委員会 昭和21年7月2日（第3号）
昭和二十一年七月二日（火曜日）午前十時二十四分開議
出席委員
委員長 芦田 均君
理事 江藤 夏雄君 理事 高橋 泰雄君
理事 廿日出ひろし君 理事 長井 源君
理事 吉田 安君 理事 菊地養之輔君
理事 鈴木 義男君 理事 林 平馬君
理事 田中 久雄君 理事 大島 多藏君
加藤 宗平君 上林山榮吉君
神田 博君 木島 義夫君
木村 公平君 木村 義雄君
北 れい吉君 北浦圭太郎君
小島 徹三君 高橋 英吉君
武田 キヨ君 武田信之助君
塚田十一郎君 本田 英作君
三浦寅之助君 山本 正一君
犬養 健君 荊木 一久君
關谷 勝利君 林 連君
原 健三郎君 原 夫次郎君
保利 茂君 星 一君
森山 ヨネ君 山崎 岩男君
井伊 誠一君 石川金次郎君
及川 規君 加藤シヅエ君
黒田 壽男君 杉本 勝次君
棚橋 小虎君 西尾 末廣君
松澤 兼人君 森 三樹二君
森戸 辰男君 井上 徳命君
石原 登君 大橋 喜美君
酒井 俊雄君 橋本 二郎君
大石ヨシエ君 大谷 瑩潤君
竹谷源太郎君 井上 赳君
池上 隆祐君 早川 崇君
藤田 榮君 赤澤 正道君
秋田 大助君 野坂 參三君
出席国務大臣
司 法 大 臣 木村篤太郎君
文 部 大 臣 田中耕太郎君
農 林 大 臣 和田 博雄君
国 務 大 臣 齋藤 隆夫君
国 務 大 臣 植原悦二郎君
国 務 大 臣 金森徳次郎君
出席政府委員
法制局長官 入江 俊郎君
法制局次長 佐藤 達夫君
復員事務官 遠藤 武勝君
復員事務官 山本丑之助君
司法政務次官 古島 義英君
文部事務官 柴沼 直君
農林次官 楠見 義男君
農林参与官 鈴木 強平君
農林事務官 石川 準吉君
運輸政務次官 松田 正一君
運輸参与官 辻 寛一君
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本日ノ会議ニ付シタ議案
帝国憲法改正案（政府提出）
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○芦田委員長 是ヨリ会議ヲ開キマス、是ヨリ質疑ニ入リマス――黒田壽男君
○黒田委員 「ポツダム」宣言ノ無条件受諾ニ依リマシテ、此ノ宣言ノ精神ニ基イテ民主主義日本国家建設ノ基本法トシマシテ、此ノ度憲法ガ改正セラレルコトニナツタノデアリマスガ、私ハ斯ウシタ径路ヲ取ツテ制定セラレマス憲法ニハ、少クトモ次ノヤウナ根本的性格ガ含マレテ居ナケレバナラナイト思ヒマス、第一ハ近来マデ我々ヲ抑圧的ニ支配シテ来テ居リマシタ所謂神権主義的ナ君主主義ニ基ク現在ノ憲法、此ノ現行憲法ニ於ケル神権主義的ナ君主主義ヲ排シテ、国民ノ総意ヲ至高ノモノトスル主義、即チ所謂国民主権主義ニ基イテ制定セラレルト云フコト、是ガ第一デアリマス、第二ハ基本的人権ヲ十分ニ保障スルコト、ソレカラ第三ハ国民ノ、単ニ法律上並ニ政治上ノ基本権ダケデナクテ、社会的並ニ経済的ナ生活ノ保障ヲモ十分ニ規定スルコト、第四ハ世界各国民ノ協力ニ依ル恒久平和実現ヘノ積極的ナ意思表示ヲスル、少クトモ斯ウ云フ点ガ基本的ナ性格ニナツテ居ナケレバナラナイト思ヒマスガ、此ノヤウナ観点カラ本草案ヲ検討致シマス時ニ、改正草案ニハ尚ホ幾多ノ欠陥ト不備トヲ見出スコトガ出来ルト思ヒマス、私ハ以下之ヲ若干指摘致シマシテ、併セテ其ノ欠点ト不備トヲ補足スルニ必要ナ諸点ヲ明カニ致シナガラ、政府ノ所信ヲ質シタイト思ヒマス、無論私ハ一般質問デハゴザイマスケレドモ、同僚ノ他ノ議員モ続イテ質問致スコトニナツテ居リマスノデ、全部ニ亙ラナイデ或ル程度デ打止メタイト思ツテ居リマス
第一ニ私ハ此ノ度ノ憲法草案ノ最モ重要ナ点ハ、先程申シマシタヤウナ神権主義的ナ君主主義カラ国民ヲ解放シテ、国民ノ総意ヲ至高ノモノトスル主義、即チ所謂国民主権主義ニ根本性格ヲ置クコトニ変更サレタト云フコトデアルト思フノデアリマシテ、先般来種種ト主権ハ国民ニ在ルカ或ハ君主ニ在ルカト云フヤウナ我々トシマシテハ既ニ明白ニナツテ居ルト思ヘルコトガ問題ニナツテ居ルヤウデアリマスガ、併シ私ハ斯様ナ主権ノ所在ガ何処ニアルカト云フヤウナコトヲ抽象的ニ議論シテ居ルノデハ、活キタ議論ガ出来ナイト思フ、我々ハ日本ノ国民トシテ、神権主義的ナ君主主義ノ憲法ノ下デ如何ニ抑圧サレテ来タカ、如何ニ此ノ憲法ガ一部ノ人々ニ悪用セラレテ、国民ヲ今日ノ如キ窮乏ト今日ノ如キ不名誉ニ突落シタカ、我ガ国ト国民大衆トヲ今日ノ如キ状態ニ突落シマシタ其ノ主義カラ如何ニシテ我々ハ解放セラレルカ、此ノ放解ニ対スル熱意ヲ持チ、希望ヲ持ツテ此ノ度ノ憲法改正問題ニ対処スル、斯ウシタ立場ニ立ツテ初メテ活キタ議論ガナシ得ラレルノデハナイカト私ハ思フノデアリマス、従来我ガ国ノ君主主義ハ、神権主義ニ基クト云フコトガ学界ノ定説ニナツテ居テ、一言半句モ批判ヲ許サナカツタノデアリマス、国ノ最高ノ意思ヲ決定スルモノハ天皇デアル、其ノ天皇ノサウシタ力ハ何処カラ来ルカト云フト、神意カラ来ル、斯ウ云フ説ガ公然ト唱ヘラレテ居ツタノデアリマス、ソレガ我ガ国ニ於キマシテ如何ニ多クノ思想上ノ不合理ヲ生ミ、民生上ノ苦痛ヲ生ンダカ、此ノ神権主義的ナル天皇制ヲ利用致シマシテ、一部ノ人々ガ国民ヲ支配シタノデアリマス、其ノ為ニ、天皇ハ、超階級的ナ存在デアルト説明セラレナガラ現実ノ政治ニ於キマシテハ、国民ノ一定部分ノモノノ利用スル天皇ト云フヤウナコトニナツテ居リマシテ、労働者、或ハ農民其ノ他勤労者ト全然関係ガナイ存在トナツテシマツテ居タ、否、寧ロ斯ウ云フ人々ヲ圧迫スル者ノ道具トナルト云フヤウナコトニセラレテシマツテ居ツタノデアリマス、或ハ又天皇ハ国民道徳ノ中心デアル、源泉デアルト云フヤウニ言ハレテ居リマシタケレドモ、其ノ天皇ニ最モ忠実ダト言ハレル軍人ガ、外国ニ於テ如何ナルコトヲシ、又終戦時如何ナルコトヲシタカ、是モ我々ハ十分ニ見セ付ケラレテ居ルノデアリマス、日本ニ於テハ一ツノ道徳上ノ欠陥ガ生ジタ、ソレハ縦トノ繋ガリニ於キマシテハ、自己ヲ滅却シテモ国ノ為ニ働クト云フヤウナ道徳ガ大イニ高唱セラレマシタケレドモ、個々人ノ自覚ニ依ル社会的ナ横ノ繋ガリニ於ケル道徳ノ発達ヲ非常ニ妨ゲタト思フノデアリマス、斯ウシタ間違ツタ道徳観ヲ発生セシメタコトニモ、ヤハリ憲法上ニ於ケル此ノ神権主義思想ガ与カツテ力ガアツタト云フコトハ、争ヘナイコトデアリマス、斯様ニ神権主義的ナ見解ヲ取ル為ニ、国民ニ科学的ナ観念ヲ発達サセルコトガ、殊ニ社会科学ノ発達ト云フコトガ非常ニ抑圧サレタ、是モ大キナ事実デアル、又斯ウ云フ神権説ガ唱ヘラレマシタ為ニ、軍閥ガ天皇ヲ利用シテ軍隊ヲ私兵的ノモノニシテシマツタト云フヤウナコトニモナツタ、結局天皇ヲ悪イ意味デノ飾リ物ニスルト云フコトニナツテ、我ガ国ヲ今日ノヤウナ状態ニ導イタノデアリマス、私ハ斯ウシタ主義ヲ日本ノ憲法カラ除ク、此ノ神権的ナ思想ヲ除ク、ソレガ此ノ度ノ憲法ノ改正ニ於ケル最モ重要ナ点デアルト思フノデアリマス、政治的権威ノ根拠トシテ神ヲ利用シテ居リマシタモノヲ、之ヲ排シテ、其ノアトニ国民全体ガ政治ノ最終ノ意思ヲ決定スル力トナル、「ポツダム」宣言ハ言葉デ言ヘバ、日本ノ最終的ナ政治形体ハ自由ニ表明セラレタ人民ノ意思ニ基イテ決定セラレル、即チ日本ノ政治ノ最終的ナ権威ガ国民ノ総意ニアルト云フコトニナル、即チ簡単ニ言ヘバ、国民ガ主権者ダト云フコトニナルト思フノデアリマス、日本ノ政治ヲ神ノ政治カラ人間ノ政治ニ変ヘル、是ハ非常ニ深イ意味ノアルコトト思フノデアリマス、無論此ノ国民主権主義ガ当然ニ君主制ヲ否定スルトハ限ラナイノデアリマシテ、現ニ本案ノ如ク天皇制ノ存続ハ認メテ居リマスガ、唯其ノ場合ニ於キマシテモ、其ノ地位ガ第一条ニ示シテアリマスヤウニ、国民ノ至高ノ総意ニ基クモノトセラレテ居リマシテ、天皇ノ権威ガ従来ノヤウニ神ニ由来スルモノトサレテ居ナイ、天皇制ニ於ケル神権的ナ絶対的ナ性質ガ人間的ナ相対性ニ変化シタ、斯ウ云フ変化ガ此ノ憲法改正案ノ上ニ於テハツキリト現ハレテ居ル、此ノ大キナ変化ガ憲法上ニ於テ行ハレタト云フコトハ、私ハ非常ニ重大ナ事ダト思フノデアリマシテ、主権論ノ問題ヲ抽象的ニ論ズルノデハ議論ニ血ガ通ハナイ、現実ニ我々日本ノ国民ガ従来ノ神権主義的君主主権論ニ依ツテ如何ニ禍ヒサレ、苦シメラレテ来タカ、此ノ現実ノ上ニ立ツテ其ノ主権論ガ廃止サレテ、主権ガ国民ニ在ルト云フコトニナツタ、国政上ノ最終ノ決定権ガ国民ニアル、ソノ国民ノ中ニ天皇ヲ含ムト云フ解釈ニナツテ居リマスガ、要スルニ国民ガ従来ノ如ク単ナル被支配者デナクナツテ、国政上最終決定権ヲ持ツコトニナツタト云フコトニ、私ハ重点ガアルト思フノデアリマシテ、此ノ意味ニ於テ私ハ本草案ニ於テ主権ノ所在ガ日本国民全体ニ在ルト云フコトガ明瞭ニ言ヒ得ラレルト思フト同時ニ、政府ノ草案ニ於テハ、此ノ点ノ表現ガ甚ダ瞹昧ナ、遠廻リナ言ヒ方ニナツテ居ルト思ヒマスノデ、私ハハツキリト主権ガ国民ニ在ルト云フコトヲ明示スル条文ヲ挿入シテ戴キタイト思フノデアリマスガ、之ニ対シテ政府ハドウ考ヘテ居ラレマスカ、斯ウ云フ問題ニ付キマシテハ、憲法ヲシテ国民的経典タラシメ、総テノ国民ニ能ク其ノ根本主義ヲ徹底セシメルト云フ意味ニ於キマシテ、遠廻シナ表現ヲ避ケテ明瞭ナ規定ヲ置クコトガ国民ニ対シテ最モ親切ナ方法デアルト思フノデアリマス、近年制定セラレマシタ多クノ憲法ニ於キマシテハ、ドノ国デモ主権ノ所在ニ関シマシテハ明瞭ナ表示ガシテアル、私ハ只今申上ゲマシタヤウナ表示ヲ新憲法ノ中ニ入レテ戴キタイ、斯ウ思フノデアリマス、之ニ対シテ政府ノ御所信ヲ先ヅ御尋ネシテ見タイト思ヒマス
○金森国務大臣 黒田君ノ御尋ネニ対シマシテ、大体其ノ御質問ノ前提トシテ御話ニナリマシタコトハ、私共ノ考ヘテ居ル所ト一致シテ居ルト考ヘテ居ルノデアリマス、唯私自身ノ考ヘテ居リマスル所ハ、日本ノ過去ノ主権ノ所在ガ所謂神権説ニ基イテ居ル、即チ神秘ノ中カラ一切ノ説明ガ生レテ来テ居ルト云フ御主張デアリマシタケレドモ、ソレハ誤リデハナイニシテモ、全部ヲ尽シテハ居ナイノデアル、今日ニ至ツテ過去ヲ総テ神秘説ニ属スルモノトシテ論議サレルコトハ、少クトモ私ノ見解トハ異ナツテ居リマス、唯不幸ニシテ神秘説ガ相当ノ勢力ヲ持チ、ソレガ幾多ノ禍ヲ齎シタノデアル、ナゼサウ申シマスカト言ヘバ、我々ノ先輩タル日本ノ学者ノ中ニモ、神秘説ニ依ラザル主張ヲシテ居ツタ人モ確カニアリマスシ、斯ク言ヒマスル私ノ如キモ、甚ダ微温的デハアリマシタケレドモ、其ノ然ラザル所以ヲ論議シマシタ一端ガ、不幸ニシテ世ニ容レラレナカツタト云フ実証ヲ持ツテ居リマス
次ニ主権ノ所在ガ国民ニ在リト云フコトヲ正確ニ書イタナラバドウデアルカト云フ御尋ネデアリマスルガ、此ノ憲法ハ実ハソレヲ正確ニ書イテ居ル積リデアルノデアリマシテ、前文ノ中ニ「ここに國民の總意が至高なものであることを宣言し、」ト云フコトハ、外ノ意味ニハ取リヤウハナイト考ヘマス、又第一条ニ「この地位は、日本國民の至高の總意に基く。」ト云フコトモ亦外ノ意味ニ取リヤウハナイト思フノデアリマシテ、随テ外国ノ憲法ノ直訳ノ文字トハ聊カ違ヒマスケレドモ、意味ニ於テ今御尋ネニナリマシタ点ハ明カニナツテ居ルヤウニ考ヘテ居リマス
○黒田委員 只今ノ御答ヘニ私ノ主張致シマスヤウナ意味ノモノガ、現ハレテ居ルト斯ウ云フヤウナ御言葉デアリマシタケレドモ、私ガ只今主権ガ国民ニ在リト云フ意味ヲ、此ノ言葉ノ侭ノ表現トシテ入レタ方ガヨリ分リ易イノデハナイカ、斯ウ云フコトヲ申上ゲタノデアリマス、総テノ国民ニ分リ易イヤウナ、又我ガ国ノ国民ニモ分リ易イヤウナ、サウシタ表現ノ仕方ヲシタラバドウカ、斯ウ云フコトヲ申上ゲタノデアリマスガ、其ノ方ガ私ハハツキリトシハシナイカ、斯ウ申シタノデアリマス、併シ草案ノ侭ノ表現デ宜イト云フヤウナ御答ヘデアリマスガ、其ノ点ヲ尚ホモウ一度御伺ヒ致シマス
○金森国務大臣 度々前カラ申シテ居リマスルヤウニ、主権ト云フ言葉ハ、必ズシモ一ツノ意義ヲ具ヘテハ居リマセヌ、現ニ此ノ憲法ノ前文ノ終リ頃ニ「自國の主權を維持し、」或ハ又第九条ニ「國の主權の發動たる」ト云フヤウナ言葉ガアリマシテ、即チ一ツノ意義ニ於テ主権ト云フ言葉ヲ使ヒマシタ限リ、是ト混同ヲ生ズルヤウナ他ノ意義ニ、此ノ憲法ノ中ニ用ヒル必要ハナイト考ヘタノデアリマス、甚ダ僣越ナル考ヘ方デアリマスガ、日本ノ主権ノ所在ハ、本当ノ意味ニ於キマシテハ過去モ現在モ異ナル所ハナイ、唯偶々一種ノ錯覚其ノ他ノ時代ノ齎ラス雰囲気ノ為ニ眩ンデ居ツタノデアツテ、我々ハ寧ロ自明ノ理トシテ之ヲ確認スルト云フ方ガ適切ナヤウニ思ツテ、其ノ点モ意ヲ用ヒテ、此ノ文字ヲ用ヒタ次第デアリマス
○黒田委員 只今御答弁ハ得マシタケレドモ、私トシマシテハヤハリ私ガ今申シマシタヤウナ表現ヲ用ヒタ方ガ宜イト思フノデアリマスガ、此ノ点ハ此ノ辺デ止メテ置キマス
其ノ次ニ私ハ民主主義的ナ憲法、是ハ昨日金森国務大臣ガ此ノ思想ニ基イテ本憲法草案ガ作ラレテ居ルノデアル、斯ウ云フヤウニ申サレマシタガ、サウ云フ民主主義的ナ憲法ノ草案ノ性質ト致シマシテ、此ノ草案ノ条章ノ配列ガ果シテ適当デアルカドウカト云フ疑問ヲ持ツテ居リマス、例ヘバ第一章ハ天皇ノ規定トナツテ居リマスガ、私ハ先程申シマシタヤウニ、此ノ度ノ改正憲法ノ上ニ於テハ、国民ノ総意ト云フモノガ、非常ニ大キナ役割ヲ務メルヤウニナリマシタ、ソコニ此ノ度制定セラレヤウトスル憲法ノ最モ中心的ナ意義ガアルト思フ、此ノ観点カラ致シマシテ、第一章トシテ天皇ノ規定ヲ置クト云フコトガ、果シテ適当デアルカドウカ、此ノ点ニ付テ疑問ヲ持ツノデアリマシテ、現行ノ憲法ニ於キマシテハ、此ノヤウナ章ノ編列ニナツテ居リマシテ、現行憲法ト対照致シテ見マスト改正草案ハ殆ド同ジヤウナ配列ニナツテ居ル、併シナガラ今度ノ改正案ノヤウニ、根本観念ガ国民ノ総意ヲ至高ノモノトスルト云フヤウナ趣意ニ基イテ居リマスモノニ付キマシテハ、此ノ編列ノ仕方ハ果シテ妥当デアルカドウカト云フコトニ、私ハ疑問ヲ持ツテ居ルノデアリマシテ、寧ロ第一章トシマシテハ、総則的ナモノヲ置キマシテ、日本ノ国家ノ構成デアルトカ、只今申シマシタ主権ノ所在デアルトカ、ソレカラ此ノ草案ニ現ハレテ居リマスル第二章ノ「戰爭の抛棄」斯ウ云フ部分ヲ更ニ積極的ニ日本ガ平和ヲ愛好シ、国際信義ヲ重ンズルコトヲ国是トスル国民デアルト云フヤウナ意味ノ事ヲモ附加ヘマシテ、戦争抛棄ノ宣言ト共ニ規定スル、サウ云フモノヲ先ヅ冒頭ニ置クト云フヤウナ構成ニ致シマシタ方ガ、民主的ナ憲法ノ条章ノ配列トシマシテ、ヨリ適当デアルト云フヤウニ私ハ考ヘルノデアリマス、之ニ付テ政府ノ所信ヲ御尋ネシタイト思ヒマス
○金森国務大臣 今御尋ネニナリマシタ点ニ付キマシテハ、若シモ国法ガ学者ノ論文ト同ジヤウナモノデアルト云フヤウニ考ヘマスルナラバ、斯クノ如キ考ヘ方ニモ十分ノ理由ガアリ得ルト思フノデアリマス、併シナガラ憲法ハ自ラ国家ノ法トシテ色々ナ規定ノ仕方ノ上ニ特色ヲ持タセテ宜イモノト思ツテ居リマス、我々日本国民ガ此ノ国ノ基本法ヲ考ヘマスル時ニ、先ヅ国ノ象徴ヲ第一線ニ置イテ考ヘルト云フコトニハ、十分ナ意義ガアルト考ヘルノデアリマス、之ヲ以テ第一条ニ置イタ次第デアリマス、尚ホ国家ノ構成トカ、或ハ戦争抛棄ノ規定ヲ第一条ニ置クカドウカト云フコト、曩ニ述ベマシタ通リデアリマスルガ、此ノ理論構成ヲ主トシテ満足セシムルヤウニ内容及ビ条文ヲ配列致シマスルコトハ、此ノ憲法ノ起案ニ於キマシテ既述ノ通リ必ズシモ採ラナカツタモノデアリマス
○黒田委員 私ハ只今申シマシタ条文ノ配置ニ付キマシテハ、必ズシモ理論的立場、学理的立場カラト云フダケデハナクテ、現実ノ政治上カラシテモ、此ノ憲法草案ガ現行憲法ト異ナル最モ中心的ナ特徴ヲナス部分ヲ捉ヘテ、之ヲ国民ノ心ニ叩キ込ム、サウシテ又ソレガ「ポツダム」宣言ノ趣旨ニ最モ能ク副ウテ居ル、サウ云フ実際政治ノ見地カラ質問ヲ致シタノデアリマス、サウ云フ実際政治上ノ見地カラモ、私ノ只今質問致シマシタヤウナ配列ノ仕方ニシタ方ガ、将来ノ日本ノ民主主義国トシテノ憲法ノ配列トシテハ、ヨリ適当デアルト云フ考ヘヲ持ツテ居ルノデアリマス、併シ此ノ問題モ是レ以上ニハココデハ議論スルコトヲ避ケタイト思ヒマス、ソレカラ是モ序ニ御尋ネシテ置キタイト思ヒマスガ、皇室典範ノ定メル所ニ依リマシテ、皇位ノ継承ノ方法ガ決マルト云フコトニナツテ居リマスガ、私ハ少クトモ天皇ノ地位ガ日本国民ノ至高ノ総意ニ基クト云フ意味ニ於キマシテ、改正サレタル憲法ニ於キマシテハ、即位ニ当リマシテ国会ノ承認ヲ経ルト云フコトヲ憲法ソレ自身ノ上ニハツキリト明示シテ置ク、ソレガヤハリ民主的ナ憲法ト致シマシテ適当デアルト云フヤウニ考ヘルノデゴザイマスガ、此ノ点政府ハ如何ニ考ヘラレルデセウカ
○金森国務大臣 既ニ憲法ガ第一条ヲ設ケ、又第二条ニ於テ基本ノ法規ヲ設ケマシタ、既ニハツキリ君主タルベキ方ノ地位ハ確定スル訳デアリマス、而シテ九十五条ニ於キマシテ、天皇ハ此ノ憲法ヲ尊重シ、擁護スル義務ヲ負ハルルト云フコトガ当然ニ明白ニナツテ居ル訳デゴザイマス、ソレ以上ニ個個ノ場合ニ国会ノ承認ガ即位ノ場合ニ必要デアルコトヲ規定スルコトハ、憲法自体ノ問題トシテハ其ノ必要ナシト考ヘタ次第デゴザイマス
○黒田（壽）委員 尚ホ之ニ関連シマシテ御尋ネシタイト思ヒマスガ、退位トカ譲位トカ云フコトニ付キマシテ、皇室典範ノ原案ヲ作ラレル筈ノ政府ニ於テ、既ニ何等カノ御成案ガアルカモ分リマセヌガ、此ノ問題ニ付テ何カ御考ヘニナツテ居ルコトガアリマスデセウカ
○金森国務大臣 皇室典範ノコトニ付キマシテハ、今後遠カラザル機会ニ於テ又議会ノ協賛ヲ仰グコトニナリマシタ、問題ハ其ノ時マデ正確ニハ御答ヘ出来ナイ次第デアリマスガ、譲位ト云フコトニ付キマシテハ、今日何モ考ヘテ居リマセヌ
○黒田委員 次ニ天皇ノ行ハレル国務ノ範囲ニ付テ私ノ意見ヲ申述ベマシテ御所信ヲ伺ヒタイト思ヒマス、私ハ本草案ノ第一条に於キマシテ「天皇は、日本國の象徴であり日本國民統合の象徴であつて、この地位は、日本國民の至高の總意に基く。」斯ウ表明セラレテ居リマシテ、天皇ハ日本国民ノ至高ノ総意ニ基イテ、其ノ地位ガ認メラレテ居ルノデアリマシテ、主権ハ決定的ニ国民ノ手ニアルコトヲ明暸ニシタ上デ、天皇ガ日本国民及ビ其ノ国民統合ノ象徴デアルト云フヤウナ規定ヲ致シテ居リマス所ニハ、自然天皇ガ精神的乃至儀礼的ニ国家及ビ国民ヲ代表スル栄誉ノ地位ニ止マルモノトサレテ居ル、斯ウ云フ見方ガ出来ルト思フノデアリマス、ソレカラ第四条ニ於キマシテ、天皇ハ政治ニ関スル権能ヲ有シナイト云フヤウニ定メラレテ居リマシテ、此ノ条文ノ精神モ天皇ガ政治ノ実際カラ遠ザカル、サウ云フ趣旨ノ下デ規定セラレタモノデアラウト私ハ考ヘルノデアリマス、又従来ノ所謂大権事項ガ本草案ニ於キマシテ相当大幅ニ縮減セラレテ居リマスノモ、ヤハリ斯ウ云フ考ヘニ基イテ居ル、私ハ斯ウ云フ風ニ思フノデアリマス、所ガ、サウ云フヤウナ見地カラ見マシテ、即チ第一条或ハ第四条ト云フヤウナ規定ノ性質カラ致シマシテ、私ノ考ヘデハ第七条ノ天皇ノ行ハルル国務ガ尚且ツ多過ギルノデハナカラウカ、斯ウ云フ風ニ考ヘルノデアリマス、殊ニ衆議院ヲ解散スルトカ、或ハ国会召集、或ハ国会議員ノ総選挙ノ施行ヲ公示スルト云フヤウナコトハ、相当ニ重大ナ政治的影響ノアル問題デアラウト考ヘマス、是ハ理論的ナ考ヘ方ニ過ギルカ分リマセヌケレドモ，此等ノ事項ニ付キ若シ天皇ノ意志ト内閣ノ意志トガ違フト云フヤウナコトニナリマスト、相当ニ重大ナ政治問題ガ起ル、実際ニ於テハサウ云フコトハ起ラナイト云フ見解モアルカ分リマセヌガ併シ理論的ニハサウ云フコトガ考ヘラレルノデアリマス、左様ナ風ニモ考ヘラレマス上ニ、従来ノ政治ノ実際ノ慣例上ニ於テハ是等ノ事項ヲ事実上ニ決定シタリ実行スルノハ無論政府デアツタノデアリマスカラ、実際ト規定トヲ一致サセル方ガ宜イト云フ見地カラモ、是等ノ事項ニ付テ考ヘテ見ル必要ガアル、他面先程申シマシタヤウニ、政治ニ付テ権能ヲ有シナイト云フコトヲ本来ノ立場トスルモノガ例外的ニ行フトコロノ国務ノ範囲トシテハ、是等ノ事項ハ少シク逸脱シテ居ルト考ヘラルル、斯ウ云フ事項ハ天皇ノ行ハレル国務ノ中カラ削除シテ、寧ロ之ヲ内閣ノ仕事トスルコトニ致シタ方ガ適当デアルト云フヤウニ考ヘテ居リマス、其ノ方ガ第一条並ニ第四条ノ精神ニモ寧ロ合致スルノデハナイカト思フノデアリマスガ、此ノ点ニ付キマシテ、政府ノ所信ヲ承リタイト思ヒマス
○金森国務大臣 天皇ノ御地位、即チ国ノ象徴デアリ、国民統合ノ象徴デアルト云フコトハ決シテ空ナル文字デハアリマセヌ、現実ノ日本ノ国家ニ於キマシテ天皇ノ御行為ヲ見レバ、国民ガ仰イデ国ノ行為ナリト見、天皇ヲ仰ギ見ル時ニ、ココニ国民統合ノ人格化サレタ姿ガ現ハルル、斯ウ考フルコトニ基礎ヲ置イテ第一条ガ出来テ居ルノデアリマス、随テ此ノ第一条ノ趣旨ヲ其ノ本質ニ適スルヤウニ発揮致シマスル為ニハ、天皇ガ国ノ働キノ上ニ於キマシテモ、或ル程度ノ権能ヲ御持チニナルコトガ相応シイト思フ訳デアリマス、併シナガラ其ノ範囲ガ広クナリ、又自由ノ裁断ガ多クナリ、又多クノ批判ノ相当ニ立チ得ルヤウナ種類ノコトニ亙リマスナラバ、自然ココニ障害ガ現ハレテ来テ、近キ過去ニ於テ吾々ガ経験シタト同ジコトヲ繰返ス虞ガナイトハ言ハレマセヌ、ソコデ此ノ両面ヲ考ヘ、殊ニ内閣ノ助言ト承認ト云フ言葉ヲハツキリ致サセマシテ、象徴タル地位ニ相応シクシテ、而モ弊害ノ余地ナキ範囲ニ第一条ノ国務ヲ定メタ積リデアル訳デアリマス、此ノ政治的ナ諸問題ニ付キマシテハ、論理的ノ潔癖サカラ只管ニ或ル方向ニ論及致シマスコトハ、他ノ角度カラ見タ、大キナ国家ニ必要ナル要件ヲ逸脱セシムル虞ガアルノデアリマシテ、是ガ嘗テ本会議ニ於キマシテ、単ニ論理的緻密ナ分析ノミガ憲法改正ニ付テノ宜イ解決デハナク、之ニ政治的ナ分析ヲ加ヘナケレバナラヌト云フ趣旨ノコトヲ申シタ所以デアル訳デアリマス
第七条ニ掲ゲテアリマスルコトハ、此処ニ設クルコトガ適切デアルト云フ理由ハ一ツ一ツアルノデアリマスルガ、其ノ一端ヲ今申上ゲマスルナラバ、第一号ニ掲ゲテアリマスル「憲法改正、法律、政令及び條約を公布する」公布ト云フコトハ寧ロ実行行為デアル、之ニ貴重ナル効果ハ生ジマスケレドモ、意思作成ノ内容デハナイ訳デアリマシテ、是ガ内閣ノ助言ト承認トニ依ツテ行ハレマスル場合ニ、天皇ノ不徳ヲ導クガ如キ懸念ハ毫モナイモノト思フ訳デアリマス、国会ヲ召集シ、衆議院ヲ解散スルト云フコトハ、是モ事ノ軽重ト云フコトノ見地カラ見マシテ、天皇ノ行ハセラルル権能デアルコトガ適切デアル、斯ウ考ヘタ訳デアリマス、其ノ他概ネ斯ノ如キモノデアリマシテ、稍々広ク天皇ノ職能ヲ認メマシタノハ、第七条ノ栄典ヲ授与スルコトデアリマスガ、是ハ又栄典ト云フコトハニハ国民ガ懐イテ居ル心持ト釣合フコトニ重点ヲ置イテ規定ヲ設ケタ次第デアリマス、其ノ他一ツ一ツノ弁明ノ理由ハアリマスケレドモ、他日ノ機会ニ譲リタイト存ジマス
○木村（公）委員 委員長、議事進行――只今黒田議員カラ第七条ノ天皇ノ国務ノ範囲ノ御質疑ノ中ニ、第二号ノ「國會を召集すること。」第三号ノ「衆議院を解散すること。」等ハ削除シタガ宜イヂヤナイカト云フ御意見ガ出タヤウデアリマスガ、黒田議員ノ御意思ハ第二号第三号等ト仰シヤツタノデアリマスガ、第二号第三号其ノ他何号ヲ御指シニナルノカ、一寸之ヲ御尋ネシテ置キタイト思ヒマス
○黒田委員 或ハ私ノ主張ガ其ノ点明確ヲ欠イタカモ分リマセヌガ、全的ニ削除シタ方ガ宜シイト思ヒマスノハ、第七条ノ中ノ二「國會を召集すること。」三「衆議員を解散すること。」四「國會議員の總選擧の施行を公示すること。」以上ハ全的ニ削除シタ方ガ宜シイ、斯ウ云フ見解デアリマス、ソレデ宜シウゴザイマスカ――私ガ只今第七条ノ中カラ二、三、四ヲ削除シタ方ガ宜イト申シマスノハ、私トシマシテハ第一条、或ハ第四条ノ精神ニ基イテ、天皇ハ出来ルダケ無色デアツタ方ガ宜イ、第四条ニハ、「權能を有しない。」ト云フコトニナツテ居ル、言換ヘレバ権能ヲ有シナイノデアリマスカラ無力ト云フコトニナリマスガ、出来ルダケ政治ノ実際カラ離レテ、精神的ニ栄誉的ニ、又儀礼的ニ国民ノ中心トナル、斯ウ云フ存在トシテアラレルコトガヨリ適当デハナイカ、斯ウ云フ考ヘカラ右ノ主張ヲ致シタノデアリマス、併シ此ノ点ニ関スル議論ハ此辺デ止メテ置キマシテ、更ニ次ニ移リタイト思ヒマス
第二章ノ戦争ノ抛棄ト云フ章ニ付テデアリマスガ、私ハ単ニ第九条ニ盛ラレテ居リマス言葉ダケデハ積極性ガナイヤウニ思ヒマスノデ、更ニ我ガ国ト致シマシテ、積極的ニ平和ヲ愛シ国際信義ヲ重ンズルコトヲ国是トスルト云フヤウナコトヲ此ノ第九条ノ前ニ加ヘルコトニ致シマシテ、此ノ戦争抛棄ノ条章ニ関スル積極的内容ヲ国際的ニ明確ニシタ方ガ宜シイト思ヒマス、本条ノ表現ダケデハ、何ダカ負ケタモノガ武力ヲ抛棄スルト云フ唯ソレダケノ消極的ナ感ジシカ受ケナイノデアリマス、私ガ今申シマシタヤウナ積極性アル条文ヲ加ヘル、即チ平和ヲ愛好シ国際信義ヲ重ンズルト云フヤウナ意味ノ積極的ナ条項ヲ更ニ附加ヘテ、本章ノ趣旨ヲ徹底セシメタイト云フヤウニ考ヘルノデアリマスガ、之ニ対シテ御所見ヲ伺ヒタイト思ヒマス
○金森国務大臣 只今ノ点ハ此ノ憲法ノ前文ノ中ニ於キマシテハ、稍々強ク其ノ色彩ガ表ハサレテアルノデアリマシテ、「常に平和を念願し、」ト云フヤウナコト、「我らの安全と生存をあげて、平和を愛する世界の諸國民の公正と信義に委ねようと決意した。」其ノ外種々ナル言葉ガ一ニ其ノ方向ニ向ケラレテ居ル訳デアリマス、併シ第二章ノ所ハ謂ハバ謙抑ナル形ヲ以テ、言葉ハ非常ニ質朴ナ形ヲ以テ、之ニ伴フ日本ノ方針ガ闡明セラレテ居ルノデアリマスルガ、其ノ中味ニ於テハ烈々タル意義ガ之ニ盛リ込マレテ居ルト思ヒマス、日本ノ憲法ハト申シマスカ、私共ノ起案ニ関係致シマシタ此ノ憲法ハ、激シイ言葉ヲ用ヒズシテ、而モ含蓄ニ依ツテ十分激シイ心持ヲ表明スルコトヲ意図シテ居リマシテ、第九条ハ其ノ趣旨ニ於テ御読ミヲ願ヒタイト思ヒマス
○黒田委員 尚ホ此ノ章ニ関連致シマシテ多少意見ヲ述ベ、政府ノ御所信ヲ承リタイノデアリマス、第九条ニ於キマシテ戦争ノ抛棄ト云フコトヲ規定シテアリマスガ、私ハ更ニ国内ニ於ケル政策ト致シマシテモ、戦争ノ発生ヲ防止スルト云フ政策ガ執ラレナケレバナラナイト考ヘマス、戦争ガ起ル、何故ニ此ノ度ノヤウナ戦争ガ起ツタカト云フコトヲ科学的ニ研究シテ見ル必要ガアル、漠然ト戦争一般ト云フモノヲ考ヘルノデハナクテ、最近ニ於ケル戦争ノ性質ハドウ云フモノデアルカト云フコトヲ突止メテ見ル必要ガアルト思フノデアリマスガ、太平洋戦争ハ、私ノ考ヘデハ支那事変ノ延長デアリマスシ、更ニ其ノ支那事変ハ満洲事変ノ延長デアルト云フヤウニ考ヘテ居リマス、其ノ当時カラ日本ノ資本主義ガ我ガ国ノ封建的ナ遺制ト抱合ヒマシテ、国内ノ勤労階級ニ対シマシテハ経済的ナ搾取ガ行ハレ、其ノ為ニ我ガ国内ニ於キマシテ必然的ニ国内市場ノ狭隘ト資本主義的ナ生産ノ発展トノ矛盾ガ起ル、此ノ矛盾ヲ大陸侵略ト云フ形ニ依ツテ解決シヨウト致シマシタノガ、今次ノ戦争ノ原因デアル、私ハサウ云フ風ニ考ヘテ居リマス、随テ斯様ナ原因トナルモノヲ将来ニ於テ除去スル方策ガ執ラレナケレバ、憲法上戦争抛棄ノ規定ヲ設ケマシテモ、内部カラ又戦争ニ対スル衝動ガ起ツテ来ル、斯ウ云フ風ニ私ハ考ヘマス、ソコデ対内的ニ斯ウ云フ戦争ヲ惹起スコトニ必然的ナ関係ヲ持ツ独占資本ニ対スル政策ヲ持タネバナラナイ、現在独占資本ハ解体ヲ命ゼラレ、其ノ過程ニアリマスケレドモ、併シ実際ニハ中々進行シテ居ナイヤウデアリマス、私的ナ独占資本ヲ禁止スルト云フ方針ヲハツキリト憲法ノ上で明示シテ置ク必要ガアラウト私ハ考ヘル、国ノ内部カラ戦争ニ対スル衝動ヲ除去スル方法ヲ執ラナケレバ、憲法上ニ戦争抛棄ノ条文ヲ設ケタダケデハ、真ノ戦争抛棄、平和愛好ノ意思ヲ徹底サセルコトニナラナイノデハナイカ、斯ウ云フヤウニ私ハ考ヘマス、政府ハ私的ナ独占資本ヲ禁止スルト云フヤウナコトヲ、ハツキリト憲法ノ上ニ於テ明示セラレル御意向アリヤ否ヤ、此ノ点ニ付キ御尋ネ致シタイト思ヒマス
○金森国務大臣 此ノ憲法ノ起案ノ基本ノ構想トシテ曽テ機会ヲ以テ申上ゲタコトガアリマスガ、重要ナル規定デアツテ而モ国民ノ広キ間ニ確実ナ基礎ヲ持ツテ居ル原理デアリ、而モソレガ明カニ記載シ得ルニ適スルモノデアリマシタナラバ、此ノ憲法ニ記入スルコトハ適当ト思ヒマスガ、恐ラク今御尋ネニナリマシタ論点ヲ、必要ナル限度ニ的確ニ書キ表ハシテ誤解ノ虞ナカラシムルコトハ、相当困難ナル問題デアラウト考ヘテ居リマス、原案ニ於キマシテハ其ノ規定ヲ設ケナカツタノデアリマスルシ、今日ト雖モ其ノ規定ヲ設ケヨウトスル考ヘハ持ツテ居リマセヌ
○黒田委員 其ノ次ニ私ハ第三章ニ関連致シマシテ質問ヲシテ見タイト思ヒマス、此ノ憲法草案ヲ通読致シマシテ、最モ不備ナ部分ハ第三章ニアル、他面第三章ハ又非常ニ勝レタ部分モ含ンデ居リマス、勝レタ部分モアリマスガ、又大キナ欠陥ガアル、サウ云フヤウニ私ハ見テ居ルノデアリマシテ、其ノ結論ヲ先ニ申シマスレバ、此ノ草案ハ時代的ニ見テ、前世紀的ナ性格ガアル、個人主義的ナ、自由主義的ナ、資本主義的ナ体制ノ上ニ立ツテ、現在ニ於キマシテハ既ニ我々ハ其ノ時代ヲ経過シテ新シイ時代ノ国民トシテノ種々ノ新シイ要求ヲ持ツテ居ル、サウ云フ要求ニ答ヘルモノガ本草案ニハ盛ラレテ居ナイ、封建制度カラ資本主義ニ変ツテ行ク其ノ当時ニ出来タ多クノ憲法、サウシタ憲法ノ性質ガ多分ニ盛ラレテ居リマシテ、現在ノ時期ニ於テ要請セラルルモノ、即チ経済的、社会的ナ権利乃至自由ノ確保乃至保障ト云フ見地カラ見ルトキハ、本草案ニハ非常ニ不備ガアルノデアリマス、本草案ヲ一読致シマシテ、私ハサウ云フ感ジヲ受ケタノデアリマス、人権ノ擁護ト云フ点ニ付キマシテハ、即チ所謂基本権ノ擁護、政治的、法律的ナ基本権ノ擁護トイフ面カラ致シマシテハ、本草案ハ相当ニ細カク規定セラレテ居リマス、現行ノ憲法ガ幾多ノ基本権ヲ我々ニ保障シナガラ、ソレガ例外ナシニ法律ノ定メル所ニ依リマシテ実際ニ於キマシテハ蹂躙セラレルト云フヤウナコトニナツテ居ル、永イ間我々ハ日本国民ト致シマシテ、サウ云フ法律ノ下ニ生活シテ来タ、私モ斯ウシタ法律下ニ生活シタ者ノ一人トシテ、此ノ点ヲ痛感シタノデアリマスガ、斯クノ如キ現行ノ憲法ニ比較致シマスト、此ノ度ノ憲法草案ハ基本権ニ付キ、政治上並ニ法律上ノ権利自由ト云フ点ニ付キ、相当ニ広イ幅デ保障シテ居ルト思ヒマス、政治的ナ法律的ナ自由ヲ擁護スル、権利ヲ確立スル、ト云フ点デハ此ノ憲法草案ハ相当ニ完備シテ居ルト思フノデアリマス、併シ現在デハ、世界ヲ通ジマシテ各国ノ民衆ガ夫々ノ国ニ於テ其ノ生活ヲ維持シテ行ク上ニ於キマシテハ、単ニ政治目ナ、又法律的ナ権利自由ヲ保障セラレルト云フダケデハ不十分デアル、元来、資本主義ガ勃興シテ参リマシテ、資本主義ガ封建主義ト異ルトコロノ新シイ生活ノ道ヲ切リ拓イテ行ク其ノ勝利ノ紀念ト致シマシテ、基本的人権、法律的ナ、政治的ナ権利、自由ノ保障条項ガ、憲法上凡ユル国ニ於テ制定セラレルヤウニナツタノデアリマス、併シナガラ、其ノ後時代ハ更ニ進展シテ参リマシテ、資本主義カラ発生スル色々ナ経済上社会上ノ不利益ヲ被ル人々、斯ウ云フ人々ニ対シテ更ニ之ヲ保護シナケレバナラヌ必要ニセマラレテキタ、即チ社会問題トイフ形デ各種ノ階級的ナ紛争ノ生ズル社会トナツテ参リマシテ、斯ウ云フ社会ニ於テ労働者或ハ農民其ノ他・一般ノ勤労者ノ生活ヲ保護シナケレバナラヌ、ソノ為ニハ、ドウシテモ此ノ個人ノ法律的ナ、政治的ナ権利、自由ノ保障カラ、更ニ進ンデ経済的並ニ社会的ナ生活ノ上ニ考慮ヲ払フトコロノ経済的ナ規定ガ、憲法ノ上ニ現ハレテ来ナケレバナラヌ、又ソレハ現実ニ現ハレテ来ルヤウニナツテ来タ、大体其ノ境ハ「ドイツ」ニ於ケル「ワイマール」憲法制定ノ頃デアルト思ヒマス、其ノ後ニ制定サレマシタ諸国ノ憲法ヲ見マスト、斯ウシタ社会的、経済的ナ保障条項ガ相当多数ニ憲法ノ条章ノ中ニ盛ラレテ居ルノデアリマス、我ガ国ニ於テ、今新タニ憲法ヲ制定スル、我々ノ此ノ時代ニ於テ新タニ憲法ヲ制定スル、サウイフ場合ニ於テハ我々ノ時代々ノ性質上カラシテモ、此種ノ要求――此ノ我々ノ時代ニ於ケル勤労大衆ノ経済的、社会的ナ保護ノ要求ガ満サレルヤウナ憲法ガ制定セラレナケレバナラナイト考ヘマス、此ノ観点カラスルトキ、私ハ本法案ハ寧ロ「ワイマール」憲法以前ノモノデアルヤウナ感ジガ致シマス、先刻申シマシタヤウナ個人主義的ナ、自由主義的ナ、資本主義的ナ憲法ノ範囲ヲ出テ居ラヌ、更ニソレ以上ノ社会化条項ヲ必要トスル時代ニ於ケル憲法トシマシテハ本草案ハ多大ノ欠点ヲ持ツテ居ル、此ノ意味ニ於キマシテ第三章ニ於キマシテハ相当ニ多クノ補充ヲナス必要ガアルト考ヘマス、ソレニ依ツテ初メテ此ノ法案ガ完壁ナモノトナリ得ル、斯ウ云フヤウニ私ハ考ヘテ居ルノデアリマス、一例ヲ取ツテ見マスレバ、財産権ノ問題ニ付テデアリマスガ、第二十七条ヲ見マスト「財産權は、これを侵してはならない。財産權の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。私有財産は、正當な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。」トアル、是ハ現行憲法ノ私有財産保護ノ規定ト、即チ所有権ヲ犯シテハナラヌト云フ規定ト殆ド同ジヤウナ建前デ規定セラレテ居ルヤウニ思フノデアリマス、是デハ不可デアル、財産権ニ付テハ、モツト進歩シタ思想ヲ盛ツタ規定ニシナケレバナラヌ、此ノ侭ノ規定デアルト、今後ニ於テ社会公共ノ立場カラ財産権ニ制限ヲ加ヘルト云フヤウナ必要ノ起ツタ場合ニ、此ノ条文ガアル為ニ進歩的ナ立法ガ妨ゲラレルト云フ虞ガアル、私ハ斯ウ云フ風ニ考ヘルノデアリマス、此ノ憲法草案ニ於キマシテハ「アメリカ」ノ憲法ノ制度ガ採用セラレテ居ル箇所ガ少クアリマセヌガ、最高裁判所ノ設置ナドモサウダト思ヒマス、「アメリカ」デ問題ニナリマシタノハ、「ルーズヴェルト」ガ「ニューディール」政策ヲ行ヒマシテ、相当ニ進歩シタ政策ヲ行ハウトスル、サウ云フ時ニ、或ハ財産権ノ保護デアルトカ、或ハ契約ノ自由トカ云フヤウナ、純粋ニ資本主義的ナ憲法ノ条文ノ存在ニ依リマシテ、進歩シタ社会立法ガ、最高裁判所ニ依ツテ無効ヲ宣言セラレルト云フヤウナコトナドガ起リマシテ、進歩的ナ立法ノ邪魔ヲシタト聞カサレテ居リマス、ソコデ私ハ此ノ第二十七条ノ規定デハ、我国ニ於テモサウ云フ事態ノ起ル懸念ガアルノデ、財産権ニ付キマシテモ、モツト進歩シタ表現ノ仕方ヲシタイト考ヘテ居ルノデアリマス、例ヘバ財産権ハ国家社会ノ目的ニ奉仕スル限度ニ於テノミ承認セラレル、サウ云フ表現ノ方法モアルト思ヒマス、或ハ国民ハ所有権ヲ常ニ公共ノ利益ノ為ニ行使スベキ義務ヲ有スル、サウ云フ規定ノ仕方モアルト思フノデアリマシテ、此ノ原案ノ侭デハ、所有権ノ絶対不可侵ト云フ一世紀前ノ、時代ニ於ケル財産権ノ保護ノ規定ノヤウニ考ヘルノデアリマス、尚ホ他ノ点ニ付テモ、更ニ質問ヲ致シタイト思ヒマスガ、此ノ第二十七条ヲ現在ノ時代ニ即スルヤウニ、即チ財産権ノ規定ヲモツト社会化的ニ書直ス必要アリト思ヒマスガ、政府ニハサウ云フ御意思ガアリマスカ、其ノ点ヲ御尋ネシタイト思ヒマス
○金森国務大臣 御尋ネニナリマシタヤウニ、此ノ憲法ノ保障シテ居ル各種ノ権利ハ、十八世紀的色彩ヲ持ツテ居ル、場合ニ依リマシテハ「マグナカルタ」ノ一二一五年マデ遡ルヤウナ規定ガ入ツテ居ルト云フ御考ヘ方ノ御趣旨ハ、之ヲ理由アルモノト承認致シマス、併シナガラ明治憲法ガ個人ノ自由ヲ取入レントシツツモ、十分取入レルコトヲ得ザル結果トナツテ、日本ガ本当ニ個人ノ自覚ニ目覚メル機会ヲ逸シタト云フコトガ、今日多クノ場面ニ弊害ヲ生ジテ居ル、ソレ等ノ方面ノ規定ハ今ニ於テモハツキリ保障スル必要ガアルト思ヒマシテ、ソレ等必要ナル、所謂自由民主主義ノ原理ニ基ク多クノ規定ヲ網羅的ニ包容シタ訳デアリマス、併シナガラ近代的ナ民主政治ノ発達ニ伴ヒマシテ、新タニ考慮シナケレバナラヌ諸種ノ権利ニ付キマシテハ、現在ノ段階ニ於テ、我々ガ的確ニ此ノ憲法ニ保有シテ然ルベシト認メラレ得ルモノヲ取入レマシテ、今日尚ホ議論ノ余地アリ、国民ノ相当多数ノ間ニハツキリシタ基盤ヲ容易ニ得難イト云フ懸念ノアルモノニ付キマシテハ、此ノ憲法ハ取入レナイ、或ハ間接ナル方法ニ依リマシテ、立法上特ニ考ヘル、或ハモツト包括的ナ、内容ヲ具体化サセナイコトヲ以テ規定シテ居ルノデアリマシテ、決シテソレニ付テ意ヲ用ヒテ居ナイ訳デハアリマセヌ、此ノ憲法ガ各方面ノ御同意ヲ得テ、立派ニ国民ノ協同一致シタル考ヘ方ニ基イテ、成立スルコトヲ念願スルニ出デタノデアリマス、ソコデ今御批評ニナリマシタ社会的ナ経済的ナ諸規定ハ、必ズシモ憲法ニ盛リ込マナクテモ、憲法ノ認メテ居ル諸規定ヲ基盤トシテ、其ノ上ニ政治的ナ努力ニ依リ、今後何レカノ方向ニ発達スルデアラウ、ソレガ民主政治ノ本当ノ行キ途デアルト思ヒマシテ、此ノ憲法ハ未ダ事ノ明確ニ起ラザル前ニ、理想的ニ縄張リヲ決メルト云フコトハ遠慮シタイノデアリマス、先ニ「ワイマール」憲法其ノ他ノコトヲ御説明ニナリマシタガ、身ニ付カザル掟ハ、詰リハツキリシタ実行的ナ基盤ヲ持タナイ規定ト云フモノハ、設ケマシテモ、ソレガ一片ノ紙切レニナル虞ガアリマシテ、新興諸国ノ憲法ニ於キマシテ、其ノ事例ナシトシナイノデアリマス、此ノ憲法ハサウデハナイ、有効適切ニソレガ働クト云フ所ニ重点ヲ置イテ居ル訳デアリマス、法ヲ作レバソレガ其ノ侭行ハレテ行クト云フ訳ニハ行カナイコトハ、卑近ナ例デハアリマスケレドモ、各種ノ統制法規、日本ノ現実ニ敗残ノ姿ヲ示シテ居リマスル各種ノ統制法規ハ、如実ニ法ノ実際的限界ヲ物語ツテ居ルカト思ヒマス、此ノ憲法ハ着実ニ必ズ行ハレルト云フ規定ヲ此処ニ挙ゲルコトニ努メタ訳デアリマス、而シテ二十七条ノ財産権ニ関スル規定ガ不備デアリ、将来ノ発展ノ妨ゲニナルノデハナイカト云フ御意見デアリマシタガ、此ノ二十七条ノ規定ハ、相当基盤ヲ広クシタ規定デアリマシテ、今御考ヘニナツテ居ル点ガ何処ニ故障ヲ起スカ、直チニ窺ヒ知ルコトハ出来ナカツタノデアリマスルガ、此ノ広イ基盤ノ下ニ於テ、且ツ十一条トノ連繋ノ下ニ於キマシテ之ヲ解シマスルナラバ、恐ラクハ御所信ノ実現ノ為ニ形式的ナ障碍ヲ是ガ齎スト云フコトハナイト考ヘルノデアリマシテ、現行憲法ノ所有権ノ自由ノ規定ガ頗ル頑ナニ出来テ居ルト云フコトトハ、遥カニ違ツテ入ルト考ヘマス
○黒田委員 社会的、経済的条項ヲ挿入スルコト、只今国務大臣ノ御説デハ是レ以上ニ挿入スルコトガ、我ガ国ノ実際ト即シナイ、ソコマデ規定シテ見タ所ガ、果シテソレガ其ノ侭有効性ヲ発揮スルカドウカト云フコトガ疑ハレル、斯ウ云フヤウナ御見解デアツタト思ヒマス、サウ云フ見解ニ基イテ社会的、経済的ナ規定ハ他ノ立法ニ、必要ニ応ジテ、任スト云フヤウナ御見解ニ承ツタノデアリマスルケレドモ、ソコガ私等ト現政府トノ間ノ相当ニ大キナ見解ノ差デハナカラウカト思ヒマス、私ハ只今具体的ニ私達ガドウ云フ社会的乃至経済的ナ条文ヲ挿入スベキカト云フコトヲ、此処デ一々申上ゲテモ宜カラウト思フノデアリマスガ、併シ之ヲ全部挙ゲ尽スト云フコトハ逐条審議ノ際ニ譲ル方ガ適当ト思フノデアリマス、併シナガラ、例ヘバ国民ガ老年或ハ疾病、労働不能等ニ陥リマシタヤウナ場合ニ、生活ノ安定ヲ保障サレル権利ガサルト云ウコトヲ、ハツキリト此ノ憲法ノ中ニ規定スルコトハ、何等行過ギノモノデハナク、ソレハ寧ロ痛切ニ今勤労者カラ要求セラレテ入ル所デアルト思ヒマス、斯クノ如キ老年、疾病、労働不能ニ陥ツタ場合ニ於ケル生活安全保障ノ権利ヲ規定シテ、其ノ権利ハ国ノ費用、公費ヲ以テスル社会保険ノ広汎ナ発達、無料施設ノ給与、療養地ノ供給ト云フヤウナモノニ依ツテ保障スル、是ハ単ナル一例デアリマスガ、斯ウ云フコトヲ規定致シマスコトハ勤労者ノ切実ナ要求デアリ、且ツ政府ノ努力次第デ直チニ実行シ得ラレルコトデアル、此ノ様ナ重要ナ問題ハ憲法的規定トシテ設ケテ置ク必要ガアル、斯ウ云フコトヲ我々ノ立場ト致シマシテハ是非主張シタイト思フノデアリマス、或ハ又休息ニ関スル権利ヲ国民ガ持ツ、最高八時間労働制、或ハ有給ノ休暇制、或ハ療養所、教養機関ノ設定、斯ウ云フコトヲ此ノ憲法ニ於テ規定スルコトモ、是モ勤労者ノ痛切ナ要求デアリ、時代的ナ要求デアリマシテ、決シテサウ云フ規定ヲ設ケルコトガ憲法ノ規定範囲以外ニ出ルモノデアルトカ、或ハ、実際上ニ於テ行ハレル可能性ガ少イトカ、サウ云フコトハ考フベキデハナイ、寧ロ積極的ニ斯ウ云フ規定ヲ持チタイト云フコトガ勤労者ノ要求ニナツテ居ルノデアリマシテ、其他ノ諸点ニ付テハ、後ニ逐条審議ノ時ニ申シタイト思ヒマスガ、兎ニ角、総括的ニ申シマシテ、社会的、経済的規定ニハ本草案ニ於テハ甚ダ欠ケル所ガアルカラ、私ハ是等規定ヲ追加スベキ意味ニ於テ本草案ハ相当ニ修正ヲ要スルト云フ見解ヲ持ツテ居リマス、唯原案ヲ通シサヘスレバ宜イト云フヤウナ考ヘデナクテ、能ク現在ノ我ガ国ニ於ケル勤労階級ノ社会的、経済的地位、其ノ生活状態ヲ見ルナラバ、又、其ノ窮迫ノ原因ガ如何ニ国家的ナ原因ニ基クカト云フコトヲ見ルナラバ、斯ウ云フ社会的、経済的ナ権利義務ノ保障条項ヲ、相当ナ広範囲ニ於テ追加シナケレバナラヌト思フノデアリマス
尚ホ私ガ特ニ一ツ御尋ネシタイト思ヒマスノハ、土地ニ関スル問題デアリマス、土地ヲ耕作スル農民ノ耕作権ノ保障ガ少シモ規定セラレテ居リマセヌ、労働者ニ関シマシテハ、第二十五条或ハ第二十六条等ニ於テ、団結権其ノ他ノ問題ガ取扱ハレテ居リマス、是等ノ問題ニ付テモ後日ニ申シマスガ、我々カラ見マスト非常ニ規定ガ不十分デアリマス、ソレデモ或ル程度ハ規定ガ現ハレテ居ル、所ガ勤労農民ノ土地ノ耕作ニ関シテ持ツ権利ハ、全然無視セラレテ居ルヤウニ考ヘラレマス、今私ハ統計的ナコトハ申シマセヌケレドモ、現時ノ食糧危機ニ際会致シマシテ、食糧増産ヲ阻ンデ居ル最モ大キナ原因ノ一ツハ、土地ニ対スル耕作農民ノ権利ガ安定ヲ欠イテ居ルト云フコトデアリマス、殊ニ農地調整法ガ施行セラレマシテ、是ハ耕作農民ニ対シテ土地ヲ保障スルト云フ精神ノ下ニ制定セラレタノニ、却テ農地調整法ニ不備ナ点ガアリマス為ニ、土地取上ノ問題ヲ全国ニ亙ツテ惹キ起シ、殊ニソレハ僅カナ土地ヲ耕作シテ居ル者ニ非常ニ大キナ脅威ヲ与ヘテ居ル、此ノヤウナ状態ヲ全国的ニ見ルコトガ出来ルノデアリマス、土地ニ対スル耕作権ノ保障ハ、現在農地調整法ガ制定セラレテ土地改革ガ行ハレヤウトシテ居リマスケレドモ、併シ憲法ノ上ニ於テ、労働者ニ対スル諸種ノ基本的ナ権利、団結権、或ハ交渉権、或ハ賃金、就業時間等ニ対スル色々ナ規定等ヲ定メルト同時ニ、即チ労働者ニ付テ労働者ノ権利ヲハツキリト規定スルト同様ニ、農民ノ土地ニ対スル耕作ノ権利ト云フモノヲ憲法ノ上デ明定スル必要ガアルト私ハ思フノデアリマス、又、土地問題ニ付テモ、将来ドウ云フ立法ガ制定セラレルカ分リマセヌガ、今、憲法ノ上ニ於テ、土地ノ過当ナ、寄生地主的ナ所有ハ之ヲ禁止スルト云フコトモ、ハツキリト書表ハシテ置ク必要ガアルト思ヒマス、是等点ノ欠ケテ居ルコトハ私ハ本草案ノ第三章ノ中デ最モ大キナ不備ノ点ノ一ツデアルト考ヘテ居ルモノデアリマシテ、食糧問題解決ト云フ見地カラ致シマシテモ、是非農民ニ対スル此ノ権利ヲ憲法ノ上ニ於テ確保スル必要ガアルト考ヘルノデアリマス、特ニ私ハ此ノ点ニ付キマシテ政府ノ御所見ヲ承ツテ置キタイト考ヘルノデアリマス
○金森国務大臣 順序ト致シマシテ、先ニ失業保険、失業者ノ保護或ハ老廃者ノ保護等ニ付テノ権利保障ガ此ノ憲法ニ認メラレテ居ナイト云フ風ノ御意見ヲ御示シニナリマシタノデ、其ノ点カラ御答ヘヲ致シマスルガ、此ノ憲法ノ第二十三条ニ於キマシテ、総テノ生活部面ニ於テ、法律ハ生活ノ保障ヲ向上増進スル為ニ立案サレナケレバナラナイト云フ規定ガアリマシテ、御趣旨ト全ク合フトハ断言ハ致シマセヌケレドモ、実際的ニ必要ナル限度ノ方針ハ、是ニ明カニサレテ居ルト思フノデアリマス
ソレカラ農地ノ耕作権等ニ付キマシテハ、其ノ基本的ナ耕作其ノモノノコトハ、此ノ憲法ハ予想シテ居リマセヌ、一般ノ秩序ノ中ニ之ヲ盛リ込ム、他ノ立法其ノ他ニ依ツテ盛リ込ムノデアリマスルケレドモ、第二十七条ノ財産権ト云フモノハ斯様ナ耕作権ヲモ含ムモノデアリマシテ、ソレヲ公共ノ福祉ニ適合スルヤウニ、法律デ決メ、又侵シテハナラナイト云フ趣旨ハ表ハレテ居ルト一応ハ考ヘテ居ル次第デアリマス
○芦田委員長 黒田君、一寸御相談デスガ、今日ハ閣僚ノ方デ十二時頃カラドウシテモ差支ヘテ会議ニ残レナイラシイノデスケレドモ、アナタノ御質問ハマダ相当アリマスカ
○黒田委員 マダゴザイマスガ、午前中ハ此ノ程度ニシテ置キマス
○芦田委員長 分リマシタ、ソレデハ午後ハ一時半ヨリ会議ヲ開キマス、是ニテ休憩致シマス
午前十一時五十二分休憩
――――◇―――――
午後一時四十七分開議
○芦田委員長 休憩前ニ引続キ会議ヲ開キマス、是ヨリ質疑ニ入リマス――黒田壽男君
○黒田委員 草案ノ第二十二条ハ、此ノ憲法草案デ新タニ設ケラレタ特徴的ナ条文デ、婚姻ニ関スル規定ガ相当詳細ニ表示セラレテ居リマス、併シ、単ニ婚姻ニ於ケル男女間ノ平等ノ規定ダケデナクテ、更ニ我ガ国民生活ノ実情ニ基キ、家庭生活ニ付キマシテモ、国家トシテ是ガ円滑ニ遂行シ得ラレルヤウニ保障スル必要ガアルト思フノデアリマス、此ノ点ニ付キマシテ、本草案ニハ何等ノ規定ガナイヤウデアリマス、単ニ男女ノ関係ダケデナク、親子ノ関係デアルトカ、或ハ兄弟ノ関係デアルトカト云フヤウナ諸関係ニ付キマシテモ、将来ノ立法ニ於テ、今後ノ民主的ナ生活ニ適合スルヤウナ改革ヲナスベキ諸種ノ事項ガアルト思ヒマスシ、且ヲ之ヲナシテ国家トシテ国民ノ家庭生活ノ保障ヲナス必要ガアルト思フノデアリマス、之ニ付キマシテ政府ハ積極的ニ憲法上ニ於テ、国民ノ家庭生活ヲ保障スル意味ノ条項ヲ規定シテ、将来ノ立法ニ対スル指針トサレル御方針ハゴザイマセヌデセウカ
○金森国務大臣 此ノ憲法ト致シマシテハ、今仰セニナリマシタヤウナ点ヲモ念頭ニ置イテハ居リマスルガ、其ノ憲法上ノ規定ハ、第二十二条ノ第二項ニ於キマシテ「家族に關するその他の事項」ト云フ肩書ヲ以チマシテ、個人ノ権威ト両性ノ本質的平等ニ立脚シテ制定セラルベキ旨ヲ規定シ、其ノ他ノコトハ今後ノ此ノ憲法ノ持ツテ居ル大精神ニ基イテ、個々ノ立法ニ依ツテ最善ノ目的ヲ達成シタイト考ヘテ居リマス
○黒田委員 私ノ解釈致シマス所デハ、只今御指摘ニナリマシタ「家族に關するその他の事項」ト云フノト、私ガ只今質問シマシタ意味デノ国民ノ家庭生活ノ保障ト云フノトデハ、範囲ガ大分違フト思ヒマス、是モ議論ニナルト居ヒマスガ、私ハ此ノ第二十二条ノ第二項ニ現ハレテ居リマスダケデナクテ、積極的ニ新シイ条文乃至項目ヲ設ケテ、国民ノ家庭生活ハ之ヲ保障スルト云フ意味ノ積極的ナル規定ヲナスベキコトヲ主張シタイト思ヒマス、併シ此ノ点ハ此ノ辺デ打切リマス
次ニ是モ相当ニ重大ナ問題デアルト思ヒマスガ、教育ニ関シマシテ第二十四条ニ規定ガ設ケラレテ居リマス、初等教育ニ関シマシテ之ヲ無償トスルト云フ規定ガ設ケラレテ居リマス、併シナガラ、我々ガ現実ノ社会ニ於キマシテ、多クノ場面ニ際会シ、国家トシテノ保護ノ足ラナイコトヲ屡々痛感サセラレタコトガアルノデアリマス、ソレハ単ニ初等教育ト云フダケデナクテ、高等教育ニ関スルモノデアリマス、才能ガアリナガラ、家庭的或ハ経済的、社会的ナ事情ノ為ニ有能ナル人材ガ巷ノ隅ニ埋ツテシマフ、或ハ農村ノ労働ノ中ニ埋ツテシマフト云フヤウナ事例ヲ屡々見ルノデアリマス、今後ノ民主的ナ社会ニ於キマシテハ、単ニ初等教育ヲ無償トスルト云フダケデナクテ、青年ノ高等教育ニ関シマシテモ無資力ノ者ニ付テハ国家ガ其ノ費用ヲ以テ有能ナ材ハドシドシト養成シテ行クト云フ必要ガアルト思フノデアリマス、私ハ初等教育ノ無償ト併セテ斯ウ云フコトモ積極的ニ新憲法ノ上ニ規定シテ、教育ニ関スル国家ノ政策ノ完壁ヲ期シタイト思フノデアリマス、此ノ点ニ付テ原案ニ対シマシテ不満足ニ考ヘルノデアリマスガ、之ニ対シテ政府ハ如何ニ御考ヘニナツテ居リマセウカ
○金森国務大臣 度々申上ゲマスヤウニ、此ノ憲法ハ日本ガナサントスル全部ヲ網羅シテ規定ノ中エ取入レテ居ル次第デハアリマセヌデ、特ニ重要ト思フモノヲ入レタノデアリマシテ、今御示シニナリマシタヤウナ事項ハ、今後立法問題トシテ適切ナル方法ヲ孝究スル意図ヲ持ツテ居リマス、憲法ニハ之ヲ入レテ居リマセヌデ、其ノ趣旨ハ結局先ヅ民主的ナ国民ヲ育成スル最前線ノ初等教育ヲハツキリココニ掲ゲルト云フコトニ重点ヲ置イタカラデゴザイマス
○黒田委員 此ノ点ニ付テモ私ハ御答弁ニハ非常ニ不満足デアリマシテ、少クトモ私ガ只今申シマシタ程度ノ教育ニ対スル熱意ハ之ヲ国ノ根本法ニ於テ示スダケノコトハシテ貰ヒタイ、我ガ国ハ、戦争ニ敗レテ今ヤ新シク文化国家トシテ生レ出ヨウトスル、ソレヨリ外ニ将来我ガ国ノ進ンデ行ク針路ハナイノデアリマスカラ、教育ニ対スル国家ノ関心、努力ハ、従来以上ニナサレナケレバナラナイト思フノデアリマス、随テ私ハ只今ノヤウナ質問ヲ発シテ、教育ニ関シ今後特ニ政府ノ努力ヲ必要トスル点ヲ指摘シタノデアリマス、外国ノ憲法ニ付テ私ハココデ一々其ノ例ヲ挙ゲルコトハ致シマセヌケレドモ、最近ニ於テ制定セラレタ憲法ハ、教育ニ関シテハ細カイ規定ヲ設ケテ居リマス、単ニ法律ニ於テト云フダケデナクテ、憲法ニ於テ細カイ規定ヲ設ケテ居リマシテ、十分ニ教育ヲ保障シテ居ルノデアリマス、御答弁ハ私ト致シマシテハ不満足ニ考ヘマスケレドモ、併シ此ノ点ニ付キマシテハ、私ノ意思表示ハ是ダケニシテ打切ルコトニ致シマス
次ニ今後ニ於テ国家ガ、政治ヲ行フ上ニ於テ最モ根本的ナ目的トシナケレバナラナイモノトシテ、個々人ニ対シテ十分ニ人間ラシイ生活ヲナシ得ル権理ヲ保障スルト云フ問題ガアル、法律上ニ於テ奴隷トナル拘束ヲ受ケナイト云フ規定ガアリマシテモ、経済的ナ理由ノ為ニ、即チ経済的ナ生活条件ニ恵マレテ居ナイ為ニ、他人ニ対シテ半バ奴隷的ナ状態ニ於テ奉仕シナケレバナラナイト云フ事態ハ起リ得ルコトデ、又我々ハソノ事例ヲ屡々見テ居ルノデアリマス、総テ政治的ナ、法律的ナ権利ニハ経済的ナ裏付ヲスル必要ガアルト思ヒマス
今後国家ノ政治ノ最モ大キナ目的トシテ、国民ニ対シテ人間タルニ値スル生活ヲ保障スル、或ハ之ヲ健康ニシテ文化的ナ水準ノ生活ト云フ言葉ヲ以テ表現シテモ宜シイト思ヒマスガ、斯ウシタ生活ヲ営ム権利ヲ国民ニ認メル、之ヲ国家ノ側カラ申マスレバ、斯ウシタ生活ヲ保障スルダケノ教務ヲ負フト云フ風ニ、積極的ニ個々人ニ対スル生活上ノ顧慮ヲナスベキデアル、斯ウ云フ風ニ私ハ考ヘルノデアリマスガ、此ノ点モ進歩的ナ諸外国ノ憲法ノ例ヲ見マスト、其ノ規定ガアルヤウデアリマス、私ハ斯ウ云フコトモ憲法上ノ条項トシテ設ケテ置ク必要ガアルト思フノデアリマス、是点モ本草案ニハ欠ケテ居リマスノデ、之ニ対シマシテ政府ノ御所見ヲ承リタイト思ヒマス
○金森国務大臣 御尋ネノ事項ハソレ自身ヲ取上ゲテハ規定ヲ致シテ居リマセヌ、第十二条ノ「すべての國民は、個人として尊重される、生命、自由及び幸福追求に對する國民の權利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の國政の上で、最大の尊重を必要とする。」ト云フ規定ガアリマシテ、少シク大マカデハアリマスルケレドモ、必要ナル規定ノ基盤トモ云フベキモノガ、ココニ示サレテ居ルコトヲ考ヘテ居リマス
○黒田委員 只今ノ問題ニ付テダケデハナイノデアリマスガ、私ガ此ノ第三章ニ関シテノ質問ヲ致シマシタ最初ニ於テ申述ベマシタヤウニ、法律的ニ抽象的ナ規定ガ設ケラレテ居リマシテモ、具体的ニ経済的ニ之ヲ裏付ケル、サウ云フ規定ガ非常ニ少イ、私ガ只今申シマシタ問題ニ付テモ、第十二条ノ条文ダケデハ十分デナイト思フノデアリマシテ、総テ今迄ノ質問応答ヲ通ジテ、経済的ナ裏付ケノ有無ガ問題トナツテ居ル、私ノ求メテ居ルノハ其ノ裏付ナノデアリマシテ、法律的、政治的ニ何等カノ権利ガ認メラレテ居リマシテモ、例ヘバ先刻モ申マシタガ、第二十四条ニハ教育ヲ受ケル権利ヲ持ツテ居ルコトガ明示サレテ居リマス、併シサウ云フ憲法上ノ権利ヲ持ツテ居ツテモ、併シ同時ニ先刻申マシタヤウニ、才能ガアツテモ、貧困ナル青年ニ対シテハ其ノ高等教育ハ国費ヲ以テ之ヲ保障シテヤルト云フヤウナ経済的ナ裏付ケガナケレバ、憲法ノ規定トシテハ十分デナイ、斯ウ云フ意味ニ於テ先程カラ色々ト質問シテ居ルノデアリマス、然ルニ、答弁ハ何時モ抽象的ナ規定ニ還ツテ、サウ云フ規定ノ下デ何トカ考慮スルト言ハレルノデアリマスガ私ハソレニ対シマシテハ不満足デアリマス、併シ此ノ問題ニ付テ不満ノ意ヲ表示致シマシタ上デ次ニ進ミタイト思ヒマス
労働関係ニ付キマシテ午前中ニ多少御尋ネ致シマシタガ、尚ホ申シ残シテ居リマシタ点ニ付テ、今少シク質問ヲ致シテ見タイト思ヒマス、第二十五条デ、国民ハ勤労ノ権利ヲ有スト規定サレテ居リマスガ、我々総テ健康ナ国民ハ勤労ノ義務ヲ有スル、働カナイ者ハ食フベカラズト云フ原則ヲ打立ツベキデアルト考ヘマス、殊ニ敗戦後ノ我ガ国ニ於キマシテハ、一人ト雖モ無為徒食スル者ガアツテハナラナイノデアリマシテ、単ニ権利ヲ有スルト云フバカリデナク、義務ヲ有スルト云フコトヲ私ハハツキリト規定スベキデアルト考ヘマス、政府原案ニ於キマシテハ、唯勤労ノ権利ヲ有スト云フダケニナツテ居リマスガ、積極的ニ義務ヲ有スルコトマデモ規定スル、政府ニ其ノヤウナ御意思ハゴザイマセヌデセウカ
○金森国務大臣 御尋ネノ点ハ他ノ機会ニ於テ申述ベタコトガアルト記憶シテ居リマスガ、憲法ノ建前ハ一切ノ所謂自由権、基本権ノ其ノ裏ニハ、義務ガアルト云フコトヲ前提ト致シテ居リマシテ、権利ハ一ツ一ツニアリマスケレドモ、之ニ対応スル義務ハ一括シテ第十一条ニ包括的ナル内容トシテ、之ニ対応スル義務ヲ規定シテ居ルノデアリマス、ソシテ憲法ノ中ニ特ニ義務ト云ウテ挙ゲテ居リマスノハ、前ノ義務教育ノ規定ノ如キ特殊ナ意義ヲ持ツテ居ルモノニ限定シテ居リマス、大体此ノ憲法ノ案文ノ立テ方ニ付キマシテハ、色々ノ基本方針ト云フモノガ立テ得ルト思ヒマシテ、其ノ総テノ原理ヲ採用スル訳ニハ行キマセヌ、此ノ憲法ハ或ル考ヘ方ニ基イテ条文ヲ整理シテ居ルノデアリマス、其ノ一ツノ原理ヲ的確ニ適用シ得ルモノヲ原則トシ、理論ノ主張トシテ将来強ク発展シ得ベキ可能性ガアリマスルニシテモ、実行的ニ直チニ現実ノ制度トナシ得ザル程度ノモノニ付キマシテハ、比較的抽象的ナル言葉ヲ用ヒテ解決シ、又各種ノ権利ニ付キマシテハ、権利ノ方面ヨリ規定スルコトヲ主トシテ、之ニ伴ウテ義務ノ存在スル部分ハ、包括的ニ一ツノ条文デ解決シテ居ルト云フ建前ニナツテ居リマスル為ニ、御尋ネニナリマスル点ニ付テ、十分ノ御満足ヲ与フルヤウナ御答ヘガ出来マセヌコトハ、洵ニ遺憾デアリマスルケレドモ、建物ノ趣旨ガサウ云フ風ニナツテ居ルコトヲ御承知ヲ願ヒタイト思ヒマス
○黒田委員 労働ノ問題ニ関連シテ、憲法上ニ於テ取上グベキ重大ナ問題デアツテ、ソレガ欠ケテ居ルト思フモノガアルノデアリマス、ソレハ失業防止乃至広ク失業対策ニ付テデアリマス、是ハ国民ニ取リマシテハ非常ニ大キナ現実ノ問題デアリマス、単ニ個々ノ立法ヲ以テ其ノ対策ヲ講ズルト云フ風ニ放置セズ、斯様ナ国家的ナ根本的ナ重要問題ニ付キマシテハ、特ニ憲法上ノ規定ヲ設ケテ置クコトガ必要デアルト考ヘルノデアリマス、此ノ問題ニ付キマシテハ、此ノ憲法草案ノ何処ニモ之ニ対スル規定ガ見当リマセヌ、尤モ先般カラ度々仰セラレマスヤウニ、又何処カノ条文ニ拠ツテ、抽象的ニソレニ根拠セシメルノダト云フ風ナ御答弁ガアルカモ知レマセヌガ、私ハ就業ニ関スル機会均等、失業防止ト云フヤウナ事項ニ付キマシテハ、国家トシテ特別ニ関心ト努力ヲ払フ、サウ云ウ決意ヲ憲法ノ上ニ明文ヲ以テ示スベキデアルト思ヒマス、是ガ草案ニハ欠ケテ居リマス、左様ナ事項ニ関スル条項ヲ積極的ニ挿入スル御意思ハアリマセヌデセウカ
○金森国務大臣 御尋ネノ点ハ、具体的ノ方針トシテハ或ハ厚生大臣ヨリ御答ヘヲ申上グルノガ正シイト思ヒマスルガ、憲法ノ建前ト致シマシテハ、失業ニ対スル対策ハ一ツノ方法、一ツノ角度カラ之ヲ考フルノデハナクテ、国家トシテ出来得ル限リ包括的ナ面、総合的ニ之ヲ解決スルコトガ正当デアルト思フ訳デアリマス、二十三条ヲ先程カラ屡々引用致シマシタガ、此ノ中ニアリマスル生活ノ保障ト申シマスノハ、日本デハ洵ニ耳新シイ言葉デアリマシテ、稍々註釈ヲ要スルノカモ知レマセヌガ、所謂「ソシアル・セキューリティ」ト云フ言葉ニ該当スル意味トシテ用ヒテ居リマスガ、其ノ概念ノ中ニハ失業ニ対スル諸般ノ方法、ソレガ保険デアレ、個々ノ救済デアレ、或ハ又事前ニ之ヲ防止スル若干ノ方途デアレ、恐ラクハ全部ヲ含ミ得ルノデアリマシテ、之ニ対スル結論トシテ国家ハ法律ヲ以テ其ノ方途ニ向ツテ立案サレナケレバナラナイ、斯ウ云フ風ニ決メテ居リマスノデ、先程カラノ御話ノヤウニ具体的ナル直接ノ言葉ハ示シテ居リマセヌケレドモ、包括的ナル言葉ヲ用ヒテ居リマスルガ故ニ、場合ニ於キマシテハ、個々ノ点ヲ挙グルヨリモ、モツト事ノ本質ニ該当スルノデハナカラウカト考ヘテ居リマス
○黒田委員 尚ホ勤労者、労働者ノ問題ニ関連致シマシテ、最近ノ我ガ国ノ産業界ニ於テ、産業ニ於ケル民主主義ノ実現ノ一ツノ方法ト致シマシテ、単ニ労働者ガ労働組合ヲ作ルト云フダケデナク、企業主ト対等ナ地位ニ於テ、対等ナ権利ヲ持ツテ労働条件ヲ協議シ、企業ノ経営ニ付テ発言権ヲ持ツ、労働者ガソコマデノ権利ヲ現実ニ行使スルヤウニナツテ来タ、是ハ労働者ガ将来ノ産業上ニ於テ民主主義ヲ獲得シ行ク所ノ一ツノ重要ナル段階デアル――既ニ現在デハ是ハ一ツノ権利デアルト云フ位ニ認メラレテ居ルノデアリマス、斯様ナ権利ニ付キマシテハ、政府御自身モ是ハ認メテ居ラレルコトデアラウト考ヘマス、新タニ生レタ権利デハアリマスガ、併シ是ハ、根本的ニ、産業民主主義実現ノ上ニ欠クベカラザル権利デアリマシテ、新シキ時代ノ憲法ト致シマシテハ、労働者ニ対シテ団結権、団体交渉権其ノ他団体行動ヲナス権利ヲ保障スルト云フダケデナク、ハツキリト、斯ウシタ企業ノ経営ニ対シテ発言権ヲ持ツコトヲ憲法上認ムベキデハナカラウカ、私ハ斯様ニ積極的ナ見解ヲ持ツテ居リマスガ、之ニ対シマシテ政府ハドウ云フ御見解ヲ持ツテ居ラレマスカ、御所見ヲ御伺ヒシタイト思ヒマス
○金森国務大臣 憲法ハ其ノ性質上相当程度ノ恒久性ヲ期待シテ居ル所ノモノデアリマシテ、今現ニ動キツツアル思想ノ上ニ論議セラレテ居ル権利ニ付キマシテハ、之ヲ直チニ此ノ憲法ヲ以テ解決スルコトハ、此ノ憲法ノ恒久性ト云フ趣旨ニ照合セマシテ、此ノ際ノ措置トシテハ、必ズシモ適当デハナイヤウニ考ヘルノデアリマシテ、斯様ナ問題ハ諸般ノ政治的ノ議論或ハ立法措置ト云フ段階ヲ経テ、必要ナル而モ正シキ道順ヲ履ムコトガ正当ノヤウニ思ツテ居リマス
○黒田委員 労働関係ノ問題ニ関シマシテハ、午前中ニ多少触レマシタガ、之ニ只今申上ゲマシタモノヲ加ヘテ、是デ打切リタイト思ヒマス、尚ホ司法大臣ニ多少御尋ネシテ見タイト思フコトガゴザイマスガ、只今席ニオイデニナラナイヤウデアリマスノデ、其ノ点ハ又別ナ機会ニ譲ルコトニ致シマス
私ハ繰返シテモウ一度申シマスルケレドモ、本憲法ニ於キマシテ、之ヲ通読シテ私ノ受ケタ印象ノ上カラ、最モ良ク出来テ居ル部分ト、最モ欠点ノアル部分トガ、共ニ第三章ニアルト申シタノデアリマスガ、只今申シマスヤウニ、欠点ト云フベキ部分ハ社会的、経済的ナ保障条項ガ非常ニ少イ、政治的、法理的ナ基本条件ガ非常ニ細ク、親切ニ書カレテ居ルニ反シマシテ、不当ナ釣合ヲ以テ社会的経済的条項ガ少イト云フヤウニ私ハ見タノデアリマス、此ノ憲法草案ガ一時代前ノ憲法デアルト云フヤウナ印象ヲ受ケタノモ、其ノ点カラデアリマス、私ハ此ノ基本条項ニ於テ国民ノ政治的法律的ナ権利ト自由トヲ保障スルト云フ以上ニ、是ニ社会化的ナ経済的ナ条項ニ依リマシテ、国民生活ノ基礎ヲ確立スベキデアル、斯ウシタ基本方針ヲ憲法ノ中デ明カニスベキデアル、是ガ現代ノ時期ニ於テ作ラルベキ憲法ノ当然ニ持タナケレバナラナイ性格デアルト云フ風ニ考ヘテ居リマス、人民ノ民主的要求ヲ単ニ法律上政治上ニ於テダケデナクテ、社会的、経済的ニモ保障スルコトヲ明示スル、ソシテ之ヲ憲法ノ上ニ明示シテ、立法其ノ他将来ノ政治ノ上ニ於ケル一般ノ指針トスルコトニ依リマシテ、民主主義生活ノ権利、自由、福祉ヲ保護スルト云フコトガ、現在ノ時期ニ於テ制定セラレル憲法ノ任務デアルト私ハ考ヘマス、サウスルコトニ依リマシテ、初メテ基本的ナ政治上、法律上ノ権利、自由ノ保障モ現代的ナ民主主義ノ要求ニ即シタ生々トシタモノニナツテ来ル、ソコデ初メテ両両相俟ツテ活キタ権利トシテ、力ヲ発揮シテ、ソレニ依リマシテ其ノ権利自身ガ本来ノ使命ヲ発揮スルコトガ出来ル、斯ウ云フ風ニナルモノト私ハ考ヘマス、度々繰返シマシタガ、結局金森国務相ト私トノ間ニ、斯ウシタ社会的経済的ナ条項ヲ挿入スルト云フ点ニ付キマシテハ、私ノ積極的態度ニ対シテ、金森国務相ハ甚ダ消極的ナ態度ヲ執ツテ居ラレルコトヲ非常ニ遺憾ニ思ヒマス、併シ恐ラク此ノ意見ノ相違ハ、単ニ金森国務相ト私トノ意見ノ相違ト云フダケデハナイ、現内閣ガ基礎トシテ居リマス社会層ト、我々ガ其ノ中ニ居リマス所ノ勤労者層トノ其ノ差ニ帰着スルノデハナカラウカト私ハ信ズルノデアリマス今日ノ金森国務相ノ御答弁ハ非常ニ消極的デアリマシタガ、併シ我々トシテハ我々ノ要求ヲ、全勤労大衆ノ為ニ飽クマデ主張致シタイト思ヒマス、此ノ憲法草案ノ不備欠陥ノ一ハ社会的、経済的条項ノ欠如デアル、斯カル条項ノ挿入ノ実現ニ向ツテ飽クマデ我々ハ努力致シタイト思ヒマス、政府モ徒ラニ原案ノ固執バカリナサラナイデ、能ク時代ノ要求ヲ見抜カレテ、真ニ必要デアルト思ハレル条項ハ、之ヲ新タニ追加スルニ吝カナラザル広イ心ヲ持ツテ戴キタイト希望致シタイト思ヒマス、「ワイマール」憲法以後ノ諸国ノ憲法ヲ見マスト、相当ニ細カク此ノ点ニ付テハ書イテアリマス、或ル抽象的ナ条文ヲ以テ、之ニ拠ツテサウ云フ要求ガ立法上実現出来ルノダト云フヤウナ漠然タル熊度デナクテ、具体的ニ、明瞭ニ、其ノコトガ明記サレテ居ルノデアリマシテ、我々ガ之ヲ読ム時ニ、是ハ我々ノ憲法デアルト云フヤウナ感ジヲ抱カセラレルコトガ出来ル、私ハ本案ニ付キマシテモ、我々ノ今後ノ努力トシテ、本案ニ於テ不足スル点、現代ノ民主主義的要求ノ顧ミラレテ居ナイ諸点ニ付テ、其ノ欠陥是正ノ実現ノ為ニ努力致シタイト思ヒマス、今日ハ私ハ之ヲ以テ私ノ質問ヲ終了致シタイト思ヒマス
○芦田委員長 原夫次郎君
○原（夫）委員 私ハ過日本会議ニ於テ質問ヲ致シマシタ其ノ余シタ所ノモノヲ、四、五点掻摘ンデ簡明ニ御質問ヲ致シタイト存ズルノデアリマス、改正案ノ第三章ノ「國民の權利及び義務」ト題スル其ノ第十条以下ニハ「すべて國民は」ト云フノデ諸種ノ権利義務、就中権利ヲ与ヘラレタル条項ガ多数ニアルノデアリマスルガ、此ノ章ニ掲ゲテアル「國民」ト云フ此ノ文字ノ意義、意議ト云ヘバ余リピツタリシマセヌケレドモ、日本国民タルノ要件トモ申シマセウカ、其ノ規定ガナイノデアリマシテ、普通ノ法律体裁カラ申シマシタナラバ、大体此ノ条下ニ日本国民タルノ要件ハ法律デ定ムルトカ云フヤウナ規定ガアツテ、サウシテ各国民ノ権利義務ノ重大ナ点ヲ憲法ニ掻摘ンデ規定セラレルノガ当然ダト思フノデアリマスケレドモ、此ノ憲法規定ハサウ云フ体裁ニハナツテ居ナイノデアリマスガ、一体日本国民ノ国民タル要件ハドウ云フコトニ政府ハ御考ヘニナツテ居ルノデアリマスカ、其ノ点ヲ先ヅ第一ニ御尋ネ致シマス
○金森国務大臣 日本国民タルノ要件ハ法律ノ定ムル所ニ依ルト云フ規定ハ、現行憲法ノ中ニ明瞭ニ存在スル規定デアリマス、斯カル規定ガ存在シマスル理由ハ、色々ナ考ヘ方ガアリマセウケレドモ、主タル理由ハ現行憲法ニ於キマシテハ、所謂憲法上ノ立法事項ト然ラザルモノトノ区別ガアリマシテ、若シモ国籍ヲ法律ヲ以テ定ムルト云フ風ニ決メテ置キマセヌト、命令ヲ以テ国籍ヲ定ムル虞ガアリマス、随テ此ノ重大ナル日本国民タルノ要件ヲ命命ヲ以テ定ムルコトハ不当デアルト云フ考ヘガ主トナリマシテ、「日本臣民タルノ要件ハ法律ノ定ムル所ニ依ル」ト云フ明文ガアルモノト思ヒマス、然ルニ今回ノ此ノ憲法草案ニ於キマシテハ、人間ノ基本ニ関シマスル問題ハ、総テ定ムルニ法律ヲ以テシナケレバナラス、命令ヲ以テ之ヲ定ムルコトヲ得ナイト云フノガ基本ノ原則デス、議会ヲ以テ唯一ノ立法機関トスルト云フコトハ、全クソコニ理由ヲ持ツテ居ルノデアリマス、既ニ国民タルノ要件ガ法律ヲ以テ定メナケレバナラヌト云フコトガ憲法全体ノ組立テノ上カラ明瞭デアルナラバ、殊更ニ規定ヲ置イテ国籍ハ法律ヲ以テ定メルト云フコトハ必要ナイト思フノデアリマス、ノミナラズ此ノ憲法ハ謂ハバ実用的見地カラ主トシテ起案ヲシテ居リマシテ、形式ヲ整ヘルト云フコトハ従タルモノニシ、又理論ノ美ヲココニ羅列スルト云フコトモ従タルコトニ致シマシテ、全ク無用ノ規定ハ省キ、有用ナル要点ハココニ掲ゲルト云フ趣旨ニナツテ居リマスルガ故ニ、此ノ点ヲ以テシマシテモ、国籍ヲ定ムルニ法律ヲ以テスルト云フコトハ大シタ重要性ガナイト云フコトニナリマスルシ、更ニ現行憲法ノ下ニ於キマシテ、国籍ハ法律ヲ以テ定メルト云フコトニナツテ居リマスケレドモ、実際ハ其ノ一部分ダケガ法律ヲ以テ定メラレテ居ルノデアリマシテ、何ガ日本人デアルカト云フコトノ全部ガ法律ヲ以テ決マツテ居ル訳デハアリマセヌ、或ルモノハ伝統的ナ事実ヲ基礎トシテ――正確ニ言ヘバ事実ノ中ニ含マレテ居ル所ノ不文法ヲ基礎トシテ解決セラレテ居リマスシ、或ルモノハ条約ニ依ツテ解決セラレテ居リマスシ、或ルモノハ条約ヲモ俟タズシテ、恐ラクハ国際法ノ原理トモ言フベキモノヲ其ノ侭利用シテ定マツテ居ルヤウナ次第デアリマス、ソレ等ヲ総合致シマスレバ、憲法上ニ国籍ヲ定ムル規定ガナイト云フコトハ、決シテ支障ヲ生ジナイ所ノモノデアルト考ヘテ居リマス、而シテ御尋ネノ趣旨ハ其ノ点ニ止マラズシテ、然ラバ日本国民ト云フモノハ規実ニ是カラドウシテ定マルノカト云フコトデアラウト思ヒマスルガ、是ハ現在既ニ日本人タルコトハ国籍法ヲ中心トシテ現実ニ正確ニ定マツテ居ル次第デアリマスカラ、ソレヲ踏襲シテ行ク積リデアリマス、併シナガラ此ノ憲法ノ中ニ例ヘバ国籍ノ離脱ヲ国民ノ自由トシテ居ルノデアリマス、日本国籍ヲ離脱スルコトヲ他ノ法規ヲ以テ止メテハナラヌト云フヤウナコトガ、此ノ憲法ノ中ニ定メラレテ居リマスルカラシテ、サウ云フ点ハ国籍法中ニ必要ナル修正ヲ施サナケレバナラヌト考ヘマシテ、遠カラズ其ノ案ヲ具シテ、又議会ノ御協賛ヲ仰グベキ順序ニナルト思ツテ居リマス
○原（夫）委員 第二点ハ条約ノ批准ニ関スル問題デアリマスガ、是ハ改正案第五章ノ内閣ノ章ノ六十九条ヲ見マスルト云フト、「内閣は、他の一般行政事務の外、左の事務を行ふ。」第二号ニ内閣ハ「外交關係を處理すること。」第三号ニ「條約を締結すること。但し、事前に、時宜によつては事後に、國會の承認を經ることを必要とする。」此ノ内閣ノ仕事ノ規定ト、第一章天皇ノ章ニ於ケル「天皇は、内閣の助言と承認により、國民のために、左の國務を行ふ。」其ノ第八号ニ「批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認證すること。」第九ニハ「外國の大使及び公使を接受すること。」此の関係条文ヲ見ルニ付ケテ、此ノ批准ノ問題ニ少シノ疑点ヲ生ジテ居ルノデアリマスルガ、申スマデモナク金森国務相ガ本会議以来本委員会ニ於テ殆ド口ヲスツパクシテ此ノ第一条ノ天皇ノ象徴性ナルモノヲ高調力説致サレタ所デアリマシテ、私共ハ第一条ノ天皇ガ日本国ノ象徴デアラセラレテ、日本国民統合ノ象徴デアルト云フコトニハ、非常ニ含蓄ノアルコトデ、又仰望スベキ文字デアツテ、非常ニ結構ナ表ハシ方ト了承致シテ居ルノデアリマスルガ、就中日本国ノ象徴ト云フノハ国内関係ダケデナイコトハ言フマデモナイ、寧ロ此ノ文字ノ表ハシ方ト云フモノハ、日本ヨリカ、其ノ他ノ外国カラ我ガ国ヲ見マシタル場合ニ於テ、此ノ象徴ト云フ文字ハ非常ナル崇高ナ意味ヲ含ンデ参ルト思ウノデアリマス、斯ク考ヘマスルト、外国ト条約ヲ結ブ、其ノ外国トノ条約締結権ハ内閣総理大臣ニアル、天皇ハ此ノ締結セラレタル条約ヲ、内閣デ批准スルノデアラウト思フノデアリマスガ、ソレヲ批准ヲ確認セラレルダケデアル、斯ウ云フコトデアツテ見ルト云フト、従来ノ国際関係慣習カラ見マシテモ、又現在ニ於キマシテモ、外国トノ条約ノ批准、是ハ昨日モ御説明ノ中ニモアツタヤウニ思フノデアリマスガ、結局諸外国トノ条約ハ批准ナル非常ナ形式ガ用ヒラレ、而シテ其ノ批准ナルモノハ国々ニ依ツテ大体人民ノ名ニ於テ締結セラレ、又批准モセラレテ居ル所ト思フノデアリマスルガ、而シテ現ニ外国カラ大公使ガ信任状ヲ持ツテ日本ヘ参リマシタ時ニハ、天皇ガ之ヲ接受ナサル、斯ウ云フ建前ノ此ノ規定ニ依ツテ見マスト、天皇ハ唯批准ヲ確認セラレタダケ、認証セラレタダケデ其ノ国務ガ行ハレテ居ルト云フ国内関係ダケデ、批准ト云フコトガナイトスルト大公使ヲ接受ナサル場合ニ於テモ、其ノ渡来致シタル大公使ハ、天皇陛下ト色々信任状ヲ御受ケニナル場合ニ於テモ、ソコニ何カぜい鑿相容レナイトマデハ申シマセヌケレドモ、何カソコニ欠クル所ガアルシ、又諸外国トノ国際場裡ニ於キマシテハ、是ハ天皇陛下ガ批准ナサルト云フコトガ、認証ナサルト云フコトト少シハ違フ体裁デアリマスルケレドモ、現在ノ関係ニ於テ、陛下ガ批准ナサルト云フコトガ、是ガ憲法規定ノ建前デハナイカト思フノデアリマス、殊ニ条約ハ言フマデモナク、議会ノ同意若シクハ承認ヲ経テ内閣総理大臣ガ之ヲ締結スルト云フコトニナツテ、批准モ尚ホ内閣総理大臣ガ之ヲナス、陛下ハ唯認証ナサルダケデアルト云フコトハ、政府ニ於テハ憲法草案ノ通リデ宜シイト云フ積リデ此ノ改正案ガ出来テ居ルト云フコトハ想像ニ難カラヌコトデアリマスガ、其ノ理由ヲモウ少シ堀下ゲテ承ツテ置キタイト存ズルノデアリマス
○金森国務大臣 御尋ネノ点ニ付テ所見ヲ申上ゲマスルガ、今原君ノ言ハレマシタヤウニ、在来ノ考ヘヲ以テ致シマスレバ、天皇ガ条約ヲ自ラ御批准ニナルト云フ形ガ、確カニ形ノ上ニ於キマシテ能ク整ツテ居リ、何トナク其ノ批准ニ重味ガアルト云フ感ジヲ抱カシメ得ルト思フノデアリマス、併シナガラ之ヲ果シ遂ゲマスル為ニハ、非常ナル高イ代価ヲ払ハナケレバナラヌト云フコトガ言ヘルノデアリマス、何トナレバ条約批准ト云フコトハ、此ノ条約ヲ認ムルカ、認メザルカ、日本ガ之ニ対シテ権利ヲ得、義務ヲ負フカ否カヲ、自由ナル判断ヲ以テ決定スルコトデアリマス、之ヲ天皇ガ自ラ御行ヒニナリマスルナラバ、例ヘバ条約批准ノ後ニ於テ、国会ガ其ノ承認ヲ拒ムト云フヤウナコトガ起リマスルナラバ、自ラ天皇ノ自由ナル御判断行為ニ対シテ兎角ノ批評ヲ生ジマシテ、場合ニ依ツテハ斯クノ如キ特殊ナル同盟条約ヲ結ンダコトガ、国家多年ノ禍ヒヲ生ジタト云フ風ニ解釈セラレ勝チデアル訳デアリマス、所ガ実際ニ於キマシテハ、御承知ノ如ク立憲政治ノ自然ノ道行キト致シマシテ、条約ヲ天皇ガ御批准ニナリマシテモ、ソレハ国務大臣ノ輔弼ニ依ルノデアリ、其ノ責任ハ国務大臣ガ負フベキモノデハアリマスルケレドモ、併シ現在ノ如キ建前ニ致シテ置キマシテハ、成程法律学ヲ研究シテ居ル者ハ、是ハ国務大臣ノ責任デアツテ、天皇ノ責任デハナイ、又内情ヲ能ク知ツテ居リマスル者ハ、国務大臣ガ輔弼シタモノニ付テハ、通常ノ事柄トシテ天皇ガ其ノ輔弼ニ従ツテ、御裁可ニナリ、御批准ニナルト思ツテハ居リマスルケレドモ、世間一般ハ必ズシモ左様ニハ思ヒマセヌ、ノミナラズ法律学者ト雖モ、理論ノ行ク所天皇ノ自由意思ニ依ツテ此ノ条約ガ出来タノデアル、其ノ条約ハ国家ニ累ヲ及ボシ、又ハ大イニ非難スベキ論点ヲ持ツテ居ルト云フコトニナリマシテ、結局天皇ノ行為其ノモノガ批判ノ対象ニナリ、憲法上無答責ト云フコトニナツテ居リマシテモ、実質上ニ於テ何等カノ責任ヲ生ズルコトニナリ勝チデアル訳デアリマス、言葉ヲ換ヘテ申シマスレバ、現在ノ実情ハ、実ハ天皇ノ御意思ハ此ノ場合ニ強ク働イテ居リマセヌ、国務大臣ノ働キガ強ク働イテ居ル訳デアリマス、ソレニモ拘ラズ批判ハ寧ロ時ト場合ニハ天皇ノ御行為ニ向ケラレ勝チデアルト云フコトハ認メナケレバナリマセヌ、ソレデ此ノ憲法ニハ現在ノ実情ヲ明ラカニ憲法ノ上ニ掲ゲマシテ、定メルノハ内閣デアル、其ノ認証ハ天皇デアル、斯ウ云フ風ニハツキリ其ノ関係ヲ決メマシテ、認証ト云フコトデアリマスレバ、原君モ仰セニナリマシタヤウニ、正シク事実ガ存在シテ居ルカドウカト云フ事実ノ判断デアリマス、右スルカ左スルカノ決定デハナイノデアリマス、ソコデ其ノ点ニナリマスレバ、而モソレガ国務大臣ノ助言ト承認トニ依ツテ出来上リマスレバ、天皇ニ実質的ニ御責任ガ帰属スルト云フコトハ、恐ラク政治的ニハ考ヘラレナイ、又国民ノ誤解モ起ラナイ、同時ニ世界カラ見ル所ノ誤解モ起ラナイノデアリマス、之ヲ約メテ申シマスレバ、原君ノ仰シヤツタヤウニスレバ、成程或ル意味ニ於テ形式ハ完備致シマス、併シソレト同時ニ多クノ懸念スベキ事柄ヲ含ンデ居ルノデアリマス、ソコデ此ノ憲法ハ現実ノ事態ヲ直視シ、其ノ事態ニ合フヤウナ制度ニ致シマシテ、天皇ノ象徴タル御地位ガ完全ニ維持セラレ得ルト云フ所ニ着想ヲ致シタノデアリマス、之ニ対シテ何カ国際的或ハ国内的ニ支障ガアルカト申シマスルト、ソレハ亳末モナイ、唯少シク心持ノ上ニ変化ガアルト云フダケノコトト考ヘテ居ル次第デアリマス
○原（夫）委員 只今御答弁ニナリマシタ点ニ付キマシテハ、聊カ意見ヲ異ニシテ居ルノデアリマスルケレドモ、此ノ場合其ノ意見ハ述ベナイト致シマスルガ、第三ニ司法ノ問題デアリマス、即チ第六章ニ謳ツテアル所ノ点デアリマス、彼ノ「モンテスキュー」ノ三権分立ナル問題ニ付キマシテハ、当時全世界ヲ風靡致シタ議論デアツテ、各国競ウテ此ノ三権分立ノ実行ニ移シタ歴史ハアルノデアリマスルガ、サリナガラ其ノ後此ノ三権分立ハ何レモ国家ノ統治権ノ作用ニ属シテ居ル点デアツテ、此ノ統治権ガ根本カラ三権ニ分レテ居ル性質ノモノデナイト云フコトハ、今申スマデモナイ所デアリマス、ソコデ人ニ依ツテハヤハリ此ノ統治権ノ作用ヲ二ツニ分ケテ、立法権ト法律執行ノ行政、司法ヲ見ル人モアルノデアリマスルガ、何レニ致シマシテモ、国家ノ行政権ト司法権ナルモノハ本当ニ兄弟分デアツテ、立法権トハ違ツテ居ルト云フコトハ顕著ナ事実デアラウト思フノデアリマス、唯国家ノ裁判権ナルモノハ所謂事ヲ裁判スルノデアルカラ、公平無私デナケレバナラナイ、何人カラモ制肘セラレテハナラナイ、ココニ司法権ノ威力ガアルノデアリマスルカラ、ソコデ其ノ職ニ当ル人モ身分ノ保障ヲ――色々年齢トカ或ハ地位トカ云フコトニ付テ保障ヲ致シ来ツテ居ルコトモ、各国共是ハ全ク事実デアリマスルガ、今本改正案ヲ見マスルト云フト、第七十五条ノ規定スル所デアリマシテ、「最高裁判所は、法律の定める員數の裁判官でこれを構成し、その裁判官は、すべて内閣でこれを任命し、法律の定める年齡に達した時に退官する。」此ノ点カラ見テモ、ヤハリ独立ノ裁判官ガ、而モ高等裁判所ノ裁判官ガ、内閣総理大臣ノ任命デ就任スル、此ノ一事ヲ以テ致シテモ、サウ独立不覊ナ、全ク各独立関係ヲ在シテ居ルモノト云フ徹底シタル理念デハナイノデアリマスルガ、然ル所此ノ第二項ニアル「最高裁判所の裁判官の任命は、その任命後初めて行はれる衆議員議員總選擧ノ際國民の審査に付し、その後十年を經過した後初めて行はれる衆議院議員總選擧の際更に審査に付し、その後も同樣とする。前項の場合において、投票者の多數が裁判官の罷免を可とするときは、その裁判官は、罷免される。審査に關する事項は、法律でこれを定める。」斯ウ云フ規定ヲ見タコトハ、是ハ「アメリカ」ニアルト云フコトデアリマスルガ、其ノ他ノ諸外国ニハ余リニ斯ウ云フ例ハ少イト存ジテ居ルノデアリマス、何レニシテモ外国ノコトハ措キマシテ、一体此ノ由ツテ来ル所ハ言フマデモナク最高裁判所ガ政府ノ発令シタル法律、命令、規則、其ノ他ノ所謂法令ガ違憲デアルト云フ場合ニ、折角公布シタル法律ガ無効ニナルト云フヤウナ権力ヲ最高裁判所ガ持ツノデアリマスルカラ、随分「アメリカ」アタリニ於テハ時々色々ナ問題ガアルト云フコトハ、新聞等デモ承知致シテ居ル所デアリマスルガ、併シナガラ我ガ国デ此ノ煩瑣ナ手続ヲ経ル前ニ先ヅ審査ヲスルト云フ、投票ヲスル国民ガ罷免スベキ理由ガ一体何処ニアルカト云フヤウナ点ニ付テ十分ナル認識ガナケレバ、是ハ国民ノ一ツノ裁判デアリマスルカラ、ヤハリ事実ヲ能ク知ツテ投票致サナケレバナラヌト思フノデアリマス、我ガ国民ノ現在、少クトモ今後十年経チマシテモ、一体サウ云フ判断力ヲ持ツ有効ナ投票ト云フモノガ出来ルカドウカ、是ハ私ハ何人モ疑ハザル所デアルト思フノデアリマス、此ノ点ニ関シテ国務相ハ一、二度御答弁ニナツタ中ニ、此ノ最高裁判所ノ判事ヲ罷免スルノニハ、国民ノ投票ニ依ルト云フコトガ最モ公平ナヤリ方デアルカラ、此ノコトヲ選ンダノデアル、斯ウ云フコトデアリマス、是ハ多分ニ「アメリカ」流儀ヲ移サレタ点ト推測スルニ難クナイノデアリマスガ、我ガ国ノ今日並ニ未来ヲ想見ヲ致シテ、斯ウ云フ規定ノ実行ニ依ツテ本当ニ目的ヲ達スルヤ否ヤト云フコトニ付テハ、殆ド我々ハ是ハ良キ考ヘデアルト云フ風ニハドウシテモ受取レナイヤウニ思フ、一体民主主義ノヤリ口カラ申セバ、日本デモ立憲政治ガ行ハレテ憲法ガ制定セラレテ、議院制度ガ施設セラレ、国民ニ参政権ガ与ヘラレタ、是ガ第一段デアツテ、次ニハ地方自治体ニ対スル議員ノ選挙ヲナサシメタ、是ガ第二ノ民主主義ノ発展デアツタノデアリマス、更ニ国家ノ司法権ニ対シテモ国民ヲ参与サセナケレバナラヌト云フ所デ、例ヘバ「フランス」ノ如キ、「イギリス」ノ如キ、「ドイツ」ノ如キ、陪審制度ヲ設ケテ、ソシテ此ノ司法権ニ国民側カラ参与セシメテ裁判ヲ致シテ居ル、是ハ外国デモ約三十四、五年前カラ急ニ行ハレタ制度デアツタノデアリマスガ、我ガ国モ一度是ハ真似ヲ致シタノデアルケレドモ、是ハ陪審法其ノモノガ不完全デアツタガ為ニ、今日ハ一向之ニ賛成スルモノガ無クナツテ居リマスケレドモ、其ノ基礎観念ハヤハリ皆国民ニ国家ノ裁判権マデ関与サス、是ハ詰リ民主主義政治ノ発達性カラサウナツテ居ルノデアリマスガ、併シナガラ最高裁判所ノ判事ノ罷免ニ付テ十年毎ニ其ノ審査ヲナサシメルト云フコトハ、普通ノ議員ヲ出ス選挙権ノ投票トハ違フノデアル、ソコデ私共ハ先ヅ此ノ規定ガアルト云フコト、是ガ理想的ニ行ケバ洵ニ結構ナコトデアルカラ、ヤハリ我ガ国モ「アメリカ」ノヤウニ此ノ規定ヲ存シテ、ソシテ国民投票ニ依ツテ裁判官ノ地位ヲ奪フコトガ出来ルト云フコトハ、是モ結構ナコトニ在ズルノデアリマス、之ニ付テハ少クトモ憲法ノ補則、附属規定ヲ設ケテ、次ニ追則ヲ設ケラレテ、是ハ今後十年トカ二十年トカハ此ノ実施ヲ留保スルト云フヤウナコトデアレバ、是モ一ツノ方法デアラウト思フノデアリマス、今憲法ガ六箇月後ニ施行セラレテ、サウシテ選挙ノアツタ時ニハ先ヅ直接此ノ投票ヲナス、其ノ後十年毎ニ罷免ノ選挙ヲナサセル、斯ウ云フ選挙ゴトハ、是ハ全ク国民ヲシテ火遊ビヲサセルヤウナモノデ、危険之ニ過グルモノハナイト思フノデアリマス、益々事柄ヲ紛淆セシメ、又我ガ国ノ今後ノ制度ハ何モ選挙、彼モ選挙、非常ニ選挙ガ多イノデアリマスガ、果シテ其ノ負担ニ国民ガ堪ヘ得ルカドウカト云フコトスラモ、我々懸念ヲ致シテ居ル所デアリマスルガ、況シテ司法部ノ最高裁判所ノ裁判官ヲ罷免スル投票権ナドト云フヤウナコトハ、是ハ少シ実際政治カラ何トカ御考慮セラレナイモノデアラウカドウカト云フコトヲ、御伺ヒ致シテ置キマス
○金森国務大臣 最高裁判所ノ裁判官ヲ国民表決ニ依ツテ罷免ヲスルト云フコトニ付キマシテノ御懸念デアリマスルガ、之ニ付キマシテハ、色々ナ点カラ御懸念ニハ及バナイノデハナイカト云フコトヲ御答ヘシタイト思ツテ居リマス、先ヅ其ノ本ト致シマシテ、最高裁判所ノ裁判官ガ国会ト対立シ、又内閣ト対立スル危険ガアルト云フコトヲ第一ニ申上ゲマス、随テ最高裁判所ノ身分保障ニ付キマシテハ、非常ニ周到ナル注意ヲ用ヒナケレバナラヌ、国会ニ罷免権ヲ与ヘテモ面白クナイシ、内閣ニ罷免権ヲ与ヘテモ面白クナイト云フコトヲ申上ゲタイト思ヒマス、併シナガラ最高裁判所ハ完全ニ身分ヲ保障サレテ居リマスルカラシテ、実際ニソレガ国家ノ全体ノ行キ道ト違フ歩調ヲ取ルト云フコトガ正確ニ判断サレマスル場合ニハ、ヤハリ罷免ノ方法ヲ執ラナケレバナラヌト思ヒマス、亀ノ甲ノ中ニ入ツタヤウニ、外カラ幾ラ叩イテモ中ニハ響カナイト云フコトデハ、ソレハ困ルト思ヒマス、併シナガラ如何ナル方法デ斯様ナ完全身分保障ヲ持ツテ居ル裁判官ニ対シテ唯一ノ罷免権ヲ行使シ得ルカト云フコトニナリマスト、実ハ適当ナル方法ガ考ヘラレナイノデアリマス、之ヲ広イ角度カラ考ヘテ見マシテ、結局最モ聡明ト考ヘラルル国民ニ最後ノ鍵ヲ授クルノ外ハナイト云フコトニナルノデアリマス、併シ今原君ガ仰セラレマシタヤウニ、選挙民一人一人ガ聡明デアルト云フコトハ、必ズシモ言ヒ切レマセヌ、一人一人ハ裁判ノコトモ知ラズ、裁判官ノ個性ヲモ知ラナイト云フコトハアリ勝チデアリマスルケレドモ、併シ選挙民ヲ集団トシテ見マシタ時ニ、多クノ場合ニソレガ正シキ声ヲ現ハスモノデアリ、謂ハバ天ノ声ヲ示スモノデアルコトハ、又聡明ナル原君ガ御承知下サル所ノモノデアラウト考ヘマス、ソコデ問題ハ此ノ方法ヲ行ヒマスルニ付テ、十分ナ注意ヲ用ヒナケレバナラヌト云フコトニ帰着スルモノト思ハレマス、此ノ七十五条ダケヲ御覧ニナリマスルト、何等特別ナル規定ガナイカラシテ、何トナク不安心ノヤウナ気ガスルカモ知レマセヌケレドモ、之ニ基キマシテ此ノ審査法トデモ言フベキ法律ガ出マシテ、其ノ法律ト他ノ諸制度ト相伴ツテ適切ナル道ガ開カレテ来ルト思フノデアリマスルガ、其ノ適切サヲ助ケマスル手段トシテ、私ノ着想ト致シマシテハ、一人一人ノ裁判官ノコトヲ国民ガ相当ニ理解シ得ルト云フ道ガ先ヅ考ヘラレナケレバナラヌト思ヒマス、最高裁判所ノ裁判官ガ誰デアルカ、ドンナ人デアルカ、ドンナ過失ヲ犯シテ居ルカト云フコトヲ国民ガ知ラナイデ罷免権ヲ行使致シマスルナラバ、ソレハ重大事件デアリマス、其ノ点ヲ考ヘマスルノニ、是ハ今私ノ申シマスルコトハ、ホンノ私個人ノ考ヘニ近イモデアリマシテ、具体的ナコトハ今後ノ問題デアリマスルガ、最高裁判所ノ裁別官ノ数ハソンナニ多イモノデハナカラウト思ヒマス、随テ国民ノ多数ガ之ヲ能ク知リ得ル機会ガアルノデハナカラウカ、勿論国務大臣ノ名前スラモ能クハ知ラナイ国民ガアルカモ知レマセヌ、又裁判官ノ名前ヲ知ラナイ国民ガアルコトハ、ソレハ已ムヲ得マセヌケレドモ、実際罷免権ガ現ハレマスノハ、何カ特殊ナ場合ニ特ニハツキリシテ来ルト思ヒマス、国家ノ大方針トシテ作リマシタ所ノ法律ニ対シテ国民ノ得心シナイヤウナ考ヘ方ヲシタトカ、或ル重大ナル裁判ニ対シテ国民ノ得心シナイヤウナ裁判ヲシタトカ云フ、何カ顕著ナ事態ガ起ル時ニ、初メテ国民大衆ハ此ハ裁判官デハ困ル、斯ウ云フ考ヘヲ起スノデハナカラウカト思ハレマス、デアリマスカラ実際ノ場合ニハ知ラナイ裁判官ニ無茶苦茶ナ投票ヲスルト云フコトハ、我々日本国民ヲ信頼スル限リ、斯様ナコトガアラウトハ実ハ予想出来マセヌ
次ニサウ致シテ置キマシテ、尚ホ裁伴官一人一人ノ働キガ国民ニハ能ク分ルヤウニシナケレバナラヌ、今ノヤウニ判決書ハ外ヘ出ルケレドモ、裁判自身ハドウシテ出来タカ一ツモ外ニ分ラヌト云フ状況デハ、個々ノ裁判官ヲ批判スルコトハ出来マセヌ、随テ此ノ制度ヲ用ヒマスル限リ、個々ノ裁判官ガ現実ニドンナ働キヲシタカト云フコトガ、外部カラシテ察知シ得ルヤウニナラナケレバナラヌト思ヒマス、其ノ方法ハ色々考ヘラレルト思ヒマス、一ツノ腹案ヲ示シマスレバ、裁判ニ盲判ヲ押サナイ、自己ノ得心セザル判決書ニハ仮令多数決デ負ケテモ其ノ人ハソレニ賛成ヲシナイデ、別ニ自己ノ意見ヲ表明シ得ルト云フヤウナ制度デモ工夫致シマスレバ、先ヅ外部ニ裁判官ノ本質ガ分ル途ガアラウト思フノデアリマス
次ニ斯ウ云フコトヲスレバ国民投票、随テ国民ハ他ノモノト合セテマルデ投票ノ為ニ忙殺サルルト云フヤウナコトニハナラナイデアラウカト云フヤウナ御懸念ノ趣旨ヲ御示シニナリマシタガ、此処ニ書イテアリマスルヤウニ、衆議院議員総選挙ノ時ニ附随シテ致シマスルカラシテ、実ハ一挙手一投足ノ労デアツテ、特ニ格別ノ国民ノ負担ハナイト思ヒマス、唯投票ヲ計算スル方ハ是ハ面倒デアリマスルケレドモ、是ハ少数ノ人ガ担任スルコトデアリマスルカラシテ、大シテ顧念ヲスル必要ハナカラウト思ヒマス
次ニ新タニ斯クノ如キ罷免権ヲ何処カ議会トカ何カ特殊ナ委員会トカ云フ所ニ権能ヲ与ヘマシテ、気ニ食ハヌ裁判官ハ議会デ罷免スル、斯ウ云フコトニシタラバドウカト言ヒマスルト、露骨ニ議会ニ強イ権能ガアリマスル為ニ、裁判官ハ何時モ議会ノ顔色ヲ見テ裁判ヲスルト云フコトニナリマス、権力分立ノ根本原理ヲ破壊スルコトニナラウト思ヒマス、或ハ裁判官内部ノ何カ委員会トカサウ云フ特殊ナ裁判所ト云フモノヲ拵ヘテ、同類ヲ以テ同類ヲ裁カシムルト云フコトハドンナモノデアラウカト云フヤウナコトモ考ヘルノデアリマス、成程、裁判官ガ何カ身分上ノ過失ヲ犯シマシテ、技術上ノ過失ヲ犯シマシタヤウナ場合ヲ裁クノハ裁判官自ラ、即チ同列ノ人々ノ裁キニ依ツテ適当ナル処置ヲ受ケルト云フコトハ甚ダ適当ト思ヒマスガ、今ココニ考ヘテ居リマスル問題ハ、裁判官ト国家全体トノ関係ニ於キマシテ、或ル裁判官ガ適当デアルカドウカト云フ問題デアリマスルガ故ニ、同類ヲ以テ裁カシムルト云フ行キ道ハ、決シテ正当ナル結果ヲ持チマセヌ、仮ニ悪例ヲ一ツ挙ゲテ見マスレバ、今ノ行政官ガ自ラヲ同類ニ依ツテ裁イテ居ルト云フ所ニ世間ニ不満ノ声ガアルト同ジヤウナ結果ニナルノデハナカラウカ、コンナ風ニ考ヘテ居ルノデアリマス、何分ニモ此ノ制度ハ日本ニ於テ目新シイノミデナク、ソンナニ手広ニ行ハレテ居ル制度デモアリマセヌノデ、此ノ実行ニ付テハ特ニ注意ヲ要スルト思ヒマスケレドモ、併シ国民ハ故ナク何等ハツキリシタ事態ヲ抑ヘズシテ、現ニ存スル最高裁判所ノ裁判官ノ罷免ノ投票ヲスルト云フヤウナソンナ無責任ナコトヲスルコトハ絶対ニナカラウト思ヒマス、此ノ制度ハ寧ロ微温的デアルト云フ批判ハ受ケルカモ知レヌ、併シ行過ギテ裁判制度ノ秩序ヲ壊スト云フ非難ハ先ヅ予見シ得ベカラザルモノノヤウニ考ヘテ居リマス
○原（夫）委員 第四点ト致シマシテ、此ノ改正案第三章ノ国民ノ権利義務ニ関スル規定ノ第十五条、国民ノ請願権ノ問題デアリマス、国民ノ請願権ニ付キマシテハ、現行法デモ色々規定セラレテ居ルノデアリマスガ、議会ノ請願或ハ天皇ニ対スル請願トカ色々アルノデアリマスガ、然ル所第十五条ノ「何人も、損害の救濟、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廢止又は改正その他の事項に關し、平穩に請願する權利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない。」斯ウ云フ規定デアリマスルガ、先ヅ第一番ニ此ノ請願ト云フノハ一体何処ヘドウ云フ程度ノ請願デアルカ、一切ノ請願ヲ含ムト思フノデスガ、村役場ヘ対スル請願デモ、或ハ公共団体ノ何処ヘ対シテモ、議会ヘ対シテモ、一切ヲ含ム建前ヂヤナイカトモ思フノデアリマスルガ、併シナガラ現内閣ニ於テ、「何人も、損害その他に關する救濟」ト云フ「損害其の他に關する」ヲ消シテ、一番最後ノ「法律、命令又は規則の制定、廢止又は改正その他の事項に關し」ト云フ其ノコトニ置キ換ヘニナツタノデアリマスガ、此ノ置換ヘノ為ニ、是ハ大変範囲ガ又違ツテ来テ居ルノデス、何事ニセヨ、此ノ請願ガ出来ルト云フ建前ニナツテ居リマスルガ、今申上ゲタ如ク何処ヘ対シテモ請願ガ出来ルト云フ意味デアリマスカ、裁判所ナドニ対シテハ請願ハナスベカラズト云フコトニナツテ居ルノデスカ、此ノ一部修正ニナツタ「其の他の事項」ト云フノハ一体何ヲ意味スル考ヘデ斯ウ云フ訂正ヲセラレタノデアルカト云フコトト、ソレカラ此ノ請願ヲシタ為ニ「いかなる差別待遇も受けない」ト云フノハ、一体ドウ云フ意味ヲ含ンデ居ルノカト云フコトヲ承ツテ置キタイノデアリマス
○金森国務大臣 「その他の事項」ト云フコトガ或ル時期ニ発表致シマシタ要綱ト少シ置キ方ガ変ツテ居リマシテ、意味ガ広クナツタト云フコトハ御説ノ通リデアリマス、実ハ恥ヲ申サナケレバ分リマセヌケレドモ、憲法ノ改正ノ請願ナンカ何処ヘヤルノダ、斯ウ言フノヲ聴キマシテ、ドウモ工合ガ悪イ、「その他の事項」ト云フコトヲ終ヒノ方ニ附シマシテ、総テ是ニ書イテアルコト及ビ「その他の事項」ニ関シテ請願ガ出来ルト、完備シタ積リデゴザイマス
次ニ何処ニ請願ヲスルカト云フコトデアリマスガ、是ハ請願ト云フモノハ、結局其ノ請願ニ付テ何等カノ考慮ヲシテ実行ノ方向ニ運ビ得ル権能ノアル所ニ請願ヲスル、全然縁モユカリモナイ役ニモ立タヌ所ヘ請願スルコトハアリマセヌノデ、自然請願ノ宛先ハ決マツテ来ルモノト思ヒマス、今仰セニナリマシタ裁判所ニ判決ヲ其ノ侭変更スルヤウナ請願ヲ致シマシテモ、是ハモノノ性質上アリ得ナイコトト考ヘテ居ル訳デアリマス
ソレカラ最後ニ差別待遇ヲ受ケルト云フコトハ、是ハ沿革的ニ考ヘテ見マシテ、請願ハ国民ノ重大ナル権利デアリマスルケレドモ、併シ請願ハ封建思想ノ強イ時代ニ於キマシテハ、当局者ガ甚ダシク嫌ツタモノデアリマシテ、物語ニ伝ツテ居リマスル佐倉宗五郎ノ事件ト云フノハ、即チ其ノ請願ガ其ノ請願者ノ生命ヲ奪フト云フヤウナ結果ニナツテ居ル、ダカラ請願ヲシタカラトテ、何等不利益ナル取扱ヒヲ受ケナクチヤナラヌ、死罰ハ固ヨリ、死罰デナクテモ、何処カノ処置デ或ル利益ヲ奪ハレタリスルヤウナ不利益ヲ受ケテハナラヌ、斯ウ云フ趣旨デアリマス、サウシテ此ノ請願ニ関シマシテハ、此ノ侭デハ一寸実行ガ難カシイノデアリマシテ、之ニ対シマスル請願ノ規則ト云フモノガ出マシテ、ソレニ依ツテ此ノ十五条ノ運用ガハツキリシテ来ル、斯ウ云フコトニナル予想ヲ致シテ居リマス
○原（夫）委員 一寸サウスルト、今ノ御答弁ニ依ルト、請願ヲスルコトニ付テハ出来ナイ所モアル、斯ウ云フ御話、例ヘバ裁判ニ対シテ――所ガ事ノ実際カラ言フト、規則ニ請願シチヤナラヌト云フコトガアツテモ、モウ裁判所ヘ刑事被告人ナドニ引張ラレタ場合ニ、早ク出シテ貰ヒタイトカ、或ハ裁判ガ、ドウノ斯ウノト言ウテ請願ト云フモノハ非常ニ費用ヲ使ツテ何百人ノ連判デヤツテ来ル、是ハ一切裁判所デ受付ケナイノハ当然デアリマスガ、併シ斯ウ云フ一般請願令ト云フヤウナモノデナシニ、憲法ニ斯ウ云フ請願ヲナスコトガ出来ルト云フコトニナレバ、唯アナタノ仰シヤツタヤウナ、ソンナ裁判スル所ヘ請願スルト云フコトハ、ソレハ間違ツテ居ルコトダカラ是ハイカヌト云フ、其ノ除外ト云フコトハ此ノ法律ノ条文デハ一向見エナイノデアリマス、ソコハ何トカ区切リガ付カナケレバイケナイト思フノデスガ、其ノ唯宛先ノ問題ニ付テハ只今ノ御答弁デ諒承致シマシタ、モウ一応其ノ点ヲ御答ヘ願ヒマス
○金森国務大臣 此ノ憲法第三章ノ多クノ規定ガ総テ公益ト云フ枠ノ中ニ納マツテ居ルノデアリマシテ、公益ト云フ枠ノ中ニ於テ一切ノ権利ガ行使セラレル訳デアリマス、公益ノ必要カラ枠ヲ作ルコトハ此ノ憲法施行ノ諸規定ヲ以テ定メ得ルコトト考ヘテ居リマス、併シ其ノ枠ノ作リ方ガ間違ヒマシテ、公益の範囲ヲ超エテ行キマスト、憲法違反ト云フコトニナツテ、最高裁判所ノ批判ヲ受ケテ無効ニナル、斯ウ云フコトニナリマスルガ、サウ云フ枠ノ中ニ於キマシテ適当ナ規定ヲ設ケルノデアリマスルカラ、今ノヤウニ裁判其ノモノヲ直チニ斯ク変更セヨ、斯ウ云フヤウナ請願ハ裁判ノ本質上アリ得ベカラザルモノデアリマスルカラ、斯クノ如キ請願ヲナシ得ズト規定シテモ宜カラウト思ヒマス、或ハ又裁判ガ甚ダ遅レテ居ル、是ヲ速クヤツテ貰ヒタイト云フヤウナ請願デアリマスナラバ、是ハ何モ裁判其ノモノヲ動カサウト云フノデハアリマセヌカラ、恐ラク請願ヲ以テ許シ得ルコトト思ウノデアリマス、或ハ又蓆旗、竹竿カ類以ノモノヲ持チマシテ大イニ威嚇ヲシテ請願ヲスルト云フコトニナリマスレバ、是ハ又公ノ秩序ヲ壊スモノデアリマスルガ故ニ、ソレヲ取締リマシテモ憲法ニ違反スルコトハナイ、サウ云ウ総テノ角度カラ能ク考ヘマシテ、然ルベク秩序ヲ立テルト云フコトガ残サレルモノト考ヘテ居リマス
○原（夫）委員 ソレカラ次ニ国民ノ権利義務ノ所ノ規定関係デスガ、他ノ同僚カラモ此ノ点ハ色々質問モアツタト記憶致シテ居ルノデアリマスガ、序デスカラ私此処ニ附加ヘテ置ク程度ニ御尋ネスルノデスガ、国民ノ納税義務ト云フコトニ付テ第三章ノ国民ノ権利義務ト云フコトハ殆ド密接不可分、是ハ極メテ重大ナ要件ニナツテ居ル問題ダト思フノデアリマス、ドナタカモ言ハレタ如ク、真ニ国民議会トカ国民会議トカ云フヤウナモノハ、ソレハ議会政治ノ根本ヲナシテ居ル歴史的ナ問題デモアリ、現在ニ於テモ予算ハ衆議院ニ先議権ガアル如ク、国務相ノ御答弁ニ依ルト他ノ条文カラ演繹シテソレハ規定ハ要ラナイ、当然納税義務ガアルノダ、斯ウ片付ケテアルノデアリマスガ、併シ之ヲハツキリ国民ハ納税ノ義務ヲ負担スルト云フコトノ条文ヲ此ノ章下ニ置カレルコトガ、ヤハリ此ノ憲法ノ威厳ヲ示ス所以デモアリ、又国家ノ基本法ノ体裁トシテモ結構ナコトト思フノデスガ、当リ前ノコトデス、誰デモ常識デ分ツテ居ルコトデアルガ、ヤハリ是ハ入レテ置クト云フコトガ必要ト思フノデスガ、尚ホ是ハ一ツ御勘考ヲ願ツテ置クト云フ程度ニ致シマシテ、此処デ私ハ此ノ意見ヲ固執スル意味デモナク、又論ズル必要モナイコトダト思フカラ、是ハ是デ止メテ置キマス
最後ニ本改正憲法ガ公布ニナリマシタ時ニ、政府ハ一体全国民ニ対シテドウ云フ周知ノ方法ヲ執ラレル御考ヘデアルカ、是ハ私共此ノ憲法改正ヲ契機ト致シテ、全国ノ各農村ヘ行キマシテモ、現在デハ新聞ヲ取ツテ見ルトカ、或ハ人ノ取ツタノヲ回覧デモシテ見ルト云フ人ハ極ク少数デアル、ソコデドウシテモ今ノ制度実情デハ、今ノ政治ハ由ラシムベシ、知ラシムベカラズト云フヤウナ結果ニ陥ツテ居ルノデス、是ハ事実デアルノデス、ソレガ為ニ色々ナ悪宣伝トカ或ハトンデモナイコトヲ流布シタリ、随分国民ハ迷ハサレルノデアリマス、ソコデドウシテモ改正憲法公布後ニ於キマシテハ、何カ政府ハ少シ国帑ヲ費シテデモ、一般国民ノ村々ニ対シテ、新聞ヲモツト沢山ニ国民ニ見サスヤウナ方法ヲ執ラレルカ、現ニ此ノ改正憲法デモ実際見テ居ル者ハ一県デ何百人トハ居ナイデセウ、其ノ位ノ程度デアリマスカラ、ドウシテモ此ノ憲法ノ周知方法ヲ当然講ゼラレナケレバナラヌト思フノデアリマスルガ、今カラサウ云フヤウナ考ヘヲ一ツ願ヒタイト思フノデアリマス、御所見ヲ序デニ伺ツテ置キマス
○金森国務大臣 租税ノ問題ハ強ヒテ答弁ヲシナクテモ宜イト云フ御許シガアリマシタカラ、卸許シヲ願ツテ置キマシテ、仰セノ通リ憲法ノ条文ヲ周知セシムルノミナラズ、憲法ノ持ツテ居リマスル所ノ内容ガ国民ニ的確ニアラ方ハ周知セラルルヤウニ努力シナケレバナラヌト思ヒマスルノデ、ソレノ方法等ニ付キマシテ、現ニ考ヘテ居ル次第デゴザイマスルガ、今御示シニナリマシタ所ヲ能ク念頭ニ置キマシテ、十分遺憾ナキヲ期シタイト在ジテ居リマス
○原（夫）委員 私ハ是デ質問ヲ打切リマス
○芦田委員長 北浦圭太郎君
○北浦委員 私ハ憲法ハ法律デアルト云フ前提ノ下ニ質問ヲ致シマスルカラ、金森国務相モ其ノ積リデ御答弁ヲ願ヒタイノデアリマス、換言致シマスルト、憲法ハ其ノ一部ハ国体ノ規定デアル、君主国ナリヤ、民主共和国ナリヤ、其ノ第二ハ統治権行使ノ形式デアリマス、君主及ビ其ノ機関ガ行動スルノデアルカ、或ハ国民全体ノ機関ガ行動スルカノ問題デアリマス、過日来国民ノ憧レノ中心デアル、ソレガ天皇デアルト云フコトモ、頗ル私ハ感心シツツ敬意ヲ表シテ承ツテ居ルノデアリマス、国民ガ天皇ヲ仰ギマスルト、日本国ノ姿ガ浮ビ上ツテ来ル、能ク分リマスル、併シナガラ田舎ノ人々ガ東京ノ銀座ヲ憧レノ中心ト致シテ居リマスルガ、田舎ノ人々ト銀座ノ人々ト別ニ法律関係ハ成立致サナイ、田舎ノ女優志願者ガ帝劇ヤ日劇ヲ憧レノ中心ト致シマシテ、心ノ奥ニ根ヲ張ツテ居リマシテモ、ソコニ我々ハ何等法律関係ヲ想像スルコトモ出来マセヌ、要ハ治者ト被者治ノ関係、権力ト服従ノ関係、権利義務ノ関係、サウ云ウコトニ付テ主トシテ御伺ヒ致シタイノデアリマス、斯ウ云フ意味カラ憲法草案ノ第一条ノ天皇ノ地位ト云フモノハドウ云フ風ニ説明スレバ宜イカ、此ノ点先ヅ御伺ヒ致シマス
○金森国務大臣 御質問ノ趣旨ヲ私ノ言葉デ言ヒ直シテ見マスルガ、恐ラク憲法第一条ニ於テ天皇ト国家トノ間ニドウ云フ法律関係ガ成立ツカト云フコトデハナカラウカト思ヒマス、サウシテソレハドウ云フ権利デアリ、ドウ云フ義務デアルカ、斯ウ云フ風ノ御尋ネデアラウカト思ヒマス、天皇ト国家トノ関係ハ法律的ニ見テ甲ガ乙ノ象像デアルト云フコトデアリマス、此ノ間ニ権利トカ義務トカ云フ関係ハゴザイマセヌ、法律上ノ現象ハ既ニ総テ権利義務エ網羅セラルルノデハナクテ、此ノ憲法ノ認ムル限リニ於テ天皇ガ身ヲ以テ御示シニナルト云フコトガ法的秩序デアルト云フダケノ意味ニ私ハ理解シテ居リマス
○北浦委員 サウ致シマスルト、結局何等ノ法律関係、権力ト服従、治者被治者、斯様ナコトハ一切憲法第一条ニハ規定シテ居ナイ、斯様ニ承ツテ置キマス、所デ何事ヲモ規定シナイト云フ憲法第一条ハ、是ハ中々国民ニハ分リニクイ、御承知ノ通リ憲法ハ万民之ヲ知ラナケレバナリマセヌ、理解シナケレバナリマセヌ、ソコデ私モ法律ト云フ観点カラ考ヘテ見マスルト分リマセヌ、サツパリ分ラナイ、国民ノ象徴デアル、「シンボル」デアル、成程其ノ意味ハ敬意ヲ以テ私ハ略々分ツテ居リマスガ、外国カラ眺メレバ更ニ明カダト云フ此ノ言葉モ名言デアリマス、ケレドモ憲法ソレ自体トシテハ規定セザル規定デアルト、マア失礼ナガラ思ツテ居リマス、ソコデ此ノ憲法ヲ解釈致シマスルニ付キマシテ、角度ヲ変ヘテ、観点ヲ変ヘテ御伺ヒ致シテ見マス、此ノ憲法ハ――此ノ草案ガ成立致シマスト憲法デアリマスガ、是ハ天皇ノ大詔デゴザイマスカ、或ハ天皇ト国民トノ約束デゴザイマスカ、或ハ又国民相互ノ約束デアリマスカ、或ハ其ノ他ニ何カ成立原因ガアツテ出来ル訳デゴザイマスカ、此ノ点ヲ一ツ承リタイ
○金森国務大臣 憲法ハ国法デアリマシテ、国家ノ法律秩序ニ基イテ法トシテ出来上ツテ来ルモノデアリマス、之ヲ約束トカナンカ云フ言葉ハ、結局譬ヘテ言フダケノ言葉デアリマシテ、物ノ真実ヲ指スモノデハゴザイマセヌ、前文ニ明カデアリマスヤウニ、国民ヨリ選挙セラレタルモノガ此ノ憲法ヲ規定スル、之ニ依ツテ「ポツダム」宣言ノ内容ヲ充実スル実体ガ生レテ来ル訳デアリマス、而モ所定ノ手続ヲ経タ後天皇ノ裁可ヲ経ルコトニ依リマシテ、憲法第七十三条ノ規定ヲ通シテ日本ノ改正憲法トシテ成立スル訳デアリマシテ、一言ニシテ言ヘバ「ポツダム」宣言ノ内容ヲ充実シツツ、国内法秩序ニ基イテ出来上ル所ノ法デアル、斯ウ云フ風ニ申シマス
○北浦委員 国内秩序ニ基イテ出来上ルト云フコトハ、是ハ人間ノ行為デナクシテ自然ニ出来ルト云フ意味デスカ、或ハ御言葉ノヤウニ民選議員、即チ此ノ議会ガ作ルト云フ意味デアリマスカ、此ノ点ヲモウ一応明カニ願ヒタイ
○金森国務大臣 先程モ述ベマシタヤウニ、国法ハ国家ノ既ニ存スル法ヲ基トシテ、ソレニ基準シテ漸次出来上ツテ来ルモノデアリマス、日本ハ現在ノ段階ニ於キマシテ、国内秩序ハ原理的ニハ変ツテハ居リマセヌ、随テ今日明カニ定マツテ居ル所ノ憲法第七十三条ノ規定ニ従ツテ此ノ改正憲法ガ出来上ルノデアリマスカラ、ソレハ議会ノ議決採決等ノ純人間ノ行為ヲ経テ出来上ル所ノ法律的ノ国家ノ意思表示デアリマス、斯ウ云フ風ニ申シマス
○北浦委員 然ラバ現行憲法ト此ノ憲法草案ノ関係ニ付テモウ一応御伺ヒ致シマスルガ、天皇ガ民主主議ヲ御入レニナリマシテ此ノ草案ヲ御定メニナリ、ソシテ自ラノ権力ヲ制限サレタモノト斯ウ解釈スルノデスカ、或ハ現行憲法ハ偖テ措イテ、金森サンノ御説ノヤウニ、自然ニ出来テ来ル法律秩序ヲ議会ニ依ツテ成立セシメルト解釈スルノデアリマスカ、其ノ点ヲモウ一応伺ヒタイ
○金森国務大臣 私ハ自然ノ秩序ニ於テ此ノ法律ガ出来テ来ルト言ツタ覚エハゴザイマセヌ、憲法第七十三条ノ規定スル所ニ従ツテ、議会ガ其ノ内容ヲ充実サレ、所定ノ手続ヲ経テ此ノ憲法改正案ガ有効に成立スルト言ツタダケデアリマシテ、言葉ヲ換ヘテ申シマスレバ、他ノ法律ガ改正ニナル場合ト略々同ジ原理ニ従ツテ居ル訳デゴザイマス
○北浦委員 憲法第七十三条ニ依ツテ憲法ガ出来上ト云フコトハ、金森国務相ノ御説明ヲ俟ツマデモナク、是ハ誰デモ知ツテ居ルノデアリマス、是ハ憲法成立ノ手続規定デアリマシテ、私ノ伺ツテ居リマスルノハサウ云フコトト違ヒマスル、左様ナ手続上ノコトヲ伺ツテ居ルノデハアリマセヌ、現行憲法ト此ノ草案トノ繋ガリ、関係、前ノ憲法ト非常ニ違ツテ居リマス、天皇ノ権力ト申シマスルカ、ソレガ非常ニ制限サレテ居ル、此ノ道行キ、繋ガリヲ伺ツテ居リマスルノデ、憲法第七十三条ニ依ツテ憲法ガ成立スルノダ、左様ナコトハモウ誰デモ知ツテ居リマス、其ノ繋ガリノ関係ヲ御伺ヒ致スノデアリマス
○金森国務大臣 実ハ洵ニ私量見ガ乏シクテ恐縮致シマスルガ、（「ノーノー」）此ノ憲法ハ改正セラルルノデアリマス、随テ基本ノ関係ニ於キマシテ、現行ノ憲法ト、今後改正セラルル憲法トハ、国家ノ基本法トシテ一貫性ヲ保ツテ居ルノデアリマス、デ憲法ガ改正セラレマスレバ、之ニ基イテ諸種ノ法律上ノ変化ガ起ルコトハ当然デアリマシテ、天皇ノ御権限モ此ノ憲法ノ改正ニ依ツテ変化スルノデアリマス、其ノ変化ガ可ナリ人ノ目ヲ驚カス程ノ激シイ変化デハアリマスルケレドモ、是ハ憲法ノ変化ニ依ツテ起リ来ルコトデアツテ、ソレ以外ノモノデハナイ、言ヒ換ヘマスレバ革命トカ、何トカ云フ思想ニ毫末モ触レテ居ルコトデハナイ、斯ウ云フコトヲ申上ゲタノデアリマス
○北浦委員 ソレデ分ルノデアリマスルガ、サウ致シマスルト、憲法草案ハ過日来カラモ屡々伺ツテ居リマスルヤウニ、国体ハ護持サレテ居ル、斯ウ今ノ御答ヘデ解釈シテ宜イノデアルト私ハ思ヒマスルガ、果シテ然ラバ、権力ハ依然君主ノモノデアリマシテ、行使ニ付テ制限ヲ設ケタダケデ、君主ガ主格デアツテ国会ハ客人トナル、サウ云フ感ジガ起ルノデアリマスルガ、如何デゴザイマスカ、
○金森国務大臣 私ハ末ダ曽テサウ云フ説明ヲ申上ゲタ覚エハゴザイマセヌ、国体ガ一貫性ヲ持ツテ居ルト云フコトハドウ云フコトデアルカト言ヘバ、天皇ヲ憧レノ中心トシテ、国民ガ統合シテ居ルト云フコトガ国体其ノモノデアリマス（拍手）是ハ毫末モ変化サレテ居リマセヌ、ソレヲ基盤トシツツ存在シテ居リマスル憲法上ノ諸規定、謂ハバ政体ト云ウベキモノデアリ、或ハ誤ツテ或ル種ノ学者ガ鬼面ヲ被ツテ国体ト言ツタ、サウ云フ規定ニ変化ハアリマスルケレドモ、ソレハ本質的ナル国体ノ規定デハナイ、唯私ハ一言此ノコトヲ申上ゲテ置キマス（拍手）
○北浦委員 国体ガ一貫サレテ居ルト云フコトハ、是ハ誰ガ考ヘテモ――主権ガ元来天皇ニ在ツタモノヲ、主権ガ在民ト説明サレテ、サウシテアナタノ国体ガ一貫サレテ居ルト云フ其ノ御説明、一般ノ学者ガ驚クト云フコトデアリマスルガ、是ハ誰デモ驚ク（「ノーノー」）アナタノ仰シヤル、国体ガ一貫サレテ居ル、旧憲法時代ト草案ト一貫サレテ居ルト云フコトハ、具体的ニ御話題ヘバドウ云フコトナンデスカ
○金森国務大臣 度々繰返ヘシマスヤウニ、国体ハ天皇ヲ憧レノ中心トシテ、国民ガ統合シテ居ルト云フコトデアリマス、此ノ点ニ於テ過去モ現在モ変ル所ハナイ、是ガ明カニ一貫性ヲ持ツテ居ル所以デアリマシテ、若シ此ノコトナカリセバ、日本ノ此ノ法律秩序ハ中断サレテ居ルト云フ説明ガ生レテ来ルト思フ訳デアリマス、私ハ亳モ曩ニ申シマシタ私ノ国体不動ノ原理ニ曇ガアラウトハ存ジテ居リマセヌ（拍手）
○北浦委員 アナタノ御説明ハ何処マデ行ツテモ法律的デアリマセヌカラシテ、私ハソレデ其ノ点ハ止メマスルガ、憧レノ中心デアルト云フコトハ、初メカラ私申上ゲマシタヤウニ、ドウカ説明出来タラ法律的ニ御願ヒ致シタイ、斯様ニ申シテ居ル、憧レ、昔カラ憧レノ中心ダ、今モ憧レノ中心ダ、ソレハアナタ独特ノ御説明デアツテ、ドウモ憲法ト云フ法律学ノ眼カラ見マスルテ云フト、諒解シ難イモノガアリマスル、併シ何処マデ行ツテモ同ジコトヲ繰返スノデアリマスカラ、是ハ是デ止メマセウ（笑声）
次ニ此ノ草案ハ何故緊急勅令ヤ財政上ノ緊急処分ト云フヤウナ規定ヲ持タナイカ、此ノ点ヲ一ツ御伺ヒ致シマス
○金森国務大臣 前ノ寧ロ答ヘヲ御求メニナリマセヌ方ノ御尋ネニ対シテ強ヒテ御答ヘヲ致シマスルガ、法律的ニ説明ガ足ラヌト云フコトデアリマシタガ、私ハ国体ノ規定ハ現行憲法ノ条文ノ上ニ現ハレテ居ルノデハナクシテ、其ノ基盤ニ存在シテ居ルノデアル、斯ウ信ジテ居リマス、ダカラ憲法ノ条文ニ現ハレテ居リマスノハ、本当ノ国体規定デハナイノデアリマス、ソレヲ強ヒテ国体規定ノ言ツテ居ルノデ、ドウゾサウ云フヤウニ御考ヘ願ヒマス
緊急勅令其ノ他ニ付キマシテハ、緊急勅令及ビ財政上ノ緊急処分ハ、行政当局者ニ取リマシテハ実ニ調法ナモノデアリマス、併シナガラ調法ト云フ裏面ニ於キマシテハ、国民ノ意思ヲ或ル期間有力ニ無視シ得ル制度デアルト云フコトガ言ヘルノデアリマス、ダカラ便利ヲ尊ブカ或ハ民主政治ノ根本ノ原則ヲ尊重スルカ、斯ウ云フ分レ目ニナルノデアリマス、ソコデ若シ国家ノ仲展ノ上ニ実際上差支ヘガナイト云フ見極メガ付クナラバ、斯クノ如キ財政上ノ緊急措置或ハ緊急勅令トカ云フモノハ、ナイコトガ望マシイト思フノデアリマス、併シ本当ニ言ツテ、国家ニハ色々ナ変化ガ起リ得ルノデアリマスルガ故ニ、全然是等ノ制度ナクシテ支障ナシトハ断言出来マセヌ、ケレドモ我我過去何十年ノ日本ノ此ノ立憲政治ノ経験ニ徴シマシテ、間髪ヲ待テナイト云フ程ノ急務ハナイノデアリマシテ、サウ云フ場合ニハ何等カ臨機応変ニ措置ヲ執ルコトガ出来マス、随テ緊急ノ措置ヲ要シマスルノハ稍々余裕ノアル事柄デアリマス、シテ見レバ、サウ云フ場合ニハ、臨時ニ議会ヲ召集スルト云フ方法ニ依ツテ問題ヲ解決スルコトガ出来ル、又臨時ニ議会ヲ召集スルコトガ出来ナイ場合ガ考ヘラレマス、ソレハ衆議院ガ解散サレ、末ダ新議員ガ選挙セラレナイ所ノ三、四十日ノ期間ガ予想セラレルノデアリマスガ、其ノ時ニハ何トモシヤウガナイ、ソコデ参議院ノ緊急集会ヲ以テ暫定的ニ代ヘル、斯ウ云フコトガ考ヘラレマス、尚且ツ考ヘマシテモ色々御意見ハ起リ得ルト思ヒマス、例ヘバ咄嗟ノ場合ニ交通断絶其ノ他ノ場合ニ、如何ニ適当ノ処置ヲスルカト云フ時ニハ、今後色色ナ工夫ヲ致シマシテ、サウ云フ非常ノ場合ニ処スル僅カバカリノ臨時措置ノ規定ヲ必要ナル法律等ニ編込ミ、大体是ハ警察法規等ガ主眼ヲナスモノト思ヒマスルガ、特別ナ場合ニ梢々臨時措置ヲナシ得ルヤウナ規定ヲ平素カラ予備シテ置クト云フノモ、一ツノ考ヘ方デアラウト思ヒマス、或ハ又財政上ノ緊急処分ノ点ニ付キマシテハ、例ヘバ議会ニ於テ必要ナル予算ノ成立ヲ見ルコトガ出来ナイ、而モ経費ヲ支弁スベキ時期ハ差迫ツテ居ル、ドウスルカト云フヤウナ場合ガ考ヘラレマスルガ、是ハ議論デ解決スルノデハナクシテ、政府ト議会トガ一心ノ如ク合体シテ居リマスルナラバ、ソコニ自ラ途ガ開カレテ来ルノデアリマシテ、今期議会ニ於テ始マリマシタ所ノ此ノ暫定ノ予算ト云フガ如キハ、此ノ方法ニ於テ一道ノ光ヲ与ヘテ居ルモノト思フ訳デゴザイマス
○北浦委員 イザ非常ノ場合ニハ参議院ソレカラ臨時議会、斯ウ云フモノガ開キ得ルカラシテ、特ニ一定期間――国民ノ是ハ本当ニ欲シナイコトデアリマスルガ、サウ云フ風ナ途ガアルカラシテ、此ノ緊急勅令ヤ緊急処分ハ要ラナイ、是ハ最モ能ク分リマスルガ、私ハ国会中心ノ政治ハ常時開会ト云フ所マデハ行キマセヌガ、先ヅソレニ近イヤウナ風ニナルノデハナイカト斯様ニ思フノデアリマス、随テ此ノ現行憲法ノ緊急勅令ヤ財政上ノ緊急処分ハ不必要ダト云フ理論モ成立ツノデアリマスルガ、然ラバ議会ガ断エズ開カレルト云フ想定ガ付キマスナラバ、委任立法ト云フコトハ要ラナイ、斯様ニ思ヒマスルガ、如何デゴザイマセウ
○金森国務大臣 委任立法ノ点ハ此ノ憲法ニ於キマシテハ草案中格別ノ規定ヲ設ケテ居リマセヌ、一般ノ政治上ノ発達及ビ学理ノ教ユル所ニ従ツテ、然ルベク運用ヲ図ルベキモノト思フノデアリマス、此ノ問題ハ、此ノ憲法ニ於テ特ニ論ズルマデモナク、世界的ニ議会ノ働キノ各個ノ規定ヲドコマデ委任スルカト云フ問題トノ組合ハセニ於キマシテハ、諸国ニ相当ノ議論ノアル所デアリマシテ、一言ニシテ解決シ難イノデアル、要ハ国会ヲ尊重スルト云フコトヲ根本ノ原理トシツツ、実際上必要ナル程度ノ委任ノ方法ヲ講ズルコトガ然ルベキモノノヤウニ考ヘテ居ルノデアリマス
○北浦委員 此ノ憲法草案ニハ委任立法ノ規定ガナイト仰セラレマシタガ、第六十九条ノ第六号「この憲法及び法律の規定を實施するために、政令を制定すること。但し、政令には、特にその法律の委任がある場合を除いては、罰則を設けることができない。」是ハ如何デゴザイマスカ
○金森国務大臣 御答ヘ致シマス、サウ云フ派生的ナ報合ニ於テ、詰リ罰則委任、特殊ナ法律カラ特殊ナ政令ニ罰則ヲ委任スル、斯ウ云フコトノ結末ノ規定ガココニ出テ居ルコトハ御示シノ通リデアリマス、問題ハ独リ法律ノ委任ニ依ル命令ト云フコトヲ堂々ト書キ立テルカドウカト云フ点デアリマス、サウ云フ趣旨ノ委任命令、準拠規定ト云フモノニ付キマシテハ、此ノ憲法ハ特別ナル原理ヲ表明シテハ居ナイ、斯ウ申上ゲタノデアリマス
○北浦委員 是ハ実ノ所全国数千ノ弁護士ガ寄ツテ弁護士協会ト云フモノヲ作ツテ居リマス、私甚ダ僣越ナガラ弁護士ノ一人ト致シマシテ、此ノ第六号ノ「特にその法律の委任がある場合を除いては、」ト云フノヲ除イテ貰ヒタイ斯ウ云フ熱烈ナ希望ヲ東京弁護士会並ニ日本弁護士会ガ申シテ居ルノデアリマス、申スマデモナク金森サンモ今サウ云フ意味ノコトヲ申サレタヤウニ思ヒマスルガ、斯ウ云ウ規定デハ法律ニ依ラズシテ、アノ総動員法ノヤウナ、ソンナニヒドイコトハナイノデアリマセウガ、色々ト勅令ヤ省令、ヒドイノニナリマスト告示デドンドン人ヲ罰シテ居ル、是ハソンナニ大シタコトハアリマスマイガ、此ノ委任立法ハ憲法ヲ蹂躙シテ、法律ニ依ラズシテ罰スル、是ハ我々ハ明白ナル委任立法ト思ヒマスルガ、サウデナイト言フノナラ、是ハ削除シテ載キタイ、斯ウ云フ希望ガアルノデアリマスカラ、念ノ為ニソレダケ申上ゲテ置キマス、御意見ヲ伺ヒマス
○金森国務大臣 罰則委任ガ広汎デアルト云フコトハ弊害ノ基デアルコトハ承認致シマス、現行ノ秩序ノ上ニ明治二十三年法律第八十四号ト云フモノガアツテ、広汎ナル罰則ヲ命令ニ委ネテ居リマシテ、ソレカラ起ル警察権ノ濫用ト云フコトモ亦予想シ得ル次第デアリマスルカラシテ、斯クノ如キ包括的罰則委任ハ当ヲ得ザルモノト考ヘテ居リマス、併シナガラ苟クモ実質上ノ権能ヲ或ル特殊ノ場合ニ命令ニ法律ガ委任スルト致シマスレバ、其ノ際若干ノ罰則ガクツ付カナケレバ、恐ラク運用上困難ナル場合ガアリマシテ、強ヒテソレヲ避ケヨウト致シマスルト法律自身ガ命令ヲ予想シテ大キナ罰ヲ予想シヨウトスルノデアリマス、例ヘバ此ノ法律ニ基ク委任命令ニ違反シタ者ハ、此ノ法律ノ決メテ居ル罰ヲ当嵌メルト云フコトニナリマスト、実際ノ法律ハ命令デ決メ、罰ハ法律デ決メテ居リマスカラ、其ノ間ガ無関係デ中断サレテ面白クナイ結果ヲ生ジ易イノデアリマス、ソコデ此ノ憲法ノ予想シテ居リマス所ハ、包括的ナ罰則ハヤラナイ、一ツ一ツノ場合ニ此ノ委任命令ニハドンナ罰ヲ付ケテモ宜イカト云フコトヲ具体的ニ委任ヲスルト云フ途ヲ先ニ御示シニナリマシタ第六十九条ノ第六号ニ於テ予想シテ居ルノデアリマス、其ノ時ニハ国会ニ於キマシテ、斯ウ云フ罰則ヲ此ノ規定ニ委任スルコトガ、果シテ宜イカドウカト云フコトヲ十分御判断ニナリマシテ然ルベキ御意見ガ決メラレ得ルト思フノデアリマスカラ、先ヅ折衷案ト思フノデアリマスルガ、其ノ点ヲ御含ミ置キ願ヒタイト存ジマス
○北浦委員 法律ニ委任スベキカ否カハ議会ニ於テ大イニ考ヘヨト云フ御趣旨アリマスルガ、実ハ此ノ戦時中ノ総動員モ議会ニ於テ大イニ考ヘタノニ違ヒナイノデアリマス、我々ガ思ツテ居リマスルノハ、是ハ其ノ当時ノ軍閥ト、当時ノ議会トガ犯シタ最大ノ罪悪ト私ハ思ツテ居リマスガ、之ヲ削リサヘスレバ、議会ニ大イニ考ヘテ呉レト言フ必要モナケレバ、総テ民主式ニ相成ルト思フノデアリマスガ、兎ニ角金森国務相ハ此ノ憲法草案ニ付テ何処マデモ、其ノ御説明ハソレハ結構デス、我々モヨリ良キ憲法ヲ作ル為ニ一生懸命デアリマス、考フベキコトハソレハ考ヘテ置クト云フ御答弁位アツテ私ハ然ルベシト思フ、何デモ彼デモアナタハ、是ハドナタガ御作リニナツタカ知リマセヌガ、色々ナコトヲ言ハレテ、我々ノ質問ニ対シテ立派ナ理論ヲ御吐キニナルノデアリマスガ、我々ノ熱意、一生懸命デアルト云フコトモ御酌ミ取リニナツテ、オ互ヒニヨリ良キ憲法ヲ作ルト云フ意味ニ於テ、斯ウ云フ議会ガ考ヘヨト云フヤウナコトヲ言フニ先ダツテ、アナタガ今仰シヤツタノダカラ、委任立法ト云フノハ宜シクナイノダ、本来本質トシテ宜シクナイノダト云フ意味ノコトヲ仰シヤツタノデアルカラ、斯ウ云フ場合ニハ是ハ一応ハ考ヘテ置クト云フ答弁ガアツテモ私ハ然ルベシト思ヒマス、併シサウ云フコトハ私ガ強ヒルベキ筋合ノモノデアリマセヌカラ、モウ是デ措キマス
次ハ議員ノ除名デアリマス、草案第五十一条、五十四条ニハ、議員ノ議席喪失ヲ規定致シテ居リマス、ソレカラ是ハ勿論五十二条ノ三分ノ一ダケガ出席シテ、出席スベキ議員数トナルト思ヒマスルガ、是ハモウ疑ヒゴザイマセヌ、私ハ是カラノ議員ト云フモノハ、勿論議会中心ノ政治デアリマスカラ任務ガ重イ、軽々シク除名シテハナラヌ、ソレデ出席スベキ議員数ノ規定ガ必要ダ、第九十二条ノ憲法改正ノ条文ノヤウニ、総議員ノ三分ノ二以上ノ出席ヲ必要トシナイマデモ、少クトモ二分ノ一以上ノ出席ヲ必要トスル、然ル後ニ出席議員ノ三分ノ二以上、是カラノ議員ノ職責ガ重イト云フコトニ鑑ミテ、サウ云フ風ニ改メテハドウカ、斯ウ云フ意見ヲ持ツテ居リマスガ、金森国務相ノ御意見ヲ伺ヒマス
○金森国務大臣 大体斯様ナ規定ニ付キマシテハ、大凡従来ノ沿革ガ、ピツタリ当ル訳デハアリマセヌガ、沿革ガアリマシテ、通常ノ出席数ヲ以テ議会ヲ御開キニナツテ、サウシテ其ノ三分ノ二デ決メラレルノガ普通ナヤウニ思ヒマスガ、如何ナモノデゴザイマセウカ（笑声）マア今ノ所大体此ノ原案ノ方ガ自然的デアル、斯ウ考ヘテ居リマス
○北浦委員 甚ダ和ヤカニ相成リマシタガ、従来ノ規定ニ基ク、是ハ実ノ所我々ハ従来ノ規定ガ甚ダ不都合デアルト云フコトヲ痛感致シテ居リマスルノス申上ゲルノデアリマスガ、ピツタリト当篏ル例ヲ申シテ見マスト、甚ダソコニ居ラレマス所ノ齋藤国務相ニ対シテハ礼ヲ失シマスルガ、私ハアノ時非常ニ書イタ、愈々除名カ否カト云フ投票スル前ノ日ニハ、少クトモ私ハ議会言論ノ自由ヲ尊重スル者ガ百名内外アル、青票ハ百票内外アルト、斯様ニ私ハ思ツテ居タ所ガ、愈々投票致シテ見タトマデツタ七票デアツタ、ソレナラ白票ハ多カツタカト申シマスト、白票ハ百六、七十シカナカツタト私ハ記憶致シテ居リマスアトハドウナツタカ、東條軍閥ノ圧力ガキツイ為ニ、サウシテ此ノ青票ヲ投票スルト云フト、ソレデ政治的生命ガ終ルト云フコトガ分ツテ居リマスガ故ニ出席シナカツタ、欠席ト云フ奥ノ手ガアル、此ノ時ニ若シ出席スベキ数ヲ前ノ議院法ニ規定致シテ置キマシタナラバモツト出タニ違ヒナイ、出タ者ハ議会言論自由ヲ擁護スル人バカリデアツタ、私ハ愈々明日ハ投票ダト云フ其ノ前ノ日ニハ、当時ノ社会党ノ諸君モ大方議会言論自由ヲ擁護スル派デアツタ、私ハ握手シテ別レタ、然ルニ翌日開イテ見マスト云フト、タダノ七票、此処ニ居ラレマス委員長モ確ニ青票ノ一人デアツタト私ハ思ヒマスルガ、斯ウ云フ手ガ苟クモ議員ノ政治的生命ヲ奪フ除名ニアル、是ハモウ少シ親切丁寧ニ御考ヘ下サラヌト云フト、サウ云フコトガ現ニアツタノデアル、私ハ投票後、今少シク此ノ規則サヘ――議院法サヘ出席人数ガ決メテアツタラ少クトモ百票内外ハ議会言論自由ノ為ニ投ゼラレタニ違ヒナイト云フ今デモ確信ヲ持ツテ居リマス、是ハ東條軍閥ノ其ノ当時ノ勢ハエライ勢デアリマシタ、鈴木貞一ト云フヤウナ人間ガ何時モ天井ヲ向イテ睨ンデ居ツタ、武藤陸軍少将、ソンナ時代ガ今後ハ来マスマイガ、併シ又々オ互ニ注意シナイト云フト政党横暴ノ時代ガ来ルカモ分リマセヌ、今ニ於テサウ云フ苦イ経験ハ再ビナイヤウニ、此ノ点モ御考ヘ願ヒタイノデアリマス、従来ノ仕来リニ従フコトガアナタハ宜イト仰シヤル、従来ノ仕来リハサウ云フ仕来リデアツタ、何時モトハ申シマセヌガ、イザト云フ場合ニハサウナル、御考ヘヲ願ヒタイ、如何デス
○金森国務大臣 ドウモマダ之ヲ変ヘナケレバナラヌ、或ハ変ヘル方ガ特ニ宜イト云フ風ニモ思ハレマセヌノデ、全部広イ意味ニ於テ考ヘタイト存ジテ居リマス
○北浦委員 次ニ最高裁判所ガ一切ノ法律、命令、規則又ハ処分ガ憲法ニ違反スルカ否カヲ決定スル権限ヲ持ツテ居リマス、条約ハドウナルカ、誰ガ憲法違反ノ条約ナリヤ否ヤヲ決定スルカ、此ノ点デアリマス、何デモ日米条約デアツタト思ヒマスルガ、ウツカリ日本ノ政府ハ「イン・ザ・ネーム・オヴ・ザ・ピープル」（人民ノ名ニ於テ）ト書イタ時ガアリマシタ、議会デ大キナ問題ガ起ツタ、ソレカラ「ロンドン」ノ軍縮会議、是ハ兵力量ノ問題、是モ憲法違反ダト言ウテヤカマシイ議論ガ起リマシタガ、其ノ当時ハ天皇ガ最高ノ解釈権ヲ御持チデゴサイマシタカラ無事ニ収マリマシタガ、今後ハ条約ガ憲法ニ違反スルヤ否ヤノ審判機関ノ設備ガナケレバ困ルト思ヒマス、九十四条ニモ「國の最高法規とし、」ト書イテゴザイマスルガ、憲法違反ノ法律、命令、詔勅、国務行為ノ無効ハ書イテアリマスルガ、条約ダケハドウ云フ訳カ外シテ居ラレマス、是ハ何カ訳ガアルノデゴザイマスルカ、或ハ条約ハ憲法ニ違反シテモ構ハナイト仰シヤルノデアリマスルカ、モウ間モナク講和条約ト云フモノモ起リマセウシ、其ノ他ドシドシ条約モ締結サレナケレバナラナイ、此ノ点如何デゴザイマスカ
○金森国務大臣 条約ハ一国ダケデ無効トスルト云フコトノ出来ナイ性質ノモノデゴザイマシテ、国際法ニ基イテ成立シテ居リマスルガ故ニ、是ノ取扱ヒヲ唯一国ノ独断デ処置スルコトハ、恐ラクヤリマシテモソレハ無理デアラウト考ヘテ居リマス、随テ憲法ノ規定ノ中ニハ憲法違反ノ条約ヲ処置スル規定ヲ作ラナカツタ次第デアリマス
○北浦委員 然ラバ条約ガ憲法ニ違反シテ居リマシテモ、相手方ノ承諾ナケレバ、其ノ侭已ムヲ得ナイトシテ、憲法違反ノ事実ヲ認メナガラモ、其ノ条約ヲ守ル義務ガ国家ニアルト云フコトニ相成リマスルカ
○金森国務大臣 条約ハ国際的ニ相互ヒニ権利ヲ有シ、義務ヲ負フモノデアリマシテ、条約ヲ規定スルニハ国際法上ノ根拠ニ基イテ規定スルノガ正当デアラウト思ヒマス、故ニ手続ハ、固ヨリ今日本デハ恐ラク直チニ執ル途ハナイト思ヒマスルケレドモ、原理トシテハ国際法ノ発達ニ従ツテ、国際機関ニ依ツテ最後ノ解決ヲ得ルコトガ正当ト思ツテ居リマス
○北浦委員 御説ノ通リ、今ノ日本デハソレハ執レマセヌ、併シ此ノ憲法ハ、五十年モ百年モ後ヲ想定シテ規定致シテ居ルノデアリマスルガ、今ノ日本ト致シマシテハ外国ニ気兼ネモ致サナケレバナラヌデアリマセウシ、サウ云フ御答弁ヨリ已ムヲ得ナイデアラウト思ヒマスガ、苟クモ憲法ニ違反シタル条約ヲ締結致シテ置イテ、サウシテ外国ガ承諾シナケレバ已ムヲ得ナイ、国際法ニ依ラナケレバ已ムヲ得ナイノダト云フ答弁ハ、先ヅ先ヅ悲シイ今日トシテハ、マア承ツテ置キマスルガ、純理デナイコトダケハ明白デアルト思ヒマス
次ニ草案第五十九条ニ依リマスルト、衆議院、参議院ノ議員ニアラザル者ヲ、国務大臣トスル場合ヲ予想致シテ居ルト思ヒマス、是ハ答弁ヲ願ハナクテモ、ソレニ間違ヒハナイ、所デ憲法前文ニ依リマスルト、「その權力は國民の代表者がこれを行ひ」ト書イテアリマス、「ここに國民の總意が至高なものであることを宣言し、この憲法を確立する。そもそも國政は、國民の崇高な信託によるものであり、その權威は國民に由來し、その權力は國民の代表者がこれを行ひ、その利益は國民がこれを受けるものであつて、これは人類普遍の原理であり、この憲法は、この原理に基くものである。我らは、この憲法に反する一切の法令と詔勅を廢止する。」堂々ト書イテアル、国政ハ、権力ハ国民ノ代表者が之ヲ行フ、サウシテ代表者ニアラザル者ガ権力ヲ行フ場合ガアリト致シマスト、ドウモ多少ノ食違ヒガアルヤウニ考ヘマスルガ、是モ私ノ間違ヒデゴザイマセウカ、御伺ヒ致シマス
○金森国務大臣 国務大臣ハ此ノ憲法ニ定ムル所ニ依ツテ行動スルモノデアリマスルガ故ニ、根本ノ国家ノ意思ガ此ノ憲法ニ編ミ込マレテ居リマス限リ法律上ハ支障ガナイ、斯ウ云フ風ニ考ヘテ居リマス、但シ実際上国務大臣ガ議員デナイ場合ニ、善イカ悪イカト云フ点ハ、今後ノ立憲政治ノ発達ニ依ツテ解決セラレルコトデアラウカト考ヘテ居リマス
○北浦委員 私ノ御伺ヒ致シテ居リマスル要点ハ、別ニ国民ノ代表者デナイ所ノモノガ総理大臣ニナラウガ国務大臣ニナラウガ、其ノ善シ悪シヲ御伺ヒシテ居ルノデハアリマセヌ、一面ニ国民ノ代表者ガ権力ヲ行フノダト書イテ置イテ、他面ニ代表者ニアラザル者ヲ規定スルト云フコトハ、是ハドウ云フ訳カト云フコトヲ御伺ヒ致シテ居ルノデアリマス
○金森国務大臣 此ノ前文ニアリマスルコトハ、是ハ基本的ノ国家ノ権利ヲ言ツテ居ルノデアリマシテ、国家ノ基本ノ問題ハ国民ノ代表者ガ決メル、斯ウ云フコトデゴザイマス、随テソレニ依ツテ憲法ガ出来ル、憲法ニ基イテ国務大臣ガ国政ヲ其ノ職権ニ応ジテ担任スルト云フコトニ不審ハナイヤウニ私ハ思ツテ居リマス
○北浦委員 左様ナコトヲ仰ツシヤルモノデハアリマセヌ、前文ハ基本的ノモノヲ揚ゲテ居ルノダトカ、或ハ又各条文ハ現実ダトカ云フヤウナ風ニ、私ハ聴キ損ヒカ分リマセヌガ、聴キマシタガ、間違ツテ居ル所ハ間違ウテ居ル、矛盾ノアル所ハ矛盾ガアリマスト、オ互ヒニ――仮ニ、アナタノ御説明通リニ何ノ矛盾モナイノダ、前ニハ代表者ガ権力ヲ握ルノダ、後ニハ代表者ニアラザル者モ構ハヌノダ‥‥書イテアルコトガ理路一貫ハ致シマセウ、併シ我々サヘモ不思議ニ思フノデアリマスルカラシテ、一般国民ガ之ヲ読メバ不思議ニ思フニ違ヒアリマセヌ、世ノ中ハアナタダケノ頭ヲ持ツタ人ハ余リナイ、斯ウ云フ所ハ先程モ私ガ申シマシタヤウニ、此ノ点ハ誤解アツテハナラナイカラ考ヘマセウト仰シヤツテモ、別ニアナタノ権威ニ関係スルト私ハ思ヒマセヌガ如何デセウカ
○金森国務大臣 私ニハドウモ能ク分リマセヌガ、憲法ヲ定ムルガ如キ根本ノ権力ハ国民ノ代表者ガ之ヲ行フノダ、是ハ前文ニ明カニ示ス所デアリマス、併シ国務ヲ担任スルモノハ例ヘバ裁判官デアレ、行政官デアレ、何デアレ此ノ憲法ノ認ムル所ニ依ツテ、正当ナル権限ヲ国家カラ附与サレレバ出来ルノデアリマシテ、根本ノ規律、根本ノ謂ハバ国家意思ヲ建設スル方面ガ国民ノ代表者デアリマス、而シテ現実ノ各般ノ事務ヲ政府ニ於テ担任スルモノガ其ノ憲法ニ基イテ受権セラレタモノデアルト云フコトニハ、何等ノ矛盾モ不思議モナイヤウニ思ヒマスガ、如何デセウ
○北浦委員 私ハ頭ニ斯ウ思ツテ居リマス、今後ハアナタノ言ハレル基本権力ヲ行フ者モ国家ノ代表者デアレバ、内閣総理大臣モ、国務大臣モ衆議院、参議院ニ席ヲ占メタ者ニ依ツテ構成サルルガ是ガ当然ダト私ハ頭ニコビリ付イテ居ル、ソコデ其ノ頭デ読ンデ見マスルト、アナタノ仰シヤルコトハ成程良イ解釈ヲナサル、根本ノ権力ハ国民ノ代表者ガ之ヲ行フノダ、実際ソレヲ執行スルノハ誰デモ宜イノダ、是ハマア一応ノ解釈デアリマスルケレドモ、ソレガ所謂立憲民主制ト云フモノデアリマセウカ、是モ何ボ押問答シテモ同ジコトデアリマスルカラ是デ措イテ置キマス
次ニ主権在君ノ場合、天皇ハ自己ノ国務行動ニ拒否権ノナイノハ、是ハ当リ前デアル、自己ノ行為ニ付テ拒否権ガアルト云フコトハ、是ハ理論上通ラナイ、併シ主権在民、アナタノ御説明ニ依リマスルト、天皇ハ国民ノ中ニ居ラレルト云フコトデアリマスルガ、何ト申シテモ主権在民ニハモウ間違ヒナイ、サウ云フ場合ニ、天皇ニ拒否権ガアルト云フノハ、私ハ是ハ当然ダト思フ、何ガ故ニ拒否権ヲ認ムルコトガ出来ナイカ、其ノ理由ヲ御説明願ヒタイ、ソレト内閣総理大臣ノ地位ノ確定ハ何時カ、国会ノ指名デハ未確定トアリマスルガ、然ラバ天皇任命ノ法律上ノ性質ハドウカ、此ノ二点ニ付テ御答弁ヲ願ヒマス
○金森国務大臣 天皇ニ拒否権ヲ認ムルコトガ出来ナイト云フコトハ理論トシテハゴザイマセヌガ、唯此ノ憲法ガ左様ナ拒否権ヲ認メナイノデアリマシテ、ソレニハ又立法上十分ナル理由ガアルト信ズルノデアリマス、ト申シマスルノハ、議会ハ議定致シマシタ法律ヲ天皇ガ拒否サルルト云フコトハ、議院内閣制ヲ採リマスル限リ、実際ニ於テ行ハレ得ナイコトデアラウト思ヒマス、ソレハ「イギリス」ガ斯クノ如キ制度ヲ持チナガラモ二百年間用ヒタ事例ガナイ、又日本ハ憲法制定施行明治二十三年此ノ方、一回モ斯クノ如キ事柄ガ生ジナカツタ、諸外国ノ事例ニ於キマシテモ、ココ相当ノ長イ期間サウ云フコトガ行ハレナカツタコトニ依ツテ、先ヅ客観的情勢ハ分ルモノト思ハレマス、ノミナラズ、若シモ天皇ガ此ノ拒否権ヲ御行使ニナリマスルナラバ、自然ソレハ政治上ノ実質的ノ責任ヲココニ属セシムル嫌ヒガアルノデアリマシテ、民主政治ヲ考ヘテ行キマスル此ノ憲法ノ組立テノ上ニ於キマシテハ好マシイコトデハナイ、斯ウ云フ風ニ考ヘテ居リマス
ソレカラ内閣総理大臣ハ何時カラ内閣総理大臣タル資格ヲ受クルノデアルカト云ヘバ、国会ノ指名ノ時デハナクテ、任命ノ時カラデアルコトハ固ヨリノコトデアルト考ヘテ居リマス
○北浦委員 是モ日本弁護士協会ノ希望デアルノデアリマスルガ、最高裁判所ハ弁護士ノ内部規律ニ関スル規則ヲ定メル権限ヲ持ツテ居リマス、此ノ場合罰則ヲ設ケルコトガ出来ルカ、是ガ第一点、罰則ハ法律ニ依ツテ罰セラルルノガ当然デアツテ、此ノ最高裁判所ガ罰則ヲ設ケルト云フコトハ不当ダ、故ニ但書ヲ加ヘテ罰則ヲ設ケルコトハ出来ナイト書イテ貰ヒタイト云フ熱望ガアルノデアリマスルガ、金森国務相ノ御意見如何デアリマセウカ
○金森国務大臣 ソレハ司法大臣ガ出ラレマシテカラ後デ御答ヘ申上ゲマス
○北浦委員 結構デス、次ニ二十二条ハ「法律は、個人の權威と兩性の本質的平等に立脚して、判定されなければならない。」斯様ニ規定シテ居リマスルガ、先ヅ第一ニ現行民法第七百七十二条ニ依リマスルト、御承知ノ通リ子ガ婚姻ヲナスノニハ其ノ家ニアル父母ノ同意ヲ必要トスト、斯ウアリマス、離婚ノ場合ニモ亦民法第八百九条ニ同様ノ規定ガアリマス、此ノ父母ノ同意、多分此ノ二十二条ヲ御作リニナリマスル時ニハ、斯ウ云フモノハドウスベキモノカト云フ略々案ハ持ツテ居ラレルト思ヒマスルガ、如何デス此ノ点ハ、サウ云フ規定ハナクナリマスルカ――是モ司法大臣ガ出ラレタ後デ宜シウゴザイマス
最後ニ、是モ商工大臣ト云フコトニナリマスルガ、是ハ各党派ヲ超越致シマシテ、私ハ切ニ国家ノ為ニ御願ヒスル、是ハ質問デハアリマセヌ、御願ヒスルノデアリマスルガ、如何ニモ過日本会議ニ於テ御説明ノヤウニ、草案ニ財産権ノ保護ハ規定サレテ居リマス、併シナガラ奨励サレテ居ナイ、第二十七条第一項ノ「財産權は、これを侵してはならない。」ト云フ下ノ方ニ、著作権ト発明権トハ之ヲ保護奨励サレルト云フ風ニ、米国憲法流ニ御書キ願ヘバドウ云フ不都合ガアルカ、修正致シマシテ所謂関係方面ガ悪クナツタリ、日本ノ国際情勢ニ非常ナ影響ヲ与ヘルト云フコトハ我々ハ大イニ慎ミマスルシ、出来モシマセヌガ、此ノ著作権ヤ発明権、所謂此ノ無体財産権モ財産権デアリマスルカラ、勿論保護サレルノデアリマセウガ、寧ロ之ヲ奨励シテ学術、技芸ノ進歩発達ヲ促シテ、此ノ貧弱ナル発明界、著作権界、此ノ「レベル」ヲモツト大イニ高メナケレバ、此ノ憲法草案ニ、国際ノ仲間ニ入リタイモノデアルト書イテアリマシテモ難カシイ、之ヲ書イテ入レマシテドウ云フ不都合ガアリマスルカ、此ノ点ヲ一ツ金森国務相ニ御伺ヒ致シマス
○金森国務大臣 憲法ハ相当ノ期間ノ恒久性ヲ各個ノ規定ニ付テ期待シテ居ルモノデアリマスカラ、出来得ル限リ或ル過渡的ナル規定ハ設クルコトハ好マシクナイト思フノデアリマス、日本ニ於キマシテ著作権、工業所有権ノ類ヒハ之ヲ尊重シ、擁護スルコトハ動キノナイ事実デアリマシテ、之ニ故ラ何等カ特殊ノ意向ヲ示ス規定ヲ加ヘル必要ハナイモノデハナイカト考ヘテ居リマス、今度ノ財産権ノ中ニハ、一般ノ他ノ財産権ト同ジヤウニ、然ルベク第二十七条ノ保護ヲ受ケルコトニナリマスルカラ、ドウモソレダケヲ選ブト云フコトニ、余リ深イ意味ガナイヤウニ思ヒマス
○北浦委員 憲法ハ恒久的性質ヲ持ツ著作権、発明権ヲ何時マデモ奨励シ、益々発達セシメル必要ガアリマス、アナタノ御説明ハ何時モ明快デアツテ、論理透徹致シテ居リマスルガ、是ダケハ一寸ヲカシイ、過渡期ニ於テ之ヲ規定セヨト云フノデハアリマセヌ、世界ノ憲法ヲ眺メテ見マシテモ、金森サン御承知ノ通リ、之ヲ特ニ保護シテ居ルト云フノハ寡聞ナ私ト致シマシテハ、先ヅ先ヅ米国ダケデス、成程「アメリカ」ハ発明ノ王国デアリマス、入レテ差支ヘナイモノナラ、余リ理窟デモナイ理窟ヲ仰シヤラヌデ御賛成願ヒタイト思フノデアリマスガ、是モアナタガ一旦言ヒ掛ケタ以上ハ御引キニナラヌト思ヒマスカラ、私ノ方カラ退キマスガ、能ク御考ヘヲ願ヒタイ
ソレデハ主トシテ裁判所ノコトニ付キマシテ司法大臣ニ御伺ヒ致シマス、是ハ司法大臣モ能ク御承知デアラウト思ヒマスガ、東京弁護士会ト日本弁護士会カラ「パンフレット」ヲ出シテ居リマシテ、特ニ我々ニハ去ル一日ノ日ニ裁判所ニ出テ来イト云フコトデアリマシタガ、私ハ一寸用事ガアリマシテ行ケナカツタ、サウスルト私ノ友人ガ参リマシテ、能ク之ニ尽力セヨト云フコトデアリマシタノデ、僣越ナガラ代ツテ御伺ヒスルノデアリマスルガ、此ノ草案七十三条ニ、最高裁判所ハ弁護士ノ内部規律ニ関スル規則ヲ定メル権限ヲ持ツテ居リマス外ニ、下級裁判所トカ、事務トカ、色々書イテアリマスガ、私ノ御尋ネシタイノハ、主トシテ弁護士ノ内部規律ノコトデアリマス、此ノ場合最高裁判所ハ法律ニ基カズシテ罰則ヲ設ケルコトガ出来ルカドウカ、之ヲ御伺ヒ致シタイ、出来ルト云フコトハ抑々不都合ナ話デ、法律ニ依ラズシテ弁護士ヲ罰スル、出来ナケレバ、罰則ヲ設ケルコトハ出来ナイト修正シテ戴キタイ、是ガ全国数千ノ弁護士ノ一致シタ意見デアリマス、御意見如何デゴザイマスカ
○木村国務大臣 御答ヘ致シマス、最高裁判所ハ訴訟ニ関スル手続、弁護士、裁判所ノ内部規律、此ノ規則ヲ定メル権限ヲ有スルコトニナツテ居リマスガ、ソレデ弁護士ノ内部規律ヲ定メルニ当ツテ、罰則ノ規定ヲ設ケルコトガ出来ルヤ否ヤト云フ御質問ニ対シテ御答ヘ致シマス、是ハ出来マセヌ、草案第六十九条第六号ニ明白ニ規定シテ居リマス、罰則ノ規定ハ、是ハ出来マセヌ
ソレカラ只今ノ御質問ノ趣旨ガ一寸私ニ聴取レナカツタノデアリマスガ、御承知ノ通リ、是デ弁護士法ハ出来ルノデアリマス、此ノ弁護士法デ弁護士ニ関スル大体ノ事柄ハ規定サレマスカラ、執務上亳モ差支ヘナイノデアリマス、唯裁判ヲ「スムース」ニスル為ニ裁判所内部ニ於テノ色々事務打合セノ規則等ガアリマス、ソレデ此ノ弁護士ノ極ク内輪ノ規定ニ付テハ、最高裁判所デ総テ之ヲ規定スル、之ニ従ツテ弁護士会ガ行動スルト云フコトニナルノデアリマスカラ、毫モ私ハ不都合ハナイト思ヒマス
○北浦委員 弁護士法ニ依ツテ、若シ悪イコトガアレバ処罰サレルノハ当然デアリマスガ、是デ罰則ノ規定ヲ設ケルコトガ出来ナイトノ御答弁デ私ハ満足致シマス
次ニ憲法草案 第二十二条ニ付テ御伺ヒスルノデアリマスガ、是ニハ御承知ノ通リ、婚姻、離婚、相続等ハ個人ノ権威ト両性ノ本質的平等ニ立脚シテ法律ヲ制定サレナケレバナラナイト書イテゴザイマスカラ、具体的ニ細カイデスケレドモ、是ハ家庭生活ニ影響スル所甚大ト思ヒマスノデ、御伺ヒスル訳デアリマス、民法第七百七十二条ニ依リマスト、子ガ婚姻ヲナスニハ、父母ノ同意ヲ必要ト致シマス、離婚ニモ亦民法第八百九条ニ同様ノ規定ガアリマスガ、此ノ個人ノ権威、両性ノ本質的平等、先ヅ先ヅ個人ノ権威ニ依ツテ法律ヲ制定サレルノデアリマスカラ、斯ウ云フ親ノ承諾ト云フヤウナコトハナクナルノデハナイカ、斯様ニ思フノデアリマス、ソレトモウ一ツ家督相続ノ順位ハ、両性ノ本質的平等ニ依リ変更サレル予定デアリマスカ、是ガ第二点、遺産相続、遺留分権利ニ変更ガ生ジマスルカ、是ガ第三点、従来ノ民法ハ男尊、女卑、是ハ別ニ理論ノアルコトハ御承知ノ通リデアリマス、別ニ有夫ノ婦ニ姦通罪ガアツテ、有妻ノ夫ニ是ガナイト云ウテモ、立派ナ理論ハアルガ、一見サウ云フ感ヲ抱ク人モアリマス、妻ガ商行為ヲスルニハ夫ノ許可ヲ必要トスル、相続ニハ男子ナルガ、故ニ姉デモ何デモ廃除サレル、所謂家庭ニ関スル斯ウ云フ規定ハドウ云フ風ニ改廃サレルカ、マダソコマデ考ヘテ居ラレナケレバ居ラレナイデ結構デアリマスガ、先ヅ此ノ程度マデハ改廃サレルト云フコトガ今予定ガ付イテ居リマスレバ、御知ラセヲ願ヒタイノデアリマス
○木村国務大臣 御答ヘ致シマス、只今司法当局ト致シマシテハ各種ノ委員会ヲ設ケテ、此ノ憲法ノ草案ノ大原則ノ趣旨ニ副ウテ立案中デアリマス、今私ハ此処デ此ノ私見ヲ申上ゲルコトヲ差控ヘタイト思ヒマス、何レ委員会ニ於テ十分ニ検討シタ上デ、ソレ等ノ点ハ立案サレルト思ヒマス
○北浦委員 能ク分リマシタ、モウ一ツ司法大臣ニ御伺ヒ致シマスルガ、私ハ本会議ニ於キマシテ、是モ政党政派モヲ超越致シマシテ是非トモ加ヘテ戴キタイト思フノデアリマスルガ、三十三条ノ「公務員による拷問及び殘虐な刑罰」ノ次ニ過重ナル保釈金、罰金ヲ絶対ニ禁止スルト加ヘテ戴キタイ、如何ニモ司法大臣御説明ノ如クニ、是ハモウ注意スルノダ、裁判所ノ方デ注意スルノダ、是ハモウ何時ノ議会デモサウ仰シヤル、前ノ三審制度ヲ二審ニスル時モ、慎重ナル態度デヤルノダ、斯ウ仰シヤル、ソレカラ戦時刑事ノ厳罰法デモ、最モ能ク諸般ノ事情ヲ斟酌シテ、法ハ規定シテ置イテモ―サウハキツクハナラヌト云フ何時モノ御説明、併シナガラ判事ハ法ニ従ツテ法ヲ適用スル左様ナ議会ノ約束ナンカト云フモノハ考ヘテ居ナイ、是モサウ大シタ手続ガ掛ルノデモナケレバ、今モ私ハ金森国務相ニモ申上ゲタノデアリマスルガ、別ニ是ガ国際情勢ニ影響ヲ及ボスト云フ訳デモナシ、寧ロ憐ムベキ此ノ被告人ニ恩恵ヲ与ヘルノデアリマスルカラ――恩恵ト云フヨリモ寧ロ、当然ナノデアル、ソレヲ是ハ別ノ法律デ決マツテ居ルカラ今後ハサウ云フコトハナイ、サウ云フ口約束デナクシテ、而モ是ハ英国ノ大憲章ニモ米国ノ憲法ニモ規定致シテ居ルノデアリマスルカラ、アナタモ御賛成下サイマシテ、之ヲ此ノ憲法ニ加入スル、シタラ何処ガ悪イカ、ソコガ私ハ分ラナイ、此ノ点御意見ヲ御伺ヒ致シマス
○木村国務大臣 御答ヘ致シマス、申スマデモナク憲法ト云フモノハ国家ノ基本法規デアリマス、成ダケ大原則ヲ定メテ詳細ナ規定ハ之ヲ法律ニ譲ルガ宜イノヂヤナイカト思ヒマス、ソレデ過重ナル保釈金ヲ課スルコト、罰金ヲ課スルコトヲ此ノ憲法ニ禁止シタラドウカト云フコトデアリマスルガ、是ハ只今私ノ考ヘデハ法律デ以テ十分ニ其ノ点ノコトハ予防出来ルダラウト思ヒマス、殊ニ此ノ改正憲法ガ実施サレマスルト、国民ノ考ヘ方ガ全然違ツテ来ルノデアリマス、我々ノ気持トシテモ全部変ツテ参リマス、従来ノヤウナ判事ノ考ヘ方モ、恐ラク変ルコトデアラウト思ヒマス、恐ラク北浦君ノ御希望ノ線ニ沿ウテ、将来左様ナ不都合ナコトハ絶対ナカラウト考ヘマス、憲法草案ニ斯様ナ規定ヲ設クル必要ハナイト存ジマス
○北浦委員 是ハ「イギリス」ニモ「アメリカ」ニモ規定ガアルノデアリマスルガ、日本ダケ是ガ憲法ニ規定スベキ大綱デナクシテ、「イギリス」ヤ「アメリカ」デハ是ガ大綱デアルト云フコトハ受取レマセヌガ、過日来ノ政府委員ノ御答弁ニ依リマシテ、是ハ何デモ彼デモ兎ニ角説明シテ、先ヅ委員会ニ於テハ考ヘテ置クダノ、同意スルダノ云フコトハ、先ヅ先ズ得ラレナイト云フコトヲ私ハ観念致シマシテ、是デ終リマスルガ、異議アレバ修正シテ出テ来イト云フコトデハ物ハ円滑ニ行キマセヌ、殊ニ御承知ノ通リ三分ノ二以上ノ賛成ヲ要スルノデスカラ、成ベク円滑ニ協調スベキモノハ此ノ委員会カラシテ協調出来ルヤウナ態度ヲ終リニ当ツテ望ンデ私ハ是デ終リマス
○芦田委員長 明日ハ午前十時ヨリ開会致シマス、本日ハ是ニテ散会致シマス
午後四時四十七分散会