平成16年4月1日(木) 統治機構のあり方に関する調査小委員会(第3回)

◎会議に付した案件

統治機構のあり方に関する件(財政(特に、国民負担率の問題を含む社会保障の財源問題、国会による財政統制))

上記の件について参考人碓井光明君及び広井良典君から意見を聴取した後、質疑を行った。

(参考人)

 東京大学大学院法学政治学研究科教授  碓井 光明君

 千葉大学法経学部教授         広井 良典君

(碓井光明参考人及び広井良典参考人に対する質疑者)

 永岡 洋治君(自民)

 玄葉 光一郎君(民主)

 斉藤 鉄夫君(公明)

 山口 富男君(共産)

 土井 たか子君(社民)

 森山 眞弓君(自民)

 津村 啓介君(民主)

 岩永 峯一君(自民)


◎碓井光明参考人の意見陳述の概要

1.国民財政主義

  • 国民主権主義の一環としての国民財政主義の実現方法には多様な方式がありうるが、国会による財政統制が最も活用しやすい実現手段であり、そのためには国民に対する十分な財政情報の提供が行われることが必要である。
  • 国民の意思が「納税者としての国民」と「歳出圧力を加える国民」とに分裂している中で、これまで公債や財政投融資等、痛みを伴わない仕組みを活用してきたが、国民が痛みを実感できる仕組みに転換する必要がある。

2.財政をめぐる憲法と法律との関係

  • 財政に関してどの程度憲法に規定すべきかについては、複数年度予算、バランスシートの作成等その多くを立法府の裁量に委ねてよい。
  • 「健全財政主義」は憲法上の原則でないため、特例法制定により赤字国債の発行が可能であるが、憲法によりその発行を縛ることはできず、財政構造改革法のような法律による縛りもなかなか難しい。

3.予算制度

  • 予算の役割は、主として支出授権と債務負担の授権にある。
  • 健全な財政を確保するためには、1年を単位として、毎年度歳入歳出予算を編成し国会が議決する予算単年度主義を原則にすることが必要である。
  • 会計年度独立主義は、憲法が直接に命ずるところではないが、歳出と歳入とを対応させた財政統制ができなくなるような運用は、予算制度の根幹を揺るがすものとして許されるべきではない。
  • 「予算単年度主義の弊害」は、予算の繰越しが難しいことに起因するが、繰越明許費とは別に、歳出予算の一定割合については、財務大臣の承認を要せずに、繰り越すことを認める制度を導入すべきではないか。
  • 予算編成時に既に必要性が予見されるのに、その執行の発動を予備費の形式で内閣に委ねることは、憲法の規定する予備費制度の範囲を逸脱することから問題である。ただ、景気対策公共事業費のような一定の条件の下、使途を緩やかに特定した費目を設けることは、許されるのではないか。

4.予算不成立の事態に対する制度

  • 前年度予算施行を排除する一方、非常措置の規定を設けないことが、予算成立への協力を促す「予算審議促進機能」を果たしている。ただ、実際上の必要から、大災害等の緊急事態に対する支出を授権する法律を制定しておくことが必要である。

5.憲法89条

  • 憲法学において「公の支配」の解釈努力が積み重ねられているが、89条後段については削除又は改正を検討する必要があると考える。

6.会計検査院等

  • 国会以外の財政統制機関としては、行政自身、会計検査院、裁判所等による統制が考えられるが、各省庁内部の内部監査組織は、組織ぐるみの不適正処理についてはうまく機能しないと推測される。
  • 検査報告の提出を内閣経由としている90条1項にかんがみると、憲法は、会計検査院を国会の付属機関とすることは想定していないと考える。
  • 会計検査院も、3年ないし5年ごとに外部監査を受ける必要がある
  • 会計検査院の権限につき、裁判的役割をより強化する場合には、そのような権限を憲法上明示する必要があるかもしれない。
  • 裁判所による統制としては、地方公共団体の住民訴訟に相当する国民訴訟が検討に値するが、濫訴の危険や公務員の萎縮効果に注意する必要がある。

7.おわりに

  • 国会自身も財政統制の制度的在り方を継続的に検討し、報告書を公表する努力をするよう期待する。

◎広井良典参考人の意見陳述の概要

1.日本の社会保障の特徴

  • 社会保障は、その国の社会構造、価値観、文化、歴史等を色濃く反映するものである。
  • 日本の社会保障の国際的にみた特徴としては、規模が小さく、内容的には年金の比重が大きいのに対して福祉の比重が小さく、財源は社会保険中心となっている。財源については、保険と税が渾然一体として投入され、複雑で分かりにくいものとなっている。
  • 日本の社会保障給付が“低くてすんだ”理由は、(a)カイシャと(核)家族による“見えない社会保障(インフォーマルな社会保障)”、(b)“公共事業型社会保障”が存在していたからである。

2.社会保障の国際比較

分類

特徴

基本原理

(A)普遍主義モデル

大きな社会保障給付

全住民対象

財源は税中心

北欧

「公助」

(B)社会保険モデル

拠出に応じた給付

被雇用者中心

財源は社会保険中心

「共助」

(C)市場型モデル

最低限の公的介入

民間保険中心

自立自助やボランティア

「自助」

日本は、(B)から出発し、その後(A)の要素も取り入れるが、他方、社会保障の規模から見れば(C)に近い、折衷ないし混合型である。近年はこれら各国の制度が相互に接近している。

3.社会保障の価値原理

  • 「自由」を“将来の選択肢の幅”と理解し、「平等」を“機会(チャンス)の平等”と理解すれば、自由と平等は、相重なる概念となる。
  • 社会保障の基本理念は、この意味での「自由」を保障することであり、憲法13条が保障する個人の「自由」(=自己実現の機会)を制度的に保障するものである。

4.これからの社会保障の方向

  • 日本の社会保障は、基本的には強化が必要であるが、低成長下にあっては、医療・福祉は厚く、年金は私的なものを拡大するという「医療・福祉重点型」が妥当である。なぜなら、医療・福祉は、年金よりリスクの予測が困難で個人差も大きいため、公的保障の必要性が大きいからである。
  • 高齢化が進展して拠出と負担を均衡させるという保険原理がなじみにくい層が増加するため、今後、税の比重が拡大することになる。基礎年金、高齢者医療、介護、福祉、子ども関係は、税中心とすべきである。
  • 検討されるべき税財源として、(a)消費税、(b)個人のチャンスの平等の観点から相続税、(c)社会保障(福祉)と環境が両立する「持続可能な福祉国家/福祉社会」の追求という観点から環境税が挙げられる。

5.若干のまとめ

  • 社会保障の具体的な設計については、必ずしも、憲法が一義的な回答を与えるものではない。
  • 社会構造の大きな変化の中で、「自由と平等」、「公共性」の担い手としての国家の役割、「公−共−私」の役割分担の在り方、環境と調和した社会システム等の観点から社会保障の再検討が求められている。
  • 経済が成熟化し、「個人」が社会の基本的な活動単位となっていく時代には、社会保障を中心とする公的部門の役割は相対的に大きくならざるを得ない。その中で、環境との調和も視野に入れつつ、「持続可能な福祉国家/福祉社会」ともいうべき姿を追求していくことが基本的な課題である。

◎碓井光明参考人及び広井良典参考人に対する質疑の概要

永岡 洋治君(自民)

<碓井参考人に対して>

  • (a)財務省の査定の硬直化、(b)年度末の無理な予算消化、(c)補正予算により実質上年度をまたがる予算を組んでいることから、複数年度予算を考える必要があると考えるが、米国のPPBS(Planning Programming Budgeting System)のように、5カ年程度の実行計画を作成し、単年度ごとに消化していくという制度を考えていく必要があるのではないか。
  • 89条後段について、私学助成を明示的に許容するよりも、現行憲法の方が緊張感があってよいという見解からは、どのように改正すればよいと考えるか。

<広井参考人に対して>

  • 社会保障の枠組みを考えるに当たって、政治に求められる「価値の選択」の具体的内容は何か。
  • 社会保障財源として挙げられた消費税、相続税、環境税と社会保障との関連性は薄いと考えられることから、これらを福祉目的とすることについての国民的コンセンサスを得ることは難しいと思われるが、どのようにしたら説得できると考えるか。

玄葉 光一郎君(民主)

<広井参考人に対して>

  • 年金の政府案が通れば50年から100年は安心だという政府の説明と、今回の法案が通った後、首相が年金の一元化について議論をしようとしているのは矛盾していると考えるが、いかがか。
  • 社会保障について、憲法にさらに規定を設けるべきか。

<碓井参考人に対して>

  • 我が国の予算制度は特に複雑であり、一般会計、特別会計等を統合した連結予算を示していくことが、国民の理解・議論のためにも、財政硬直化解決のためにも必要であると考えるが、いかがか。
  • 参考人の見解は、憲法上、予算単年度主義を放棄することはできないが、管理の手法として複数年度予算を導入することは可能であるということと理解したが、それでよいか。

斉藤 鉄夫君(公明)

<碓井参考人に対して>

  • 課税と憲法の関係について見解を伺いたい。
  • 義務教育費国庫負担制度との関連で、地方分権の時代における教育に対する国と地方の責任の在り方について見解を伺いたい。

<広井参考人に対して>

  • 参考人の「ふたつの対立軸−富の成長と分配」についての見解を伺いたい。
  • 国民負担率について、(a)我が国の現状、(b)諸外国との比較、(c)将来許される水準に関して見解を伺いたい。

山口 富男君(共産)

<碓井参考人に対して>

  • 財政の規定は、統治機構論だけではなく、人権に関わるものと考えるか。
  • 憲法が予算単年度主義をとっているのは、戦前の戦費調達の中で国家財政が破綻に導かれたという歴史を念頭に置いているためであると考えてよいか。

<広井参考人に対して>

  • 25条は社会保障等について国の責任を定めたところにポイントがあると考えるが、同条についての評価を伺いたい。
  • 参考人はあるべき基礎年金の水準として16〜17万円程度を提言しているが、現行の基礎年金の支給水準はこれに遠く及ばない。最低限度の生活を保障する25条から抜本的な対策が必要と考えるが、いかがか。
  • 社会保障財源の目的税として消費税を充てることは、逆進性の問題があるので、反対である。我が国において企業の税負担が低いことについての見解を伺いたい。

土井 たか子君(社民)

<両参考人に対して>

  • 我が国の教育の水準は高く、定評があるところであるが、義務教育費の国庫負担の一般財源化による教育分野における地方の創意工夫と、教育水準の確保との調和について、どのように考えるか。
  • 公務員の給与等についての人事院勧告は、公務員の労働基本権が制限されていることの代償措置として位置付けられるが、厳しい財政状況を受けて給与等の引下げが勧告されていることを踏まえ、公務員の労働基本権の保障と人事院勧告の在り方について、見解を伺いたい。

<碓井参考人に対して>

  • 26条1項の趣旨からも、私学助成は89条に違反しておらず、法律で私学助成ができることをはっきりさせるべきであると考えるが、いかがか。

森山 眞弓君(自民)

<広井参考人に対して>

  • 1960年代、スウェーデンに行き、「福祉国家」としての有り様に触れたが、なぜ、スウェーデンは行き届いた福祉が実現できたのに、当時のスウェーデンのように豊かになった日本が社会保障の在り方に悩んでいるのか。
  • 1990年代に行われたスウェーデンにおける年金制度の改革について、どのように評価するか。

津村 啓介君(民主)

<碓井参考人に対して>

  • 参考人は、憲法に「寿命」や「耐用年数」があると考えるか。また、何年くらいで社会が憲法に改正を迫ると考えるか。
  • 憲法を改正するに当たっては、この先100年を見据えた我が国の大きなテーマを掲げるべきである。国際金融マーケットとしての我が国は、海外に対してメッセージを送るため、憲法に健全財政主義を明記すべきと考えるが、法技術的な観点から見解を伺いたい。


岩永 峯一君(自民)

<碓井参考人に対して>

  • 各省庁や総務省が政策評価を行い、会計検査院が有効性・効率性の観点から検査を行う現行制度は、屋上屋とも考えられるが、国会、行政府、会計検査院がそれぞれどのように政策評価に関わるべきであると考えるか。

<広井参考人に対して>

  • 国民年金の保険料の納付率が落ち込んでいる原因は何か。また、未納を解消するために何をすべきと考えるか。
  • 広井参考人は、福祉国家モデルを、(A)普遍主義モデル、(B)社会保険モデル、(C)市場型モデルの三つに分類するが、我が国はどのモデルに分類されるか。また、どの方向を目指すべきと考えるか。