平成15年5月15日(木) 統治機構のあり方に関する調査小委員会(第3回)

◎ 会議に付した案件

統治機構のあり方に関する件(司法制度及び憲法裁判所―憲法の有権解釈権の所在の視点から―)

上記の件について参考人津野修君及び山口繁君から意見を聴取した後、質疑を行った。その後、委員間で自由討議を行った。

(参考人)

 前内閣法制局長官 弁護士   津野 修君

 前最高裁判所長官        山口 繁君

(津野修参考人及び山口繁参考人に対する質疑者)

 谷川 和穗君(自民)

 末松 義規君(民主)

 斉藤 鉄夫君(公明)

 武山 百合子君(自由)

 山口 富男君(共産)

 金子 哲夫君(社民)

 佐藤 勉君(自民)

 中川 正春君(民主)

 福井  照君(自民)

 井上 喜一君(保守新党)


◎ 津野修参考人の意見陳述の要点

1.内閣法制局の所掌事務、組織

(1)所掌事務等
  • 内閣法制局は、審査事務、意見事務等を通じて、内閣の法律案提出に係る事務、法律を誠実に執行する事務等が法治主義の観点から適切に遂行され、また、国務大臣が負う憲法尊重擁護義務が適切に果たされるよう、内閣を直接補佐する機関である。
  • 法律案等を閣議にかける前には必ず内閣法制局が審査を行っている(審査事務)。その際、第一に検討されるべきは憲法適合性である。
  • 行政執行に当たって必要となる憲法解釈は、第一義的には各省庁において行われるが、各省庁において憲法解釈について疑義がある場合や意見を異にする場合には、内閣法制局において政府内の解釈を確定し、統一することとされている(意見事務)。政府部内においては、内閣法制局の意見は、専門的意見として最大限尊重されることが制度上予定されている。
(2)組織、事務処理の実績
  • 内閣法制局は、フランスのコンセイユ・デタをモデルとして作られたものである。ドイツ、イタリア等にも類似の機関がある。
  • 現在、法律案審査については一常会当たり100件程度の審査を行っている。また、意見事務については、現在までに200件以上の法制意見、1000件を超える口頭意見回答を行っているが、最近は口頭意見回答が中心となっている。

2.内閣法制局が行う憲法解釈について

(1)内閣法制局が憲法解釈を行うことの意義等
  • 憲法解釈を確定するのは裁判所であり、その意味で内閣法制局の解釈は何ら拘束力を持つものではないが、裁判所は具体的な訴訟を待って事後的な判断を行うものであり、統一的な行政運営を行うためには、事前に政府として憲法解釈を行う必要がある。
(2)内閣法制局が行う憲法解釈の基準
  • 憲法等の解釈は、規定の文言、趣旨等に即して、立案者の意図等も考慮し、議論の積重ねのあるものについては全体の整合性を保つことにも留意して、確定されるべきものである。
  • 政府による憲法解釈は、このような論理的追究の結果であり、政府が自由に変更することができるようなものではない。

3.憲法裁判所の設置について

  • 抽象的違憲審査権は、「司法」の範囲外であることから、現行憲法上、最高裁にはそのような権限は認められていないと考える。
  • 憲法裁判所の設置の是非を考えるに当たっては、私見であるが、(a)憲法裁判所が政治的問題について判断を示すことと国民主権・三権分立の関係、(b)憲法裁判所に法律の制定に類似するような権限を与えることと国会が国権の最高機関・唯一の立法機関とされていることとの関係、(c)憲法裁判所の違憲判決を警戒して政治部門で過剰な自制がなされる危険性等について、十分検討する必要があると考える。

◎ 山口繁参考人の意見陳述の要点(斉藤委員の質疑に対する補足発言を含む)

1.諸外国の憲法裁判制度

(1)アメリカの憲法裁判制度
  • 1803年のマーベリー対マディソン事件により、具体的、事後的違憲審査制が確立された。違憲審査制の実績を見たとき、司法積極主義の程度はさまざまであるが、一般的には、時が経つにつれて、司法積極主義の傾向がある。その理由は、政府の活動レベルが上がり、争うべき政策が多くなったためである。
(2)ドイツの憲法裁判制度
  • 連邦憲法裁判所は、具体的違憲審査制、抽象的違憲審査制、憲法異議の制度を備えている。ワイマール憲法下、ナチスの台頭を許したとの反省から、ドイツ基本法が「戦う民主主義」を標榜しているため、憲法裁判所には、本来的に司法積極主義が要請され、実際にも憲法問題について躊躇せず判断している。
(3)フランスの憲法裁判制度
  • 議会に対する行政府の強化、伝統的な司法に対する不信等を背景に設置された憲法院は、法律を議会で議決した後、大統領の審署前に審査する事前チェック機関である。1974年の憲法改正による憲法院への提訴権者の拡大等により、重要法案のほとんどが憲法院に付託されている。

2.我が国の憲法裁判制度の特色−諸外国との比較において

(1)裁判所を取り巻く環境の異同
  • 米、独等の多民族国家では、多様性の中に統一が求められ、その求心装置が憲法、司法等であるため、均一民族国家であると言われる日本と比べ、訴訟社会となり、憲法適合性が問われることも多い。
  • 連邦制を採用している米、独では、中央集権体制の日、仏に比べ、法律数が多く、チェックも十分でないため、連邦の一体性が求められる中、裁判所の重要性が高まっている。
  • 米、独、仏では、頻繁な政権交代の中で、重要法案等が憲法裁判の対象となった。他方、日本では、政権交代がなく、議院内閣制の下、政治と法体系の安定が図られ、政治問題が未解決のまま裁判所に持ち込まれることは少なかった。
  • 議員立法中心の米国では、それほど厳密な審査を経ずに法律が成立する傾向にある。他方、内閣提出法案中心の日本では、内閣法制局による厳密な法案の合憲性審査が行われている。
  • 米国では、裁量上告制の導入により、最高裁が重要な事件を特に取り上げて判断し、いち早く社会問題に対応するなど、より積極的に法創造機能を発揮できるようになった。他方、日本では、上告受理申立制度が民事訴訟制度に導入されるまでは、上告事件の審理に追われ、大法廷審理を躊躇しがちであった。
(2)我が国の最高裁判所の違憲立法審査権行使の実情
  • いわゆる法令違憲判決は、民事事件で5件(薬事法、公職選挙法、森林法、郵便法)、刑事事件で3件(刑法200条等)である。これに対し、司法消極主義であるとの批判があるが、これは、(1)の事情に基づくものであり、少なくなるべくして少なくなったものであると認識している。
  • 裁判官が憲法判断をする場合、種々の事情を勘案するが、民主的基盤に乏しい司法は、原則として、選挙によって選ばれた議員で構成される議会の判断を尊重すべきである。他方、表現の自由や、少数者の自由・平等など民主主義の基盤に係るものについては、司法が厳重にチェックする必要があると考える。
  • 最高裁の裁判官は、国民生活への影響等を考えて、ナショナル・コンセンサスがどこにあるかを常に意識しつつ、その判決には責任を持たなければならない。

3.おわりに−憲法適合性判断の今後のあり方に関連して

  • 憲法裁判所を設置した場合においては、政治問題に大きく関わることとなるため、その正当性が国民から問われることになろう。
  • いずれにしても、裁判所は、上告受理制度等による迅速な裁判等を通じて、多数決原理に対抗しながら、個人の権利を擁護するという本来的使命を果たすこととなろう。

◎ 津野修参考人及び山口繁参考人に対する質疑者及び主な質疑項目等

谷川 和穗君(自民)

<津野参考人に対して>

  • 米ソの対立が解消し、国際テロリズムや日本による国際貢献の在り方が問題となる今日において、憲法と現実の乖離が進んでおり、憲法解釈による対応は限界に来ている。これに対処するためには、憲法自体の改正を検討すべきと考えるが、いかがか。
  • 議院法制局は、国会における憲法議論を担うべきであると考えるが、現実には内閣法制局よりも下にあるように思われる。参考人は、この点についてどう考えるか。

<山口参考人に対して>

  • 76条2項は、特別裁判所の設置及び行政機関による終審裁判を禁止しているが、国民が行政事件の早期解決を願っていること等から、新しい憲法を議論する際には、この規定の廃止も念頭に置くべきと考えるが、いかがか。


末松 義規君(民主)

<津野参考人に対して>

  • 議院法制局を強化して、国民からの情報を吸い上げるようにし、これと行政の情報とを対抗させることで、憲法問題に関してより立体的な議論を行うことが可能になると考えるが、参考人は、議院法制局の強化案についてどう考えるか。

<山口参考人に対して>

  • 憲法解釈を行う際には、迅速性が大切であると考えるが、フランスの憲法院では、どの程度の早さで事案が処理されているのか。また、憲法院の解釈は、最終的な有権解釈となり、裁判所の判決をも拘束するものとなるのか。
  • 裁判官の構成を変えることにより、政争にも動ぜず、十分な憲法解釈ができるような法廷が形成されると考えるか。


斉藤 鉄夫君(公明)

<山口参考人に対して>

  • 三権分立の下において、三権にはそれぞれ権力の源泉があると考えるが、司法の権力の源泉は何であると考えるか。

<両参考人に対して>

  • 津野参考人は憲法裁判所について消極的な立場であるとするが、私は、憲法裁判所を置くことは国民にとっても分かりやすく、民主主義の一つの方向と考えるが、いかがか。


武山 百合子君(自由)

<津野参考人に対して>

  • 議員立法が比較的分かりやすい内容、文言であるのに対し、内閣提出法律は、内容、文言ともに非常に分かりにくいと感じるが、この点について内閣法制局内で議論はあるのか。
  • 現在の法体系は、内閣提出法律の積重ねでできているものであるが、問題点が放置されていることにより、ハンセン氏病に係る訴訟に見られるように国の責任が問われるようなことも起こっている。憲法裁判所が設置されれば、国の考えが早期に示される結果、現在の裁判所よりも迅速に、国民の人権、生命の救済が可能となると考えるが、いかがか。

<山口参考人に対して>

  • 現在、司法制度改革で米国の陪審制度に倣った制度の導入が検討されているが、仮に形だけ制度を採り入れても、日本の文化や歴史を踏まえた精神を根底に置いて運用することは難しいと考える。この点について、参考人はどのように考えるか。


山口 富男君(共産)

<津野参考人に対して>

  • 政府内の憲法解釈と公法学会における通説的な憲法解釈とはかけ離れたものでないことが望ましいが、自衛隊に係る9条解釈について、両者は、全く異なる立場に立つ。このような現状について、参考人は、どのように考えるか。
  • 内閣法制局が職務を遂行するに当たっては、その人員の資質が重要になると考えるが、内閣法制局においては、参事官に対し、憲法に関する研修はなされているのか。

<山口参考人に対して>

  • 81条に規定する違憲審査権は、世界的に見ても早期に憲法に盛り込まれたものと考えるが、この意義について、どのように考えるか。
  • 明治憲法と現行憲法とでは、主権の所在をはじめとして、基本原理が異なる。司法の場においては、明治憲法から現行憲法に移行する過程をどのように把握し、実践してきたか。


金子 哲夫君(社民)

<津野参考人に対して>

  • 参考人は、政治に関わる問題に関し司法は判断をすべきではないと考えているようだが、政治が常に憲法に合致する判断をするとは限らないので、政治問題については、憲法判断をする機関がなくなってしまうと考える。三権分立の趣旨に照らせば、裁判所こそがこうした問題についても判断をする必要があると考えるが、いかがか。

<山口参考人に対して>

  • 政治的に重要な問題について司法が判断をしないことで、憲法と現実の乖離が拡大しているとも言え、81条の規定の趣旨からも、裁判所は、政治が憲法に合致しないような判断をした際には、これを押し止めるという役割を担っているのではないか。
  • 昨年の法改正により裁判官の報酬が減額されたことと79条6項との関係について、参考人の見解を伺いたい。


佐藤  勉君(自民)

<両参考人に対して>

  • 有権解釈としては、質的には最高裁の憲法解釈が重要であるが、量的には、政治部門による憲法解釈の方が、最高裁が異なった解釈を示さない限り現実を支配するという力を持っているという意味で大きな位置を占めているとの見解について、参考人はどのように考えるか。
  • 内閣法制局の事前審査や憲法解釈が、事実上、最終的な国の判断となっているのではないかとの指摘について、どのように考えるか。

<津野参考人に対して>

  • 集団的自衛権について、首相が「行使できる」と言えば現行憲法下においても行使できるとの中曽根元首相の意見について、どのように考えるか。


中川 正春君(民主)

<両参考人に対して>

  • これまで、解釈改憲を行うことにより、憲法に関する議論を行わずに済ませてきたことについて、限界や不安が生じている。また、政府は、法的問題と政治的な問題を都合よく使い分け、集団的自衛権の行使については、まず、国家としての意思を決定すべきであるのに、憲法上の規定を大義名分に、そうした決定を回避している。こうした状況を踏まえれば、司法の責任は重く、最高裁がより積極的に憲法判断を行うことにより、国会に問題提起をするといった司法の在り方も考えられるが、いかがか。

<山口参考人に対して>

  • 仮に憲法裁判所を設置しても、統治行為に属する事項については判断を差し控えるとの現在の考え方を変えなければ、憲法裁判所すらも機能しないのではないか。また、政治的判断を伴わない憲法解釈などはあり得ないと考えるが、いかがか。

<津野参考人に対して>

  • 内閣法制局がこれまで時の政権に知恵を与えてきたことを考えれば、仮に首相が憲法解釈を変更したいと考えた場合に、本当に政治的に中立な立場で判断できるのか。


福井  照君(自民)

<両参考人に対して>

  • 憲法を議論する前提として、現在、日本人には確立された価値観があるのではなく、我々は、さまざまな選択を通して新しい日本の価値をつくる過程にあると考える。このような時代認識を踏まえると、憲法裁判所を設置する等、選択のための社会的仕組みがあった方がよいと考えるが、いかがか。

<津野参考人に対して>

  • 末松委員からの議院法制局の強化策についての質問に対し、津野参考人から、政策担当秘書の活用や国会図書館との連携が挙げられたが、さらに具体的な方策があれば伺いたい。


井上 喜一君(保守新党)

<両参考人に対して>

  • 国際情勢の変化などを受けて、政治の役割が変わってきていることを踏まえると、統治行為については、司法の関与を限定し、国会の場に判断を委ねるべきであると考えるが、いかがか。

<山口参考人に対して>

  • 最高裁裁判官の国民審査は、実際に機能しておらず、憲法改正が行われる際には、不要とすべきと考えるが、いかがか。

<両参考人に対して>

  • 憲法改正手続が厳格なために改正が難しく、憲法解釈が大事な役割を果たしてきたと考えるが、内閣法制局による解釈は内閣の解釈であって、国民的基盤の上に立った有権解釈ではない。憲法の有権解釈の場を国会に求めるべきであると考えるが、いかがか。

<津野参考人に対して>

  • 内閣法制局が特異であるのは、自己を無謬と考えている点であると考える。例えば、集団的自衛権に関する政府解釈はおかしいと考えるが、間違った判断をした場合には、どうすべきであると考えるか。

◎ 自由討議における委員の発言の概要(発言順)

野田  毅君(自民)

  • 昨年の法改正により裁判官の報酬が減額されたが、これは、79条6項及び80条2項に反する。在任中の裁判官報酬を減額するのであれば、憲法改正が必要であり、それこそが、法治国家のあるべき姿である。
  • 憲法改正の発議権が国会のみに属し、その原案作成は議院法制局が補佐すべきことにかんがみれば、衆参の法制局を統合して「国会法制局」を創設し、議員立法の補佐等のほか内閣提出法案の国会におけるチェックをも行わせるなど、その機能の拡充及び地位の強化を図るべきである。


古川 元久君(民主)

  • 法治国家として、法律の下に国家運営はなされるべきであり、また、その法適合性判断は司法権が担うべきであるが、現状においては、司法権が法治国家たることを担保する形で、かつ、国民から信頼される形で、機能しているとは言えない。
  • 金融機関の一時国有化についての憲法判断を状況に応じて曖昧な根拠で変更した例に見られるように、内閣法制局は「法の番人」であるとは言えない。したがって、今後の日本の在り方を考えるに当たっては、司法の重要性を認識した上で、その機能を高めるとともに、国民が司法に関与できるシステムを考えていく必要がある。


金子 哲夫君(社民)

  • 昨年の法改正により裁判官の報酬が減額されたことについて、山口参考人からは、公務員全体の報酬を引き下げる一環として裁判官の報酬を減額することは79条6項に反しないとの発言があったが、法理論的な視点からの論議がなされず、現実に合わせる形で条文が解釈されることには、問題があると考える。
  • 裁判所による政治問題の判断について、山口参考人からは、裁判官は国民の選挙により選任されたものではないという司法の本質的限界の観点から、これを控えるべきとの発言があった。しかし、憲法上は、まさしくこのようなことを前提として、三権分立のシステムの中で裁判所に違憲審査権が付与されているのであり、山口参考人の考え方に基づいて政治問題の判断を控えることは、認められないのではないか。