平成16年3月4日(木) 安全保障及び国際協力等に関する調査小委員会(第2回)

◎会議に付した案件

安全保障及び国際協力等に関する件(国家統合・国際機関への加入及びそれに伴う国家主権の移譲(特に、EU憲法とEU加盟国の憲法、「EU軍」))

上記の件について参考人ベルンハルド・ツェプター君から意見を聴取した後、質疑を行った。その後、委員間で自由討議を行った。

(参考人)

  駐日欧州委員会代表部大使    ベルンハルド・ツェプター君

(ベルンハルド・ツェプター参考人に対する質疑者)

  中山 太郎会長

  仙谷 由人会長代理

  斉藤 鉄夫君(公明)

  山口 富男君(共産)

  土井 たか子君(社民)



◎ベルンハルド・ツェプター参考人の意見陳述の概要

1.欧州統合プロセスの歴史的背景

  • 二度の大戦で学んだ「欧州諸国間の戦争を二度と起こさない」という教訓の下で欧州統合は進められ、欧州に平和、安定、経済的繁栄をもたらした。
  • 欧州統合の深化と拡大のために数次の条約改正が行われ、市場統合、共通外交・安全保障政策、通貨統合等を経て、現在、憲法草案の採択に向けた討議の最中にある。


2.欧州統合プロセスの成果

  • 欧州統合の成果として、(a)単一市場の創設、(b)ユーロの導入、(c)共通対外通商政策の採用、(d) 域内地域への各基金による財源割当て、(e)共通外交・安全保障政策による協力、(f) 移民政策等の内務司法分野での協力等が挙げられる。


3.EUとその諸機関の基本的性格

  • EUは、国家と国際機関のいわば「混成体」で、ある分野では国家主権の一部をプールし、他の分野では単に政府間協力を行うものである。
  • 事前に設定された「青写真」はなく、その発展は、特定政策分野での加盟国間の共通利益の上にボトムアップで構築されるプロセスをとっている。
  • 現在は、統合された政策(共同体政策)、共通外交・安全保障政策、警察・司法協力の三つの柱から成り立っている。
  • EU法の策定には、他の機関の支援なしに行動することができない「共同体方式」をとっており、欧州議会、理事会、欧州委員会の間の権限の均衡が図られている。また、欧州司法裁判所も共同体の重要な構成要素となっている。


4.EU統合の諸原則

  • EU統合は、欧州の建設と枠組みを強化する協力、効率を促進する競争、加盟国間の一体性を強化する連帯を推進力とする。
  • EU立法は、(a)加盟国の国内法に対するEU法の優位、(b)意思決定が市民に近いところで行われるとする補完性の原則等に基づいている。


5.協力の主要政策分野と共通通商政策、共通外交政策と共通防衛

  • 欧州域内の経済格差を是正し、より競争力を高めるために、新規加盟国への多額の資金援助が行われている。
  • 外交政策問題に関して共同行動への試みがなされたが、イラク戦争にも見られたように、成功には至っていない。憲法草案は、外務大臣職の創設、テロ・自然災害等における加盟国間の共同行動等を規定している。


6.加盟国憲法と主権移譲

  • EU統合の深化と拡大は、その国の憲法の主権移譲を可能とする憲法条文に基づき行われる等、加盟国憲法の適合化というプロセスを要求した。主権の一部移譲を受け入れる政治社会文化の存在が、統合の深化・拡大を可能にした。


7.憲法草案とその内容

  • 憲法草案は、EUに法人格を付与し、立法権と行政権について政治的共同責任を明確に確立することによりEUの民主的正当性を強化している。更なる統合のためにヨーロピアン・アイデンティティの必要性を強調し、複雑な「三本柱構造」の撤廃などにより、より透明で包括的な法体系を提示している。


8.おわりに

  • 欧州の経験は、歴史的、地理的、文化的な基盤に密接な関係があり、そのままでは、他の地域のモデルにはならないが、一国では十分に対応できない問題を特定し、地域に安定・安全を確保し、経済基盤の拡大により競争力を向上させるなどの統合の手法、統合を進める手続等に関して参考になると考える。

◎ベルンハルド・ツェプター参考人に対する質疑の概要

中山 太郎会長

  • 現在のEU加盟国間における価値観の共有と今後のEU拡大との関係について、また、欧州人権条約と基本権憲章を盛り込んだEU憲法との関係について伺いたい。
  • EUの安全保障分野における加盟国間の協調を模索してきた経緯と今後の方向性について、また、NATOとEUの安全保障及び防衛政策上の関係について伺いたい。
  • EUでは安全保障面での欧州各国の協調関係が常に意識されてきたと考えるが、アジアにおける地域安全保障について、また、アジア諸国とEU加盟国等が参加しているASEMの効果について見解を伺いたい。
  • EUの基本条約の批准や通貨統合の是非を問うために、各国で国民投票が実施されているが、国民投票の果たす役割やその功罪について伺いたい。


仙谷 由人会長代理

  • 憲法草案に規定されている「欧州オンブズマン」は、EU憲法上の機関として設置されると考えてよいのか。また、それは、加盟国又は地域ごとに設置するなどが考えられるが、EUではどのような構想を持っているのか。
  • 憲法草案には、個人情報の保護に関して、独立した機関を設置する旨の規定があるが、これはどのような機関を想定しているのか。
  • 憲法草案第2部「連合基本権憲章」における2条、3条等は、新しい人権として規定したもの、あるいは、従来「幸福追求権」と考えられてきたものを基本的人権として具体的に規定したものと考えることもできる。このような規定の仕方となったのはどのような理論に基づいているのか。


斉藤 鉄夫君(公明)

  • EU統合が予想されたよりも早いスピードで進んでいると感じているが、その要因は何か。
  • 我々は、憲法において普遍性と個別性・土着性のどちらを追い求めるべきであるかについて論議している。それに関連して参考人が述べたEU統合の礎としての欧州のアイデンティティとは何かについて伺いたい。また、個別性・土着性がない憲法は意味がないと考えるが、いかがか。


山口 富男君(共産)

  • 参考人は、EU統合の歴史的背景として、二度と戦争を起こさないということを強調したが、ナチスの戦争犯罪や被害者補償に対して欧州がどう臨んできたかということは、憲法草案にどのように反映されているのか。
  • 参考人は、外交政策問題について共同行動をとることの失敗例としてイラク戦争への態度を挙げたが、こうした不一致からどのような教訓を得たのか。また、昨年決定されたEUの安全保障戦略において、ユニラテラリズムに対して国連を中心とする多国間主義が強調されているが、ここにもイラク戦争に関わる教訓が含まれているのか。


土井 たか子君(社民)

  • EU統合は国家主権の移譲を伴うもので、国家観が今までにないものとなる。加盟国の憲法より国際法であるEU憲法が優先することにより憲法の概念が変わる。このような国家観、憲法観の変化をEU加盟国はどのように捉えているか。
  • 参考人は、「戦争が再び繰り返されることがないように」ということを情熱と決意で示された。このことに共感と感動を覚えた。加盟国の憲法には、イタリア憲法11条のような不戦規定もあるが、憲法草案策定の際にこのような規定を活かすことを考えたか。また、このような不戦規定をEU憲法において条文として規定する用意があるか。

◎自由討議における委員の発言の概要(発言順)

中谷 元君(自民)

  • 二重、三重の枠組みを構築している欧州の安全保障体制と現在のアジアの状況を比較すると、我が国周辺の安全保障は、米国を中心とした二国間の条約しか存在しない寂しい状況である。我が国は、集団安全保障・集団的自衛権に関して国としての考え方を整理し、地域の安定のために何をなすべきかを考えるべきである。
  • 東アジアにおける安全保障機構を創設し、予防外交、平和維持活動についてもお互いのルールを作っていく必要があると感じた。
  • 我が国が中心となって東アジアにおける安全保障体制を構築していくためにも、憲法の中で集団的自衛権・集団安全保障を認めていくべきである。


伊藤 公介君(自民)

  • EUの枠組みが、他の地域にそのままは当てはまるものではないことは当然と考える。アジアにおける安全保障体制を考えていく上では、安全保障に対する共通の基盤が大切ではないか。
  • アジア諸国との関係において、日本がどういう役割を担い、選択をしていくかが重要である。その際、安全保障上・経済上ウェイトを増している中国との関係は無視できないと考える。


武正 公一君(民主)

  • ドイツ軍のNATO域外派兵に関する連邦憲法裁判所判決において、派兵は連邦議会の個別の事前承認が必要であると判示されており、このような丁寧な議会承認のあり方は参考になると考える。


楠田 大蔵君(民主)

  • アジアでも共通の理想を構築し、経済や環境分野での連携を行っていくことが先決である。その信頼関係の中で安全保障問題を議論するべきであって、その順序を間違えてはならない。


山口 富男君(共産)

  • 参考人が、単独行動主義に対し国連中心の多国間システムが必要であるとした点は、同感である。
  • 欧州では、二度と戦争をしない、人権を大事にするということが土台にあって、EU統合があると考える。一方、アジアでは、日本の侵略戦争に関わる戦争責任の問題等があり、欧州の到達点からアジアの現状を吟味する必要がある。

<中谷委員に対して>

  • 集団的自衛権と集団安全保障は違うものである。集団的自衛権に関しては、世界の3分の2の国々が軍事同盟に属さず、そうした攻撃権を持たない国となっており、そこに世界の流れはない。日本は、地域安全保障を考える場合、憲法に根ざすことが必要である。

>仙谷由人会長代理

  • 平和を維持し、法の支配を貫徹するためには、地域における共通の安全保障・防衛政策が必要である。山口委員のように、憲法があるから日本はこのようなことはできないということを出発点にしては、地域的安全保障は成り立たない。共通の安全保障、価値観をつくることなく、自らの価値を固定させては、自らの安全保障、平和を構築できない。

>山口富男君(共産)

  • 9条は平和主義を掲げており、北東アジアの安全保障対話においても、日本はその立場に立つべきである。その立場に立つと対話が成り立たないという議論は成り立たない。

>中谷元君(自民)

  • 現憲法を固守した考え方はいつまで通用するか心配である。NATO、EUは、集団的自衛権を基に共存していこうという発想であり、日本もそのような発想を持たないと、米国の影響力から解き放たれず、安全保障面での選択肢がない。国家としての独自性、柔軟性、戦略性のためには、日米安保条約に代わる多国間の安全保障システムが必要である。その観点から当調査会においても、集団安全保障について議論する必要がある。

>仙谷由人会長代理

  • 中谷委員と結論においてそれほど違いはないが、集団的自衛権の行使を主張する者には、対話ではなく軍事的な圧力に傾斜して、米国との集団的自衛権の行使を世界中に広げるための憲法改正を企図する向きもあり、それは許されないことである。


土井 たか子君(社民)

  • 国際法の国内法に対する優位の原則は、EUという機構の中での議論であり、日本には当てはまらない。
  • 日米安保条約と憲法の関係については、条約と憲法では法源が異なっているので、両者は上下関係にはなく、日本における最高法規は憲法であるという立場から考えるべきである。

<中谷委員に対して>

  • 集団的自衛権を是認するNATOは、冷戦下に生まれ、ワルシャワ条約機構に対抗してきたという経緯があり、現在の日米関係とは状況が異なる。


山口 富男君(共産)

<中谷委員に対して>

  • 日本は米国の影響下にあり、安全保障上の制約になっていると中谷委員が認識しているのであれば、日米安保条約のくびきから離れる選択肢を考え、憲法の下の平和主義に戻ることが大事である。


中山 太郎会長

  • 日本の地域安全保障の構築に当たっては、日本周辺にはエネルギー資源がない点が問題であり、また、パイプライン等のネットワークを持たない点で日本は孤立している。
  • エネルギーの安定供給は地域全体の問題であり、この問題と安全保障は表裏一体の関係にある。北東アジア地域の安全保障を冷静に議論すべき時代が来ている。

◎近藤基彦小委員長から、次の発言があった。

  • 2月26日の憲法調査会での安保国際小委員長報告における「争点に関する憲法上の問題について、早急に合意形成を図る必要があると考えている」との部分は、「争点に関する憲法上の問題について、これを明らかにする必要があると考えて」いるとの趣旨である。これを敷衍するならば、集団的自衛権を認めるか否か、集団安全保障への参加を認めるか否か等9条をめぐる争点に関する憲法上の問題の所在を、議論を通じて明らかにする必要があるという趣旨である。