平成13年11月29日(木)(第4回)

◎会議に付した案件

1.名古屋地方公聴会(平成13年11月26日開催)の報告聴取

 報告者 会長代理 鹿野 道彦君(民主)

2.日本国憲法に関する件(21世紀の日本のあるべき姿)

 上記の件について参考人武者小路公秀君及び畑尻剛君から意見を聴取した後、両参考人に対し質疑を行った。

(参考人)

  中部大学中部高等学術研究所所長   武者小路 公秀君

  城西大学経済学部教授        畑尻 剛君
 

(武者小路公秀参考人に対する質疑者)

  森岡 正宏君(自民)

  細川 律夫君(民主)

  上田 勇君(公明)

  藤島 正之君(自由)

  塩川 鉄也君(共産)

  植田 至紀君(社民)

  松浪健四郎君(保守)

  宇田川芳雄君(21クラブ)

(畑尻剛参考人に対する質疑者)

  今村 雅弘君(自民)

  中村 哲治君(民主)

  太田 昭宏君(公明)

  都築 譲君(自由)

  山口 富男君(共産)

  金子 哲夫君(社民)

  松浪健四郎君(保守)

  宇田川芳雄君(21クラブ)


◎武者小路公秀参考人の意見陳述の要点

1 日本における人権保障の問題点

 1.1 国連における問題指摘

  • 本年3月に発表された人種差別撤廃委員会の最終所見では、日本には、在日韓国・朝鮮人やアイヌ等の少数民族、部落民などに対する差別が見受けられるとしている。日本政府は、条約の解釈によればこのような指摘は当たらないと反論しているが、人権の問題は単なる規範の解釈論ではなく、規範の形成過程における「法の理念」を理解することが重要であり、それを踏まえて規範を解釈すべきである。

 1.2 問題の根底にあるもの−自国中心主義

  • 日本における人権保障には、平均的な日本人のみをその対象とするという枠が存在し、少数者の人権を軽視している。近年、日本には多くの外国人が生活しているので、人権保障をグローバル化の中でとらえていく必要がある。

2 人権法を支える法理念と国家理念

 2.1 純血国家日本の理念

  • 明治開国期、西欧列強の中で、日本は大和民族の単一国家である「神の国」として国民が一つにまとまり、独立国家を維持し、その後の国の発展をもたらした。他方、中産階級を一つにまとめるために、「部落」を国民の最下層として差別化する扱いが行われてきた。

 2.2 人権保障の前提としての多様化を許容する国家理念

  • 現在、グローバル化が進む中で多くの外国人が日本に住んでいる。聖徳太子の「和を以って貴しとなす」の精神は、元来、多種族との「和」であったが、いつのまにか日本は日本人のみで「和を以って貴し」となしてきた。日本は、聖徳太子の「和」の精神に立ち返り、また、憲法前文に示されている平和的生存権は、日本人のみではなく、全世界の人々の権利であるとの趣旨を踏まえて、多くの人種との「和」を考える必要がある。

3 平和的生存権と人間安全保障

  • 政府は、「人間安全保障」を国際社会に訴えているが、多くの外国人が住む日本国内においても、全世界の人々が恐怖と欠乏から免れて平和に生存できる平和的生存権、人間安全保障を主張すべきである。日本国憲法の「和を以って貴しとなす」の精神を踏まえて、マイノリティーの安全にも配慮した平和的生存権、人間安全保障を確立すべきである。

◎武者小路公秀参考人に対する質疑者及び主な質疑事項等

森岡 正宏君(自民)

  • 途上国では、先進国が経済援助を行うことは、過去の植民地支配の代償として当然のことであると考える傾向にある。しかし、このような考えに基づいて我が国のODA等の援助が行われることは納税者の理解が得られないと思うが、いかがか。
  • いかなる国も自国の国益を第一に考えて行動するものであることからすれば、参考人が日本の欠点として批判する「自国中心主義」は、一面ではやむを得ないものではないのか。
  • 戦後、我が国では、経済至上主義、利己主義が横行し、教育の荒廃、犯罪の増加が著しいこと等に見られるように、今や、日本人の精神的バックボーンが失われたのではないかと思うが、いかがか。
  • 自衛隊、日米安保条約は、戦後の日本の平和を支え、憲法9条に当然に適合するものと考えるが、この点について国民の間に未だ論争があるのは好ましくないことである。参考人は、このようなことについてどう考えるか。
  • 参考人が主張する「人間安全保障」は日本国憲法にはない概念だが、両者の関係をどのように考えるか。


細川 律夫君(民主)

  • 参考人が主張するように、マイノリティーに対する差別をなくしていくには、差別を禁止する法制度を整備していくことが重要と考えるが、それを効果的に進めるにはどのような方策が考えられるか。
  • 「国家安全保障から人間安全保障へ」という参考人の考えには賛成だが、両者を対立的に考えるのは現実的ではない。両者の関係はどうとらえるべきか。
  • 今次の同時多発テロに対する米国によるアフガニスタン攻撃は、「人間安全保障」には反するが、他方でテロの撲滅のためには一概に否定もできない。参考人は、この米国による攻撃をどう評価するか。

上田 勇君(公明)

  • 外国人労働者の受入れの間口を広げることに関し、積極的な意見がある一方で、外国人労働者を受け入れる社会的素地は育っておらず、間口の拡大は混乱を招くといった消極的な意見も出されている。今後の入管行政の在り方をどのように考えるか。
  • 参考人は、国連の平和維持活動の予算を削減し、社会発展予算に振り向けるべきと主張するが、国連の平和維持活動は、人間安全保障にとって有益ではないのか。


藤島 正之君(自由)

  • 人権というものは、絶対的なものか、相対的なものか。
  • 単一民族国家としての我が国と、多民族国家である米国では、人権に対する考えが異なるのではないか。
  • 「人間安全保障」と「国家安全保障」が衝突した場合、究極的には後者が優先するのではないか。

塩川 鉄也君(共産)

  • 米国によるアフガニスタン攻撃によって、一般市民が被害を受け難民が発生しているが、難民救済こそ、平和的生存権を保障する日本国憲法の理念に合致するものである。難民救援策として何が求められているか。
  • 国際紛争の解決に際し、我が国が憲法上の制約から武力の行使を伴う軍事的協力を行うことはできないと主張することは、国際社会において、孤立を招くものではなく、むしろ理解を得られることではないか。また、日本と米国の関係をどうあるべきと考えるか。
  • 我が国が侵略戦争を行ったことを認めず戦争責任をあいまいにしていることが、アジア近隣諸国の不信を招いたり、外国人の差別につながっているのではないか。

植田 至紀君(社民)

  • 最下層として位置付けられている「被差別部落」の対極に位置すると考えられる天皇制の存在は、我が国にとってどのような意味を持っているのか。また、今後の天皇制の在り方についての議論が必要ではないか。
  • 我が国では、憲法を論じる際に、政体について論じることをタブー視する風潮があると思うが、これは憲法の精神が浸透していないことを意味するのではないか。
  • 差別には、部落差別やアイヌ民族差別などさまざまなものがあるため、それぞれに応じた差別撤廃のための個別の立法が必要なのではないか。

松浪健四郎君(保守)

  • 死刑廃止問題は人権問題でもあり、今後議論する必要があると考えるが、参考人は、死刑廃止論についてどう考えるか。
  • 死刑を廃止した場合、代替刑として終身刑が考えられるが、仮釈放が認められる無期刑との差異を踏まえて、参考人は、終身刑についてどう考えるか。

宇田川芳雄君(21クラブ)

  • 憲法前文には、参考人が言う「和の精神」や性善説的な考えが現れているが、そのような理想的文言だけでは国家を守るには不十分であり、現実に合った形の憲法を作るべきではないか。
  • 差別問題が徐々に減少する中で、被差別者に対する優遇制度を利用する「特権的差別」問題を、差別の一つの形として考える必要があるのではないか。

◎畑尻剛参考人の意見陳述の要点

はじめに

  • 私は、「憲法改正によらないで憲法裁判所を設置するべきである。」との意見を申し述べたい。

1 問題の所在

  • 従来から、最高裁判所の違憲審査については、消極的又は「閉塞」状況にあると指摘されてきた。
  • この問題を解決するためには、(1)現行制度の運用の再検討、(2)法律改正による制度改革、(3)憲法改正による憲法裁判所設置という三つの選択肢がある。

2 憲法裁判所論とその批判

  • 1994年11月に読売新聞が発表した憲法改正試案に憲法裁判所の設置が盛り込まれたことから、憲法裁判所制度の是非が論議されるようになった。
  • 憲法裁判所制度の導入に積極的な論者は、(1)現在の「閉塞」状況を打破するには制度改革が必要なこと、(2)憲法裁判所の設置により、迅速かつ適切な憲法判断が期待できること、(3)現行制度上、憲法判断について、下級裁判所に過度の期待を抱くことはできないことなどを論拠とする。
  • これに対し、憲法裁判所制度の導入に消極的な論者は、(1)安易な制度改革は危険であること、(2)合憲判断が迅速に下されることによって、体制維持機能が一段と明確になること、(3)憲法裁判所に違憲審査権が集中すると、人権感覚に優れた下級裁判所の判断が生かされなくなること、(4)「政治の裁判化」が議会制民主主義を弱体化させることなどを論拠としている。

3 制度改革の試み

  • 憲法裁判所制度の導入についての積極論及び消極論は、どちらか一方を切り捨てる形で否定することはできない。両者の論拠のいずれにとっても最も適合的な制度を考える必要がある。

4 一つの選択肢

  • 検討の結果、私は、憲法を改正しないで、裁判所法等を以下のように改正することを提言する。(1)最高裁判所に、憲法裁判を専門的に扱う「最高裁憲法部」を設置すること、(2)憲法裁判官は、「裁判官任命諮問委員会」の答申に基づき内閣が任命すること、(3)一般の裁判所が具体的事件に適用する法律を違憲であると判断した場合には、手続を中止して「最高裁憲法部」に移送し、「最高裁憲法部」は、当該法律が具体的事件の裁判にとって重要な意味を持つか否かを審査した上で、その憲法適合性の審査を行うこと。

◎畑尻剛参考人に対する質疑者及び主な質疑事項等

今村 雅弘君(自民)

  • 憲法41条で国権の最高機関であるとされる国会と裁判所の関係について、参考人はどのように理解しているか。
  • 違憲判決の効果、下級裁判所等から参考人が提案する「最高裁憲法部」への移送手続及び条約が違憲審査の対象となるか否かについて、参考人はどのように考えるか。
  • ドイツの憲法裁判所は、州の権限の調整を図ること等により連邦制を維持する役割を担っていると言われているが、連邦制を採らない我が国において憲法裁判所を導入する意味合いについて、参考人はどのように考えるか。
  • ドイツでは40数回にわたり憲法改正が行われているが、これは、憲法裁判所が存在し、違憲判断を下すことが要因となっているのか。


中村 哲治君(民主)

  • 参考人の提案は、立法化を検討するに値すると考える。憲法の解釈権は、一次的には国民の代表者からなる立法府にあり、国会による立法には合憲性の推定が働くと考えるが、参考人の考えはいかがか。
  • 下級裁判所から「最高裁憲法部」に対する移送手続は公開する必要があると考えるが、参考人はどう考えるか。
  • 憲法76条3項は裁判官の独立を保障するが、実際には裁判官は人事考課への影響を恐れ、違憲判断を忌避することがあるのではないか。また、下級裁判所において、最高裁と異なる判断を下すことは、実際上、困難を伴うと考えるが、参考人が提案する制度を導入した場合は、どのようになると考えるか。
  • 参考人は、憲法裁判官を「裁判官任命諮問委員会」の答申に基づき内閣が任命するとしているが、同委員会は具体的にどのような委員会を想定しているか。


太田 昭宏君(公明)

  • これまでの違憲審査は消極的であるとの批判が多いということであるが、そうであっても、憲法施行後50年余の経過の中で数多くの判例が積み重ねられてきており、憲法裁判所を設けても、憲法判断の必要性は実際には少ないのではないか。
  • ドイツの憲法裁判所は、ナチスによって憲法が踏みにじられたという歴史を踏まえて、立法権の突出を抑制するために創設されたのであって、我が国や米国のように三権が均衡していると考えられる国家においては、憲法裁判所は必要ないのではないか。
  • 「最高裁憲法部」設置の提唱は、裁判の長期化等の批判に応え、裁判所が憲法と真正面から向き合うシステムの構築が必要であるという認識によるものか。
  • 選挙における一票の格差の問題について、参考人は、許容される格差の基準をどの程度と考えているか。



都築 譲君(自由)

  • 裁判が長期化する中で、例えば定数不均衡訴訟のように、ある事実が違憲と判断された場合、その判決の効果とは、どのようなものとなるのか。
  • 最高裁判所は統治行為論等を理由にして憲法判断を回避する場合があるが、憲法裁判所が設置された場合においても、同じように憲法判断を回避するのであれば、従前と変わりないのではないか。
  • 「最高裁憲法部」の設置は、特別裁判所の設置を禁ずる76条2項の規定を骨抜きにするおそれがあるのではないか。
  • 「最高裁憲法部」を設置した場合の裁判官の任用方法は、どうあるべきと考えるか。また、「最高裁憲法部」に行政裁判所の機能を併せ持たせてはどうか。


山口 富男君(共産)

  • 旧憲法では認められていなかった違憲審査制の採用は、平和と民主主義を憲法の基本原則として採り入れたことと一体のものであると思うが、憲法制定過程の中では、どのように考えられていたのか。
  • 長沼訴訟などにおける下級審の違憲判決により問題が提起され、それが積み重なることによって、憲法価値の実現が図られてきたものと考えるが、これを参考人は、どう評価しているのか。
  • 「最高裁憲法部」の裁判官の人選に当たって、参考人は「裁判官任命諮問委員会」の設置を提唱しているが、その趣旨は、裁判官人選の公正と中立を図るためと理解してよいか。
  • 参考人の提唱する「最高裁憲法部」の設置論に対する憲法上の論点とは、どのようなものか。


金子 哲夫君(社民)

  • 裁判所による違憲審査権の行使が消極的であり、「閉塞」状況とでも称すべき現状を生じさせている現行制度上の問題点は何か。
  • 現行の裁判官の任命制度の問題点について、参考人は、どのように考えているか。
  • 憲法裁判所を設置している諸外国では、憲法異議制度を通じて国民の間における憲法意識が高められていると考えるが、参考人が主張する試案の中に憲法異議制度を組み入れることについて、どのように考えるか。


松浪健四郎君(保守)

  • 議員定数問題について裁判所が違憲判断を下したにもかかわらず、違憲状態が解消されないまま衆議院が解散された場合、違憲状態下において民意を問うような事態が生ずることになる。このような事態について、どのように考えるか。
  • 憲法裁判所については、憲法改正によってこれを創設すべきではないか。
  • 1994年に出された「読売改憲試案」における憲法裁判所の創設については、裁判官の人選、憲法異議の提訴要件等の点で問題が多いと考えるが、参考人はどのように評価しているか。


宇田川芳雄君(21クラブ)

  • 日本に憲法裁判所が設置されていたと仮定した場合、今までの50年間における受理件数はどの程度であったと考えるか。
  • 参考人が主張する試案の中で、通常裁判所と「最高裁憲法部」との関係は、どのように整理されるのか。
  • 迅速かつ適切な人権保障という観点から、違憲審査権の適正な行使に係る改革が必要であると考えるが、この点についての学界での見解はどのようなものか。