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昭和五十四年六月十三日提出
質問第四五号

 金大中拉致事件に関する質問主意書

右の質問主意書を提出する。

  昭和五十四年六月十三日

提出者  寺前 巖

          衆議院議長 (注)尾弘吉 殿




金大中拉致事件に関する質問主意書


 言うまでもなく金大中事件は、日本政府の許可のもとに入国した韓国野党の指導者金大中氏が、KCIA(韓国中央情報部)によつて白昼東京のホテルから不法に拉致されたという我が国の主権と金大中氏の人権を乱暴に侵害した重大な事件である。従つて日本政府は直ちに韓国政府にたいして抗議し、原状回復の要求と犯人の追及など、その真相解明とともに、我が国の主権を守りぬく立場で断固とした解決を図るべきでありた。
 ところが歴代の自民党政府は、KCIAによる日本主権の侵害を認めず、一九七三年十一月と一九七五年七月の二度にわたつて真相究明と主権回復義務を事実上放棄する政治決着を行つたのである。
 しかし、政府は真相究明と原状回復という当然かつ強い国民の要求を無視できず、第一次政治決着のさいには新たな事実が出れば「新たな問題として韓国側に提起しなければならぬ」(大平外相七三年十一月八日衆議院外務委員会)とも説明していた。
 今日、この不当な政治決着を見直すべき新たな決定的事実が明らかとなつた。すなわち(1)金大中事件に関する米国務省文書が公開されたこと。(2)外務省文書「金大中事件について」(ソウル出張報告)が公表されたこと。
 更に金大中氏自身が真相究明と原状回復を求めるため須之部量三駐韓日本大使に会見を要求していることである。
 このことによつて、金大中事件の政治決着の見直しと真相の徹底究明は新たに重大な緊急の政治課題となつている。
 ついては右に関連する重要な問題について、以下政府にたいし具体的に質問する。

一 政府の政治姿勢について
 一九七七年二月二十二日の参議院予算委員会で福田首相(当時)は、我が党の上田耕一郎、橋本敦議員にたいして、刑事事件として新しい事実がでれば「政治決着の見直しもありうる」旨明確に答弁している。ところが大平首相は本年五月の本会議で、政治決着は「当時の政府が大局的な見地から決断を下したものでございまして軽々にその見直しを論ずることは差し控えたい。」
 「よくよくのことのない限り、この政治決着を見直すということは慎重でなければならぬ」(五月二十二日衆議院本会議)と答弁した。これは単に答弁の後退ということでは済まされない問題である。
 政府は「政治決着の見直しもありうる」との立場を変更したのか。
 変更しないとすれば「見直しに足る」新しい事実とはどういうものを考えているのか。
二 米国務省文書について
 @ 米側からはこれまでもKCIAの犯行を確認する証言、報告が繰り返し行われてきた。一九七六年三月十七日の米下院国際関係委員会国際機関小委員会におけるレイナード元国務省朝鮮部長証言、七七年二月九日の同小委員会のフレーザー委員長発言と六月二十二日の金炯旭元KCIA部長証言及び七七年六月十三日付国防総省報告などである。これらにたいして政府は、(レイナード証言は)「一私人としての発言」、(フレーザー発言は)「確めようがない」、(金炯旭証言は)「信ぴよう性があるとは思わない」などとして、これらを事件解明の手がかりにさえしようとしてこなかつたのである。
   ところが今回発表された米国務省文書は、「金(東祚外相)は金大中拉致に責任のある在日韓国CIA要員の金東雲は韓国CIAから静かに解任されることとなつている旨のべた」との七五年一月十日発スナイダー駐韓米大使から米国務長官宛の公電を含み、明確にKCIAの犯行を確認しているのである。もはやKCIAによる主権侵害は明白である。
   韓国政府の公然たる自認を除けば、韓国政府閣僚が米政府の大使にたいし、金大中事件がKCIAの犯行であることを、いわば自白したに等しいこの文書以上に、どんな決定的な証拠を求めるのか。政府は韓国政府の公然たる自認以外はすべて証拠と認めないという立場か。
 A 前記スナイダー公電に記録された金東祚外相発言は決定的に重要であるから、スナイダー氏及び金東祚に外務省が直接接見し、事実確認をすべきであるがどうか。また、これまでに両者にたいして事実確認をしたならばその結果を報告されたい。
 B 公表された米国務省文書は一四四点であつたが、これだけでもKCIAの犯行に関して決定的といつてもいい事実が明らかになつた。未公表文書の一〇〇余点が公表されれば、真相究明に一層役立つと考えるが、政府は未公表の米国務省資料の公表を米側に求めるべきだがどうか。
三 外務省の文書について
 @ 外務省の文書について大平首相は国会答弁で、これが一情報に過ぎないかのように述べた(六月五日参議院外務委員会)が、この文書自身「ソウル出張報告」となつているように、外務省関係者が出張して作成した文書である。
   しかも、単なる情報にとどまらず、提案までしており、その後の動向もこの方向にそつたものとなつていることからみてこの文書は外務省の政策決定に重要な影響を与えたものであつたことは明らかである。政府はこの文書をその後の政策決定をする上で重視したと思うがどうか。
   また、報告者名と外務省における身分を明らかにされたい。
 A 言うまでもなく外務省文書の重大な点は、これが「朴鍾圭大統領警護室長と李厚洛中央情報部長との連携の形で行われたとみてほぼ間違いないようである」とKCIAの介入をほぼ確認していることである。
   改めてたずねるが、当時の大平外相はこれを読んで政府としてどう対応し処理したのか。
   この情報を無視して政治決着をつけたのか。
 B 大平首相は六月五日、今回公表された外務省の文書に関連して「ああいうのはたくさんある」と記者団に述べているが、ソウルからの公電・報告書あるいは出張報告書その他の文書が数多く存在するはずである。
   このさい、金大中事件に関連する一切の文書を公表せよ。
 C 第一次政治決着以後のこの六年間に、米・韓・日で金大中事件をめぐつて次々と新しい事実や資料・情報が明らかになつた。この事実はすべてが金大中拉致事件がKCIAの犯行の断定もしくは疑いを強めるものばかりであつて、この間KCIAの犯行を否定するものは何一つ出されていない。
   その上今回米国務省文書、外務省文書によつて新たな重要な事実が明白となり、KCIAの犯行であることはいよいよ動かし難いものとなつた。現在でもなお、政府は、事態は第一次政治決着時と何ら変らないという認識なのかどうか。KCIA犯行の疑いは一層深まつたという認識はもつているのかどうか明らかにされたい。
四 政治決着について
 @ 第一次政治決着当時大平外相(当時)は、KCIAなどの韓国公権力が働いた疑いは濃厚だということについて「私はまだそういうことは言えないと考えております」(一九七三年九月六日 参議院外務委員会)とか「(外交決着に)私どもはベストを尽くした」(同年十一月八日 衆議院外務委員会)と述べていたが、最近に至つて「KCIAがわが国の主権を侵害したとの懸念がありはしないかと考えてきた」(六月一日 衆議院外務委員会)と答弁している。
   この答弁のとおりだとしたら、主権侵害の疑いをもちながら、国民にこれを隠しあえて政治決着を行つた責任は極めて重大である。
   総理はこの重大な責任をどう考えているのか。
   また、かかる重大な疑念をもちながら何故にあえて政治決着を行つたのか明らかにされたい。
 A 事件発生当時の田中伊三次法相は、昨年来、いわゆるKCIAの犯行だとするいわゆる第六感発言には根拠があつたと述べている。例えば事件当日、「法務大臣室に秘書官を通さず政府の高官が入つてきた。……その高官は私に近づき、耳もとに口を寄せるようにして韓国の秘密警察、KCIAですよと言つた」(七九年五月十九日 毎日新聞)と語つている。当時の大平外相は当然この報告を受けていなければならないし、田中法相も報告すべき性格のものであつた。
   当時、政府としてこの報告を受けていたのかどうか。
   また田中元法相が示唆している高官は誰か。今からでもその高官から直接事情をただし、
   その結果を明らかにされたい。
 B 一九七三年九月下旬にソウルで開かれた日韓協力委員会第十回常任委員会に出席し、朴大統領と会見して金大中事件について話し合つて帰国した岸信介氏は、同年十月十二日田中角榮首相を訪ねたさい、金大中事件をめぐる局面は「転換させなければならないだろう。事件そのものは時間がかかるだろうが、その他の問題は切り離してというのが首相の考え方のようだ」と述べたと報道され、同じく矢次一夫氏は同年十月十八日、国策研究会の会員懇談会で、「ことの本質は大した問題ではない。……韓国側は自分たちのめんつを守りつつも、日本のいい分を満たすような形で措置する。」と述べたと報道されている。
   政府は岸氏らからどういう話をきいたのか。また、いかなる提案を受けたのか、そのすべてを明らかにされたい。
 C 捜査当局は、金東雲の容疑は逮捕状が請求できるほどの決定的なものであつたと指摘し、また、七三年十一月一日二階堂官房長官は「韓国側で捜査の結果、金東雲書記官の容疑が濃厚と認められるに至つたことは、我が国の捜査結果とも合致するもの」と述べたと報道されている。(七三年十一月二日 読売新聞)
   更に前記の大平首相の国会答弁に加え、園田外相も金東雲がKCIA要員だつたと「推測できる」と述べたが、政治決着当時も金東雲がKCIA要員であつたという容疑を政府はもつていたはずだがどうか。
   また、小林進議員が提出した質問主意書にたいする七六年一月十六日の政府答弁書で政府は、「我が国において、外国の公権力の行使により、日本に居住する日本国民及び外国人の基本的人権が侵害されたような事例は承知していない。」と答弁したが、右の趣旨は金大中事件にたいしても韓国の公権力介入がまつたくなかつたというものである。そうだとすれば、前記のとおり政府においても金東雲がKCIA要員だつたと推測しうる状況にあつたわけであるから、小林議員にたいする右の答弁は虚偽ということになるがどうか。
 D 政治決着により我が国独自の捜査が壁につきあたる結果となることは当然予見できたことではなかつたか。
 E 第二次政治決着のさい、「金東雲については……容疑事実を立証するような確証を見出し得ず、不起訴処分となつた」との韓国側口上書を受け取つたことは、金東雲の捜査を事実上打切る合意だつたのではないか。
 F 政府は、「韓国政府がみずからの公権力が日本の主権を侵したと認めるに足る証拠がでれば、それは政治決着を見直すに足る証拠だといえる」(大平首相 六月一日 衆議院外務委員会)と述べ、韓国政府の意向だけを第一とする態度をとつている。
   しかし、そもそも外交の基本は、政府自身が客観的事実に基づいて何事も判断すべきであつて、主権侵害国の意向によつて判断するものではない。政府のこうした態度は、西独拉致事件と比較してもまつたく誤つた態度と言わなければならない。
   そこできくが、
  (イ) 西独拉致事件で韓国はどのような形で主権侵害を認めたのか。
  (ロ) その犯人はどのように明らかにされたか。また、西独あるいは韓国でどのような刑事罰を受けたか。
五 原状回復の当面の措置としての金大中氏の再来日について
 @ 金大中氏が日本政府にたいし面会を要求し、真相究明と原状回復を求めること自体、日本外交にとつて重大問題と言わなければならない。なぜなら、そもそも日本政府には金大中氏の入国を認めた以上、国内での生命・財産・生活を保障する責任があつた。拉致事件が起こつたこと自体、この政府責任を果たし得なかつたわけであるが、一たん事件が起きた以上、原状回復を実現することがその時点で責任を果たすということであつた。にもかかわらずその責任も果たさず今日に至つているのである。
   金大中氏は、馬淵晴之駐韓公使の訪問のさい、(1)被害者である私の意向を無視、なんの通告もなしに政治決着が行われた。(2)当時、日本政府は、私の身辺を守るべき義務と責任を十分果たさなかつた。(3)拉致事件が起き、投獄生活が始まつたが、日本政府はなんの見舞いもしなかつた。と遺憾の意を表明したが、金氏のこの発言は正当だと思うが、政府はどう考えるか。また、この言明にどう対処する考えであるか。
 A 金大中氏は被害者であり、直接事情をきくことは事件解明にとつてももつとも重視すべき事柄の一つである。金大中事件の真相を究明するという政治姿勢を貫こうとするならば、出先の駐韓日本大使にまかせず、外相自身が金大中氏に会い、見舞いをするとともに事情を直接聴取し、国会に報告、国民に明らかにすべきではないか。
 B 政府は第一次政治決着の条件の一つとして「韓国政府は金氏について別件逮捕その他をしない。一市民として出国も含めて自由を保障すること」を強調した。(大平外相 七三年十一月八日 衆議院外務委員会)この約束はまつたく守られなかつたことを認めるか。
   また、何故明白なこの違約について韓国政府にたいして抗議もしないのか。
 C 日本政府が正式に金大中氏に再来日を要請し、その実現のために外交的にも努力することは、原状回復へのみちとして当然直ちになすべきことと思うが、政府にその意思があるのかどうか。政府は原状回復についてどういう方針をもつているのか。これを放棄する立場かどうか。

 右質問する。





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