◎会議に付した案件
最高法規としての憲法のあり方に関する件(憲法保障(特に、憲法裁判制度及び最高裁判所の役割))
上記の件について最高裁判所当局より説明聴取及び参考人笹田栄司君より意見聴取の後、質疑を行った。その後、委員間で自由討議を行った。
(最高裁判所当局)
最高裁判所事務総長 竹崎 博允君
最高裁判所事務総局総務局長 中山 隆夫君
最高裁判所事務総局行政局長 園尾 隆司君
(参考人)
北海道大学大学院法学研究科教授 笹田 栄司君
(笹田栄司参考人に対する質疑者)
◎最高裁判所当局の説明の概要
1.最高裁判所の事件処理体制
(1) 最高裁判所の事件処理の仕組み- 最高裁では通常、5人の裁判官で構成される三つの小法廷で事件を審理している。裁判官は年間約2000件の事件に関与しており、多忙であることは否めない。
- 平成10年の民事訴訟法改正では、最高裁の負担軽減のため、裁量上告制をとり入れた。
- いまだ裁判官の負担が重いことは否めないが、いかに多忙であれ、憲法判断が不可能ということはないというのが、現在の最高裁裁判官の大方の意見であると考える。多忙のため憲法判断に取り組めなかったという最高裁裁判官経験者の発言があるが、それは、例えば学者出身の裁判官の場合、憲法判断を行うに足りる納得のいく調査研究が尽くせなかったという心情を述べたのではないか。
2.最高裁判所の裁判官の選任について
(1) 最高裁判所裁判官の資格要件- 最高裁裁判官は、識見の高い、法律の素養のある年齢40年以上の者の中からこれを任命し、そのうち少くとも10人は、10年以上高裁長官もしくは判事の職にあった者、又は20年以上法曹の職にあった者であることが必要とされる。
- 実際の任命においては、任命前の職業が考慮されており、その出身母体に応じて、裁判官・弁護士・学識者(大学教授、検察官、行政官、外交官)の三つのカテゴリーが意識されているようである。
- 各小法廷の事件処理の状況・構成など最高裁の実情を踏まえて、後任候補者の出身分野、最高裁判事としての適格性について、最高裁長官は、任命が内閣の専権であることを踏まえつつ必要な限度で、直接、内閣総理大臣に意見を述べることが慣例となっている。
3.裁判所の人的・物的態勢
(1) 司法予算について- 我が国の司法予算は国家予算の0.4%であり、それを司法が十分に機能していない原因とみる向きもあるが、司法制度の機能については、一つ一つの事柄について法の要請が果たされているか否かの分析的検討が不可欠である。
- 「2割司法」という言葉は、国民の2割程度しか一生のうち司法制度に関わらないとの趣旨でマスコミによって使われたのが始まりであるが、この用語は厳格に捉えるべきではなく、むしろ紛争解決の手段としての司法作用の充実強化の要請を指摘するものとして理解すべきである。
4.裁判官の独立の保障
(1)裁判官の独立に関する憲法の保障について- 裁判官を制度的に保障するものとして、まず基盤となる身分に対する保障を行い、報酬についても手厚い保障がなされている。さらに周辺部は、司法行政の独立という面での保障が担保されている。
- 裁判所の報酬改定は、裁判官会議の議を経て行っており、平成14年及び15年の報酬改定に係る同会議において、今回の報酬の減額は、裁判官の地位ないし独立にかかわる問題ではなくやむを得ないとの結論に達した。
- 上記判断は司法行政上の判断であり、仮に裁判官の一部から報酬減額は違憲との訴えがなされた場合、司法権の主体としての判断が先行する行政判断に拘束されないことは当然である。ただし、裁判官の構成メンバーが同じであれば、同じ結論となる確率が高いと思われる。
◎笹田栄司参考人の意見陳述の概要
1.はじめに
- 最高裁判所の現状については、(a)多くの上告事件を抱えていること、(b)大法廷への回付が少ないこと、(c)これまでに5種6件しか法令違憲判決を出していないこと、(d)憲法規定を正面に押し出すことなく、法律レベルで解決を図るケースがあること、(e)憲法裁判の前提となる「裁判を受ける権利」の保障に関しては、理論レベルが昭和35年以来停滞していることが認識できる。
2.最高裁判事の任用資格
- 裁判所法41条は、最高裁判事に「識見の高い、法律の素養のある」ことを条件として、法律専門家以外の人物が就けるとしている。これは、比較法的には、違憲審査権を行使する裁判所の構成として例外に属するものである。
3.違憲審査制が活性化しない原因
- 現在の最高裁の在り方は、戦前の大審院と比べた場合、「一元的集中」と言ってよいが、法曹一元や陪審制等を採用せず、職業裁判官制度が採用されたことから、最高裁を頂点とする司法システム「等質的な司法」ができあがった。
- これは民事・刑事事件を念頭に置いたもので、解釈者の個性が出てこざるを得ない憲法事件には、抑制的に働いているのではないかと考えられる。
- 最高裁判事の負担は、平成10年の民事訴訟法改正により上告事件の件数が減少するなど、かなり軽減されたとされているが、上告受理事件の件数は逆に増加しており、無視できる数字ではない。
- 職業裁判官の出身ではない最高裁判事の経験者による最高裁に対する評価は、違憲審査制を考える上で、重要なポイントであると考える。
- 最高裁の持つ「上告審」であり「違憲審査についての最終審」という二重の役割は、諸外国と比べた場合、過大な任務となっており、事件の大半を占める上告審に傾斜せざるを得ない。
4.違憲審査制活性化のためのさまざまな試み
- 上告制限については、それが目に見える負担減になれば、違憲審査活性化のための有効な方策となり得る。ただし、81条が「終審裁判所」と規定することから、米国のように、すべてを裁量上訴とすることはできないと考えられる。
- 憲法裁判所設置論については、政策問題を裁判所が扱うこととなる「裁判の政治化」や憲法裁判所の判断を予測して政策決定がなされる「政治の裁判化」についての懸念があり、議会政治への影響を払拭できない等の問題がある。
- また、ドイツにおいては、具体的な人権侵害に関しての憲法訴訟である「憲法異議」が憲法裁判所に係属する事件の98%を占めており、これらの人権裁判において、かなり踏み込んだ判決をしていることで国民の信頼を得ているという側面がある。
- 米国型の司法制度を採用しながら、抽象的審査制を採り入れたカナダ最高裁の「参照意見制度」は、注目に値すると考える。
- 私の考える最高裁の機構改革は、「上告審機能」と「違憲審査機能」とを分離しようとするものである。
5.おわりに
- 違憲審査制が停滞している現状を最高裁の責任のみに帰するのは、フェアではない。立法による最高裁の改革を図ることが必要である。
- 最高裁の機構改革による大幅な負担軽減、最高裁判所裁判官任命諮問委員会の設置及び最高裁判所裁判官国民審査制の改革など、複合的なプランが考えられるべきである。
◎最高裁判所当局及び笹田栄司参考人に対する質疑の概要
中山 太郎会長
<笹田参考人に対して>
- 諸外国の違憲審査制の実情や「憲法裁判所」の権能に照らして、我が国の最高裁判所及び憲法裁判が抱える問題点は、我が国と同様に単一の司法体系を有する米国などと比較した場合、どのようなところにあるのか。
<最高裁判所当局に対して>
- 昨今、科学技術や医療技術など自然科学の分野にかかわる事件が増加の傾向にあることにかんがみれば、これらの分野に知見を有する裁判官者が必要と考えるが、最高裁判所として、こうした分野に関する事件についての司法判断を下すに当たり、現在、どのような体制をとっているのか。また、司法の分野における情報ネットワークの構築の現状はどのようなものか。そして、これらの諸点について、今後、どのような体制の構築を考えているのか。
古川 元久君(民主)
<笹田参考人に対して>
- 参考人の提示する違憲審査制の活性化のためのプランは現行憲法の下での法律改正を前提とした議論か、それとも憲法改正を含めた議論か。
- もし憲法改正を前提とする場合であっても、憲法裁判所の設置には慎重な立場か。
<最高裁判所当局に対して>
- 最高裁判所裁判官の国民審査制度の形骸化が以前から指摘されているが、この点について最高裁判所はどのような認識をお持ちか。
<笹田参考人に対して>
- 現在、内閣法制局が事実上、最終的な憲法の解釈権を有しているかのごとく扱われており、ゆがんだ意味での「政治の裁判化」とでも言うべき現状にある。かかる現状から比べれば、憲法裁判所により抽象的な違憲審査をした方が良いと考えるが、いかがか。
赤松 正雄君(公明)
<最高裁判所当局に対して>
- 最高裁判所の裁判官は多忙だと述べられたが、その点、調査官のフォローアップが重要であると考えるが、いかがか。
<笹田参考人に対して>
- 憲法裁判所を設置するのではなく、現行制度の下で司法改革を主張する参考人の意見に賛成であるが、最高裁判所の内部に憲法部を設置することについてはどのように考えるか。
<最高裁判所当局に対して>
- 裁判官の独立性を強調するあまり、裁判官の閉鎖性が指摘されることもある。最高裁判所としては、裁判官を理解してもらうためにどのようなプレゼンテーションを行なっているか教えていただきたい。
山口 富男君(共産)
<最高裁判所当局に対して>
- 配付された資料によると上告事件の主たる上告理由「憲法違反の主張をしているが憲法違反に当たらないと判断されたもの」の件数が、平成9年度から15年度では、約3倍に増加しているが、これはどのような事情によるか。また、憲法のどういう条項にかかわるのか。その内容に分類や特徴があれば、教えていただきたい。
- 私は、現行憲法の中での違憲審査制の活性化こそが必要であって、憲法を改正して憲法裁判所を導入することには否定的な立場であるが、最高裁判所としては、憲法裁判所についてどのよう見解をお持ちか。
<笹田参考人に対して>
- 現在の司法制度の大きな問題は、司法権・裁判官の独立の弱さにあり、その背景には、最高裁の裁判官任命による政治的利用の問題や司法官僚制といわれる下級裁判所の裁判官に対する厳しい統制がある。(a)最高裁判所の裁判官の任命諮問委員会の設置はかかる現状の改革につながると考えるか、(b)批判を受けている司法官僚制についてどういう考えをお持ちか。
- 憲法裁判所を持つドイツには、ナチス時代に司法が憲法秩序を破壊する一翼を担った経験があるが、この経験は憲法裁判所の設置に影響を与えていると考えてよいか。
土井 たか子君(社民)
<笹田参考人に対して>
- 統治行為論などの理論を用いて裁判所が憲法判断を下さない傾向があるために、現在、憲法裁判所の設置などが議論されている。しかし、これは81条が具体化されていない現状から生ずる議論であって、同条を素直に読み、これが具体化されれば、憲法裁判所などの議論は解消されていくかもしれない。この点に関連して、参考人は統治行為論についてどのように考えるか。
<最高裁判所当局に対して>
- 司法修習に際しての憲法の位置付けはどのようになっているか。
- 司法修習生で裁判官希望者は増加しているか。
- 裁判官会議が形骸化しているとの批判があるが、この点をどのように考えるか。
小野 晋也君(自民)
<笹田参考人に対して>
- 議員定数不均衡問題に関して、仮に裁判所が違憲と判断した場合、国会が成立しなくなり、国会が定数是正措置を講ずることができなくなる。この問題は、法的にどのように解決すればよいと考えるか。
- 憲法改正に関する国民投票制度は、いわば「立法の不作為」とでもいうべきものであり、これが未だに制定されていないことについては、違憲と判断されかねないと考える。この問題について、参考人はどのように考えるか。
山花 郁夫君(民主)
<最高裁判所当局に対して>
- 国会が最高裁長官に出席を求めても、憲法上問題があるために出席できないと答えることが多いが、それはどういう意味か。
<笹田参考人に対して>
- 違憲の疑いがあるとも言われた裁判官報酬の減額や、裁判所による出版物の事前差止めの仮処分などに対して訴訟が提起された場合、裁判所自らの判断を裁判所が審査するという事態になる。しかし、憲法裁判所が審査すれば、そのような事態になることもなく、国民の目から見て分かりやすく、また、訴訟の迅速化にも資すると考えるが、いかがか。
下村 博文君(自民)
<笹田参考人に対して>
- 昨日、学生無年金障害者訴訟に関し、立法不作為であり違憲であるとの判断が下されたが、時代の変化に法改正が追いつかないこともある。立法不作為についてどう考えるか。また、司法消極主義・行政優先という傾向が今まで強かったと思うが、司法の姿勢についてどう考えるか。
- 環境権を憲法に明記することについてどのように考えるか。
- 行政事件訴訟法の改正が論議されているが、行政訴訟制度が改善されれば、国民の権利を行政・司法に訴える場がより開かれ、成熟した民主主義が育つことにつながり、ひいては強い行政・国家を育てることになると考える。行政事件訴訟法の改正についてどのように考えるか。
◎自由討議における委員の発言の概要(発言順)
船田 元君(自民)
- 以前から日本の最高裁の違憲審査が少ないということを感じていたが、その理由の一つとして一般上告事件が多いという参考人意見陳述及び最高裁の説明を聞き、ある程度理解することができた。その意味で、裁量上告制度の導入は有効な手法のひとつであると考える。
- にわかに判断すべきではないが、最高裁の任務である違憲審査を活性化するためには、憲法裁判所設置が一つの方法として考えられるとしても、その前に、現在の司法裁判所制度の下における最高裁の機構改革等に取り組むべきではないか。
- ただ、笹田参考人が提案した案のうち、憲法問題のスクリーニングや一般上告事件を担当する「特別高裁」の設置については、ある意味で4審制になりかねない点や事件が長期化するおそれなどの短所があると考える。
- 昭和32年に国会に提出されながら廃案となった裁判所法一部改正案に盛り込まれていた改革案((a)最高裁は憲法違反・判例違反等の重要案件のみ取り扱うこと、(b)一般上告事件は最高裁の付属機関として設けられる最高裁小法廷で審理することなど)は、極めて現実的で望ましい手法であると考える。
仙谷 由人会長代理
- 「法の支配」を貫徹するのであれば、憲法保障の最後の砦である司法が健全に機能しなければならない。しかし、現実には日本の司法は、(a)具体的争訟でなければならず、(b)憲法判断を回避する傾向が強い。このことにより、直接・間接の人権侵害が生じている。行政など公的主体の行為について司法による憲法判断に期待できないため、国民の間に一種の諦観さえ広がっている。「法の支配」を貫徹し、この国民の諦観を振り払うためのあらゆる具体的方法が検討されなければならない。
- 具体的には、準司法機関たる人権委員会・人権裁判所・オンブズマンなどについて早急に検討し、立ち上げられなければならないとともに、司法裁判所において行政などの公的主体の行為について直接的抽象的に争うことができる制度を構築する必要がある。さもないと、ますます国民のシニシズム・諦観が増幅し、結局において「法の支配」が貫徹しないこととなる。
小野 晋也君(自民)
- 国民の2割しか司法を使っていないという意味で「2割司法」という言葉が説明された。しかし、最終的に司法に判断を求めるのも一つの方法であるが、司法の判断を求める前に、法によってのみ律せられるのではなく、自己抑制や譲り合いの精神によって物事を解決するのも一つの方法である。そのためにも、権利ともに「自己抑制と調和」の精神を憲法に書き込むべきであると考える。
山口 富男君(共産)
- 学生無年金障害者訴訟に関しては、立法化の動きがあることを紹介しておきたい。
- 憲法を時代の流れの中で読み込むことはできるとしても、厳格な解釈がなされるべきである。その観点から、公法学会では通説であり、いくつかの下級裁判例も言うように自衛隊は9条違反である。にもかかわらず政治がこれを作ってしまったことが問題とされなければならない。
- ドイツの憲法裁判所は、ナチス時代の反省の上に立ち、戦後、憲法秩序を守るための制度として誕生したのに対し、我が国の違憲審査制は人権保障の制度として出発した。一つ一つの事件に対して、裁判官が高い見識をもって独立した立場で裁くという手立てがなされてこそ違憲審査制度が機能するのであり、この点も踏まえて、司法制度改革を考えていく必要がある。
山花 郁夫君(民主)
- 裁判所が一度下した判断に対する訴訟は、裁判所が自らの判断を再び審査することから憲法違反であるとの判断を下すことは考えにくいという点及び迅速な処理という点から、裁判所とは別の機関が扱うべきではないか。
- プライバシーに基づく出版物の差止めについては、仮処分は司法裁判所の系統で行い、憲法判断は司法裁判所とは別系統の憲法裁判所で行うという方策もあるのではないか。
計屋 圭宏君(民主)
- 現行の裁判所は具体的事件がなければ憲法判断ができず、仮に違憲判断を下してもその効果は当事者間までしか及ばず、法律を無効とすることはできないなど、「憲法の番人」としての積極的役割を期待するには無理があると考える。一方、憲法裁判所は、具体的な事件がなくとも訴訟を提起できる点などから、憲法裁判所が必要ではないかと考える。
土井 たか子君(社民)
- 笹田参考人は、改憲することなく違憲審査制度を現行の裁判制度の中で十分確保できるとの意見であったが、私も賛成である。81条は、裁判所は、「一切の法律、規則、命令又は処分」に対していわゆる「違憲・合憲決定権」を持つとしているが、現状は、裁判所が「統治行為論」などを理由として訴えを退ける例が多く見られるなど、81条が実現されておらず、これは99条に定める憲法尊重擁護義務との関係でも問題である。現実から81条を見るのではなく、81条を実行しなければならないのであって、そのためには、行政訴訟法を充実化させることも一つの方策ではないか。
中山 太郎会長
- 平成12年5月25日の当調査会において、最高裁判所当局から戦後の主な違憲判決について説明を聴取し、砂川事件判決及び苫米地事件判決において最高裁は「統治行為論」についての基本的な考え方を示している旨の発言があった。土井委員の発言は「統治行為論」に見られる違憲判断の回避をいかに解決するかとの趣旨であったが、当調査会も、現行憲法にいかなる問題があるかについて憲法裁判所・オンブズマン制度等も含めて調査を充実させていかなければならない。