衆議院

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平成十五年一月二十八日提出
質問第一一号

「北海道旧土人共有財産」に関する質問主意書

提出者  山内惠子




「北海道旧土人共有財産」に関する質問主意書


一 一九八七年(昭和六二)五月一五日の衆議院「沖縄及び北方問題に関する特別委員会」において、五十嵐広三委員がアイヌ民族の共有地に関して政府を追及している。ことに、釧路管内厚岸町のアイヌ共有地については具体的に例示したうえで、これらの追跡調査を求めている。
 これに対して、総務庁長官(山下徳夫)はその所管すら知らず、北海道開発庁政府委員(大串国弘計画監理官)は「北海道旧土人法に関する共有財産と言うならこれは厚生省だ。恐らく北海道庁の方でそういう調査等は厚生省の委任等を受けてやれることになっているのじゃないかと考えている」と述べている。このように、この問題は長い間あいまいに処理されつづけてきたと言わなければならない。
 後藤田正晴内閣官房長官は「いずれにしても所管さえどうもはっきりしないといったようなことではこれは申しわけありませんので、これは政府内で検討をいたしたい」と述べた。しかし、以後、政府は何も明らかにしていない。政府の検討結果及びその経過を詳らかにしていただきたい。
二 道庁が共有財産の調査を委任されているとしても、アイヌ文化法附則第三条では、北海道知事が管理する北海道旧土人共有財産(共有地等とその土地等を第三者に賃貸して得た収益金の総称をいう)を一九九七年(平成九)九月五日の公告の日から起算して、一年以内に道知事に対し当該共有財産の返還を請求できると定められていた。
 しかし、道知事によって公告された北海道旧土人保護法に基づく共有財産のリストを見ると、厚岸町土人共有財産(現金二万八千三百四十二円)を含め道内のそれは十八件、都合現金百二十九万三千九十八円で、共有地についてはすべて共有者に返還済みとなっていると説明している。そして、請求期限内に請求申請を行った人々のうち、道庁は三十八人(計百十万六千三百四円)を共有者と認定した。
 だが、当の共有者三十八人全員が「道庁の共有財産の管理の経緯などが不明確だ」として、その現金の受け取りを拒否する事態となった。そのうち二十四人の道内外のアイヌ有志が一九九九年(平成一一)七月、道知事を相手取り、「共有財産」返還手続の無効確認や処分取り消しを求める行政訴訟を札幌地方裁判所に起こし、現在も継続している。
 また、それに先立つ一九九八年(平成一〇)八月に厚岸町土人共有財産の共有者の一人が、釧路地裁に「厚岸町アイヌ民族共有財産引渡処分無効等確認請求」の行政訴訟を起こした。そして当人は、二〇〇〇年(平成一二)一〇月、国を相手に「厚岸町アイヌ民族共有地引渡請求」の訴えを起こしている。
 以上のように、「共有財産」についての道庁との交渉、裁判を通じて共有者たちは、共有財産の公告内容の根拠、その共有金の明細を記した収支の内訳を明示するよう要求していたものの、道庁は「ご要請のあった根拠となる共有金の明細につきましては、相当期間が経過しているため記録がありませんので、お示しすることができないことをご理解願います。」(北海道庁環境生活部総務課長・一九九八年(平成一〇)七月一日)と、「共有財産」の管理者としてあるまじき無責任な回答しかできずにいる。
 そのうえ、公告では「土地についてはすでに共有者に返還済み」と記されているが、個々の共有地が第三者に売り渡されていった経緯についてもまた、道庁は共有者に説明責任を果たしていない。これでは本当にアイヌ共有地売買が正規の手続のもとに行われたものか疑問が残る。
 また、もう少し丁寧に調べていれば、共有地が見つかる可能性もあった。その意味で、道知事管理のこの「共有財産」返還手続における道の調査はあまりに杜撰ではなかったのかと思われる。
 例えば、厚岸町のアイヌ共有地の場合、一九二四年(大正一三)二月、二十四筆の土地を北海道旧土人保護法に基づく北海道庁令第二十一号により北海道庁長官が管理した。それから二十八年後の一九五二年(昭和二七)九月に道知事の管理指定廃止の決定が下り、翌五三年四月に北海道釧路国支庁長と共有者代表との間で「厚岸町旧土人共有財産引渡書」が取り交わされている。
 右引渡書の本文ではこの二十四筆の共有地を実測の上、引き渡し致すと明記されており、そのうち厚岸小島の二筆のアイヌ地が「波浪のため皆無」と記されている。しかし、一九七二年(昭和四七)春、共有者らが、公図を閲覧したところ、小島のアイヌ共有地は島中央部に位置していて、海没するような場所にはない。当時共有者代表だった亡三田良吉が北海道釧路支庁当局に何度も実測を要請したが、まったく相手にされず、やむなく、釧路行政監察局に苦情申立てを行った。一九七六年(昭和五一)五月、右行政監察局から三田良吉に対し、@本件引渡書の作成当時は小島に測点がなかったから実測できなかったことA現在は測量技術等が発達していることから、行政に対し早期の実施を求めることを勧める−旨の返答があった。結局のところ、引渡書には虚偽が記載されていたのである。
 さらに、亡三田良吉の長男一良が、国を相手に二〇〇二年(平成一四)三月一九日、釧路地裁に起こした「厚岸町アイヌ民族共有地引渡請求」の判決では、道庁が長年にわたり共有者に対し「小島一七番地と小島二番地の両共有地は現在では海没している小島北側海浜部にあった」と説明してきた論拠も「決め手に欠ける」との判断を下した。結果、小島のアイヌ共有地の位置は特定されるどころか、ますますその所在が分からなくなってきた。
 一九九六年(平成八)一〇月、釧路支庁と共有者の交渉では、副支庁長が「釧路国支庁の公印が引渡書に押されている以上、引渡書の作成について道庁として責任がある」と言明している。小島のアイヌ共有地が現存しているとすれば、第三者が不当に使用していることも考えられる。
 アイヌ民族の財産権・人権を護る立場から、厚岸小島のアイヌ共有地実測の早期実施を知事に勧告する意思はないか。
三 また、右引渡書では厚岸町門静地区の三筆の共有地が共有者に返還されたことになっているが、知事の管理指定廃止の決定が下される半年前に、すでにこの三筆は共有権者も知らぬ間に自作農創設特別措置法に基づき農林省に買収されている。しかも、自創法第九条では農地を買収する場合、当該農地の所有者の所在が知れないときには、北海道公報により公告すると定められていたものの、この三筆のうち二筆(門静五番地・門静一七五番地)の土地は公告さえ行われなかった。
 政府は同法に反して共有地を奪ったことになるが、見解を求める。
四 道庁のアイヌ文化法に基づく「共有財産」返還手続作業は、無責任きわまりないものだったと考える他ない。改めて知事が道内十八ヶ所の「共有財産」についての実態調査を行う責務があると思うが、政府の見解を問う。
五 また、十八ヶ所の「共有財産」とは別に、樺太アイヌの共有財産については公告が行われていない。なぜ公告の対象外となったのか、その理由を問う。

 右質問する。



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