平成16年5月27日(木) 基本的人権の保障に関する調査小委員会(第5回)

◎会議に付した案件

基本的人権の保障に関する件(刑事手続上の権利(行刑上の問題を含む)・被害者の人権)

上記の件について参考人田口守一君から意見を聴取した後、質疑を行った。その後、委員間で自由討議を行った。

(参考人)

  早稲田大学法学部・法務研究科教授    田口 守一君

(田口守一参考人に対する質疑者)

  倉田 雅年君(自民)

  辻 惠君(民主)

  太田 昭宏君(公明)

  山口 富男君(共産)

  照屋 寛徳君(社民)

  松野 博一君(自民)

  金田 誠一君(民主)

  棚橋 泰文君(自民)


◎田口守一参考人の意見陳述の概要

1.刑事手続上の人権に関する憲法規範の意義

  • 刑事手続に関連した条項が10箇条にも及ぶことは、比較憲法的にも珍しく、憲法が刑事手続規範を重視していることを、その成立過程も含めて受け止めなければならない。
  • 刑事司法の規定は、極限状態における人間の取扱いを定めるもので、その国の文明的レベルを示したものといえるから、これを憲法で前面に押し出すことは「一つの道」であろう。
  • 憲法規範は抽象的なものにならざるを得ず、解釈によって法秩序の統一性を図ることで足りる。
  • 今後の刑事手続における人権を考える際、国家が被疑者等の人権を侵害しないという「消極的人権」に加えて、被疑者等の具体的な自己決定を尊重するという「積極的人権」をも保障していくことが大きな課題である。

2.刑事手続上の人権各論

(1)被疑者の人権

  • 31条に定める適正手続規定は、事案の真相の究明と基本的人権の保障とが拮抗した場合、適正手続を優先すべきとの意味であると考える。
  • 身柄拘束(憲法33条、34条)に関しては、緊急逮捕(刑訴法210条)の合憲性が問題となるが、現行犯逮捕と同じく合理的な逮捕の一例といえるので合憲と解するのが妥当である。また、先日成立した改正刑訴法によって、被疑者の公的弁護制度が導入されることとなり、34条の弁護人依頼権の趣旨が法律上大きく前進したものと考える。
  • 捜索・押収(憲法35条)に関して、通信傍受法(平成11年)は極めて丁寧な手続を定めている。また、サイバー犯罪(ハイテク犯罪)の電磁的記録の押収手続を整備する等のため、刑法等の改正案が今国会で審議されている。

(2)被告人の人権

  • 公判関係(憲法37条)に関しては、刑訴法改正等により裁判員制度の導入や裁判の迅速化が図られたが、被告人が十分に手続の意味を理解した上での「迅速な手続」であることが要請される。
  • 憲法38条の自己負罪拒否特権に関しては、刑事免責制度とアレインメント(有罪答弁制度)の導入についても十分検討に値する。
  • 「裁判所の裁判を受ける権利」(憲法32条)に関しては、裁判員制度について合憲性を疑う声もある。憲法はこの国民の司法参加について「沈黙」しているが、主権在民の精神からすると、憲法はそれを「期待」していると理解すべきであろう。

3.受刑者の人権

  • 死刑制度は、憲法36条で禁止する残虐刑には当たらないと考えるが、将来的には廃止されることが望ましい。
  • 自由刑の執行について、行刑改革会議提言(平成15年12月)における改革の方向性は評価する。また、応報刑論ではなく受刑者の「教育」までを目指す「社会復帰行刑」の精神は維持されるべきである。

4.被害者の人権

  • 犯罪の当事者である被害者にも一定の権利があるとの主張が、1985年ころから日本にも紹介され、「被害者論」が広まった。
  • 被害者の法的地位を考える上で、(ア)被害者保護の必要性、(イ)被害者の手続参加、(ウ)被害者の救済の3点が問題となり、具体的に被害者の地位に関する法改正等により改善が図られている。
  • しかし、被害者の人権を新たに憲法に書き込むことには慎重であるべきで、むしろ、憲法13条を根拠として刑事手続外における和解手続を進めて、被害回復を図り、その結果を刑事手続に反映させることが望ましい。

5.むすび

  • 裁判員制度や被疑者の公的弁護制度の導入といった改革は、司法のみならず「この国のかたち(constitution)」に関わる問題といえる。
  • この改革は「国家中心」から「国民中心」への動きではなく、「国家権力」が民主主義化し「国民」が統治客体から統治主体へと変化している動きと捉えることができる。

◎田口守一参考人に対する質疑の概要

倉田 雅年君(自民)

  • 今国会での刑訴法改正では、被疑者段階での公的弁護制度が導入され、制度論としての前進はあったが、取調べにおける弁護人立会権は認められず、取調べの録音さえ認められないという点において不備が認められる。当事者主義の貫徹という観点からも、被疑者や参考人段階での取調べにおいて弁護人立会権は必要であると思われるが、いかがか。
  • 米兵による犯罪が起きた場合、なかなか被疑者の身柄が日本側に引き渡されないという問題があるが、これは、日本では取調べにおいて弁護人立会権が認められていないことが危惧されてのことと思われる。諸外国で認められている弁護人立会権の立法化なくしては、日本の刑事司法は、世界レベルの基準に達したとはいえないと思われるが、いかがか。

辻 惠君(民主)

  • 刑事手続に関しては憲法改正としての問題点はなく、それよりも、憲法の趣旨にのっとった刑事手続が現実にどこまで実現できるかということが重要である。伝聞証拠禁止の原則の例外が増えていることなど、憲法の本来の趣旨が現実の中で次第に緩和され、憲法と運用実態とが乖離しつつあることなど制度論を問題とすべきではないのか。
  • 今国会、裁判員法と刑訴法改正が成立したが、例えば、刑訴法改正により創設された公判前整理手続制度については、公判での弁護計画を公判前の段階で明らかにしなければならないとして運用されると、被告人の黙秘権の保障や検察官の挙証責任を前提とした無罪推定原則などに反することとなる。このように、裁判員法と刑訴法改正は、運用によっては憲法上の理念との抵触が考えられ、その運用について議論を深める、又は法律の見直しをする必要があるのではないか。
  • そもそも憲法は、国家権力から人権を守ることを目的とするのであるから、国民が統治客体から統治主体に移行していくといった司法制度改革審議会意見書には一概に賛成できないと思われるが、いかがか。

太田 昭宏君(公明)

  • 「死刑廃止」を制度化するのであれば、憲法に新たに明記すべきか、それとも実体法である刑法を改正するだけでよいか。
  • 死刑廃止について、世論調査では、「死刑は存置すべきとの意見が多い」こと、死刑の代替刑として、仮釈放のない終身刑の設置が論じられるが、これについて参考人はどう思われるか。
  • 参考人は、憲法は、裁判員制度について沈黙をしており、否定も肯定もしていないが、主権在民の精神からすると国民の司法参加を期待しているのではないか、と述べられたが、それならば、憲法全体において様々な分野での主権在民を反映する規定を加憲することは、どうであるか。
  • 「被害者の人権」としては、報道による人権侵害があり、最近では、週刊文春の出版差止めなどが問題となった。報道による人権侵害について、その回復措置にはどのようなものが考えられるか。
  • 先ほど倉田委員が質問した取調べの際の弁護人立会権について、勾留期間の時間制約が問題となるのであれば、勾留期間の中で一定の期間に限定して立会いを認めるなどの期間制限を設けた立会権の在り方が考えられるが、いかがか。

山口 富男君(共産)

  • 日本国憲法には、他国に例をみない詳細な刑事手続規定が設けられているが、この理解に当たっては、20世紀前半の治安維持法体制下における過酷な人権侵害があったという歴史的背景を踏まえることが重要であると考えるが、いかがか。
  • 今回の刑訴法改正については、被疑者の公的弁護制度の導入は前向きに評価しているが、開示証拠の目的外使用の禁止等、被告人と弁護人の権利を侵害しかねない問題点もあることから、我々は、法改正そのものには反対の立場をとっている。参考人は、34条の弁護人依頼権には防禦権の実質的保障を含むと指摘するが、今回の刑訴法改正によっても、弁護人による被疑者の防禦活動が十分に保障されると考えるか。また、保障されるにはどのような点に留意する必要があると考えるか。
  • 被害者の人権について、参考人は、憲法上の根拠を13条に求めるのか。また、25条なども論拠になるのか。
  • 1989年12月に国連総会は、「死刑の廃止を目的とする市民的および政治的権利に関する国際人権規約(第二選択議定書)」を採択したが、死刑制度に関する国際的動向について伺いたい。

照屋 寛徳君(社民)

  • 読売新聞が実施した裁判員制度に関する世論調査結果(2004年5月27日付紙面掲載)によれば、裁判員制度の導入に国民の半数が賛成する一方で、7割近くの人は裁判員として参加したくないと考えており、その主な理由として「有罪・無罪などを的確に判断する自信がない」、「人を裁くことに抵抗を感じる」ことなどが挙げられている。この世論調査結果の感想を伺いたい。
  • 裁判員制度については、その意に反して人を裁くことを国民に強制し、厳重な守秘義務を刑罰をもって課すなど、憲法上に根拠のない新たな国民の義務を生じさせるものであり、13条、18条、19条及び21条に違反するとの意見もあるが、これについての見解を伺いたい。

松野 博一君(自民)

  • 我が国では、容疑者の時点で実名報道がなされることから、後に無実が判明しても回復し得ないダメージを与えることになる。また、受刑者の身辺を洗い出すような報道がなされることもあるが、これらが国民の知る権利に基づいたものであるかは疑わしい。これらの問題について、参考人の見解を伺いたい。
  • 米国では、常習的性犯罪者で再犯の可能性があるものについて、刑期を終え、出所した後の住所等の公開措置がとられているが、このような刑を終えた人間の人権と犯罪予防のための措置の必要性とのバランスは、どのように図られるべきであると考えるか。

金田 誠一君(民主)

  • 参考人は死刑制度について、違憲とまではいえないが廃止を検討していくべきと述べたが、もう少し踏み込んだ意見を伺いたい。
  • 死刑廃止推進議連では、(a)仮釈放を認めない実質的な終身刑の創設、(b)各議院に3年程度で最終的な結論を得るための死刑制度の存廃等に関する臨時調査会(仮称)の設置、(c)同調査会で議論をしている間の死刑執行の停止、という3点を柱とする案をまとめたが、この案についての感想を伺いたい。
  • 被害者の人権保障について、我が国は国際的にみて立ち遅れていると考えるが、被害者の人権を考えるに当たってのポイントを伺いたい。

棚橋 泰文君(自民)

  • 被疑者の人権という観点からは、適正な刑事手続を確保するための「捜査の可視化」が不可欠である。一方で、最近では、犯罪者は自ら罪を認めるべきとの国民意識の低下によって捜査活動が困難になっており、おとり捜査等の捜査権限の強化策を講じなければ、犯罪者が無罪になるとの不信感を国民に招来するおそれがある。ゆえに、刑事手続上の人権を考える際には、「捜査の可視化」を図ると同時に、捜査権限の強化を図らなければ、国民全体の人権という観点からすると、真の意味での人権保障とはならないと考えるが、いかがか。
  • 私は死刑存置論者である。死刑の存廃については様々な意見が存在するが、一番重要なのは刑に対する国民の本質的理解である。他人の生命を尊重しない人間が、自分の生命は尊重されるべきであると主張する権利をなぜ有するのかとの素朴な国民感情に対して、私は説得力ある論拠を持たない。私は、刑の本質には、応報刑の側面が重要な要素としてあると考えるが、いかがか。

◎自由討議における委員の発言の概要(発言順)

村越 祐民君(民主)

  • 裁判員制度は、開かれた司法を実現するという点からは評価することができる。しかし、裁判官に市民感覚が欠けているから導入するというのであれば、それは裁判官の再教育という手法によって実現すべきものである。制度論が先行することにより形が変わっても、中身が伴わなければ意味がないという参考人の意見に賛成であり、そのようにならないためにも、裁判官の再教育が重要である。

棚橋 泰文君(自民)

  • 司法は独立・公平が本質であって、最高裁判事の国民審査や弾劾裁判による民主的コントロールは用意されているが、司法に国民が全面的に参加することを憲法は要請していないと考える。裁判員制度の導入も、司法に国民感覚とずれている部分があると言われることがあり、裁判の結果に国民の判断を入れることにより裁判の公平さを保つという観点から考えるべきである。
  • 死刑廃止論を考えるに当たっては、多少の期間であれば刑務所に入ってもかまわないから犯罪をしてもよいと考える国民が若い世代を中心に増えているということを認識しておかなければならない。そのような状況を踏まえるとき、果たして有期刑と死刑とどちらが抑止効果を持つのか。安易に、死刑の抑止効果は有期刑と変わらないと結論づけるべきではなく、慎重な議論が必要であると考える。

山口 富男君(共産)

  • 憲法が他国に例を見ない詳細な刑事手続を設けたことに係る歴史的背景を、過去のものとしてだけでなく、今後とも踏まえる必要がある。
  • 憲法は、制定されたらそれで終わりというものではなく、制定以来60年間、判例・実務・学説の積み上げにより具体化されてきたものである。そのような視点から見るとき、自白の偏重、被疑者の身柄の長期拘束、接見交通権の制限など憲法規範から考えて改善が求められる点が多々ある。被疑者、被告人そして被害者の人権については、生起する事象を視野に入れながら方策を考え、憲法規範の実効性を高めることが必要であると感じた。
  • 裁判員制度は積極的に評価するが、同時に、照屋委員が世論調査の結果を紹介したように、解決しなければならない問題は山積しており、施行に向けて立法府として努力していかなければならない。

金田 誠一君(民主)

  • 死刑制度の存置・廃止に関しては、その抑止力、えん罪の可能性などにおいて、さまざまな意見がある。そこで、死刑廃止推進議連の案は、各議院に死刑制度の存廃等に関する臨時調査会(仮称)を設置し、きちんと議論をすることを呼びかけている。この点については、理解していただけると思う。

船田 元君(自民)

  • 憲法が他国に例を見ない詳細な刑事手続に関する規定を置いていることの歴史的背景・制定経緯をしっかりと認識しておかなければならない。
  • 参考人が提示した「消極的人権」「積極的人権」という考えには大変示唆を受けた。「積極的人権」のひとつであるアレインメント制度などは、今後、憲法に採り入れることも検討に値すると考える。
  • 死刑廃止に関する平成11年の世論調査の結果は、直ちに廃止するという考えが多数を占めるわけではないが、38%が将来の状況が変われば将来的には死刑を廃止してもよいと回答したことを踏まえ、この数字が今後どのように変わっていくのかを見守る必要があり、死刑廃止について、決して固定的に考えてはならないと考える。

照屋 寛徳君(社民)

  • 本日の調査を通じて、刑事手続との関係で憲法を改正する必要はないと確信した。逆に、憲法の刑事手続に関する規定が忠実に運用されていないのではないかということを申し上げたい。
  • 裁判員制度に関する世論調査の結果を見ても、多くの国民が、その意に反して人を裁くことを強制することについて危惧を持っているのではないかということを感じ、13条、18条、19条及び21条に違反する疑いが強いと考える。
  • また、裁判員制度は、現在の刑事司法制度とその運用の問題点を克服し、改善するものとはなっていない。むしろ被告人の防禦権と弁護を受ける権利をさらに抑制し、簡易かつ迅速に犯罪事実を認定し、処罰するシステムとなる点で31条、32条及び37条に違反すると考える。

辻 惠君(民主)

  • 司法改革の思想を端的に表すのは、司法制度改革審議会の会長である佐藤幸治教授の「国民を統治される客体から統治する主体に変える」という言葉であると考える。しかし、このことは、改革の名の下に、「国家からの自由」を国民に保障するという憲法の本質を変容させ、国家と国民を一体化させてしまうことを表しており、強い危惧を感じる。

倉田 雅年君(自民)

  • 裁判員制度については、被告人が「裁判員制度による裁判」と「職業裁判官のみによる裁判」を選択することができる制度もあり得る。施行までの5年間の動向を見ながら、検討すべきであると考える。
  • 死刑廃止については、若い頃は廃止論者であったが、年齢を経るに従って、理想としては廃止論に立ちたいということを理解しながらも、存置論に立つようになった。そのような私の考えの変化を思うとき、参考人の「死刑を廃止するか否かについては、刑罰の本質よりも、その機能に着目して考えるというアプローチもあり、死刑を廃止しても社会秩序を維持できるレベルに達した時点で廃止してもよいのではないか」とする意見に非常に示唆を受けた。

中山 太郎会長

  • 参考人が意見陳述の冒頭において「憲法調査会は9条ばかり議論しているイメージを持っていた」と述べたが、憲法調査会が、憲法について広範かつ総合的に調査を行っていることについて普及啓発が大切であることを感じた。