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平成十三年五月三十一日提出
質問第七七号

沖縄県島尻郡小禄村字大嶺の土地(旧日本海軍那覇飛行場用地・現那覇空港の一部)所有権回復に関する質問主意書

提出者  白保台一




沖縄県島尻郡小禄村字大嶺の土地(旧日本海軍那覇飛行場用地・現那覇空港の一部)所有権回復に関する質問主意書



 遠藤和良衆議院議員が平成十二年十月五日提出した質問第八号「沖縄県島尻郡小禄村字大嶺の土地(旧日本海軍那覇飛行場用地・現那覇空港の一部)所有権回復に関する質問主意書」の答弁書(内閣衆質一五〇第八号 十一月二十一日付)に対し、幾つかの疑問点が出ました。従って、次の事項について質問する。

一 「第二次世界大戦突入後(昭和十六年以降)、旧日本海軍那覇飛行場の拡張による土地収用の経緯について明らかにされたい。」との質問に対し、答弁書は、旧国家総動員法に基づく収用ではなく私法上の売買契約によるとしている。しかし、契約に応じなければその当時の戦時体制化の情勢から地主(住民)は、国に対し協力しない「非国民」のレッテルを貼られることを最も恐れ収用に応じたのである。その時は「戦時」であり「非国民」にはなりたくないとする地主の葛藤があった。「戦時体制下で収用された土地について」当時のこうした背景であった情勢を見落としてはいないか明らかにされたい。
二 「昭和十六年から十九年にかけて収用された旧日本海軍那覇飛行場用地の土地代金の具体的な支払いについて明らかにされたい。」との質問に対し答弁書によると「・・・旧海軍の資料等によれば、旧海軍は当該用地の買収を旧沖縄県知事に委託し、・・」とあるが、「旧沖縄県知事に委託し」たその事実を示す根拠を明らかにされたい。昭和十六年から十七年に行われた旧日本海軍那覇飛行場用地の収用と昭和十八年から昭和十九年に行われた収用には、違いがある。何故なら旧日本軍の戦況悪化により急速軍備拡充による飛行場用地の接収であった。特に昭和十八年以降について「私法上の売買契約」を示す根拠、並びに「旧沖縄県知事に委託し」たその事実を示す根拠を明らかにされたい。
三 答弁書で示す「大蔵省報告書の 2、代金の支払について」では「既に述べた通り、直接の戦闘が行われた沖縄本島及び伊江島においては、代金の支払いを示す直接的な資料は発見されていないが、宮古島及び石垣島においては領収書等が相当数発見されているほか、旧軍・海軍用地の取得に当たり正当に契約し代金を支払ったという陳述及び資料もある。これらの事情から判断すると当時の取り扱いは次の通りであったと考えられる。すなわち、旧海軍は旧沖縄県の吏員に出納官吏を兼務させたうえ当該吏員から、旧陸軍はその担当官から、代金の受領代人の市町村長に支払い、市町村の吏員が地主各人ごとに支払いを行ったものである。」としている。代金の支払について、沖縄県は旧日本軍接収用地調査報告書(調査時期 昭和五十一年八月から昭和五十二年六月までに実施)を昭和五十三年三月に提出している。それによると、地代・補償金等の受領では、地主数三五八名のうち「受け取っていない」と回答しているのが二四〇名、「わからない・不明」が一一八名とされている。「大蔵省報告書」の中のアンケート調査(昭和四十八年六月から昭和五十二年十二月実施)では、事情聴取者数が旧那覇飛行場の地主はゼロ、アンケート回答者数二八九人となっている。アンケートではなぜ事情聴取が「旧那覇飛行場だけゼロ」になっているのか、またアンケートでは土地の売買契約に関する設問項目があったのか、どういう回答内容であったのか、明らかにされたい。
四 「沖縄県の行った調査報告書」と「大蔵省報告書」とは明らかに相違しているが、その違いを財務省はどのように認識しているのか明らかにされたい。
五 沖縄県以外の都道府県において、旧那覇飛行場とほぼ同様な時期(昭和十八年・昭和十九年)に旧日本軍が飛行場の拡張や新設を目的として買収した「土地」について、「戦前どのような方法で収用し」、「戦後(昭和二十年以降)どのような方法で終戦処理あるいは戦後処理が行われたか」具体的な事例をもって明らかにされたい。

 右質問する。



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