平成16年2月19日(木) 統治機構のあり方に関する調査小委員会(第1回)

◎会議に付した案件

統治機構のあり方に関する件(司法制度 特に、国民の司法参加、利用しやすい司法制度等の司法制度改革)

上記の件について参考人市川正人君から意見を聴取した後、質疑を行った。その後、委員間で自由討議を行った。

(参考人)

  立命館大学法学部教授   市川 正人君

(市川正人参考人に対する質疑者)

  二田 孝治君(自民)

  辻 惠君(民主)

  斉藤 鉄夫君(公明)

  山口 富男君(共産)

  山本 喜代宏君(社民)

  永岡 洋治君(自民)

  鈴木 克昌君(民主)

  森山 眞弓君(自民)


◎市川正人参考人の意見陳述の概要

1.日本国憲法における司法権の位置付けと司法制度改革

(1)日本国憲法における司法権の意義
  • 司法権は、(a)私的紛争の解決・権利救済、(b)公正な手続の下での適正・迅速な刑罰権の実現、(c)国家行為の合憲性・合法性の統制を通じて「公共性の空間」を支えている。
  • 司法権の行使に「具体的争訟」が要求されるのは、法の意味は具体的事実の中でこそ明らかになるという理解の下、(a)政治部門との無用の対立を回避し、(b)司法権行使のために必要な当事者と場を確保するためである。
(2)日本国憲法における裁判を受ける権利の保障
  • 「裁判を受ける権利」は、単に裁判を拒絶されないという意味だけではなく、(a)裁判へのアクセスの実質的保障を含めて、適正な手続による裁判を受ける権利、(b)行政事件において公権力による権利侵害に対し実効的救済を受ける権利を意味する。「裁判を受ける権利」の保障は、憲法違反かどうかのレベルのほか、憲法の理念により適合しているかどうかのレベルで検証されるべきである。
(3)司法制度改革
  • 現在の司法制度改革の背景には、(a)法曹人口が極端に少ないこと、(b)紛争が司法に持ち込まれにくいこと、(c)行政訴訟の間口が狭いこと、(d)行政指導を受ける企業が行政訴訟で争うことがまれであること、(e)司法の消極主義があることのほかに、司法に対する社会的期待の高まりがある。
  • 司法制度改革の2番目の柱である司法の人的基盤の拡充こそ、司法制度改革の要諦であり、法科大学院の役割はきわめて重要である。

2.利用しやすい司法の実現

(1)裁判へのアクセスの拡充
  • 裁判へのアクセス拡充のための立法措置の進展は評価できるが、弁護士報酬の敗訴者負担等は、慎重な見極めが必要である。また、適正・公平な手続の保障への配慮を前提に、民事裁判の審理の充実、公平・迅速な手続の確保が必要である。
(2)行政訴訟制度の改革
  • 現行の行政事件訴訟法の下、裁判所により訴訟類型の限定、訴訟要件の厳しい解釈がなされてきたが、同法の大幅な改正を行おうとしていることは評価できる。ただ、原告適格の拡大等について改革案は不徹底な面もあり、より大胆な制度改革の実現に向けた国会審議を期待する。

3.司法への国民参加

(1)司法への国民参加の意義
  • 裁判員制度の導入による司法への国民参加を進めることに基本的に異論はない。裁判への国民の意識・常識の反映は不可避だが、その反映は、司法の「非民主的な」性格を踏まえ、憲法と法律のみに従って公平な手続の下で判断するという裁判の性格をゆがめないものでなければならない。
(2)裁判員制度の合憲性
  • 裁判官が狭義の法解釈について専権を有していれば、事実認定と量刑を裁判官と裁判員とで共同決定する裁判員制度は、基本的には合憲であると考える。
(3)裁判員制度の意義と課題
  • 裁判員制度は、刑事裁判の現状を転換する起爆剤となるか、あるいは、厳罰主義の「イチジクの葉」にすぎないか、見解が分かれており、制度構築の条件によりその結果が左右されるハイリスク・ハイリターンな改革とも言える。

4.おわりに

  • 憲法裁判所の設置は、ハイリスク・ハイリターンな改革であり、慎重な検討が必要である。今回の司法制度改革が付随的違憲審査制の活性化につながると考える。

◎市川正人参考人に対する質疑の概要

二田 孝治君(自民)

  • 「裁判を受ける権利」の保障の実効性を確保するために、訴訟費用の問題が重要であると考えるが、いかがか。
  • 法曹不足の問題に対し、法科大学院による法曹の教育・養成が進められようとしているが、法曹の質の確保について、どのように考えるか。
  • 行政訴訟については、より簡易、迅速、明確な方法が必要であると考えるが、いかがか。


辻 惠君(民主)

  • 裁判員制度の導入に当たっては、国民の司法参加の利益よりも被告人の裁判を受ける権利の保障の要請を優先すべきである。裁判員制度において、公判前の準備手続で出された証拠以外は原則として公判に提出できないとされていることは、まず検察側が有罪を立証しなければならないという被告人の無罪推定の原則を弱めることにつながるのではないかと考えるが、いかがか。
  • 裁判員制度では、裁判官、検察官、弁護人で行う準備手続の後に裁判員が参加した公判が行われるが、長期間の準備手続の後にわずかな期間の公判が行われた場合、裁判官に予断を生じさせていた戦前の予審の復活になるのではないか。また、その場合、評決に裁判員が影響を及ぼすことがありうるのか。
  • 裁判員制度の導入に当たっては、諸条件の整備(保釈、証拠開示、捜査の可視化)が不可分一体として行われなければ、裁判員制度が形骸化すると考えるが、いかがか。


斉藤 鉄夫君(公明)

  • 我が国の伝統的な「小さな司法」と米国の「大きな司法」をどのように評価するか。現行憲法は、どちらを指向しているのか。また、憲法を改正する場合、この点について言及する必要があるか。
  • 裁判官が人を裁く根拠や権威の源泉はどこにあると考えるか。裁判員制度は、この根拠を与えるために主権の源泉である国民を司法に参加させるものか。


山口 富男君(共産)

  • 我が国の違憲審査制は、なぜ、憲法で定められているのに機能しなかったのか。また、その活性化のためには、どのような改革が必要であると考えるか。
  • 意見書にある弁護士報酬の敗訴者負担は、訴訟を提起する側に抑制的に働くと考える。参考人はその導入について慎重な見極めが必要であるとするが、見極めの基準はいかなるものか。
  • 裁判官が良心に従い憲法と法律に基づき判断するということが民主主義原理とバランスをとる基本になると理解したが、いかがか。
  • 違憲審査制の活発化こそが求められているのであり、憲法裁判所を導入することには反対である。参考人が憲法裁判所の導入はハイリスク・ハイリターンであると述べた趣旨は何か。


山本 喜代宏君(社民)

  • 三権分立を実効的なものとするために、司法消極主義と言われる現状を司法制度改革を通じてどのように変えていくべきと考えるか。
  • 議員立法が増加する中、これに対する法制審の審議が十分行われているとは言えない現状を踏まえると、違憲審査機能の充実が大事であると考えるが、参考人は、立法と司法の緊張関係を司法制度改革の中でどのように捉えているか。
  • 憲法裁判所を設置するための憲法改正を行うことなく、現行憲法の下で抽象的違憲審査を可能とすることはできないか。


永岡 洋治君(自民)

  • 裁判員制度の導入について、国民の司法参加による国民主権原理の実現と、裁判の独立性・専門性・客観性とは、簡単には両立できないと考えるが、どのような制度設計をすべきか。
  • 米国のような司法取引が認められていないといった社会的土壌や「法の支配」の成熟度という観点から、裁判員制度が我が国社会に根付くのか疑問を感じるが、いかがか。
  • 肥大化する行政への司法によるチェック機能強化の観点から、特に、法律による政省令への委任がいわば白紙委任に当たるような場合には、司法によるチェックが必要であると考えるが、いかがか。そのためには、抽象的違憲審査を認めたり、憲法裁判所を設置すべきであると考えるが、いかがか。


鈴木 克昌君(民主)

  • 利用しやすい司法の実現のために、司法ネットの整備や法律扶助制度が重要であると考えるが、その具体化に当たって地方公共団体が果たす役割について伺いたい。
  • 行政訴訟の長期化により、多くの市民に「権利侵害」とも言うべき状況が生じているだけでなく、行政の側にとっても不都合が生じており、その点からも行政訴訟の迅速な処理が必要であると考えるが、いかがか。
  • 政府による裁判員制度の骨格案は、同制度を導入した場合の評決方法について、裁判官及び裁判員のそれぞれ1名以上の賛成が必要であるとするが、被告人の裁判を受ける権利の観点から、参考人はどのように考えるか。


森山 眞弓君(自民)

  • 国際情勢や国民の意識の変化を受けて、運用上必要な憲法解釈の変更が行われてきたが、参考人は憲法解釈の変更にはどのような限界があると考えるか。

◎自由討議における委員の発言の概要(発言順)

早川 忠孝君(自民)

  • 参考人のように、裁判を受ける権利を正義に対してアクセスする権利として広く解釈し、裁判の迅速化、適正化などを読み込むのであれば、その趣旨を憲法の条文に反映させるべきである。
  • 裁判員制度は、国民主権、国民の司法参加の観点から憲法上何ら問題はなく、画期的なものと考える。


中山 太郎会長

  • 立法府としても、国民にとって分かりづらい最高裁判事の構成、任命過程などを国民に明らかにするとともに、裁判官報酬の引下げの問題など最高裁判所についての問題点を憲法調査会において明らかにしていくべきである。


鹿野 道彦君(民主)

  • 現在の司法への国民参加の動きは性急であり、国民のコンセンサスが不足している点も見受けられる。
  • 司法は少数者の権利を守るものであること、また裁判を受ける権利とは裁判官の裁判を受ける権利と考えられることから、裁判員制度の導入の是非については、国民投票を行うことも考えられる。


早川 忠孝君(自民)

  • 裁判員制度は新しい「司法文化」への第一歩であり、同制度が司法制度改革の流れの中で導入されることは積極的に受け止めたい。
  • 現行の最高裁判所裁判官に対する国民審査制度は、形骸化しており、国民感情と乖離している。
  • 将来的には、参議院に憲法裁判院的な役割を与え、抽象的違憲立法審査や政省令に対する違憲審査を担わせることも考えられる。


鈴木 克昌君(民主)

  • 裁判員制度の導入に当たっては、5年間の準備期間があるとされるが、その間に国民の理解を得る努力をすることが大事である。