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平成二十五年五月十六日提出
質問第七九号

「バタビア臨時軍法会議の証拠資料」についての安倍首相の認識に関する質問主意書

提出者  辻元清美




「バタビア臨時軍法会議の証拠資料」についての安倍首相の認識に関する質問主意書


 安倍首相は二〇〇七年三月一日に「当初、定義されていた強制性を裏付けるものはなかった。その証拠はなかったのは事実ではないかと思う」と発言。さらに三月五日の参議院予算委員会で「官憲が家に押し入って人さらいのごとく連れて行くという強制性はなかった」と発言した。
 また、辻元清美提出の「安倍首相の『慰安婦』問題への認識に関する質問主意書」に対し、政府は二〇〇七年三月一六日、「同日(一九九三年八月四日)の調査結果の発表までに政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかったところである。」と答弁した。《答弁A》
 次に、通称「マゲラン事件」についての資料を提示する。
 ●マゲラン事件宣誓証人調書 オランダ・バタビア臨時軍法会議書類番号23126/R 調書作成者:Willem Theodoor Spier(一九四八年三月一一日)/証人:[・・・]夫人、[・・・]一八九七年ブニンク生れ/住所[・・・] 9ユトレヒト
 問:日本人がムンティランの抑留所にいた女性や少女達を、売春をさせるために強制的に連行したということについてあなたはどういうことを知っていますか?
 答:(略)四三年一二月のある朝のこと{一二月のはじめ頃}、抑留所の運営委員会の委員である[・・・]夫人と、[・・・]夫人と、私達の事務所にいた時、数名の日本人と会ってくれとの連絡がありました。私達の抑留所の所長は、[・・・]と名乗るマゲランの州長官だと自己紹介した日本人と一緒でした。他にも数人の日本人がいました。後で分かったのですが、一人は[・・・]という憲兵《傍線1》、もう一人は[・・・]という民間人でした。(略)事務所へ戻ると、書き付けた名前を全部タイプし、その名簿に、抑留所内にいる一七歳以上の女性達の名前も全部足すように言われました。(略)それから一〇日ぐらいしてから、ミアサキ(原文:Miasaki、抹消漏れ)が、何人かの私達の見知らない日本人を伴ってやって来て、会合をしていた私達の委員会に対して、例の名簿をもとに少女達に事務所の前に出て来るように手配するようマレー語で言い付けました。(略)日本人達と[・・・]は彼女らを目で検査し、仕事をしたいかどうかを彼女らに彼が尋ねたように記憶しています。これにはだれ一人返答しませんでした。(略)四四年一月二五日{ここで証人は彼女の日記を覗く}、三人の見慣れない日本人が抑留所に来ました。(略)私達委員が礼拝堂に入った時には、もう四〇人ぐらいの夫人達や母親同伴の少女達が来ていました。私達は激しく抗議しましたが、[・・・]は、私を[・・・]博士と一緒に礼拝堂の外に追い出しました。(略)私は少女[・・・]が行かなければならなくなって気が狂ったように泣くのを目撃しました。彼女は間違いなく、いやいや行かされたと私は思います。《傍線2》
 日本人達は、私達委員にこれ以上立ち入らせないようにし、選ばれた夫人や少女達には、出発の準備をするよう直接に指示しました。彼女らが私に知らせてくれたところによりますと、半時間で身支度をしなければならなかったそうです。その間に、私達委員は、抑留所の女性達全員に、一緒に門のところに集まって抗議し、できることならば連行を止めさせるように指示しました。日本人達が礼拝堂から出て来て、門へ向かった時、私達は一斉に「いやだー!(原文インドネシア語Tidamaoe!=j」と叫びました。
 日本側はこれに激怒して、長い竹と抜き身のサーベルで武装した警官隊に集まった女性達を追い散らすよう命令しました。
 これに応じて警官[・・・]は突進しました。これは私も目撃し、彼から竹の棒で一つ殴られました。(略)
 問:少女達を連行した際、強制だったと思いますか?
 答:はい。私達の抗議、女性達の抗議、また集まっていた者たちを力づくで追っ払ったことなどからそれは分かると思います。《傍線3》
 問:日本人は、少女達を連行した目的について何も話しませんでしたか?
 答:はい、そういうことはありませんでした。ただ、礼拝堂の中で、日本人のために働きたいか、と母親達が尋ねられただけです。
 問:完全に自分の意志に反して連れて行かれた少女は誰と誰でしたか?
 答:[・・・]、[・・・]、[・・・]、[・・・]、[・・・]でした。《傍線4》(略)
 問:日本人の特徴を言ってもらえますか?
 答:[・・・]はきちんとした人、という印象でした。マゲランの州長官でしたから、簡単に見つかるはずです。
 [・・・]は憲兵で、抑留所の監督を任せられていました。《傍線5》このイセキ(原文:Iseki、抹消漏れ)については、私は当時既に、{記録保存係の?}デブール氏の目の前で私にひどい扱いをしたことに関して苦情書を提出してあります。写真があれば見分けられます。(略、以上)
 前記資料はオランダ政府戦争犯罪調査局が作成したものであり、バタビア臨時軍法会議に証拠資料として提出され、採用されている。
 辻元清美提出の「安倍首相の『慰安婦』問題への認識に関する再質問主意書」に対する答弁書で、政府は二〇〇七年四月二〇日、バタビア臨時軍法会議については「我が国は、平和条約第十一条により、連合国戦争犯罪法廷の裁判を受諾しており、国と国との関係において、同裁判について異議を述べる立場にはない。」と答弁した。《答弁B》
 なお、バタビア臨時軍法会議では、「戦争犯罪の概念規定に関する総督令」(一九四六年六月一日布告)が適用されており、同総督令では戦争の法規及び慣例違反を戦争犯罪とし、三九の犯罪事項を列挙しており、「強姦」「強制的売淫のための婦女子の誘拐及び売淫の強制」「抑留市民又は被拘禁者の虐待」などがあげられている。
 二〇〇七年五月二八日、辻元清美が「バタビア臨時軍法会議の証拠資料と安倍首相の『慰安婦』問題への認識に関する質問主意書」を提出し、「慰安婦問題に関する政府の基本的立場は、平成五年八月四日の内閣官房長官談話のとおりである」という答弁を得られ、第一次安倍内閣の歴史認識が明らかになった。第二次安倍内閣が成立したことを受けて、安倍首相の歴史認識が第一次安倍内閣当時と変わらないのか、またはどう変わったのかを明らかにすることは、多くの国民の要求するところである。
 従って、以下、質問する。

一 《当該資料に対する政府の認識》について
 1 政府は、バタビア臨時軍法会議に提出され証拠書類として採用された当該資料が、四月二〇日付答弁書の《答弁B》における「我が国は・・・異議を述べる立場にはない」とする対象に含まれ、その内容に異議がないことを認めるか。
 2 当該資料における《傍線1》《傍線5》は、日本軍の憲兵が女性を集める指示に直接的に関与していたことを示しており、「軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述」であると考えるか。政府の見解を示されたい。
 3 当該資料における《傍線2》《傍線3》《傍線4》は、女性がその意志に反して強制的に連行されたことを示しており、「軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述」であると考えるか。政府の見解を示されたい。
 4 政府は、総じて当該資料は「軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示す」資料であるという認識か。
二 《当該資料に対する安倍首相の認識》について
 1 安倍首相は、当該資料における《傍線1》《傍線5》は、憲兵が女性を集める指示に直接的に関与していたことを示しており、「官憲が家に乗り込んで人さらいのように連れて行くような強制性」を示したものであると考えるか。
 2 安倍首相は、当該資料における《傍線2》《傍線3》《傍線4》は、女性がその意志に反して強制的に連行されたことを示しており、「軍官憲が家に乗り込んで人さらいのように連れて行くような強制性」を示したものであると考えるか。
 3 安倍首相は、総じて当該資料は「当初、定義されていた強制性を裏付けるもの」であるという認識か。

 右質問する。



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