論文優秀者(加藤 三郎)

憲法に「環境」条項を

NPO法人環境文明21代表理事
株式会社環境文明研究所代表取締役・所長
加藤 三郎

一、悪化の一途をたどる地球環境

 今日、地球環境の悪化はますます深刻なものとなっている。例えば、中国の長江の歴史的な大洪水(一九九八年)も、黄河の水が涸れつつあるということも、また世界各地で頻発している様々な異常気象も、おそらくは地球温暖化に起因するだろう。年間八千万人もの人口が増え続けており、また止まることのない人間の欲望やそれを安易に叶えてしまう科学技術の発展などを考えると、すべての生物にとって唯一の住処である地球の環境資源が取り返しのつかないほど破壊されていることも肯ける。

 私は、私たち乗組員が環境への十分な配慮や対策をとらずして、このまま経済の開発にのみ狂奔するコースを進もうとすれば、この地球号が近い将来にタイタニック号のように沈没してしまうのではないかと恐れている。しかし、私は、人間には長い歴史の中でもまれ育まれてきた知恵もあれば勇気も忍耐力もあることを知っている。だから、しばらくの困難や不便はしのいでも、今日の原因を作った社会経済システムの舵を切り変えて進めば、再び夢も希望も持てる世界、有限な地球環境の中でも人間が持続的に発展できる社会が開かれてくるものと私は確信している。

 そのためには、新しい価値観、制度、そして技術を用意し、社会の原理原則を変えなければならない。江戸時代が開けて文明開化したときと同じように、また戦前の大日本帝国憲法体制が敗戦により民主憲法体制にとって替わったのと同じように、である。

二、環境と経済が調和した二軸構造の社会ヘ

 これまで戦後五十年の日本の政治・社会・経済の構造は、財務、外交、法務、商工、文教、農政などの諸々の政策が、すべて「経済の規模拡大」というフィルターを通して立てられていたといっても過言ではなかろう。つまり、「経済性があるか」ということだけで評価され、それが今日までの政策構造の基底を形成している。

 その中で、今から三十年ほど前に「環境保全」も、この政策構造の一角にささやかに導入された。しかし、他の政策課題に比べれば、法制上はともかく現実的にはマイナーな地位しか与えられていなかった。言ってみれば、財務、外交、商工などの諸政策を立案し、実行していくに当たって、「環境」は重要な必須考慮事項でもなく、国の政策全体の中の片隅に長いこと位置づけられていたというのが、かつて環境庁に身を置いていた私の実感である。

 二十一世紀には、国のすべての施策を立案し決定し実施していく過程で、常に「経済の質の確保」とともに「環境保全」という二軸の視点からもチェックされるような構造に変えるべきと信ずる。「経済の質の確保」と「環境の保全」が互いに背中合わせの対立した関係にあってはならず、統合されていなければならない。その統合の視点が社会の「永続性」または「持続可能性」である。

三、憲法に環境条項を入れよう

 私は、日本国憲法は大筋において極めて立派なものだと思っている。しかし、この憲法の中に環境条項がなく、環境問題の重大さが明らかになっても、多くの政治家・専門家が環境条項を盛り込む努力をして来なかったことは大変残念に思っている。そのような観点から、私は数年前から、憲法に環境条項を入れよと主張してきた。

 憲法に環境条項を盛り込むことが、「経済の規模拡大」への偏重から、「経済の質の維持」と「環境の保全」の二軸構造の社会へと転換する大きな一歩となろう。また、環境条項の導入について議論する中で、今よりはるかに多くの国民が環境問題の重要性により深く気づき、環境を守るための政策手段、例えば、税制、文教政策、法規制といったものの転換を志すようになると考える。

 憲法改正については、既に一九九四年十一月に読売新聞社が、憲法改正試案を発表し、その中で、環境権についての条文を提案している。また、衆議院議員の愛知和男氏も平成憲法私案をかねてから発表しておられ、本年三月にも第三次改訂版を提案しておられる。私は、これら二つの先行条文案などをもとにしているが、先述の二軸社会をつくらねばならないという思いから、愛知案の第二項に「いかなる政策を企画し、実施する場合にあっても、」をあえて挿入して、次のような条文を提案する。

 環境権に関する私の条文(案)

第〇〇条 環境権に関する権利及び義務

1 何人も、良好な環境を享受する権利を有するとともに、良好な環境を保持し且つわれわれに続く世代にそれを引き継いでいく義務を有する。

2 国は、いかなる政策を企画し、実施する場合にあっても、良好な環境の維持及び改善に努めなければならない。

 日本は、自ら率先して持続可能な社会を構築し、二十一世紀の世界に貢献すべきである。そうなるためにも、是非、憲法調査会には環境権を含む環境条項を憲法に盛り込む努力をしていただきたい。