平成16年2月5日(木) 最高法規としての憲法のあり方に関する調査小委員会(第1回)

◎会議に付した案件

最高法規としての憲法のあり方に関する件(天皇制(皇室典範その他の皇族関連法に関する調査を含む))

上記の件について参考人横田耕一君から意見を聴取した後、質疑を行った。その後、委員間で自由討議を行った。

(参考人)

 流通経済大学法学部教授
  九州大学名誉教授         横田 耕一君

(横田耕一参考人に対する質疑者)

 森岡 正宏君(自民)

 大出 彰君(民主)

 赤松 正雄君(公明)

 山口 富男君(共産)

 土井 たか子君(社民)

 下村 博文君(自民)

 計屋 圭宏君(民主)

 小野 晋也君(自民)


◎横田耕一参考人の意見陳述の要点

1.議論の前提

  • 天皇条項に関する新旧憲法の意味は、根本的に異なるものである。
  • 憲法の規範に沿った天皇制の理解が必要であり、「伝統」を重視する立場に立つとしても、憲法の条項に違反する「伝統」は否定されなければならない。
  • 私は、天皇の「公」「私」の区別は厳格になされるべきであると考える。

2.日本国憲法の基本原則と「象徴天皇制」

  • 象徴天皇制は、国民主権の原則と直ちに矛盾するものとは考えないが、国民の主権者意識を希薄にする働きを有している。また、基本的人権の尊重主義との関係では、生まれによる差別を認めない人権思想と矛盾するものがある。

3.憲法規範的にみた「象徴天皇制」

(1) 地位

  • 主権者は国民であり、天皇は、その統合の象徴である。なお、「象徴」に法的意味はない。
  • 日本国民統合の象徴とは、「日本民族」の統合ではなく、多民族国家日本の「諸民族」の統合と理解されるべきである。また、「統合」は、能動的なものではなく、受動的なものである。

(2) 権能

  • 天皇の権能は、憲法の規定する13の形式的・儀礼的な国事行為のみであり、それも内閣の助言と承認を要するものであって、天皇の意思が入る余地はない。

(3) 根拠

  • 象徴天皇制の根拠は、主権者国民の「総意」にあるのであって、憲法改正による変更は可能である。なお、個人的には、現在の天皇制は、歴史的にもっとも安定している天皇制度となっていると考える。

4.規範解釈上のこれまでの主要な論点

(1) 天皇は「元首」か?

  • 「元首」という言葉から権能が導き出されるのではない。行政の長であり、対外的に国を代表するものが「元首」である。その立場からは、内閣又は内閣総理大臣が「元首」である。
  • 天皇の行為には、国を代表する側面もあるが、あえて「元首」としなくともよい。また、「元首」の持つ権威に、法的意味はない。

(2) 日本は「君主国」か?

  • 天皇は、(a)世襲である、(b)統治権を有する、(c)対外的に国家を代表するという君主制の三つの条件を満たしていない。したがって、我が国は、純粋の君主国でも純粋の共和国でもない。あえて言えば、世襲の天皇を有する共和国である。

(3) 天皇の「公的行為」なる「第三の行為」は存在するか?

  • 天皇は、国事行為以外に、現実に多くの公的行為を行っており、通説は、これを合憲とするが、これでは、公的行為の無限定な拡大や政治的利用の危険性が高い。
  • 私は、天皇の公的行為は「国事行為」のみに限定されるべきと考えるが、7条10号の「儀式を行ふこと」を改正してその意味を明確化することは、考慮に値するのではないか。

(4) 公私の混同

  • 皇族による「公的行為」については、憲法から説明することができない。また、政教分離原則に違反する疑いのある皇室祭祀への公(おおやけ)・公務員の関与は、公私の区別を曖昧にするものである。

5.公的な天皇存在がもつ国民統合作用

  • 旧憲法の起草時にも、天皇には、権力ではなく、国民統合の機能が期待されていた。
  • 現憲法下では、天皇は、主権者ではなく、国政上の権能も有していないが、高度な政治的機能を果たしてきたと言える。それは、(a)「象徴」、(b)「世襲」、(c)「象徴の場」としての「国事行為」、(d)「象徴の場」を補充する「公的行為」、(e)「統合力」を発揮する私的行為によりなされてきた。
  • 近年の天皇・皇族の「スター化」や「伝統」の変更・廃止による権威の足下をくずす行為は、天皇の「統合力」の希薄化を招いている。

6.女性天皇

  • 現在の皇室典範は、憲法の下位法である。憲法は「皇位は、世襲」として「血のつながり」のみを規定しており、男系男子の伝統を重視することは、憲法の許容する範囲を超えるものである。
  • 伝統、国民感情、能力等の女性天皇を否定する論拠には、どれも合理的理由がない。
  • 女性天皇を承認するためには、皇室典範の改正によればよく、憲法改正は必要ない。また、皇位継承順位等の問題については、憲法の男女平等原則に従えば問題はないと考える。
  • 男系男子の「伝統」を重視する立場に立つ側からは、強固な反対意見があるが、それでは天皇制の消滅という事態に耐えられるのであろうか。
  • ただし、男女差別が依然存在する現状では、女性天皇を認めることが、更なる「国民統合能力」の希薄化を招来する可能性を否定できない。

◎横田耕一参考人に対する質疑者及び主な質疑事項等

森岡 正宏君(自民)

  • 私は、女性天皇を否定はしないが、慎重であるべきと考える。天皇制自体が平等原則の例外である以上、平等原則を根拠に皇位継承を「男系の男子」と定める皇室典範2条を違憲とする参考人の意見は妥当でないと考えるが、いかがか。
  • 歴史上10代8名の女性天皇がいたが、いずれも寡婦又は独身で緊急避難的な扱いであり、皇統が女系に移ったことはない。また、国民の意識も女性天皇は認めても女系主義を認めるところまで熟していないのではないか。
  • 参考人は、天皇の婚姻には「皇室会議の議」が必要であると規定する皇室典範10条に異を唱えているが、外国の王制をみても、結婚に国会等の同意が必要とされることが多い。一般国民同様に両性の合意のみで結婚を認めては、外国人との婚姻も可能になるなど、日本のアイデンティティーの観点からすると妥当でないと考えるが、いかがか。
  • 参考人の意見を聴き、(a)女性天皇を認めても、女系主義はどう考えるのか、(b)女性天皇の配偶者をどうすべきかの、2点に問題意識を強く持ったが、いかがか。


大出 彰君(民主)

  • 近時、主権概念は不要であるとの見解も耳にするが、私は重要であると考える。参考人の意見を伺いたい。
  • 主権に対するノモス論とは、あらゆる権力がこえてはならない正しい道筋があり、それが天皇であると捉える見解もあるが、それは妥当でない。君主であっても憲法に従わなければならないという立憲論こそが重要であると考えるが、いかがか。
  • 現行憲法は欽定憲法であるとする見解もあるが、いかがか。


赤松 正雄君(公明)

  • 参考人は、「私的行為」でも「国事行為」でもない第3の行為たる「公的行為」を否定する立場か。
  • 近年、「国を愛する心」の欠如が問題視されており、教育基本法やその上位法である憲法に明記することが必要であるとの見解もある。日本の歴史・文化・伝統を明確にするには、参考人はどのようにすべきと考えるか。
  • 「天皇抜きのナショナリズム」について、どのようにお考えか。
  • 女性天皇を認める前に、「養子の禁止」を定める皇室典範9条を改正して、「養子」を認めるという考え方もあるが、参考人はどのようにお考えか。


山口 富男君(共産)

  • 憲法が国民主権原理の下に天皇を置いたということに、憲法規範上どのような意義があるか。
  • 1条にいう「主権の存する国民の総意」には、天皇制の廃止の展望も含まれていると考えるが、これについてはどのような意義があると考えるか。
  • 象徴天皇制は、国民主権の日本的な具体化の現れの一つと考えてよいか。
  • 天皇が国政に関する権能を有しないこと及び国事行為が限定列挙されているという憲法上の規範に照らして現実の運用を見たとき、具体的にどのような事例が問題となるのかを紹介していただきたい。
  • 参考人は、天皇が「国政に関する権能を有しない」ということについての憲法上の規範的意味合いをどのように考えるか。
  • 女性天皇をめぐる1985年以降のいわゆる「水田・奥平論争」の憲法上の意味合いはどこにあったのか。また、この論争はその後学界でフォローされているのか。
  • 憲法上の規範と現実の乖離を埋めるためにどのような努力・方向性を持てばよいと考えるか。


土井 たか子君(社民)

  • 憲法上女性天皇を排除するということは明記されていないことから、これを実現するためには皇室典範を改正すればよいと考えるが、女性天皇を認めることは憲法に違反するという学説があるのか。また、参考人は、その学説に立たないと考えてよいか。
  • 天皇の国事行為に対する内閣の「助言と承認」は、「助言」と「承認」の二つが必要なのか、「助言と承認」の一つでよいのか。


下村 博文君(自民)

  • 参考人は、「日本国民統合の象徴」を「日本民族統合の象徴」ととらえることは不適切であると述べているが、世界の中の日本という視点から見た場合、その見解には賛成できない。「日本国民統合の象徴」ととらえることを否定する理由と「日本国民統合の象徴」についてご意見を伺いたい。
  • 憲法改正が議論されている今日においても、象徴天皇制は日本国にとって必要であると考えるが、いかがか。


計屋 圭宏君(民主)

  • 多民族国家への変化が予想される現在、歴史や伝統といった日本のアイデンティティーと言えるものを守り、後世に伝えることは重要であり、その際、他国に例を見ない天皇制は大きな役割を持つ貴重なものと考えるが、いかがか。
  • 国歌や国旗は、日本の方向性や目標などを統一するためにも大切であると考えるが、いかがか。
  • 天皇は統治権を持たないとしても、長い歴史を持つことにかんがみれば、名誉職的元首のような扱いとすることも考えられるのではないか。


小野 晋也君(自民)

  • 近代立憲制において義務や責任は国民ではなく政府が負っているとのことだが、義務規定を設けている日本国憲法は、近代立憲制の観点からは望ましくないということになるのか。
  • 君主と市民が契約を結んで対峙するというものが近代立憲制の根底にあるとのことだが、それは日本にそのままあてはまらない。日本では為政者と国民双方が相和して国家を構成するのが国のかたちであると考えるが、いかがか。
  • 憲法の三大原則も時代を経るにつれ受け入れられたことにかんがみれば、憲法は未来の方向性を示し国民の意識をリードする機能を持つべきだと考えるが、いかがか。
  • 「国民の総意」を得るためにどのような方法があると考えるか。

◎自由討議における委員の発言の概要(発言順)


船田 元君(自民)

  • 象徴天皇制と基本的人権を同じ次元で論じることには賛成できない。世襲による天皇制は日本の伝統・歴史的事実であり、この伝統を尊重すると同時に近代国家の基本原則である基本的人権を尊重することは、何ら矛盾しないはずである。
  • 天皇の「公的行為」は、「象徴」の地位・役割を補完する意味もあり、認めるべきである。ただし、政治的に利用されるおそれが仮にあるとすれば、国民の目でチェックすべきである。
  • 女性天皇について、これまでの男系男子という伝統・歴史的事実を尊重するのは当然であるが、国民感情あるいは天皇の有する機能をかんがみるに、男性に限る必要性も薄れてきている。ただし、女系女子を認めるのは時期尚早であると考える。


山口 富男君(共産)

  • 天皇条項に係る憲法規範、政治の実態の理解に関して、委員間では大きな差異がある。天皇が国政に関する権能を有しない点を厳格に守りきることは、国民主権原理を具体化していく上で欠かせず、国事行為以外は私的行為として、厳格に解釈する必要がある。
  • 天皇制に係る「伝統」について、明治以降の伝統とそれ以前の長期的に存在していたものとを区分けした議論が必要である。儀式等の議論を進める上でも、絶対主義的天皇制下のもの、国民主権の象徴としての地位のものをきちんと把握しておく必要がある。
  • 女性天皇制を論ずるに当たっては、人権論という視点からの議論も必要である。


小野 晋也君(自民)

  • 法の優位は法治国家である以上重視すべきだが、法がすべてを決めるわけではないという原点に立ち返って議論を進める必要がある。天皇制についても、すべてが法によって規律できるわけではなく、伝統・文化といったものをいかに尊重していくか、議論していくべきである。


大出 彰君(民主)

  • 最近の天皇制の議論を聞いていると、伝統・歴史・宗教など、明治期の天皇制を巡る議論に戻ろうとしているのではないかと危惧する。美濃部達吉は、明治憲法は解釈と運用を間違えたと述べたが、まさに現在も憲法の解釈と運用を間違えている状態ではないか。
  • 私は、女性天皇を容認する立場である。


森岡 正宏君(自民)

  • 象徴天皇制を無理に守ることはないとの参考人の意見には、危惧を感じる。日本では、天皇という権威ある存在と、政治権力を持つ存在とを切り離して統治を行ってきた。我々は、この先達が考えた知恵を大事にして、国の運営を考えなければならない。