平成16年4月22日(木) 最高法規としての憲法のあり方に関する調査小委員会(第4回)

◎会議に付した案件

最高法規としての憲法のあり方に関する件(憲法と国際法(特に、人権の国際的保障))

上記の件について参考人齊藤正彰君から意見を聴取した後、質疑を行った。その後、委員間で自由討議を行った。

(参考人)

 北星学園大学経済学部助教授   齊藤 正彰君

(齊藤正彰参考人に対する質疑者)

 小野 晋也君(自民)

 武正 公一君(民主)

 赤松 正雄君(公明)

 塩川 鉄也君(共産)

 土井 たか子君(社民)

 下村 博文君(自民)

 大出 彰君(民主)

 森岡 正宏君(自民)


◎齊藤正彰参考人の意見陳述の概要

T憲法と国際法

1.国法体系と条約

  • 一国の法体系における条約の取扱いについては、まず、国際法としての条約がどのように国法体系に入ってくるかという点が問題となるが、近年では、各国の憲法規定や国家機関の実行などの分析に力を注ぐべきとの考えが主流になっている。

2.憲法と条約の効力関係

  • 学説上は「憲法優位説」が通説である。一方、政府見解は、憲法優位に例外があるとする「条件つき憲法優位説」を採っている。
  • 国際人権条約と憲法との関係では、憲法よりも国際人権条約の保障内容が広範・詳細である場合に、特に問題となる。

3.法律と条約の効力関係

  • 学説上は「条約優位説」で異論がなく、政府見解も同じであるが、その論拠はいずれも説得的でなく、「法律に対する条約の優位」は、98条2項などから読み取られる憲法の基本的態度としての「国際主義」を基調として、他の憲法上の諸原理との調和を求めた結果と解するのが整合的である。
  • しかし、「条約優位説」を採る場合、国会による条約の民主的統制の点で問題が生じる。
  • 日本国憲法には、裁判所による法律の条約適合性審査について、81条に相当する規定は存在せず、むしろ、訴訟法上は、最高裁が法律の条約適合性審査に関与しないとされている。

U国内裁判所と国際人権訴訟(国際人権法の国内的実施)

1.日本の裁判例の実情

  • 日本の裁判所は国際人権条約等の活用について消極的であるとされ、その理由として、裁判所が法律の条約適合性審査に十分な根拠を見出せず、条約違反の判断を回避していることが考えられる。

2.違憲審査制とのすり合わせ

  • 憲法よりも国際人権条約の保障内容が広範・詳細である場合は、条約の誠実な遵守のために、違憲審査制とのすり合わせを考えなければならない。

(1) 憲法の解釈基準としての援用

  • 憲法解釈に複数の可能性がある場合は、可能な限り、国際人権条約に適合的な解釈を選択することが、条約の誠実な遵守を謳う98条2項の規定に適うと考えられる。
  • また、憲法よりも国際人権条約の保障内容が広範・詳細な場合は、当該条約の内容を憲法解釈を通じて憲法に取り込むことにより、間接的な憲法的地位を認めるべきである。

(2) 最高裁判所への上訴の方法

  • 違憲審査制とのすり合わせを考える上での重要な問題として、国際人権条約違反を理由に最高裁に上訴できないことが挙げられる。
  • 最高裁が法律の条約適合性の問題に関与しないことは、(a)法令の解釈を統一する最上級裁判所としての任務、(b)法律の条約適合性と憲法適合性の平仄の確保、の点で疑問がある。
  • 下級裁判所による条約の瑕疵ある適用・無視に対しては、98条2項違反として最高裁への上訴を認めることによって、日本の国際法義務違反を防ぎ、さらには、下級裁判所による国際人権条約の尊重・配慮を確保することが、最高裁の責務であると考える。

3.規約人権委員会の一般的意見・見解の顧慮

  • 最近では、国際人権規約(自由権規約)の規約人権委員会による自由権規約の解釈等について、国内裁判所でも考慮すべきであるとの指摘があるが、これに対する裁判所の態度は揺れている。
  • 規約人権委員会が解釈を示すという仕組みを有する自由権規約を締結した以上、国内裁判所においても、規約人権委員会の意見・見解を可能な限り考慮することが、98条2項の要請に適うと考える。

◎齊藤正彰参考人に対する質疑の概要

小野 晋也君(自民)

  • 憲法や法律と条約が衝突したときにこれを解消する方法として、憲法に抵触する条約を締結することはできないという規定を設けるか、又は、国内法に触れる条約を締結する場合は、その法律を改正しなければならないという規定を憲法に明記することも考えられるが、いかがか。
  • 我が国の現行制度の下において、条約と憲法及び法律との整合性にどうしても矛盾が残った場合に、これを解決する制度としてどのようなものが最適と考えるか。
  • 東京裁判は当時の法制度に照らした場合、妥当なものであったと考えるか。
  • 憲法裁判所の設置について、参考人の意見を伺いたい。


武正 公一君(民主)

  • 現在、未批准の条約が260以上もあるが、これは、政府がその条約に基づく国内法を整備したくない場合に条約を未批准としているためであったり、条約の未批准を言い訳として国内法の整備を怠っているためではないかと考えるが、いかがか。
  • 条約は法律に優位するとされながら、条約の内容のうち留保すべきものがあるか否かといった判断権を政府が握っており、国会が関与していないという問題について、どう考えるか。
  • 条約の国会承認の審議は、その条約の内容にかかわらず一律に外務委員会において、しかも複数の条約を一括して行っているというのが現状であるが、条約の国会における審議の在り方について、参考人はどう考えるか。
  • イラク戦争に当たって、小泉首相の態度は、親米的なものから国連中心など国際協調を重視する主張に転換するなど定まっていない。これに関連して、二国間条約たる日米安保条約と多国間の関係である国際協調とではどちらが優位にあると考えるか。


赤松 正雄君(公明)

  • 憲法と条約との関係について、制憲議会において金森国務大臣は、学説及び実務の今後の解釈の発展に依る部分が大きいとしていたが、昭和34年の政府見解における条約の分類論は、金森答弁の期待した発展の要請を満たすものとは言えなかったと参考人は論文において述べている。それでは、学説上はどのような展開が見られたのか。
  • (a)国際人権条約の違反を理由とする最高裁への上訴が制限されている点、(b)下級裁による条約の瑕疵ある適用や無視等について最高裁がこれを98条2項の要請に反するとして監視すべきであるとの参考人の主張について、詳しく見解を伺いたい。
  • 憲法の制約があるために、イラクへの自衛隊派遣の目的は人道復興支援であるというかたちになった。しかし、ある学者は、対テロ防衛同盟条約を締結することによって、憲法を改正しなくとも、9条の制約をクリアして自衛隊が柔軟に行動できるようになり、新しい日本の役割が果たせるようになるという意見を述べているが、この見解についてどのように考えるか。


塩川 鉄也君(共産)

  • 条約を無視して起こした過去の侵略戦争とそれに対する反省にかんがみて、98条2項の意義をどのように考えるか。
  • 日米安保条約に関する砂川事件判決については、私は一審の違憲判断を支持する立場に立つが、最高裁では憲法判断が避けられた。司法は、条約の憲法判断に消極的であるが、学界ではどのような議論がされているか。
  • 日本国憲法には、例えば、25条の生存権など普遍的意味を有するような豊かな人権カタログがある。日本国憲法が国際人権条約に与えた影響にはどのようなものがあるのか。
  • 日本国憲法には比較憲法的にみても、豊かな人権カタログがあるにもかかわらず、公務員の労働基本権の制約や婚外子差別について、ILO結社の自由委員会や国連人権委員会から勧告を受けている。政府がこのような勧告を受けた際、どのような対応が求められているか。


土井 たか子君(社民)

  • 「条約」の定義について、宣言等その名称のいかんにかかわらず、いわゆる実質的意味の条約をすべて含むと解してよいか。
  • 条約締結の際の国会の同意に関しては、73条3号により国会の同意が必要とされる「国会承認条約」なのか、必要とされない行政取極等であるのかという論点がある。「大平3原則」によれば、内閣が「国会の同意の要否」を判断することになるが、この判断は、本来、国会がなすべきではないかと考えるが、いかがか。
  • 最近では、国の在り方に重要な意義を有するにもかかわらず、行政取極であるとして、国会承認を経ずに、内閣の権限で外交上の処理が行われている。これは、本来、好ましくないと考えるが、いかがか。
  • 人種差別撤廃条約を日本が締結するまでに30年かかったことにみられるように、国際人権条約が年々進歩しているにもかかわらず、日本政府の条約締結は遅い。日本の国際人権条約の締結数が少なく、また締結までに時間がかかることについてどのように考えるか。


下村 博文君(自民)

  • 国際人権規約(自由権規約)の選択議定書について、我が国が未批准であることの背景は何か。
  • 人権の概念については、各国の宗教観や歴史観によって考え方に相違があるとすれば、国際人権規約の批准国・未批准国の分布と宗教観や歴史観との間には相関関係があるのではないかと考えるが、いかがか。
  • 我が国は、国際人権委員会から死刑制度の廃止について勧告を受けているが、日本人の死生観を反映してか、死刑制度の廃止に対する世論の支持はあまり高くはない。このような世論の動向にかんがみれば、我が国の死刑制度廃止に向けた取組が消極的であるといった批判は当たらないのではないか。


大出 彰君(民主)

  • 裁判所が判決を下すに当たって条約を適用しない傾向があることに関して、国際法学者の中には憲法学者の国際法に対する研究不足を指摘する者があるが、憲法学者の立場から、このような批判に対する意見を伺いたい。
  • 国際人権規約等の普遍性の高さにかんがみれば、国際人権条約については、裁判に当たっても直接適用をすべきと考えるが、いかがか。
  • 参考人は、国際人権条約違反を理由とした最高裁判所への上訴を可能とするためには、訴訟法上の規定の整備が必要であると考えるか。
  • 条約の「直接適用」と「自動執行」とは、異なるものであるのか否かについて、参考人の見解を伺いたい。


森岡 正宏君(自民)

  • ハーグ陸戦条約の定める占領者による占領地の法律の尊重とは、つまり伝統的国際法である「憲法の自律性」を確認したものであることにかんがみれば、占領軍の主導によって制定された現憲法は、この「憲法の自律性」に反するものと考えるが、いかがか。
  • ポツダム宣言の受諾を経て主権原理の変更をも伴うような憲法改正に至ったことからは、現憲法が条約優位説を前提に成り立っているものであるとも考えられるが、実際には、ポツダム宣言の受諾が国民主権の要求を含むものであったか否か等については疑義も指摘されている。参考人は、このような疑義をどのように説明するのか。
  • ポツダム宣言やバーンズ回答が日本の最終の統治形態は「日本国民が自由に表明する意思による」としていたことにかんがみれば、占領軍の主導によって制定された現憲法の正当性は、ポツダム宣言等からは導き出せないと考えるが、いかがか。
  • 憲法の規定と抵触する条約を憲法改正と同様の手続によって承認することで憲法に優位する条約とすることができるオランダやオーストリアの例にならい、集団的自衛権の行使を認める条約の承認を憲法の改正手続と同様の手続によって行うことが可能か否かについて伺いたい。

◎自由討議における委員の発言の概要(発言順)

船田 元君(自民)

  • 憲法と条約の関係について規定する98条は、「憲法の最高法規性」を定める1項と、「国際協調主義」を定める2項が併記されているため、ケース・バイ・ケースによる判断がなされてきた。新しい憲法を作るときは、この種のあいまいな状況を放置してはならず、条件つき憲法優位説を解釈として導き得るような規定を設けるべきと考える。
  • 日本は国際人権条約の批准について消極的であると評されることがあるが、私は必ずしもそう思わない。国内法の状況をねじ曲げて条約を批准することは妥当ではなく、主体的に我が国の文化・文明と照らし合わせて、批准していくべきと考える。
  • 憲法と各種国際人権条約との関係については、人権条約の方が相対的に広い範囲をカバーしていることから、憲法への取り込みを図るべきであると考えるが、場合によっては国際人権条約が日本国憲法の保障する人権を制限してしまうこともあるので、その点についてはきちんと調整を図るべきである。


武正 公一君(民主)

  • 日本は、現在260以上の未批准条約があり、そのうち83がILOの条約であり、人権関係の未批准条約も27あることを指摘しておきたい。
  • イラクへの自衛隊の派遣をめぐり、首相は日米同盟と国際協調の両立を図るべきであると発言し、外務大臣も、外交の二つの柱として第1に日米同盟、第2に国際協調と述べた。しかし、現行憲法が平和主義・国際協調・基本的人権を定めていることからすると、憲法があり、国際協調があって、さらにその下位概念として条約としての日米同盟があるのであるから、国際協調と日米同盟を同一レベルの概念と捉えることは妥当でないと考える。


土井 たか子君(社民)

  • 憲法と条約のいずれが優位かを考えたとき、統一的な法体系を前提にした一元論の立場に立たない限り、憲法と条約の抵触は起こり得ない。条約は「国際法の問題」であり、憲法は「国内法の問題」であることから、一元論の議論を展開することは本来馴染まないはずである。
  • 各国の憲法においては、憲法と条約が衝突したとき、その対応が明記されているのが通常である。この点、日本国憲法において、81条をみると、確かに違憲審査権の対象として「条約」は明記されていないが、「違憲の条約を締結した国家行為」を違憲審査権の対象の一つである「処分」に読み込むことができると考える。
  • しかし、駐留米軍を保護法益とする刑事特別法違反として起訴された砂川事件では、第1審の伊達判決において日米安保条約を違憲とはっきり述べ、刑事特別法を無効としたにもかかわらず、その上告審である最高裁がきちんと条約に対する違憲審査権の行使を果たさなかったことを指摘したい。


大出 彰君(民主)

  • 現在のイラク等の国際状況を見たとき、ジュネーブ協定等多数の条約が守られておらず、これを裁くところがないことに疑問を感じる。いくら条約を締結しても、現実に全く守られないこのような現実を目の当たりにし、国内法・国際法を問わずどのような解釈でも良いから何とかしなければならないと感じた。