのような機関を設けることについて議論をしていくべきである。


北川 れん子君(社民)

  • 堀部参考人が情報公開法の立案に際して、知る権利の明記が必要であるということを部会で主張されたということを聞き、意を強くした。
  • 個人情報保護法案(政府案)において報道の定義が規定されたことは歴史に大きな禍根を残すものと考える。立法によるマスメディア規制や、マスメディアに対して自主規制を促す形での言論統制の雰囲気には、毅然と反対していきたい。
     

倉田 雅年君(自民)

  • 今日、マスメディアが強大になりすぎて、市民に対し加害者となる余地が生じていることにかんがみ、今野委員の指摘した第三者機関の設置については検討していくべきと考える。


中山 太郎会長

  • 情報公開制度などにおいて先進性を有する北欧においては、社会保障番号を基本にしてあらゆる情報の処理が行われているとともに、国民の権利保障のため、第三者機関としてオンブズマン制度が導入されている。我が国はオンブズマン制度を有していないが、知る権利・アクセス権及びプライバシー権の保障の在り方を考えるに際し、オンブズマン制度は将来的に検討に値すると考える。