平成16年3月25日(木) 安全保障及び国際協力等に関する調査小委員会(第3回)

◎会議に付した案件

安全保障及び国際協力等に関する件(非常事態と憲法(国民保護法制を含む))

上記の件について参考人小針司君及び松浦一夫君から意見を聴取した後、質疑を行った。その後、委員間で自由討議を行った。

(参考人)

 岩手県立大学総合政策学部教授    小針 司君

 防衛大学校助教授          松浦 一夫君

(小針司参考人及び松浦一夫参考人に対する質疑者)

 伊藤 公介君(自民)

 松本 剛明君(民主)

 福島  豊君(公明)

 山口 富男君(共産)

 東門 美津子君(社民)

 河野 太郎君(自民)

 大出  彰君(民主)

 平井 卓也君(自民)


◎小針司参考人の意見陳述の概要

1. 明治憲法と現行憲法の対比

  • 明治憲法では非常事態に関し、4カ条の包括的な規定が設けられており、非常事態対処への強い傾斜が見られる。
  • 現行憲法では、少なくとも明治憲法的な非常事態の規定は見られず、極めて謙抑的である。
  • 有事法制は、憲法上明文の根拠規定に依拠するものではなく、専ら立法権行使の所産である。それゆえに、有事の一言をもってなぜ平時とは異なる法制に国民は服さなければならないのかという問題が常に存在する。

2.非常権とその類型―国家緊急権と非常措置権との区別の相対性

  • 非常事態に対処する権限(非常権)は、(a)超実定法的な非常権としての国家緊急権、(b)実定法的な非常権としての非常措置権に二分されるが、この区分は相対的なものにすぎない。
  • 非常権と憲法の関係は、(a)憲法典の効力の停止、(b)憲法典に列挙された条文の停止、(c)憲法典上の条文の効力は停止されないが、憲法上に規定された非常措置権により変容を被る場合、(d)憲法典上に非常事態対処規定を欠くにもかかわらず非常事態に対処する必要がある場合に類型化できる。(c)においては、制限を受ける人権と非常措置権との法益考量の問題となる。
  • 我が国の現行憲法の類型は上記の(d)であり、人権制約の法理は「公共の福祉」に見出すしかなく、またそれは平時と有事とで異なる内容を持つことになる。

3.非常事態と人権保障

  • 非常事態において、強制避難をさせた場合に、避難を拒否する者の人格権の侵害が問題となり得るように、今日、人権保障の在り方は多様かつ複雑になっており、非常事態法制の構築に当たってはその点を考慮しなければならない。
  • 非常事態を誘発する者の中にゲリラ・コマンドとテロリストがある。前者はジュネーブ条約上の戦闘員としての要件を満たし、国際法上の交戦法規が適用されるが、後者は要件を満たさず、単なる犯罪者として国内刑事法によって処断されることとなる。
  • 大規模テロリズムや国際的テロリズムが国連憲章51条の「武力攻撃」に該当し、自衛権行使の一要件を充足するかどうかという問題については、害悪・結果の重大性の一言をもって国連憲章2条4項の武力不行使原則をたやすく破ることにもつながるので、仔細な検討が必要である。

4.非常事態法制の根源をなすもの

  • 現行憲法13条前段は個人主義的世界観を表明し、「各人は、本来、何ものにも勝って尊重されるべきである」というイデオロギーとして捉えることができる。このような個人主義の理解からは、国家は個人の生命、身体、財産を保護してこそ、その支配の正当性を主張することができる。

5.おわりに

  • 有事関連法の成立により、機関委任事務への回帰のような規定など統治機構の変容が見られるが、「国→地方公共団体→国民」から「国民→地方公共団体→国」という防衛観の視座の転換が必要であると考える。現行憲法が採用する個人主義的世界観に立脚し、「わが身、わが家族、わが郷土、そしてわが祖国の共同防衛」はいかにあるべきかとの防衛観に立つべきと考える。
  • 「武器の最中にあって法は沈黙する」との法諺はあるが、有事にあってこそ有事法制が効果を発揮し、国民の生命、身体、財産を守り、国民の政治的統一体である国家の安全を確保する。非常事態の対処規定は憲法典に明記されるべきである。

◎松浦一夫参考人の意見陳述の概要

1.各国国民保護法制の概説

  • 諸外国における民間防衛は、軍事的防衛と平時の災害救助を結び付けている。
  • 米国では、1950年に核攻撃を想定した「連邦民間防衛法」を制定し、1979年には、FEMAを創設する等により自然災害等に対する危機管理体制を一元化した。さらに同時多発テロ後、テロ等への対処のため国土安全保障省を設置し、FEMAを統合した。
  • 英国では、「必要性の原則」に従い緊急事態権限を国王に広く認めている。緊急時に行った違法な措置に対しては免責法により合法化した例がある。戦間期には、包括的に授権できる分野を列挙し行政立法に委任する戦時授権法を制定した。国民保護法制が発達してきたのは、第一次世界大戦以降であるが、現在は「国家緊急権法」に基づき、民間防衛を実施し、自然災害への対処を含めた国民保護を図っている。
  • フランスでは、第一次世界大戦の頃から、建造物の保全や毒ガス攻撃からの国民の保護といった「消極的防衛」の考え方により国民保護の制度が整備された。現在、内務省の民間防衛・安全保障局が民間防衛を担当している。
  • スイスでは、永世中立国であるため、国民保護は非常に重要な問題として捉えられ、民間防衛制度が発達している。軍事防衛・精神的国防・民間防衛の三本柱からなる「総合防衛」の制度を構築している。民間防衛を含む国民保護について、憲法上に規定されている。
  • 韓国では、北朝鮮の脅威に対応する必要性から憲法上に緊急事態規定が整備されている。また、20歳〜45歳までの男子と志願した女子による400万人の民防衛隊が設置されている。

2.ドイツ緊急事態法制における国民保護(市民保護)の位置付け

  • 「防衛」について、基本法(憲法)上に、「一般市民を含む防衛」と規定し、軍事的防衛(軍事防衛)と国民保護(非軍事防衛の一分野)がセットで考えられている。
  • NATO、国内各機関(連邦・州・市町村)、民間機関の相互関係の中で、緊急事態対処法令を体系的に運用するために、「総合防衛ガイドライン」を策定している。

3.市民保護法

  • ドイツの市民保護(再編)法は、既存の国民保護に関する法律を再編・整理し、被害初期段階における住民の保護や自己防護に重点を置いて1997年に制定された。また、平時の災害救助組織と有事の市民防護組織との一体化を改めて規定した。
  • 市民保護の基本にあるのは「自己防護」であり、公的機関はそれを補完するものと考えられている。
  • ボランティア組織を重要な存在と位置付け、平時のみならず有事にも同様に対応できるように規定し、連邦・州との連携を通じて国の災害救助を支える体制を整備している。我が国の国民保護法案においては、国、地方自治体、民間組織・ボランティアの関係が曖昧であり、ドイツの例は参考になると考える。

4.最近の動向

  • 武力攻撃への対処に加えて、テロ対策の整備のため、「ドイツにおける住民保護の新戦略」を策定し、これに基づき、「連邦市民保護・災害救助庁」を設置し、また、ドイツ緊急事態準備情報システムを構築し、緊急事態に連邦と州等が緊密に連絡を行えるよう改善を図っている。
  • 民間航空機を使った自爆テロへの対処を内容とする航空保安法案が議会に提出され、審議されている。航空機に対する武器使用も規定されているが、これは、テロを成功させないという政府の強い決意を表明したものであると考える。

◎小針司参考人及び松浦一夫参考人に対する質疑の概要

伊藤 公介君(自民)

<両参考人に対して>

  • 国家の緊急事態への対応を憲法上明記すべきと考えるか。また、現行憲法の枠内において措置できる事項であれば、憲法改正によらず、非常事態全般への対処を規定する「国家安全保障基本法」を制定することで足りるか。
  • ドイツ型の詳細な緊急事態規定は、想定外の事態に対処することが困難になるというデメリットがあり、またフランスのように大統領の広範な緊急措置権を認める国もある。憲法上に緊急権規定を設けるとした場合、我が国の政治制度等を踏まえると、どのような規定がふさわしいと考えるか。
  • テロへの対処に当たっては、防衛や警察等多岐にわたる調整、また、関係行政機関の総合調整機能の統一的な運用が必要であり、我が国においても、米国の国土安全保障省のような一元的な組織の設置を検討してもよいと考える。我が国におけるテロ・災害等を含む緊急事態対処体制の在り方に対する評価や一元的な組織の必要性について見解を伺いたい。

松本 剛明君(民主)

<両参考人に対して>

  • 「国家安全保障基本法」や「危機管理庁」については、昨年来民主党が主張している。国民保護法制において、国民の権利の制限が若干存在しているが、憲法上の根拠をどこに求めるべきか。
  • 緊急権を規定する場合には、「公共の福祉」との関係について議論する必要がある。現行憲法に緊急権が規定されていない状態において、今回の国民保護法案における国民の権利の制限の程度は適当なものかについて伺いたい。

福島 豊君(公明)

<両参考人に対して>

  • 個人的には国家緊急権を明記した方がいいと考える。英米では、規定がなくても対応できるということであるが、そのような考え方と憲法が不備であるとの考え方の本質的な差異は何か。

<小針参考人に対して>

  • 国家緊急権をどの程度詳細に規定すべきと考えるか。
  • 衆議院と参議院とで与野党の議席数が逆転している場合には、参議院の緊急集会は機能しないのではないか。

<松浦参考人に対して>

  • 憲法が想定していない事態が発生した場合に、憲法及び有事法制にかかわらず、国家は、緊急権を発動させることができるか。

山口 富男君(共産)

<小針参考人に対して>

  • 明治憲法と異なり、日本国憲法では、なぜ非常事態対処について明文化されなかったと考えるか。
  • 大規模な外国軍による我が国への侵略の危険があると考えるか。
  • テロリストは単なる犯罪者として国内刑法で処断されるべきとの小針参考人の指摘は重要であると考える。大規模テロが「武力攻撃」の延長線上に位置付けられるか否かについて仔細に検討するのでなければ、害悪・結果の重大性の一言をもって国連憲章2条4項の武力不行使原則がたやすく破られるとの指摘についての問題意識をさらに伺いたい。

<松浦参考人に対して>

  • 国連加盟国のうち、3分の2の国は非同盟であり、軍事部門がない国もある。さまざまな国の憲法的・地政学的条件を念頭に置いて、非常事態法制を検討すべきであると考えるが、いかがか。

東門 美津子君(社民)

<両参考人に対して>

  • 国民保護法制は、一方的に国民に戦争協力を強いるものであると考えるが、今回提出されている国民保護法案の内容は諸外国と比較してどのように評価するか。
  • 国民保護法案は、戦前のように軍事を優先して国民の権利を必要以上に制限するものとなるおそれがあるので、立法府や司法府による監視が重要であるが、これらの機関の権限・機能は十分であるか。
  • 憲法に緊急事態の規定がないのに、下位規範である法律で国民保護法制を定めるのは、9条で戦争を放棄していることと相まって、無理があると考えるが、いかがか。

河野 太郎君(自民)

<小針参考人に対して>

  • 非常事態において憲法を停止せずに二つの法益のバランスを図るということだが、現に戦争している状態でバランスをとることが果たして可能であるか。また、事後の補償に当たって、裁判所が侵害があったことについて判断することが可能であると考えるか。
  • 非常措置権の類型としての憲法典の効力停止に当たっては、時間的・場所的限定が必要であるとの説明がなされたが、時間について予め限定することが可能であるのか。また、期間経過後の憲法典の回復は可能なのか。

<両参考人に対して>

  • 非常事態には、外国によって引き起こされる場合と、ハイジャックなど国内だけの場合とが想定されるが、これらの場合の非常措置権には違いがあるのか。

大出 彰君(民主)

<両参考人に対して>

  • 今国会に提出された国民保護法案は、いつから国民が保護されるのかについて、武力攻撃事態等対処法の審議の際に議論となった武力攻撃事態等の判定についての問題点を引きずっている。また、国民保護法案では、「緊急対処事態」を設定し、実際の武力攻撃の前から国民保護のための対処措置が可能とされている等、非常に分かりにくいものとなっていると考えるが、国民保護法案について、どのような感想を持っているのか。
  • 国民保護法案では、国民がどのように守られるかよく分からない。戦争時にはかえって危険と考えられる規定も盛り込まれており、あまりにも短絡的に作られているのではないか。国民を保護するという基本理念について見解を伺いたい。
  • 諸外国においては、非常事態法制の運用に当たって、過剰命令に対する事前の歯止めなどの措置があるのか。

平井 卓也君(自民)

<両参考人に対して>

  • 非常時における権限の集中は必要であるが、事後的なチェックや、不当な人権侵害の際の原状回復・損失補償等の在り方についても検討する必要があると考える。国民保護法案におけるこれらの規定について、どのように評価しているか。
  • 緊急事態に対応するため、米国では、国土安全保障省が設置され、また、州政府等においても危機管理専門職員が設置されているが、我が国における専門的知識を持つ人材育成の必要性についてどのように考えるか。また、我が国の災害対応について、警察・消防・自衛隊のそれぞれの役割分担の在り方についてどう考えるか。
  • 我が国の緊急事態への対応に関して、中央集権的であり、自治体・市民の参加の視点が欠落している等の問題点の指摘があるが、地方自治体の視点に立った場合、憲法上どのような非常事態への対応が望ましいと考えるか。

◎自由討議における委員の発言の概要(発言順)

平井 卓也君(自民)

  • 現行憲法は、第二次大戦直後、米ソの対立がまだ表面化せず、理想主義的な期待が国連にこめられていた時期に制定されたものである。このような特殊な状況を前提に制定されたものであることを一つの論拠として、憲法は改正されるべきであると考える。
  • 「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と規定する前文は、日本さえ悪事を働かなければ世界は平和であるとの考え方を前提としている。この前文が当時の国連中心主義の考えを反映したものであると理解したとしても、現在の国際情勢の下でこうした考え方を基本に安全保障に係る制度を構築していいのか疑問である。
  • 憲法が国家緊急権規定を持たない理由は、憲法が「非常事態」を想定していなかったためとも言えるが、大量破壊兵器の拡散、テロの脅威等、我が国の安全にとっての脅威が顕在化する現在においては、国民の生命・財産を守るという国の最大の責務を果たすために、非常事態に関する規定を憲法上明記すべきであると考える。

渡海 紀三朗君(自民)

  • 憲法に非常事態規定がないのは適当ではなく、あらゆる事態に対応できる体制を整備すべきである。憲法に非常事態規定を設け、その規定に基づき法整備を行い、国民の生命・安全を保護すべきである。

大出 彰君(民主)

  • 非常事態において憲法典の効力や人権規定を一時停止する方法はとるべきでなく、小針参考人が主張するように、憲法上に非常事態への対処措置規定を設けた上で、人権規定と非常措置規定との法益のバランスを図る方法をとるべきであると考える。
  • 国民保護法案に規定する措置は、憲法が歯止めをかけており、その点に憲法の意義を見出すことができる。また、侵略戦争だけでなく、あらゆる戦争は違法であることを担保するためにも、9条1項だけでなく、同条2項も堅持すべきである。

東門 美津子君(社民)

  • 沖縄の人々は、平和憲法を持たなかったため悲惨な経験をしたのであり、憲法を変えてはならない。
  • 旧憲法下において、議会は翼賛機関に過ぎず、軍部への影響力を行使できずにその独走を許したが、現行憲法下では、国会は国権の最高機関として位置付けられ、国民に最も近く、また、国政調査権を有している。軍事的対応に関する法整備の必要はないと考えるが、ドイツの緊急事態法制における議会による統制の在り方との比較においても、自衛隊に対する監視・規制を十分に行い、また、議会内の少数者の調査権限を強化することにより、シビリアン・コントロールを実効性のあるものにすべきである。

渡海 紀三朗君(自民)

<大出委員の発言に関連して>

  • 先ほどの私の発言の趣旨は、非常事態規定の憲法への明記が、憲法を守ることになり、そのような憲法の下で非常事態法制を整備することにより、法治国家としての枠組みが堅持できるとするものである。
  • 小針参考人が主張する人権規定と非常措置権との法益のバランス論からも、人権を守るために非常事態規定を設けるべきである。

松本 剛明君(民主)

  • 国民保護法案は、諸外国と比較して抑制的であるとの両参考人の指摘があったが、その実効性については検討の必要がある。国の責務、国民の権利の保護といった理念を明らかにした上で、緊急事態への対応を憲法に明記すべきである。
  • 憲法の制定過程を根拠に憲法改正を主張する立場もあるが、制定後50年以上にわたって国民に受容され、定着している点を踏まえ、現在の諸状況に照らして必要性の観点から検討すべきである。
  • 国連の現状は楽観視できないが、憲法は理想を求めていることを受け止めるべきである。我が国の外交は、国連・日米安保条約・アジアにおける外交を柱としており、今後も国連は大きな柱であると考えるべきである。

中山 太郎会長

  • 本日は、今国会に提出されている国民保護法案等も含め、日本の安全保障について広範な議論が行われ、意義深い調査が行われたと考える。
  • 戦争を体験した者として、戦争は二度とあってはならないと考える。しかし、国連憲章上我が国が「敵国」とされたことや、憲法制定後の国際情勢の変化の下で、我が国が米軍の防衛力により安全を保つようになった現実を踏まえる必要がある。
  • 我が国の安全が脅かされたときに、国連安保理の運営上の問題点を踏まえると、国連に頼ることができるかどうかについて、疑問である。また、北朝鮮の拉致問題では、外交努力だけでは解決できない問題があることが認識された。
  • 以上の諸点を踏まえて、今後も国民の安全をどのように守っていくのかについて、戦前からの問題も含めて再度振り返りながら議論する必要があると考える。