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平成二十一年三月二十七日提出
質問第二五三号

一九八〇年三月の「毒ウォッカ事件」に関連し現地視察をした当時の警察官僚に関する第三回質問主意書

提出者  鈴木宗男




一九八〇年三月の「毒ウォッカ事件」に関連し現地視察をした当時の警察官僚に関する第三回質問主意書


 「前回答弁書」(内閣衆質一七一第二二〇号)を踏まえ、再度質問する。

一 一九八〇年三月三十日付日本経済新聞に、「日本の防衛駐在官 毒入りウォッカ飲まされた? ソ連南部を旅行中 激しい吐き気、倒れる」、同日の読売新聞に、「毒入りウォッカ? 駐ソ武官飲まされる 一時意識不明 外務省、事実認める」という記事がそれぞれあるが、外務省は右記事を承知しているか。
二 一九八〇年三月、在ソ連日本国大使館の防衛駐在官であった平野浤治氏らが、グルジアの首都トビリシを視察中にレストランで食事した際、毒を盛られたウォッカを飲まされ、めまいや吐き気、背中の激しい痛み等、毒物中毒の症状に襲われるという事件(以下、「毒ウォッカ事件」という。)が起きた。前回質問主意書で、政府として「毒ウォッカ事件」が起きたこと自体は承知しているのか否か、右の点につき明らかにされたいと問うたところ、「前回答弁書」では「お尋ねについては、当時の記録が残っておらず、事実関係を確認できないため、お答えすることは困難である。」との答弁がなされている。一の記事の様に、一九八〇年三月当時、「毒ウォッカ事件」について報じた新聞記事を確認することは現在も可能であり、政府として「毒ウォッカ事件」が起きたことを承知しているか否かについて答えるのは難しいというのは、単なる逃げの答弁でしかないと考える。政府部内に記録が残っているか否かに関わらず、政府として「毒ウォッカ事件」が起きたことは承知しているのか、再度質問する。
三 本年一月三十日、講談社より『ドキュメント秘匿捜査』という著書(以下、「著書」という。)が発行されており、「著書」の七十一頁に、「漆間は赴任後、早速トビリシに行き、『毒ウォッカ事件』の現場を視察している。スターリンの出生地であるゴリを見て歩いたあと、漆間は事件の舞台となったレストランバーに、客を装って入ったのである。」、同七十二頁に、「店で漆間がひとり食事をしていると、肌も露に踊っていたショーダンサーが接近してきて、『一緒に踊らない?』と誘ってきた。漆間がこの誘いを断ると、今度は周辺にいた男たちが近づいてきて、『さすが日本人だ。あの女の誘いを断るなんて!』と漆間を褒めそやしたという。」との記述がある。右記述が事実を反映したものであるかとの質問に対し、政府がこれまでの答弁書で「お尋ねについては、当時の記録が残っておらず、お答えすることは困難である。」と答弁していることについて、前回質問主意書で、右答弁は漆間巌内閣官房副長官本人に直接問いただし、確認をとった上での答弁かと問うたところ、「前回答弁書」では「お尋ねについては、本人に確認している。」との答弁がなされている。右の漆間副長官に対する確認(以下、「確認」という。)は、いつ、どこで、誰によって行われたのか、その具体的日時、場所、並びにそれを行った者の官職氏名を全て明らかにされたい。
四 「確認」を記録した文書は作成されているか。いるのなら、当該文書は政府部内のどこで保管されているのか説明されたい。
五 「確認」に対する漆間副長官の回答はどの様なものであったか説明されたい。
六 漆間副長官は「毒ウォッカ事件」が起きたことを記憶しているか。漆間副長官本人による答弁を求める。
七 漆間副長官は、一九八〇年当時、当時の在ソ連日本国大使館に一等書記官として赴任したことを記憶しているか。漆間副長官本人による答弁を求める。
八 漆間副長官は、「著書」の七十一頁にある様に、一九八〇年当時、トビリシにあるレストランに入ったことを記憶しているか。漆間副長官本人による答弁を求める。
九 漆間副長官は、「著書」の七十二頁にある様に、一九八〇年当時、トビリシにあるレストランに入り、食事をとっていた際に、ショーダンサーの女性が接近し、一緒に踊ることを誘われたことを記憶しているか。漆間副長官本人による答弁を求める。

 右質問する。



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