平成15年7月3日(木) 最高法規としての憲法のあり方に関する調査小委員会(第5回)

◎会議に付した案件

最高法規としての憲法のあり方に関する件(前文)

上記の件について参考人英正道君から意見を聴取した後、質疑を行った。

(参考人)

 鹿島建設株式会社常任顧問         英 正道君

(英正道参考人に対する質疑者)

 平井 卓也君(自民)

 仙谷 由人君(民主)

 遠藤 和良君(公明)

 藤島 正之君(自由)

 春名 直章君(共産)

 北川 れん子君(社民)

 井上 喜一君(保守新党)

 森岡 正宏君(自民)

 中野 寛成君(民主)

 葉梨 信行君(自民)


◎英正道参考人の意見陳述の要点

はじめに

  • 私は、憲法問題、特に前文について関心を持ち続けてきた立場から、意見を述べたい。


1.前文改正を提唱する理由

  • 私が前文改正を提唱する理由は、(a)現在の前文は既にその役割を終え、「賞味期限切れ」になっており、私たち日本人は21世紀の日本にふさわしい新しい前文を必要としていること、(b)憲法改正を行うのであれば、まず前文から始めるのが適当であることの二点である。
(1)現行憲法の功罪
  • 現行憲法の前文は、主権在民、国際平和、普遍的な政治道徳などの立派な理念に満ちており、敗戦後の日本に国民主権の思想を定着させ、民主的な諸制度を確立したという大きな功績がある。
  • 一方、日本の歴史、文化、伝統についてはまったく無関心であり、どこの国の憲法前文としても通用する、いわば無国籍で政治的な蒸留水のようなものとなっている。
(2)日本のアイデンティティー危機の克服
  • 現行憲法の前文は、普遍的な理念と制度を日本に植え付けるのに熱心なあまり、国家意識や日本の伝統的な価値観を二の次にしてしまった。
  • 私は、憲法前文に明確な日本のアイデンティティーを盛り込むことによって、現在のアイデンティティー危機を乗り切ることができると考える。
  • 日本が明治維新、戦後改革に次ぐ大変革期に差し掛かっている今日、憲法前文に日本の価値観や新しい理想を盛り込むことには大きな意味がある。
(3)「不磨の憲法」ではなく「正統性のある憲法」を
  • 明治憲法も現行憲法も、いずれも国民に上から与えられたものであって、国民の手による改正がされたことのない「不磨の大典」である。
  • 日本の教育水準は高く、国民の政治意識も健全であり、このように国民投票を経ていない憲法は、日本にふさわしいものではない。
(4)全面改定か段階的・部分的改定か
  • 日本人の律義で完璧主義と整合性を重んじる国民性からは、全面改正を目指しがちだが、議論のあげくに「全てかゼロか」の選択に陥り、結局何も変わらないということになりかねない。
  • したがって、憲法改正に当たっては、国民の間に広範な合意が存在するところから、部分的・段階的にこれを行うのが現実的であり、また、そのようにして憲法改正の経験を持つことにより、憲法改正に慣れることが重要である。
  • そのためには、誰にでも議論しやすく、良い意味での曖昧性のある憲法前文から始めることが最適ではないか。

2.新しい憲法前文の果たすべき役割

  • 新しい憲法前文に果たしてもらいたい役割としては、(a)日本の伝統と文化の上に立つ「この国のかたち」を示す役割、(b)将来に向けて日本の進路を示す役割、(c)現在の閉塞感を破らせる活力を与える役割、(d)世界の中で日本の座標軸を明らかにする役割、(e)包容力と普遍性のある日本の理念を掲げる役割の五つが考えられる。


3.私が憲法前文に示すことが適当と考えるこの国のかたちと理想

  • 先に述べた五つの役割を果たすため、私は、憲法前文に、(a)日本の伝統と文化、(b)主権在民・民主主義・人権の尊重、(c)地球社会の中の日本・相互依存の認識、(d)文化多元主義、(e)平和の至高性と国際協調を盛り込むべきと考え、試案を作成し公表している。


おわりに

(1)新前文の持つ教育効果
  • 私の試案のような新前文であれば、日本とはどういう国であるのかという問いに答えられるばかりでなく、中学校ないし高等学校において前文を教材として議論することで、国民のアイデンティティーを確認することが可能となろう。
(2)国民参画の新前文作成作業の提唱
  • 今後、憲法前文を改正することとなった場合には、その作成過程に、国民を最大限に参画させてもらいたい。

◎英正道参考人に対する質疑者及び主な質疑事項等

平井 卓也君(自民)

  • 前文は憲法全体の考え方を示すものであり、前文改正は憲法の各条文の改正を伴うものと考える。前文のみを改正することの意義をどのように考えるか。
  • 参考人が前文試案に盛り込んでいる「国家主権の制限」とは、具体的にはどのようなものか。また、「国家主権の制限」と国連の役割の関係については、どのように考えているか。
  • 参考人は、平和の維持のために積極的に貢献する必要があるとするが、具体的には、どのようなことを考えているのか。私は、「積極的な貢献」に当たっては、集団的自衛権を行使することが必要であると考えるが、いかがか。
  • 近年、日本の文化が評価されている。日本の文化の特徴は相手に押し付けないところにあると考えるが、いかがか。


仙谷 由人君(民主)

  • 現在、日本人のアイデンティティーが何かということが問われているが、参考人は、それは日本人だけに通じる独りよがりのものであってはならないとする。そのような「独自性」と「普遍性」を併せ有するアイデンティティー、すなわち「個性的な日本の文化」であって、かつ、普遍性を持つものは、何であると考えるか。
  • 前文において日本のアイデンティティーを示すとすれば、安全保障の問題に関し、核兵器の廃絶を盛り込むことこそ不可欠であると考えるが、いかがか。


遠藤 和良君(公明)

  • 前文と憲法の各条文の関係は、密接不可分のものであると考える。各条文を改正せずに前文のみを改正することに、どのような意味があるのか。
  • 諸外国の憲法において、「国家主権の制限」について明記しているものはあるか。
  • 「現行憲法の前文には、先駆性のある理念が盛り込まれており、それこそが日本の独自性である。その理念が実現されていないことが問題であり、憲法の理念の実現にこそ力を入れるべきである」との意見があるが、このような意見ついてどのように考えるか。
  • 参考人が前文試案に盛り込んでいる「和を重んじる政治」は、変化が激しい現代において、強いリーダーシップの下、多数決で積極的にものごとを決定していく必要があるという時代の要請にそぐわない部分があるのではないか。


藤島 正之君(自由)

  • グローバル化、ボーダレス化が進展する現代においても、国家の役割は重要であり、憲法を考えるに当たっては、そのことを踏まえる必要があると考えるが、いかがか。
  • 日本のアイデンティティーを前文の中に盛り込むのは難しいと考えるが、参考人の前文試案には、どのような形で盛り込まれているのか。
  • 日本の歴史、伝統、文化を前文に盛り込むべきであると考える。これらは、日本のアイデンティティーと重なり合う部分があると考えるが、いかがか。
  • 前文には今後我が国が進むべき道や理想を示しておくのが望ましいと考えるが、いかがか。


春名 直章君(共産)

  • 参考人は、現行憲法の前文は、どこの国の憲法か分からない無国籍なものであり、「賞味期限切れ」であるとするが、日本国憲法の前文には「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることがないようにすることを決意し…」と規定されており、我が国政府によって起こされた戦争に対する反省と再び戦争を繰り返さないという強い決意が述べられており、今でもその意義を失っていない。諸外国の憲法でこのような内容を規定したものはあるか。
  • 前文にはいわゆる「平和的生存権」が規定されているが、諸外国の憲法に平和が国民生活に不可欠のものであることを規定した憲法はあるか。
  • 前文の「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」の部分を、安全と生存をすべて諸国民の善意に委ねてしまうものであるとしてこれを批判する意見がある。私は、この一節は、平和は戦争によって守られるものではないことを明らかにするものであると考えるが、いかがか。
  • 平和主義に関する前文と9条の関係をはじめ、前文と各条文は密接不可分であると考えるが、いかがか。


北川 れん子君(社民)

  • 主権在民、基本的人権の尊重、平和主義が、現行憲法の三つの基本理念であるが、参考人が前文に示すべき事項から平和主義を除いた趣旨はどのようなものか。
  • 平和主義について定める9条と前文は、一体不可分のものであると考える。参考人の前文試案を前提とした場合、9条1項、2項は現在のまま存在し得るのか。
  • 参考人の前文試案の中に、主権在民の理念を直接には読み取ることはできないと思うが、どの部分に表現されているのか。
  • 民主主義では、少数者の声に耳を傾けることが重要である。民主主義と参考人の前文試案の「和を重んじる政治」とは相容れない部分もあると思うが、これについてどのように考えるのか。
  • 参考人は、最近行われている前文(英語)を和訳し直す試みについて、どのように評価するか。


井上 喜一君(保守新党)

  • 憲法に前文は必要ないと考えるが、仮に必要だとすれば、前文が各条文の解釈基準になる場合であると考える。参考人は、前文が各条文の解釈基準になると考えているか。
  • 憲法改正は頻繁にすべきものではなく、また、実際にも改正規定が厳格であることから、ある程度幅の広い憲法解釈を行う余地を残しておく必要があると考える。前文があると、ややもすると、憲法解釈が必要以上に制限されるおそれがあるとも考えられるが、いかがか。
  • 前文試案を前提とした場合、改正すべき条文はあると考えるか。


森岡 正宏君(自民)

  • 各国に軍隊があり、国連安保理常任理事国すべてが核兵器を持ち、国際テロや戦争が生じているという現実の中、ときには、武力を用いて独立を維持し、平和を確保しなければならないこともある。そうした趣旨を前文等に入れるべきであると考えるが、いかがか。また、こうした観点から、もっと積極的に我々の先人が残した歴史を評価すべきであり、参考人の前文試案の「…その歴史から平和の尊さを学んだ」という部分は、自虐的とも考えられるが、いかがか。
  • 神道や仏教、儒教は、日本人のアイデンティティーを形作る上で重要な役割を果たしていると考える。前文に日本人のアイデンティティーを盛り込む場合、日本人のこうした宗教や哲学についても触れるべきであると考えるが、いかがか。
  • 現在の教育の現状と憲法との関連について、どのように考えているか。


中野 寛成君(民主)

  • 前文に関してさまざまな評価や批判が出されている中で、参考人が、国民参画による新しい前文の作成作業のきっかけともなるような前文試案を発表したことに、敬意を表する。現行憲法の前文に対する批判の一つには、前文に、リンカーンのゲティスバーグ演説や国連憲章等にその淵源を持つ部分があり、オリジナリティがないというものがあるが、この点について、どのように考えるか。
  • 前文に日本のアイデンティティーを盛り込むことについて、参考人として、補足することがあれば伺いたい。


葉梨 信行君(自民)

  • 仏の人権宣言や米国の憲法は、ロックの社会契約説の考え方を基に作られたものとされる。他方で、英国のように歴史と伝統に基づき国家の基本理念(憲法)を形成してきた国もある。参考人は、このような英国流の憲法に対する考え方、政治理念をとっていると理解してよいか。
  • 国民主権における「国民」とは、天皇を含む国民であり、そうした「国民」の象徴が天皇であると考えるが、いかがか。
  • 明治、大正、昭和と日本を支えてきた国民のモラルが混迷の中にある。21世紀の国民のモラルは、何に基づくべきであると考えるか。

◎自由討議における委員の発言の概要(発言順)

奥野 誠亮君(自民)

  • 現行憲法は、マッカーサーによって示された三原則に従って起草されたが、その一つに「日本はいかなる軍隊も持てず、自らの安全を保持するための戦争も認められない」という趣旨の原則がある。前文と9条を総合的に読むと、その原則が具現化されていることが分かる。このことからも分かるように、現行憲法前文と各条章とは、やはり不可分の関係にあると考える。
  • 国会議員一人一人が確固たる考えを持って行動することが重要であって、それが実践されている限り、政府が戦争という誤った方向へ再び国民を導くのではないかとのおそれを抱く必要はない。占領政策の残像をいつまでも引きずるべきではないと考える。


春名 直章君(共産)

  • 参考人から、現行憲法の前文には日本の歴史、伝統、文化やオリジナリティ等が盛り込まれていないとの指摘があったが、私は、現行憲法の前文には、世界の潮流に沿った必要な基本原則が網羅的に書かれており、諸外国の憲法にはない先駆的な理想や原則が示されていると考える。
  • 憲法に歴史や文化が書き込まれていないから国民が自信や誇りを持てないとの指摘があるが、それらは別次元の問題であり、誇りや自信をいうのであれば、憲法にそれらを書き込むことではなく、戦後58年にわたって沖縄に米軍基地が置かれていることなどについての吟味が、まずなされるべきことである。
  • 前文と各条章とは、一体の関係にあることを認識すべきである。例えば、平和主義についても、前文、9条や13条等を通じてその内容が具体化されており、憲法上完結した形で保障されている。さらに、戦後世界に共通の要請である「平和による人権保障」は、実定法としての憲法という形で実現しており、憲法の価値は、今なお新鮮さを増していると考える。


仙谷 由人会長代理

  • 明治憲法は、近代国家の諸原則に即した制度を構築する一方で、告文や発布勅語に近代国家の諸原則とは矛盾する王権や大権といった概念が反映されるなど中途半端なものであったため、軍国主義やヒロシマ、ナガサキの悲劇を招来する一因となったと考える。現行憲法がマッカーサー三原則を基に構想されたことは事実であるが、当時の政府は、そういったものを押し付けられざるを得ないような政府であったことも認識しておくべきである。
  • 他方、グローバル化の著しい現代においては、日本人としてのアイデンティティーの確立も必要である。日本人とは何か、日本的なるものとは何かといったことと、近代国家の諸原則を反映した憲法の普遍性等との調和は、今なお課題として残っている。
  • 日本における民族的・国粋主義的主張の最大の弱点は、米国との関係における日本の自立性が論じられる場合に、最もよく現れる。在日米軍基地の存在の容認、イラク戦争における米国への盲目的な従属等に関して、そういった立場の方から何ら主張がなされないのは不可思議であると考える。