平成16年5月13日(木)(第2回憲法調査会公聴会)

日本国憲法に関する件について、公聴会を開き、公述人から意見を聴取した後、質疑を行った。

(公述人)

 弁護士          吉田 健一君

 日本電子専門学校専任講師 安保 克也君

 元四国学院大学大学院生  日高 明君


(質疑者)

 大村 秀章君(自民)

 武正 公一君(民主)

 福島 豊君(公明)

 吉井 英勝君(共産)

 土井 たか子君(社民)


◎公述人の意見の概要

吉田 健一君

  • 米国により引き起こされたイラク戦争は、自衛の場合又は国連決議が存在する場合という国連憲章が認める武力行使の要件を満たしておらず、違法な戦争である。この違法な戦争への協力を目的とする自衛隊のイラク派兵は、9条及び98条2項に違反するものである。
  • 集団的自衛権の行使を目的とする9条「改正」への動きは、由々しき問題であり、このような「改正」が行われれば、日本国憲法は平和憲法とは言えないものになってしまう。
  • 政府は、自らが行った自衛隊の海外派兵の合憲性に関する説明を遵守しておらず、これは立憲政治の基本を無視するものである。このような状況下で9条「改正」が行われれば、国際協力の名の下に海外での戦争参加や武力行使が広く容認され、戦争への道を開く結果となり、容認できるものではない。
  • 基地公害による人権侵害に対する政府の消極的態度について、司法は批判的であった。そうした状況にもかかわらず、政府は、基本的人権を大幅に制限し、地方自治に反する内容を含む「有事法制」を推進しており、これは国民主権と民主主義の基盤を崩壊させる危険性がある。
  • 各国協調による武力によらない紛争解決こそが現在の世界の趨勢であり、9条「改正」はこのような流れに逆行するものである。憲法の平和主義を活かし、軍事に頼らない平和な国際関係の実現を追求することが日本の課題である。
  • 憲法「改正」により環境権やプライバシー権などの新しい人権を明記しようとする動きがあるが、現行憲法を活かし、保障されている基本的人権の充実を図り実現していくことをまず考えるべきである。
  • 憲法調査会が、護憲を支持する市民の声に耳を傾けて、憲法の実現のための積極的な提言を検討するなど、より充実した調査を行うことを期待する。

安保 克也君

  • テクノロジーの急激な進歩により、世の中は変化しており、新しい時代の憲法を論じるときには、技術進歩に関する情報を収集した上で論じる必要がある。
  • 米国に正面から戦争を挑むことができる国家が存在しない現在の状況の下では、自爆テロのほかサイバーテロ、サイバー兵器を活用した戦争など、「非対称による戦い」が米国に対抗するものとして重視されることになる。
  • サイバー戦への対応策として、(a)情報を収集するための「情報省」の新設、(b)情報分析のための人材育成、(c)特殊な才能を持つ者の発掘が必要である。
  • 情報獲得レベルの法整備は平成11年に成立した通信傍受法で措置されたが、情報保全レベルに関する法整備が必要である。また、国家機密に係るスパイ防止法を制定すべきであり、21条についてもその趣旨を尊重した上での改正が必要である。
  • 9条については、「国軍は、サイバー軍、陸軍、海軍、空軍の4軍から構成され、日本の主権及び独立を保障し、領土を保全し、国民の基本的人権を擁護することを使命とする」こと及び「軍事組織の基本原則については組織法でこれを定め、政府は非常事態においては法律の定めるところにより必要な措置をとることができる」ことを盛り込むべきである。
  • 憲法前文については、「国内的には国民の平穏を保障し、福祉を増進させる」こと、「国外的には国民は祖国防衛に備えるが、日本国は侵略戦争を放棄することを宣言する」こと及び「正義と秩序を基調とする国際社会において、我が国は国力に応じた国際平和協力に貢献するため、国際組織への参加を促進し、かつ助成する」ことを盛り込むべきである。

日高 明君

  • 私は、前文の掲げる理念を根付かせていくことが重要であると考える。
  • 前文及び9条の背景には、不戦条約に始まる戦争違法化の流れと広島・長崎への原子爆弾の投下による教訓があると考えられる。
  • 前文にある「平和的生存権」に関する文言は、「人間の安全保障」につながるものであり、先見性を持つものと考える。
  • 前文及び9条の掲げる平和主義は、今日の国際社会を導く強力な理念となりつつある。それは、(a)戦争を起こす主体を自覚していること、(b)国家による暴力行使の多様な形態を放棄していること、(c)戦力不保持に加え交戦権の否認を規定していること、(d)国連中心主義と軍事によらない安全保障を採用していること、(e)平和的生存権を保障していることに特色があり、これらの理念の実現こそが政治にとって最大の課題であると考える。
  • 世界の平和と安定のため、平和的生存権を基軸に、世界中の人々が希望を持って生きていけるような社会システムの構築に向け、国連を中心に憲法の平和主義と非武装に徹した取組をなすことが我が国の使命である。
  • 我が国は、憲法に平和的生存権を掲げているからこそ、世界の平和と安定のために積極的に寄与していくことができる。
  • 前文や9条の改正によっては、平和な社会を構築することはできないと考える。むしろ、日本が世界に先駆けて戦争の放棄を鮮明にしたことの正しさをこそ誇るべきである。
  • 憲法の理念と現実との乖離を理由に憲法改正をするのではなく、憲法の理念に現実を近付けていくことこそが求められている。
  • 憲法の精神を尊び、これを次代へつなげていくことが我々の選択すべき唯一の道であると確信する。

◎公述人に対する主な質疑事項

大村 秀章君(自民)

<全公述人に対して>

  • 憲法調査会において時代に合わせて憲法を見直していくべきとの共通の流れを感じているが、国民投票法の制定や改正手続の要件の緩和など今後の憲法に関する政治課題についてどう思うか。

<吉田公述人に対して>

  • 環境権やプライバシー権等の憲法への明記や一院制への移行など、憲法改正について国民のニーズがあるものと考える。このように9条以外の条文で憲法を改正すべき点があると考えるがいかがか。

<全公述人に対して>

  • 国際情勢の変化の中で日本が果たすべき役割は何か。また日本の平和と安全を守るために憲法を改正すべきと思うがいかがか。

<吉田公述人に対して>

  • (a)米国とのミサイル防衛、(b)日米安保条約、(c)9条を遵守した場合の自衛隊の位置付けの3点についてお聞きしたい。


武正 公一君(民主)

<吉田公述人及び日高公述人に対して>

  • 日本の裁判所は憲法判断に消極的であると指摘される。法の支配を貫徹するためには、憲法裁判所を設置することが必要であると考えるが、いかがか。

<吉田公述人に対して>

  • 日米地位協定を改定すべきと考える。外務省は、日米地位協定の運用改善によって、米軍軍属の犯罪者に対する弁護士の陪席を認めることに合意したが、なぜ米軍軍属だけこうした扱いがなされるのか。

<吉田公述人及び日高公述人に対して>

  • イラクへの自衛隊派遣に際して、首相は日米同盟と国際協調の両立を主張したが、憲法論からすれば、憲法には国際協調のみが規定されており、両者は同一レベルの概念とはいえない。日米同盟と国際協調の関係についてどのように考えるか。

<安保公述人に対して>

  • サイバー条約は、通信の秘密やプライバシーの問題から各国において批准が進んでいないが、この点について、公述人はどのように考えるか。
  • 私は「情報省」が必要であると考えるが、縦割り行政の弊害により、首相や官房長官にきちんと危機管理に関する情報が上がってこない現状を考えると、その設置に当たっては、シビリアンコントロールが非常に重要になると考える。この点について、公述人の見解を伺いたい。

福島 豊君(公明)

<日高公述人に対して>

  • 日高公述人は、9条が国連による平和への協力を採用していることに言及したが、現実には国連憲章に旧敵国条項などが残っている。そのような現実を踏まえ、国連が理想に近付くためには何が必要と考えるか。

<日高公述人及び吉田公述人に対して>

  • 「人間の安全保障」の実現に国として積極的に関与することは、21世紀の国際社会に対する我が国の在り方である。そこで、憲法前文の思想を明確にするうえでも、9条に国際貢献について規定する第3項を追加すべきではないかと考えるが、いかがか。

<安保公述人に対して>

  • サイバー戦への備えは必要と思うが、それは、武力の行使や国家間の紛争の処理とは性格を異にするのではないか。サイバー軍と通常の軍事力との関係をどのように捉えているのか。
  • サイバー戦への対処にあたっては、テロ対策という名目で、自国の情報通信ネットワークを軍がコントロールする監視社会への移行を懸念する意見もある。そこで、監視社会へ移行させないためにはどうしていく必要があると考えるか。


吉井 英勝君(共産)

<吉田公述人及び日高公述人に対して>

  • 21世紀は、軍事力によらずに外交力を高めることで、地域の平和を保つことができ、国連憲章や9条が輝く時代になると考える。軍事力によらない我が国の憲法の規定は、非常に高い意義を持つと考えるが、世界における日本国憲法の位置付け・役割・意義についてどのように考えるか。

<吉田公述人に対して>

  • 改憲論の一つに、環境権等の新しい文言を書き込むべきという主張がある。しかし、環境保護派から環境権の創設を求める声がないように、そのときの状況に対応して改憲するのではなく、憲法を活かして対応していくべきと考える。また、現実に合わせて改憲をすべきという意見に対しては、9条の改憲を真の目標としていることが伺える。これらの点についてどのように考えるか。
  • 日米安保体制から最近の米軍の軍事行動への参加・協力に至るまで、憲法の解釈を拡大している一方で改憲すべきという意見は間違いである。このような憲法を踏み越えるような政治は許されるか疑問であり、この点について見解を伺いたい。
  • 米軍の基地公害による人権の侵害あるいは環境権の否定は許されないと考えるが、いかがか。


土井 たか子君(社民)

<吉田公述人に対して>

  • ドイツには、基本法に軍事規定があるが、日本国憲法には軍事規定がない。しかし、イラクへの対応について、我が国は自衛隊を派遣し、一方ドイツはイラクへの軍事行動には新たな国連決議が必要だと主張している。この違いについて、何か考えはあるか。

<全公述人に対して>

  • 我が国の国家像がはっきりしないと指摘している新聞記事等を見るたびに残念に思う。そこで、我が国の21世紀の国家像についてどのように考えているか伺いたい。
  • 憲法調査会の公聴会の在り方について何か意見があれば伺いたい。