平成16年4月1日(木) 基本的人権の保障に関する調査小委員会(第3回)

◎会議に付した案件

基本的人権の保障に関する件(公共の福祉(特に、表現の自由や学問の自由との調整))

上記の件について参考人松本和彦君から意見を聴取した後、質疑を行った。その後、委員間で自由討議を行った。

(参考人)

 大阪大学大学院高等司法研究科教授  松本 和彦君

(松本和彦参考人に対する質疑者)

 平井 卓也君(自民)

 笠 浩史君(民主)

 太田 昭宏君(公明)

 山口 富男君(共産)

 土井 たか子君(社民)

 松野 博一君(自民)

 園田 康博君(民主)

 船田 元君(自民)


◎松本和彦参考人の意見陳述の概要

1.はじめに

人権と公共の福祉の関係を巡る争いは、問いの立て方を巡る争いだった。通説的理解によると、「人権」対「公共の福祉」の「二項対立図式」により問題設定をする。ここでは、議論を明確にするために、次の二つの問いを立てることとする。

2.「問1」人権は公共の福祉によって制限できるのか

(1) 「問1」に対して最高裁は、チャタレイ事件判決において、基本的人権といえども絶対無制限ではなく、公共の福祉によって制限されると判示した。

(2) 学説もおおむねこれを肯定的に受けとめたが、若干の異論がある。それは、「二項対立図式による問題設定」そのものが正しいのかという点である。例えば、脅迫罪や詐欺罪は刑法上処罰されるが、そもそも「脅迫の自由」「詐欺の自由」などというものが憲法上保障されており、それが公共の福祉によって制限されるなどということがあり得るのか。人権・非人権をきちんと区別しないと、人権ならざる行為を公共の福祉によって制限するというおかしな構造になる。
 しかし、人権・非人権の区別をする際には、人権をどのように定義するかによって保障される人権の範囲が決まるということになりかねず、慎重な検討が必要である。例えば、かつて最高裁は、「名誉毀損的表現の自由」は表現の自由の保障の範疇に入らないとしていたが、後に、表現の自由の範疇に入るけれども他の人権との調整が必要になるとして態度を変更した。
 したがって、脅迫や詐欺のように憲法上の権利の行使とはいえない表現行為はあり得るが、一見して明らかに憲法の保護を受けることのない表現行為だけを憲法上保障される人権の範囲から除外すべきであり、疑わしい場合には憲法上の権利と推定すべきである。

3.「問2」人権を制限する公共の福祉とは何か

(1) この問題に対しては、最高裁による正面からの回答はなく、個別事例ごとのアドホックな回答にとどまっている。

(2) さらに、近年では、問2のような問題の立て方自体されなくなっている。すなわち、公共の福祉と人権との調整は微妙な作業であって、「公共の福祉とは何か」を問うだけでは済まず、「公共の福祉と人権との相互調整の方法はいかにあるべきか」へと問いが転換しつつある。これについては、「公共の福祉による人権制限」という「二項対立図式」の問いを「正当な『目的』を達成するための正当な『手段』による規制はどうあるべきか」の問いへと立て直すことにより、細やかな検討を可能にし、公共の福祉を重視しつつ人権を尊重することが可能になると考える。

(3) まず、規制「目的」が正当であるか否かが問題となる場面として、他者の人権との調整という観点からは、名誉権を保護法益とする名誉毀損処罰などが挙げられ、他者の人権に還元できない公益の保護という観点からは、性的秩序・最小限度の性道徳の維持のためのわいせつ文書規制などが挙げられる。ただ、規制「目的」が抽象的なままではそれが正当であるか否かの判断ができないため、極力、「目的」の明確化・特定化を図る必要がある。

(4) 規制「手段」が正当であるか否かについては、まず、検閲は憲法上禁止されているため、検閲という手段をとるだけで正当性を失うことになる。その他、手段の目的有用性、手段の必要最小限度性、得られる利益と失われる利益の均衡などにより規制「手段」が正当であるか否かの判断を行うべきである。

4.おわりに

それでは、だれがこの「問い」に答えるのか。憲法制定権者(改正権者)を別にすれば、議会、行政及び裁判所が想定されるが、従来、学界での議論は裁判所における人権と公共の福祉の調整が中心的だった。しかし、私は、議会こそが人権と公共の福祉の調整を「法律の形式」で行うことの意義を特に強調したい。


◎松本和彦参考人に対する質疑の概要

平井 卓也君(自民)

  • 表現であればすべて「表現の自由」という憲法上の保障が得られるものではないことは理解しているが、どのような表現までが表現の自由で保障されるのか。
  • 新聞・雑誌といった出版物に対する規制が、放送に対する規制と比べて緩やかであることについて問題はないか。私は、新聞と放送との間に技術面や社会的影響力に顕著な差異はなく、放送に対する規制緩和を図るべきであると考えるが、その際に検討課題となる事項について伺いたい。
  • 裁判所による出版差止めの仮処分手続は、どのような基準によってなされるべきか。
  • インターネットによる表現の拡大によりプライバシー侵害など人権に関する問題が引き起こされているが、こうした現状が憲法学の議論に与える影響について伺いたい。また、これらの表現に対する規制を審査する場合、従来の表現の自由に対する規制と比して、どのような違いをもたらし得るか。
  • 「法律の留保」について、(a)人権制約原理の中における意義、(b)日本における議論の状況、について伺いたい。
  • 参考人は、人権制約における議会の役割を重視するが、一方で議会制民主主義の現状や多数決への批判もある中、議会はどのような役割を果たすべきか。

笠 浩史君(民主)

  • 「週刊文春」の出版差止め問題において、裁判所は、「公共性」「公益性」「被害の重大さ・回復の困難さ」の三つの観点から判断を下しているが、これらの基準だけで十分であるかについて伺いたい。
  • 「週刊文春」を始めとするプライバシー権と表現の自由を巡る問題において、プライバシー権を憲法上明記しなければ、これらの問題に対する判断に困難を来すのではないかと考えるが、いかがか。
  • 参考人は、公共の福祉についての判断は第一に議会が行うべきとし、「議会の役割」について強調されたが、私も同感である。しかし、プライバシー権など具体的な条文を憲法に明記しなければ、議会は適切な判断を下せないと考えるが、いかがか。
  • 現行憲法における人権規定は、グローバル・スタンダードに照らして十分であるか検討する必要がある。もし必要とあれば、議会がなし得る人権制限の範囲の基準を示すという観点からも、具体的な人権規定を憲法に明記すべきではないか。

太田 昭宏君(公明)

  • 憲法制定当時に比して、人々がより多くの言葉を用い表現を行う情報通信社会である現代・将来においては、それぞれの人権が広く保障されるべきであると考えており、人権規定をより鮮明にバランスよく憲法に明記することが大事だと考えるが、いかがか。
  • これまでは、司法による認定によって「新しい人権」がようやく誕生してきたという段階であったが、今後は、それらの「新しい人権」に係る立法措置が増加していくことが予想される。ゆえに、そのような立法措置を行う根拠として、憲法上に「新しい人権」の具体的規定を設けるべきであると考えるが、いかがか。
  • 私は、プライバシー権を加える一方で、表現の自由を強化するというように人権規定のバランスを考慮しつつ、具体的な人権規定を明記していくことが大事であると考えるが、いかがか。
  • 人権の分野においては、「権利」でも「義務」でもない第三の軸としての「責任」という観点からの規定が必要な時代になりつつあると考えるが、いかがか。

山口 富男君(共産)

  • 日本国憲法の人権カタログは豊富であると参考人は指摘したが、これは明治憲法下において基本的人権を認めなかった反省に根ざしているといえるか。
  • 環境権などは、13条や25条を根拠に判例法理や憲法学界などで認められてきた。このような社会の発展における運動の中で、日本国憲法の人権は豊富になってきたと考えるが、いかがか。
  • 初期の判例では「公共の福祉」は、人権の制限論として機能したが、近年、最高裁も人権間の相互調整論と理解するようになったのか。また、この点における学界の通説的見解はどうか。

土井 たか子君(社民)

  • 人権は、本来普遍的なものであって制約を受けてはならないことを認識しなければならず、人権が衝突した場合に国家がこれを調整するための概念が「公共の福祉」であり、国家権力のために人権を制限することはあってはならないということが根本にあると考えるが、参考人は公共の福祉についてどのように考えるか。
  • 人権を制約する根拠は「法律」でなければならないが、違憲の疑いのある内閣法5条により非常に多くの閣法が提出されている。国会を「唯一の立法機関」と定める41条からすれば、人権を保障するための立法は、本来議員立法を貫いていかなければならないと考えるが、いかがか。
  • 97年4月、在日米軍の用に供する土地等の使用又は収用について規定する改正米軍基地駐留軍用地特措法が成立した。政府は公共の福祉の観点から財産権を制限するものであると説明しているが、その公共の福祉の内容は何かと考えるに日米安保条約の維持と考えざるを得ない。しかし、同法が、9条との関係から「土地を収用し、又は使用することのできる事業」のうちに「軍事」を挙げていない土地収用法の特例法であるという点において憲法の平和主義に反するのみならず、日米安保条約の維持による基本的人権の保障の制限という点においては条約優位説に立っていることにもなってしまう。この点を参考人はどのように考えるか。

松野 博一君(自民)

  • 環境権やプライバシー権などが最近議論されるようになったが、それらは、もともと日本国憲法の条文の精神の中に存在していたものか。もし、日本国憲法の精神の中に想定されていない人権、例えばリプロダクトの権利などが憲法上、付加されていくのであれば、どのような承認過程を経ていくのか。
  • 本来、不可侵である人権を制約する「公共の福祉」の内容が時代ごとの価値観により影響を受けるという点についてどのように考えるか。

園田 康博君(民主)

  • 「二重の基準」論は、人権に価値の序列を与えることになるのではないか。人権に価値の序列はないと考える立場からは、「二種の基準」として捉えるべきと考えるが、いかがか。
  • 昭和50年の薬事法距離制限条項違憲判決は、「二重の基準」の中間基準として「厳格な合理性」という判断基準を付加したものと考えてよいのか。
  • 表現の自由の射程は、知る権利から始まる情報流通の全過程であるとされるが、知る権利の意義、本質及び限界については明確化する必要があると考える。知る権利を憲法上に明記する場合、どのような位置付けで、その自由権的側面と受益権的側面を憲法典に組み込むことができると考えるか。

船田 元君(自民)

  • 「公共の福祉」は、12条及び13条の包括規定に明記されているほかは、経済的自由に関する22条及び29条に明記されたのみで、精神的自由権に関する規定については、これが「脆弱な権利」であるがゆえに公共の福祉が明記されなかったという憲法制定時の配慮があったと理解してよいか。
  • 報道の自由に対する規制については、一般に、プリント・メディアには緩く電波メディアには厳しいと理解されている。放送法制定時、放送の主体はかなり限定されていたが、現在では放送媒体の拡大によりかなり増加していることから、規制を緩めるべきではないかとの議論がある一方、奔放なプリント・メディアの規制を強化すべきではないかとの議論もある。このような議論について、参考人の見解を伺いたい。
  • 昨今のサイバー・スペースの拡大と通信の秘密との関係においては、通信は1対1の間で行われるものという従来の概念が、技術の発達によって多対多の間で行うことも可能なものに変わってきており、それに伴って通信の秘密の概念も質的に変化してきていると考える。このことにかんがみれば、「通信の秘密」の規定については、表現を改める必要があるのではないかと考えるが、いかがか。


◎自由討議における委員の発言の概要(発言順)

船田 元君(自民)

  • 人権の規制を行うに当たっては、放送・報道・通信など「送り手」によって規制の強弱を判断するのではなく、どの人権が守られるべきかという観点に重きを置いて判断すべきとの参考人の意見は、非常に示唆に富むものであった。
  • 「学問の自由」においては、最近の生命科学の発展に伴い、人間の尊厳や生命・健康に対する危害の発生が予測され、公共の利益が重要視されなければならない事態が起こり得る。ゆえに、公共の福祉、公共の利益をいかに守るべきかという観点から、今後、注意深く議論していく必要がある。
  • 地域レベルにおいて、市民の安全・秩序保持のためのポイ捨て禁止や監視カメラの設置などの公共の福祉のための施策と市民の人権との間のせめぎあいの状況が生じていることに注目している。私たちはこれを現代的な問題として捉え、公共の福祉の保護と人権の維持に関して、公共の福祉を広く実効的に認める方向で議論することが大事である。

園田 康博君(民主)

  • 23条の「学問の自由」は、「大学の自治」の制度的保障も含んでいるなど深く捉えることのできる自由であると考えられているが、明文による規定がないため、近時、「大学の自治」の議論はトーンダウンしているように思われる。
  • 「大学の自治」について、例えば、大学と警察権との管轄権の問題、大学人の言論活動の自由なども含めて、積極的に議論を深めていく必要があると考える。
  • 大学と警察権との管轄権の問題や大学自治の主体など「大学の自治」を巡る問題は、憲法解釈上の混乱がもたらしたものである。それらの混乱予防の観点からも、「大学の自治」を憲法に明記するのであれば、(a)大学人としての研究教授の自由、(b)人事と研究・教育の方法・対象・内容、(c)施設管理と財政処理の自律権について、明記することを検討すべきである。

小野 晋也君(自民)

  • 原子爆弾の開発から生ずる生存権の侵害、情報技術の進歩によるプライバシー権の安易な侵害など科学技術の発展がもたらす人権侵害という視点から、学問・研究の自由は無制限に認められるものかどうか議論していく必要がある。
  • 権利侵害に関しては、法律で人権制限の議論を行うべきとの参考人からの指摘があったが、さまざまな権利が主張される現代においては、法律という形での権利調整は非常に困難であり、実際に可能であるか疑問である。
  • 現実では司法によって権利調整が行われているが、司法による煩雑な手続を経ないと権利調整ができないのは問題であり、より簡明に調整できる仕組みを社会に組み込む必要性が生じつつある。
  • 公人と私人の基準が曖昧だと個人の権利が侵害されるおそれがある。その論点の一つとして、私的活動が公人として扱われることにより、プライバシー権が侵されることが許されるかどうかという問題がある。

土井 たか子君(社民)

  • 今まで、「公共の福祉」と「秩序維持」が混同されていたが、両者はまるで違う。行政の側からは、人権に対する規制こそが「秩序維持」であると捉えるが、参考人の話を伺い「公共の福祉」とは、人権そのものと矛盾せず、人権をいかに尊重していくのかという概念であるということがはっきりした。
  • このところ調査会において、「改憲する必要はなく、憲法を的確に理解し、これを活かしていく不断の努力こそが必要である」という多くの参考人の意見を伺い、このような参考人の意見を尊重していくことこそが大切であると感じている。

中山 太郎会長

  • 憲法制定当時からすると、科学技術は大きな進展をとげ、社会に大きな影響を与えつつある。現在、理系出身の裁判官は8名しかいないなど、憲法判断をする裁判所の能力に大きな問題を投げかけている。
  • 本日は、「科学技術の進歩と憲法」について立法府が考えていかなければならない必要性を改めて痛感した。