平成16年5月20日(木) 基本的人権の保障に関する調査小委員会(第4回)

◎会議に付した案件

基本的人権の保障に関する件(経済的・社会的・文化的自由(特に、職業選択の自由・財産権))

上記の件について参考人野呂充君から意見を聴取した後、質疑を行った。その後、委員間で自由討議を行った。

(参考人)

 関西大学法科大学院教授    野呂 充君

(野呂充参考人に対する質疑者)

 小野 晋也君(自民)

 村越 祐民君(民主)

 太田 昭宏君(公明)

 吉井 英勝君(共産)

 土井 たか子君(社民)

 船田 元君(自民)

 園田 康博君(民主)

 平井 卓也君(自民)


◎野呂充参考人の意見陳述の概要

1.経済的自由と精神的自由

  • 経済的自由は、精神的自由に比べて法律による規制を広汎に受ける権利であると一般に理解されているが、土地所有権については、土地という財産に特有ないわば普遍的な制限があり、一般的な経済的自由の理論には解消できない特殊性があることに留意しなければならない。

2.経済的自由

  • 29条1項と2項を素直に読むと、法律で定められた財産権の保障に過ぎないことになってしまうため、従来の学説は、法律によっても侵すことのできない財産権(私有財産制や市場経済など)があり、それを1項で保障するものであると解してきた。また、3項は財産権の制約に対する補償を定める。

3.都市計画及び景観保護・形成と財産権保障――ドイツと日本を比較して

(1)都市計画法制の比較

  • 新規開発・建築をどのようにコントロールするかにつき、ドイツでは「計画なければ開発なし」の原則が妥当するのに対し、日本では「開発・建築自由」の原則が妥当しており、日独で原則と例外が逆転している。
  • Bプラン(市町村策定)をコアにした二段階計画が妥当する。これに対して日本の都市計画の中心は一般的抽象的な用途地域制度であり、ドイツのBプランと違って具体的な将来像を描くものではない。

(2)都市景観法制の比較

ア)ドイツの法制度
  • ドイツの都市景観法制は、「記念物保護法制」「Bプラン」「建築規制法制」の三つから成る。「建築規制法制」は、 (1)直接、法律に基づく醜悪化の禁止(地域限定なし)、(2)市町村の条例に基づく積極的な景観保護・形成、の「二段階規制システム」として機能する。
イ)日本の法制度
  • 日本の景観保護法制は、都市計画法・建築基準法における美観地区・地区計画・建築協定の制度については、「計画なくして開発なし」の原則がないため、効果をあげているとは言いがたい。

(3)憲法による財産権保障とまちづくり

ア)日本国憲法29条とボン基本法14条は規定ぶりに差異もあるが、実質的な問題にはあまり影響がないと考える。むしろ、ドイツの判例が所有権の限界又は社会的制約を具体的に判断する際、(1)「土地の社会的制約」の強調及び(2)「状況拘束性理論」(土地の社会的拘束の内容・程度は、当該土地の置かれた状況、従来の利用の態様等によって異なるという考え方)に基づいている点が重要である。

イ)都市計画法制に即した検討
  • 日本の都市計画法制には、「建築の自由の原則」と「必要最小限度規制原則」が妥当している。
  • これは、財産権保障の重点を、ドイツは「利用」に置いているのに対して、日本は「価値」に置いているためだと考えられる。
ウ)景観法制に即した検討
  • 日本においては、強制力を持つ景観保護は例外的・限定的である。それは、従来、「景観」は、強制力をもった規制をするには根拠として弱いと考えられていたためと思われる。
  • それではなぜ、ヨーロッパにおいては強制力をもった規制が行われているかといえば、土地所有権の特殊性に根拠を見出しているのではないかと考える。
  • まだ試論であるが、その特殊性とは、土地所有権は、「特定の場所」で「特定のデザイン」の建築を行う権利が相対化される性質を内在しているということを指摘したい。

◎野呂充参考人に対する質疑の概要

小野 晋也君(自民)

  • 財産権は社会生活を営む上での基本的な権利であるという認識に立ち、憲法に所有者の責任と義務を明記すべきと考えるが、いかがか。
  • 憲法に「公共の福祉に反する場合には、財産権は制約を受ける」ということを明記すべきと考えるが、いかがか。
  • 「公共の福祉」の内容は、時代の状況に応じて適宜法律により定められていくものと考えられるが、具体的に「公共の福祉」の内容を判断するに当たって、学説上、考慮すべき項目を整理したものはあるか。
  • 公共の福祉の内容として、「限られた資源をともに分かち合い、最大限効果的に社会の利益のために使われる」という文言を明記すべきと考えるが、いかがか。


村越 祐民君(民主)

  • 今国会で審議されている「景観法案」について、(a)ドイツにおける同種の制度との異同、(b)当該法案の実効性、について伺いたい。
  • 文化財保護の観点からどのように財産権を見直すべきであると参考人は考えるか。
  • あるいは文化財保護に関する具体的な憲法規定の必要性の有無について、参考人の見解を伺いたい。
  • 国立マンション訴訟の地裁判決では、「景観権」が一部認められたが、(a)「景観権」に対する参考人の評価、(b)「景観権」の根拠の所在、について伺いたい。


太田 昭宏君(公明)

  • かつて葉梨前議員が、住民が積極的に「街づくり」に関与していくという趣旨の「都市計画権」を憲法に明記すべきであるとの主張を披瀝したことがあるが、このような考え方に対する参考人の見解を伺いたい。
  • 我が国では、29条で保障される土地所有の権利を絶対的なものとして捉え、都市計画等に必要な規制ができていないのではないかと考えるが、いかがか。
  • 29条2項では、他の条文にあるように「公共の福祉に反しない限り」とせず、「公共の福祉に適合するやうに」と規定していることから、景観問題については国家が立法措置を積極的に行うべきであるとの意見もあるが、これに対する参考人の見解を伺いたい。
  • 「街づくり」について、私は、日本では「景観」よりも「住みやすい街」が優先される傾向にあると考える。参考人は「美しい街」という点を重視したが、これは、「景観」と「住みやすい街」とのどちらに比重を置いているのか。


吉井 英勝君(共産)

  • 18 世紀末に所有権は絶対的不可侵とされたが、1919年のワイマール憲法以降、経済的自由は、社会権の保障の範囲内で確保されるというように変わり、この歴史の流れは日本国憲法にも反映されていると考える。しかし、近時、日本では経済効率を重視し、ワイマール憲法以来の流れに逆行した弱肉強食の経済活動が横行している。日本国憲法の定める経済的自由の観点から現在の経済活動を見た場合、参考人はその有り様をどのように評価するか。
  • 街を形成してきた住民の意思を無視し、事業者が経済的自由の名の下に、巨大な資本力を投入して突然違う街を作り、住民の生活基盤を破壊するようなことは、経済的自由の行使といえども許されないと考えるが、いかがか。


土井 たか子君(社民)

  • ドイツの基礎的自治体には、日本の地方自治体と比べて、都市計画に関して強い権限が与えられているが、この都市計画権限における日本とドイツの地方分権の差について、特に92条の地方自治の本旨の「住民自治」の観点から、参考人の見解を伺いたい。
  • 一般的な土地収用手続に拠らずに民有地である駐留軍用地の継続使用を可能とする1997年の駐留軍用地特別措置法の改正は、29条が保障する国民の財産権を侵害するものであり、日米安保条約を憲法よりも上位と捉える政府認識が現れたものであると考える。日本と同様に米軍基地が存在するドイツでは、上記のような問題に対してどのような取扱いがなされているか。


船田 元君(自民)

  • 太田委員が指摘したように29条2項は「公共の福祉に適合するやうに」とあり、その他の条文では、「公共の福祉に反しない限り」と規定するが、この違いは、財産権については、公共の福祉の要請の範囲が大きくなるという立法の趣旨を含んでいることのあらわれと思われるが、いかがか。
  • 昔、公共の福祉による制限としては地域住民の安全のための河川改修などが挙げられた。現在では、公共の福祉は、地域住民の利便性や街づくり、景観といった「地域住民の快適さ」のようなものまで含まれると解されるようになってきている。このように財産権における「公共の福祉」の概念は、拡大してきていると考えるが、いかがか。
  • EU法制において、都市計画・景観形成はどのように扱われているか。


園田 康博君(民主)

  • ボン基本法14条3項は、公用収用に関して、法律で損失補償の方法と程度を定めなければ、公用収用はできないと規定している。一方、日本では判例により、法律が補償規定を欠いていても、29条3項を根拠に損失補償を請求でき、当該法律は違憲とならないとされている。日本の憲法も条文上、ボン基本法14条3項のような規定があれば、公用収用に関する法律の規定がより精密になるのではないかと考えるが、いかがか。


平井 卓也君(自民)

  • 1994年に新設されたボン基本法20a条では、国家権力の濫用から国民の基本的人権を守るという近代憲法の考え方から一歩踏み出し、「国の将来の世代に対する責任」を定めている。同条は、国家目標として環境保護を定めているとされるが、ここには景観の保護までも含むものと解することができるか。また、この規定が、ドイツにおける景観保護・形成に関する法制度に与えた影響は何か。
  • 20a条には、賛否両論あるが、私は、「国家を構成していくことについての全員の基本的合意」をあらわしたものとして、評価したい。いま、基本的人権に関する観念を転換させて、@権利と義務を表裏一体のものとして認識し、A権利は権力に対する牽制ではなく、自己実現の手段である、と考え、人権の体系を日本社会の実態に合うよう新しくすることも必要と考えられる。以上のようなことを考えるに当たり、同条の経験は参考になると考えるが、いかがか。
  • 景観規制を進めるには国民の間に共通のコンセンサスがなければならないと思われる。ドイツには景観保護のための財産権制約に対する国民の間のコンセンサスがあるのだとすれば、日本にそのようなコンセンサスは形成されつつあるのか。
  • ドイツでは法律による醜悪化の禁止と、条例に基づく積極的な景観形成という二段階システムが採用されているとのことだが、この「醜悪化」は具体的にどのようなものであり、誰が判断するのか。その判断に対する反発などはないのか。また、このようなシステムを我が国に導入することは考えられるか。
  • ドイツのローテンブルク市条例では、最高50万ユーロ(約6,500万円)という高額な過料が科されるが、日本では憲法94条及び地方自治法14条3項の制約から、100万円以下の罰金等しか定められない。この点をどのように考えるか。

◎自由討議における委員の発言の概要(発言順)

倉田 雅年君(自民)

  • 所有権は絶対であるとの思想が日本では一人歩きしている。圏央道の事業認定等の差止めを認めた地裁判決も、社会全体の利益を考えておらず、所有権は絶対であるとの思想が背景にあるように思われる。
  • 現行の土地収用法の手続は精緻なもので、これ以上簡略化したり、要件を緩和するようなことはできないと考える。
  • 司法修習では、「公共の福祉」の内容が多様化している現実をしっかり教育して、裁判官が社会の変化についていけるようにしなければいけない。


船田 元君(自民)

  • 29条の「公共の福祉」には、街づくりに伴う人権制約も含めて考えるべきである。その例として、私の地元の宇都宮では、市民自らが新型路面電車(LRT)の導入に向けて熱心な動きを見せているが、実際に路面電車を敷設するとなると自動車の流入を防ぐなどの権利制限をせざるを得ないという議論がある。憲法改正に当たってはこのような観点からの議論も必要であると考える。


園田 康博君(民主)

  • 諸外国の憲法には、文化・景観などさまざまな理由によって所有権を制限できることを定めたものがある。それらはその国の歴史・伝統等の中で培われたものであり、この多元的な部分は21世紀にさらに進化していくものであろう。21世紀に耐えうる憲法を作るに当たっては、これら文化・景観について、公共性との関係の中で新たな枠組みを作るべきである。
  • 景観に関する規定を憲法に設けても努力目標としかならず意味がないとする見解もあるが、25条の社会権が、生活保護など具体的な権利の拠り所となっている例に見られるように、意味がないとは言えない。住民参加の下で地方分権が進めば、権利としての「景観」が見出せるようになると考えられる点からも、景観について憲法に定めることは考える意味がある。


吉井 英勝君(共産)

  • 公共財の価値が失われないために私有財産が制限されることは、近代的な社会の発展の中では当然である。景観が壊されることは憲法に原因があるのではなく、憲法の規定が踏みにじられてきたためであり、憲法を正しく運用していくことが必要である。
  • フランス人権宣言に定める絶対不可侵の財産権から、社会権の実現という観点からの財産権へと変わってきたことは人類の進歩のあらわれであり、それが29条に反映されている。とりわけ2項の「公共の福祉」は、生存権に適応するように財産権を法律で定めることを求めており、重要である。3項に関しては、土地収用等の手続は厳格になされるべきであるにもかかわらず、駐留軍用地特別措置法の改正のようにこの手続が歪められる事態も起こっている。
  • 圏央道の代執行問題に関する判決は、行政に対して公益性の厳格な立証を求めた点が特徴的であり、計画策定段階での住民参加や司法判断を受ける仕組みが不十分な現行法の問題点を浮き彫りにした。こうした問題の解決に向けた法整備が必要であり、憲法を現実に近付けるのではなく、憲法を活かすために立法や政策的取組を行うことが重要である。