平成16年2月19日(木) 基本的人権の保障に関する調査小委員会(第1回)

◎会議に付した案件

基本的人権の保障に関する件(法の下の平等(平等原則に関する重要問題〜1票の格差の問題、非嫡出子相続分等  企業と人権に関する議論を含む))

上記の件について参考人内野正幸君から意見を聴取した後、質疑を行った。その後、委員間で自由討議を行った。

(参考人)

  中央大学(法科大学院開設準備室)教授    内野 正幸君

(内野正幸参考人に対する質疑者)

  小野 晋也君(自民)

  笠 浩史君(民主)

  太田 昭宏君(公明)

  山口 富男君(共産)

  土井 たか子君(社民)

  松野 博一君(自民)

  辻 惠君(民主)

  船田 元君(自民)


◎内野正幸参考人の意見陳述の概要

1.はじめに

  • 伝統的に日本は、人々がいわば異質な少数者に対し偏見を抱きやすい同質性社会の傾向がある。いわば社会的弱者にやさしい社会の構築に向けて、国や自治体に啓発を含め各種の責務があるが、人々の抱きがちな差別意識の克服という課題も重要である。
  • 人権の領域では(プライバシーなどの明文化も含め)憲法改正の必要性は少ない。現憲法下で諸施策を充実させるべきである。
  • なお、14条1項及び44条ただし書の列挙事由は例示と考えるべきである。

2.憲法の「平等」条項の読み方

  • 憲法による差別禁止は、絶対的なものではなく合理的区別を許すものである。また、14条が原則的に禁止する「差別」は、差別意識や差別的表現ではなく、差別的取扱いの意味である。
  • 不特定多数者への差別的表現に対して刑罰付きの法的規制を行うことは、慎重にあるべきである。

3.形式的平等と実質的平等

  • 平等の観念には、諸個人を一律に同等に扱うべきことを求める形式的平等と事実上の劣位者をより有利に扱うことにより結果を平等なものに近づけようとする実質的平等があるが、14条が要求しているのは形式的平等と考える(合理的区別は許容される。)。実質的平等の実現の役割は、主に立法政策に期待されていると考える。
  • 議員定数不均衡問題については、衆議院においては格差1対2内にすることが憲法上要請されるが、参議院においてはそうはいえない。政治的平等としては、選挙資格や投票機会保障の点で現行制度を再点検する余地がある。
  • 最高裁では少数意見であるが、婚外子への差別は違憲と考える。また、選択的夫婦別姓については、憲法は要請しておらず、立法政策として実現すべきと考える。
  • 同性愛者の(準)結婚については、米国マサチューセッツ州最高裁判決が注目される。
  • 立法や行政の施策によって、積極的差別是正措置(アファーマティブ・アクション又はポジティブ・アクション)による実質的平等を推進すべきである。

4.女性差別

  • 憲法は「性別」による差別を禁止している。男女共同参画社会については、今後の重要な課題である。
  • 男系であれ女系であれ、女性天皇を認めるかどうかは立法政策の問題である。
  • 一定のスポーツ競技や刑務所などの男女別は合理的区別である。国公立の女子大・女子校について議論がなされている。

5.民間社会における平等と差別

  • 企業関係の問題は、男女雇用機会均等法や労働基準法などにより解決されてきている。住友電工男女差別訴訟の大阪高裁和解は画期的なものとして評価できる。
  • 民間社会における差別については憲法の人権規定の間接適用によって理論上十分対応できるが、三菱樹脂事件における最高裁判例は、一定の限度を超えると違法となり得るとするにとどまる。
  • 私人間における差別禁止のルール作りが必要である。この意味で、人権擁護法案の見直し再提出又は差別禁止法の検討が必要である。

◎内野正幸参考人に対する質疑の概要

小野 晋也君(自民)

  • 現行の憲法では、義務規定より権利規定が多くてバランスが悪いとの指摘があるが、いかがか。
  • 今日的な意味では、憲法を政府と国民が相互になすべきことを規定する契約とみなす方がうまく社会が運営されると考えるが、いかがか。
  • 参考人の陳述の中で「弱者」という言葉が出てきたが、この「弱者」の認定の判断基準について伺いたい。また、公的機関が判断基準の設定を行うとすれば、かえって社会的差別を助長するのではないかと考えるが、いかがか。
  • 参考人は、議員定数不均衡に関して、衆議院は格差1対2内にすることが憲法上要請されるとしても、参議院についてはそうはいえないとするが、詳しく説明していただきたい。


笠 浩史君(民主)

  • 私は、将来的に「小さな政府」を実現する必要があり、その実現に伴う自己責任の増加から生じる「結果の不平等」は、ある程度は許容せざるをえないと考えるが、14条との関係でどのように考えるか。
  • 14条1項に列挙される差別禁止事由を、例示的なものではなく限定的なものとして捉える学説はあるのか。
  • 参考人は、人権の領域に関して憲法改正よりも現憲法下の枠組みの中で対応すべきであると述べているが、将来的にも憲法改正は必要ないと考えるか。
  • 現在は憲法解釈の範囲が広がりすぎて、非常に複雑なものとなっていると思う。憲法改正を行い必要な規定を明記するか、憲法裁判所を設置するなどの対応が必要だと思うが、いかがか。
  • 選挙権を20歳以上としているのは、14条との関連で問題はないのか。
  • 議員定数不均衡に関して、衆議院と参議院の一票の格差の取扱いの相違を許容する参考人の説について、詳しく説明していただきたい。


太田 昭宏君(公明)

  • 14条2項及び3項は時代の産物であり、現在においては削除してもよいと考えるが、いかがか。
  • 14条1項の列挙事由は、身体的ハンディキャップなど現在の状況に即した例示にすべきと考えるが、いかがか。
  • 小野委員の指摘した権利・義務のバランスにも時代性があり、現在は、私人間における規律も求められていると考える。そこで、「責任」という新しい軸を憲法に創設するのも一つの方法と考えるが、いかがか。
  • 参考人は、「人権の領域では(プライバシー権などの明文化を含め)憲法改正の必要性は少ない」とするが、あえてプライバシー権を掲げたのはなぜか。
  • 参考人は、憲法が要求するのは形式的平等であり、積極的差別是正措置などを講じて実質的平等を実現することまでは要求していないと主張するが、「憲法」が本来あるべき姿からしても実質的平等は要求していないと考えられるのか。
  • 私は、憲法に「環境」などの文言を積極的に明記すべきという立場だが、参考人は積極的なことは法律に任せ、原則的なことは憲法に基本的に任せるという考えか。


山口 富男君(共産)

  • 憲法は第3章や97条など詳細な人権規定を有するが、参考人はこの意味及びそれを生み出した歴史的条件をどのように考えるか。
  • 参考人は、14条1項は形式的平等のみを要求しているとするが、私は25条等を考え合わせると、実質的平等も要求していると考える。参考人が考える14条と25条・26条・27条の規定の読み方を伺いたい。
  • 人権問題について、憲法改正をするのではなく、現行憲法下での諸施策の充実をすべきと考えるが、立法・行政などの立ち遅れが目に付く。参考人はその原因をどのように考えるか。
  • 住友電工訴訟和解(03年12月24日大阪高裁)における画期的な部分はどこか。また、同訴訟において裁判所は、国への和解勧告もあわせて行ったが、参考人はどのように考えるか。
  • 昨年行われた国連の女性差別撤廃委員会からの勧告など、国際社会から日本が勧告を受けた場合、政府はどのように対処すべきか。
  • 民間企業における思想差別は14条の精神に照らして違法と考えるが、いかがか。


土井 たか子君(社民)

  • 14条における差別禁止ないし平等は「合理的区別」を許すとされるが、その判断は誰が行い、何を基準に判断されるのか。合理性の判断の中身を詳しく教えていただきたい。
  • 今日、国際社会では人権尊重・平等意識が高まり、人権に関わる条約が増加している。その趣旨を考えればできる限り早期に締結すべきだが、日本は条約批准に大変時間がかかるだけでなく、批准後の遵守義務が不十分であると国際社会から非難されることもある。これは、立法や行政がその義務を果たさないところに問題があると考えるが、いかがか。


松野 博一君(自民)

  • 前文が人類普遍の原理として掲げる人権と日本国内における人権とは、同質のものか否かについて、参考人の見解を伺いたい。
  • 刑事事件の容疑者の実名報道は、推定無罪の原則に照らせば、人権侵害に当たると考えるが、いかがか。
  • 我が国の障害者の認定率が諸外国に比べて低いという現実がある。障害者に対する実質的な平等を確保する観点から、申請を待って認定する現在の方式をどう評価しているか。


辻 惠君(民主)

  • 刑事事件の関係者に対する取扱いの在り方について、行政及び立法に問われているものは何か。
  • 凶悪犯罪に対する報道が「魔女狩り」の様相を呈することがあるが、このような異質の者を排除するようなことを許さないのが成熟した社会のなすべきことではないか。
  • 私は、14条の要請に対して司法が果たすべき役割は、実質的平等の保障を担保することと捉えているが、いかがか。
  • 婚外子に対する扱いをめぐっては、法律婚の尊重と婚外子の人権との利益衡量の問題とされているが、衡量すべき利益の中にも優先順位があり、平等主義の実現を優先すべきではないか。
  • 参考人は、差別禁止法の制定を提言しているが、その趣旨は何か。


船田 元君(自民)

  • 「平等」の概念には、「機会の平等(形式的平等)」と「結果の平等(実質的平等)」とがあり、憲法が規定する「平等」の保障とは、そのうちの「機会の平等」であって「結果の平等」までは求めていないという理解でよいか。
  • 米国は、これまでアファーマティブ・アクションによって差別の是正を図ってきたが、その行き過ぎによって逆差別や差別の固定化という弊害が生じてきたことから、一部廃止の方向へ向かっている。参考人は、こうした差別是正措置やその行き過ぎの問題をどのように考えるか。
  • 国公立の男女別学については、14条の違憲審査基準との関係から違憲の推定が働くこともあり、また、その正当化の理由も、昨今では、かなり薄れてきていると認識しているが、いかがか。

◎自由討議における委員の発言の概要(発言順)

中山 太郎会長

  • 電子政府が進展すると、個人情報保護が問題になってくる。フィンランドが憲法で個人情報保護を明記していることも踏まえ、新しい科学技術と人間社会に関する議論を進めるべきである。


園田 康博君(民主)

  • 参考人は、人権の領域では憲法改正の必要性は少ないと主張するが、憲法は国家権力を抑制し弱者を救済するための法であり、情報公開法制定時の「知る権利」に関する議論にかんがみても、プライバシー権等「新しい権利」を憲法に明記することは人権保障に資するものである。
  • 私人間での憲法適用に当たっては、ステートアクション理論(私的行為を国家行為と同視して、憲法を直接適用する理論)を採り入れて、より強固な人権保障を行うべきである。


棚橋 泰文君(自民)

  • 基本的人権については、(a)21世紀にふさわしいプライバシー権や環境権などの「新しい人権」、(b)憲法の人権条項の私人間適用の2点を更に議論すべきである。


小野 晋也君(自民)

  • 情報化社会は、(a)サイバー空間での国境の設定が難しい、(b)技術進歩が急速である、(c)思想・表現の自由に関連して人権侵害が行われる場合が多い、(d)一個人であっても非常に大きな影響力を持つことができるという特徴を有しており、従来の憲法の議論では対応しきれない可能性があり、国際的枠組みや新しい法体系の構築が必要になってくるであろう。


村越 祐民君(民主)

  • 男女共同参画社会の推進が図られているが、女性の社会進出はまだ不十分であり、これを促すために過渡的にアファーマティブ・アクションを導入することも検討すべきである。
  • 憲法の基本的人権規定の私人間効力について考える場合、国家が人権保障を図る「基本権保護義務論」というドイツの学説を参考にして、人権保障を実効あるものにすることも検討すべきである。


山口 富男君(共産)

  • 情報化社会については、(a)具体的な政治社会からの視点、(b)憲法とのかかわりでの視点といった複眼的な見方が必要である。
  • 「新しい人権」は、もともと13条や25条といった人権規定に根ざし国民の運動や判例の積み上げによって確立されたものであるから、現行憲法は十分「新しい人権」を保障したものといえる。
  • 人権と民主主義にかかわる規定(例えば、男女平等や社会権)を立法と行政の場で活かすこと及び現状に対する不断の批判・検討を加えていくことが求められている。


倉田 雅年君(自民)

  • 少子化に歯止めがかからないのは、男女平等の点で立ち遅れているからである。そこで、憲法上、ある種の「理想」を書き込むこともあり得るのではないか。現在議論されている9条も制定時に「理想」を書き込んだものであった。どのような形で「理想」を規定するのか議論の余地はあるが、女性を平等に取り扱うという理想を憲法に書き込んでもよいのではないか。


土井 たか子君(社民)

  • 憲法は、法律による人権保障の重要性を表している。しかし、法律の中には白紙委任的に政令等の下位法令へ委任する例が見られ、問題である。人権の尊重のためにも、国会が制定する法律の重要性を認識すべきである。


園田 康博君(民主)

  • 「新しい人権」は、その概念を明確にし将来の世代にもそれが確実に保障されるためにも、憲法に明記すべきである。


船田 元君(自民)

  • 形式的平等を保障しながら、実質的平等の保護を図っていく努力が必要であり、私人であっても大きな権力を持つ者がいることを踏まえ、立法や政策形成を行っていくべきである。
  • 国政における参政権が国民のみに与えられるのは妥当と考えるが、反対論はあるものの、市町村など身近な自治体の選挙については、一定の定住外国人には、一定の参政権を認めてもよいのではないか。この問題についていまだ結論を出していないのは立法の怠慢であって、現在、この問題の結論を出す時期に来ているのではないか。
  • 夫婦同氏を定める民法750条は、形式上男女を平等に取り扱うものだが、実情は、ほとんどの場合妻が夫の氏を名乗る。このように社会通念の中に差別が存在する例はまだあり、立法措置によってこれを是正していくべきではないか。


小野 晋也君(自民)

<土井委員の発言に関連して>

  • 法律であまり細かい点まで規定すると、実際の状況に対応しきれなくなることを懸念する。ある程度の自由度は残しておくべきである。


>土井たか子君(社民)

  • 技術的事項を含めて、一切、政令等の下位法令に委任してはいけないという意味ではない。法律の骨格になる部分まで政令等の下位法令に委任することは法律の形骸化につながるおそれがあり、骨格になる部分については、憲法の趣旨を踏まえ、安易に政令等の下位法令に委任することは慎まなければならないという意味での発言である。