平成16年3月15日(月)(広島地方公聴会)

日本国憲法に関する調査のため、広島市において地方公聴会を開き、意見陳述者から意見を聴取した後、意見陳述者に対し質疑を行った。

1.意見を聴取したテーマ 日本国憲法について(特に、非常事態(安全保障を含む)と憲法、統治機構(地方自治を含む)のあり方及び基本的人権の保障のあり方)


2.派遣委員

団長 会長     中山 太郎君(自民)

   会長代理   仙谷 由人君(民主)

   幹事     船田 元君(自民)

   委員     渡海 紀三朗君(自民)

   幹事     山花 郁夫君(民主)

   委員     斉藤 鉄夫君(公明)

   委員     山口 富男君(共産)

   委員     土井 たか子君(社民)


3.意見陳述者

 公務員            佐藤 周一君

 広島大学大学院教授・医師   秀 道広君

 元広島平和記念資料館館長   高橋 昭博君

 団体職員           平田 香奈子君

 社会福祉法人みどりの町理事長 岡田 孝裕君

 岡山県議会議員        小田 春人君


◎団長挨拶の概要

団長から、会議開催の趣旨及び憲法調査会におけるこれまでの活動の概要等について、発言があった。

◎意見陳述者の意見の概要

佐藤 周一君

  • 現在、失業率は5%前後となっていることを始めとして若者も中高年も失業問題は深刻であり、27条や25条に反する状況である。かつて、生活保護を巡る裁判で「憲法は努力目標」という判断を裁判所が出した例もあるが、当時の経済状況であればそうした弁明の余地があり得たかもしれないが、今の日本の経済規模からすると、もはやそのような弁明はできないはずである。
  • 政府は、巨額の資金を投入してドルを買い支えながら、国民のために使う金を惜しんでいる。このような歪みを正し、雇用保険の失業等給付の給付期間の延長や医療費の負担増回避などの施策により、個人消費も回復し、景気全体も回復する。「改革なくして成長なし」ではなく、「人権なくして成長なし」ではないか。
  • 現在、憲法を改定しようとする動きが強まっているが、まず、その前に、政府に憲法を守らせること、そのことを通じて人権を侵害させないようにするのが国会の役目である。
  • 基本的人権が保障されるためには、戦争がないことが絶対条件であり、9条こそ今後の世界の指針であり、9条は絶対に変えてはならない。
  • 地方公聴会の開催の在り方については、もっと多くの主権者が意見を発表できるよう再考すべきである。

秀 道広君

  • 広島は、世界で最初の被爆都市であり、国の安全保障について発信するにふさわしい都市である。
  • 我が国が戦後59年間にわたり平和憲法を掲げて平和と個人の権利、自由の拡大を享受してこられたのはむしろ僥倖であって、今後とも同じ状態が続く保証はどこにもない。
  • 戦争、拉致、領土侵犯など国家主権の侵害はあってはならないが、万一起こったときにはそれに対応できる準備をしておくことが必要である。本来、戦争を起こさないことが目的であるはずであるのに、軍隊を持たないことが自己目的化しており、本末転倒である。憲法もまたそのための手段であって目的ではない。憲法が時代に合わなくなってきているのであるから、憲法を変えるべきである。
  • 広島の市民、県民、被爆者がすべて自衛隊の国軍化に反対していると思うのは誤っている。
  • 軍隊は、国民の生命、財産、自由とともに、国家のアイデンティティを守るものであり、国家のアイデンティティを前文において明らかにすべきである。
  • 先の大戦を通し、我が国、なかんずく広島は、平和のための使命を帯びた。その使命は、現状のような交戦権の放棄と戦争回避のための思考停止ではなく、積極的な平和活動として表現されるべきである。
  • 以上から、9条2項を削除し、自衛隊を軍隊として整備するとともに、前文を全面的に改正し、我が国の歴史、伝統、文化を踏まえた国家像と国際協力主義を明らかにする必要がある。

高橋 昭博君

  • 私は中学2年生、14歳のときに被爆し、一年半の闘病生活の後に九死に一生を得た。級友たちの多くは原爆の威力、破壊力を試す実験によって無惨に殺された。亡くなった級友達の死を無駄にしないために、生き残った者が、亡くなった級友たちに代わって、平和に生きる世界を築く責任を果たしていかなければならない。近く73歳を迎える私は、今なお「生きることの意味」を問い直している。
  • 私は、被爆の苦しみや悲しみ、そして、憎しみを乗り越え、恨み辛みを克服して、戦争のない平和の喜びをかみしめながら、立ち直ることができた。それは世界に冠たる「戦争放棄」と「平和主義」を謳った「日本国憲法」があったからにほかならない。
  • 私は、憲法の見直し、とりわけ、9条の見直しには断固反対である。我が国は、9条を堅持し、平和外交を基調とする全方位外交を果敢に展開しなければならない。
  • 経済問題、教育問題、治安の悪化など現在の日本には問題が山積している。憲法を見直すより、自衛隊をイラクに派遣するより、世界一安全で平和な日本の復活を成し遂げる努力こそ今最大の急務と言わなければならない。

平田 香奈子君

  • 私は、環境問題や国際問題に対して何かできないかと思い、NGOの活動に携わってきた。そのような活動をしながら、我が国の難民問題や環境と原発問題、核兵器に対する態度を考えるようになったが、納得できないことが多いと感じた。
  • そのような経験から憲法を勉強するようになり、憲法を学ぶ中で一番強く感じたのは、やはり憲法を変える必要はないということであった。憲法に書かれていることを政府や国の政治を担っている人たちが全く守っていない、実行していないことに問題があると感じた。
  • 日本は半世紀以上前、アジア諸国を侵略し、大きな戦争を引き起こした。その戦争で、多くの人々の命、生活を奪い、その反省と二度と戦争をしないという誓いの下に日本国憲法は生まれたと考える。しかし、現在、政府のやっていることは、そのような誓いを次々とないがしろにするものである。
  • 日本国憲法は、世界に誇ることのできるものであり、まったく変える必要はない。憲法を調査する前に、政府や国会は、憲法を守ってほしい。憲法に書いてあることを真剣に実行して、その結果を調査してほしい。憲法は、日本の最高のルールであり、それは頭の中で考えてできたものではなく、あの悲惨な戦争の体験、人類の自由を求める闘いの到達点が、条文に書き込まれているものである。

岡田 孝裕君

  • 我が国の地方自治は、長い間3割自治と言われてきた。このことは、民主主義国家を形成する上で最も重要な役割を持ち、その基盤となるべき地方自治が不十分で、未発達であることを如実に示している。
  • 地方自治の問題点として、(a)地方自治の現状として、東京への一極集中が進み、中央志向の弊害が現れており、自主自立の精神と自己責任こそが地方自治の基本原則であることにかんがみ、このことを大きな課題として認識すべきであること、(b)国と地方の業務分担と財政については、地方交付税の在り方をはじめとして課題が山積しており、地方財政を地方自治の原点に照らして再構築することが必要であること、(c)地方自治の階層制における重層構造や自治体の規模における対症療法のつぎはぎから生まれたいびつな構造は改める必要があること、の三点を挙げたい。
  • 成熟しつつある民主主義を更に強固なものに育てていくためには、地方自治の憲法における位置づけも現状のままでは不十分であり、地方自治の基本理念をあらわすものに改正することが必要である。
  • 地方自治の理想の方向性として、「地域社会」と「基礎自治体」を重視し、地方交付税に依存するのではなく、自分たちが納める税金によって市町村の業務や事業が実施されているという「受益と負担」の相互確認こそ地方自治の原点であり、基礎自治体の成立理念であってほしいと考える。
  • 道州制導入も検討されるべきであり、最終的目標として、憲法改正による「連邦制」を目指すべきである。道州制導入に当たっては、中央政府と地方政府の関係について、(a)国と地方の役割分担を明確に憲法に規定すべきである、(b)財政自主権が保障されるべきである、という二点を確立しなければならない。

小田 春人君

  • 私は団塊の世代に属する者であるが、団塊の世代は愛国心や日本の歴史、伝統、文化を大切にする心が相対的に薄い世代のように思える。憲法に対する関心も薄いようであるが、立場はどうあれ、より積極的に憲法論議に参加する意識を持つべきである。
  • 学校における憲法教育は、特定のイデオロギーに偏る傾向があり、このような偏った憲法教育の是正が必要である。憲法調査会としても、学校教育における憲法教育の実態を詳しく調査してほしい。
  • 私は、(a)憲法の制定過程に問題があること、(b)施行後60年近い時の経過の中で、内容を付け加えたり、変更したりする必要が生じていること、の二点から憲法改正が必要であると考える。
  • 特に、統治機構については、(a)二院制をとりながら両院の選出方法が酷似していることなどから、一院制への改正又は両院の選出方法の変更が検討されるべきであること、(b)最高裁判事の国民審査が形骸化していることから廃止も含めて検討されるべきであること、の二点を申し述べたい。
  • ・地方自治制度は飛躍的に重要性を増しており、その具体的内容を憲法に定めるべきである。団体自治と住民自治で説明される「地方自治の本旨」もより具体的にわかりやすく憲法に明記すべきである。また、国と地方の関係や役割分担も憲法に明記すべきである。今回のテーマである「基本的人権の保障のあり方」という言葉を聞くと、ただ虚しさだけを覚える。果たして、この国において基本的人権の保障など存在するのだろうか。また、誰がそれを保障してくれるのか。24年間息子の帰りを待ち続けて、ずっと考えてきたのがそのことである。


◎意見陳述者に対する主な質疑事項

中山 太郎団長

<全陳述者に対して>

  • 教育は国の礎であり、将来の我が国を担う子ども達の教育がどうあるべきかという問題は、「国のかたち」を考える上で重要である。しかし、現在、学級崩壊、犯罪の低年齢化、社会道徳の崩壊など、教育をめぐり、様々な問題が生じている。教育基本法の見直しを含め、新しい教育の在り方が模索されているところであるが、こうした状況を踏まえ、教育の在り方について意見を伺いたい。


渡海 紀三朗君(自民)

<全陳述者に対して>

  • 意見陳述において、陳述者のみなさんが強調したかった部分、陳述し足りなかった部分があれば、補足をお願いしたい。

<岡田陳述者に対して>

  • 国と地方の関係において、国の役割は何と考えるか。


山花 郁夫君(民主)

<岡田陳述者及び小田陳述者に対して>

  • 地方自治の推進と国会の在り方について意見を伺いたい。例えば、道州制が導入されたと仮定したとき、一院制の導入も考えられるが、二院制を維持しつつ、両院の議員の選出方法を異ならせることも想定できるのではないか。

<佐藤陳述者、高橋陳述者及び平田陳述者に対して>

  • 憲法改正反対の意見に立つとき、「憲法保障の在り方」について意見を伺いたい。

<秀陳述者に対して>

  • 秀陳述者は、集団的自衛権の肯定・海外への自衛隊の派遣を積極的に認めるべきであるという意見か。


斉藤 鉄夫君(公明)

<佐藤陳述者に対して>

  • 現行憲法は人権についておおざっぱに定めているが、これに対して個別的な人権について細かく定めるべきだとする意見もあるが、この意見についてどのように考えるか。

<秀陳述者に対して>

  • 日本の守るべき名誉、国家アイデンティティとは何か。集団的自衛権について、どのように規定すべきか。9条をそのままにして、自衛隊を現在の解釈で認められるという意見に対して、どのように考えるか。

<高橋陳述者及び平田陳述者に対して>

  • 核廃絶を目指す上で立ちはだかる壁として核抑止論があるが、これをどう乗り越えるべきであると考えるか。

<高橋陳述者に対して>

  • 9条は、核廃絶に向けての運動に力を持つと考えるか。

<岡田陳述者及び小田陳述者に対して>

  • 義務教育費国庫負担制度の一般財源化は、全国一律の教育を受ける権利の保障を失わせるのではないかと心配しているが、どのように考えるか。

山口 富男君(共産)

<高橋陳述者に対して>

  • 被爆体験を乗り越えるきっかけが平和主義を掲げた憲法であったということをより詳しく伺いたい。また、21世紀に9条を引き継ぐために何が大切であると考えるか。

<平田陳述者に対して>

  • 人文字アピールとは、戦争ではなく平和をというようなことか。その際の若い人の思いはどのようなものか。それは、平和主義や民主主義を見直すいい機会になると考えるが、いかがか。国民が憲法を大事に思う気持ちが国会に反映されていないということをどのように考えるか。

<佐藤陳述者に対して>

  • 憲法の人権条項のすばらしさをどのようなところに感じるか。年金保険料を引き上げ、給付水準を引き下げることを内容として提案されている年金改正案について、どのように考えるか。

<岡田陳述者に対して>

  • 地方自治の現状は、憲法に反しているという認識か。

土井 たか子君(共産)

<秀陳述者及び高橋陳述者に対して>

  • 日本のアイデンティティは伝統、文化、誇りであるとの意見があったが、日本の伝統、文化、誇りは9条であると考えるが、いかがか。また、広島の体験を日本のアイデンティティにすることが大切であると考えるが、いかがか。

<佐藤陳述者に対して>

  • 意見陳述希望の文章を見ると、圧倒的多数は憲法改正に反対であり、これで国民の声を聞いたと思わないで欲しいという意見もあったが、地方公聴会の在り方について、どのように考えるか。

◎傍聴者の発言の概要

派遣委員の質疑終了後、団長は、傍聴者の発言を求めた。


井坂 信義君

  • 憲法を改正しなければならない時期に来ている。平和や自国を守るための軍隊を持つことや個別的・集団的自衛権を憲法上明記し、9条2項を削除すべきである。同条により、国民の国を守る意識、政府の国民を守る意識が薄れてきており、その現れが拉致問題である。イラクに派遣されている自衛隊の名誉を守るためにも、憲法を改正すべきである。


今谷 賢二君

  • 私たちが求める社会は、国民が主権者として重んじられ、誰もが人間らしく生き、働くことができる社会であり、そのための柱が労働と教育である。若者の雇用問題等に取り組み、そのために勤労が義務であり、権利であることを実体的に実現していただきたい。教育についても、誰もが能力に応じて尊重される教育を実現すべきであるが、現状は条件整備が不足しており、そのような教育が実現されず、結果として生存権の保障にも不十分さを残している。今、憲法を守り、活かすことがより重要である。
  • 事実に反する単一民族、最高裁判所裁判官の国民審査において国民が自らの判断をしていないという発言は、残念である。


M 喜代子君

  • 9条の改正等が語られている状況であるが、看護師として、有事の際に自分の命にかかわるような状況に陥って欲しくない。
  • 女性として、愛する人達が自分の命を冒されるような状況に立たされることも悲しむべきことである。