質問本文情報
令和六年十一月十一日提出質問第四三号
厚生労働省が説明する「百六万円の壁」の不存在と「週二十時間の壁」に関する質問主意書
提出者 尾辻かな子
厚生労働省が説明する「百六万円の壁」の不存在と「週二十時間の壁」に関する質問主意書
政府は、「年収の壁・支援強化パッケージ」をはじめとした厚生労働省ホームページ、政府資料等のなかで短時間労働者の「年収の壁」として「百六万円の壁」があると説明している。これは、被用者保険の適用拡大の対象となる五つの条件(@企業規模A労働時間B賃金C勤務時間D短時間労働者の条件(学生ではない))のうち、B賃金について「お勤め先の企業規模によって、健康保険・厚生年金保険への加入義務が発生する年収」として表現されているものである。
一方、森屋隆参議院議員の質疑(令和五年三月十三日、参議院予算委員会)のなかで、「○森屋隆君 百六万円の壁とは何なのか。○政府参考人(橋本泰宏君) 一定の要件を満たす短時間労働者につきましては、健康保険や厚生年金の対象、すなわち被保険者ということになるわけでございますが、要件の一つとして月額賃金が八・八万円以上であるということが求められております。これが年収換算いたしますと約百六万円ということになります。この要件を満たした場合には、被用者保険の適用によりまして給付面での保障が厚くなる一方で、医療保険料等の負担が生じ手取り収入が減少することから、いわゆる百六万円の壁というふうな呼ばれ方がされているものというふうに承知いたしております。○森屋隆君 基本給と諸手当が月額で八・八万円ということで適用基準だということかと思います。したがって、その百六万円というのは、便宜的というか、十二か月ということで百六万円と言っているんだと思うんですけれども(略)この八・八万円には残業代も含まないということでよろしいでしょうか。○政府参考人(橋本泰宏君) 今申し上げました要件の一つである八・八万円ということにつきましては、雇用契約を結んだ時点におきまして、週給ですとか、日給ですとか、時給ですとか、こういったものを月額に換算して、残業代等を除いた所定内賃金の月額が八・八万円以上であるかどうかということで該当するか否かを判断することになりますので、残業代等は適用要件の判断に際して考慮されません。○森屋隆君 この百六万円の壁という言い方が、まあマスコミもこの百六万円の壁ということで報じました。(略)この百六万円というのは意味がないものであるということでよろしいでしょうか。○政府参考人(橋本泰宏君) 先ほどお答えいたしましたように、残業代等々は適用要件の判断に際して考慮されませんので、一時点におけるシフトや残業によって八・八万円以上となった場合でも適用要件を満たすことにはなりませんで、御指摘のような、例えば年末におけるシフトや残業による調整というものは適用要件の判断に影響を与えないということでございます。○森屋隆君 百六万円の壁が存在するかのように今ちょっとなっているような状況がありますから、是非この制度の正しい周知に総理努めていただきたい。○内閣総理大臣(岸田文雄君) 今厚労省から答弁させていただいたように、これ、残業代等は含まれないということ、それからこのシフトや残業等を考慮するものではないということ、これはそのとおりだと思います。ただ一方で、これ、雇用契約を結んだ時点で、月額賃金八・八万円というこの数字、これを意識しなければならない。要するに、年末等でその収入が増えていって調整するというんじゃなくて、雇用契約を結ぶ段階でこれを超えるかどうか、これは考えなければならない、その時点で就労調整が起きる、これは十分考えられるんだと思います。こういう制度であるということを正確に説明することは大事であると考えます。」というようなやり取りがある。
また、辻元清美参議院議員提出「今後の経済見通しや政府が「百六万円の壁」と説明してきたことの正当性及び年金額の変動等に関する質問主意書」(令和四年十一月三十日提出)に対する答弁書でも、「雇用契約時の所定内賃金が八・八万円未満であって、かつ時間外手当や賞与などを含めた年収が百六万円を超えた場合、複数事業所で働いている労働者について、それぞれの事業所との雇用契約時の所定内賃金が八・八万円未満であったものの、両事業所から受け取った所定内賃金の年間合計が百六万円を超えた場合については「賃金による適用除外要件に該当する」」と答えている。
こうした質疑が積み重ねられてきたにもかかわらず、直近でも「百六万円の壁」の撤廃が検討されているといった次の報道が見られる。
報道@「厚生労働省は、会社員に扶養されるパートら短時間労働者が厚生年金に加入する年収要件(百六万円以上)を撤廃する方向で最終調整に入った。勤務先の従業員数を五十一人以上とする企業規模の要件もなくす。週の労働時間が二十時間以上あれば、年収を問わず加入することになる。」(共同通信、令和六年十一月八日)
報道A「制度改正が実現すれば、保険料負担が生じる「百六万円の壁」がなくなる一方で、「週二十時間」が壁として残り、賃金水準によっては手取りの減少につながるケースも出てくることになる。(略)近年は最低賃金が上昇し、週二十時間程度働いた時点で年収百六万円を上回るケースが増えていることが背景にある。これにより、約二百万人が新たに加入対象となる見込みだが、実際は労働を週二十時間未満に抑え、加入を避ける人が出てくる可能性もある。」(読売新聞、令和六年十一月八日)
制度が変わるまでは、まるで「百六万円の壁」が存在しているかのような表現である。これは、これまで政府がミスリードしてきたことが原因であり、「百六万円の壁」などそもそも存在しないことを政府が明言しない限り、本年の年末年始にかけてもパート・アルバイトなどの短時間労働者に対して、雇い控えなどが発生するリスクがある。
また、報道@Aなどでも、たとえ賃金要件が撤廃されたとしても、今度は「週二十時間」が壁となる可能性が指摘されている。ここでも誤解がないよう、残業などの取扱いについて政府の見解を明らかにする必要がある。
したがって以下、質問する。
一 「百六万円の壁」は存在せず、あるとすれば雇用契約時の「月額賃金八・八万円の壁」である。この認識は正しいか。
二 したがって、「百六万円の壁」を理由に事業者が残業を控えさせる、働き控えを勧める、または短時間労働者が年収百六万円に至らないように働き控えを行うといったことは適切か。政府の見解を明らかにされたい。
三 政府自身が、マスコミや事業者、短時間労働者の認識をミスリードしているという認識はあるか。
四 ミスリードをなくすためにも、「年収の壁・支援強化パッケージ」をはじめとした厚生労働省ホームページなどの政府の発信のなかで、「百六万円の壁」といった表現をやめるべきと考えるがいかがか。政府の見解を明らかにされたい。
五 現時点で、「月額賃金八・八万円以上」「二カ月を超えて働く予定がある」「学生ではない」などの要件を満たしていても、週の勤務時間が二十時間未満であれば、被用者保険の加入対象にはならない。この場合、雇用契約時の所定労働時間が二十時間未満であって、繁忙期の残業等によって一時的に労働時間が二十時間以上となった場合、被用者保険加入の対象となるか。年末年始の繁忙期が近づいており、ミスリードによる「働き控え」「雇い控え」がないように、政府の見解を明らかにされたい。
六 報道@Aに関連し、以下について政府の見解を明らかにされたい。
1 これらの報道の意味するところは、被用者保険の適用範囲を決める賃金要件「月額賃金八・八万円以上」が撤廃される検討がされているということで間違いないか。
2 これまで短時間労働者の賃金については、賃金要件「月額賃金八・八万円」によって抑制されるケースがあった。しかし、この賃金要件が撤廃されれば、賃金上昇の政策効果があるという考えを政府はもっているか。
3 これまでは、たとえ「週二十時間」以上働いていたとしても、賃金要件を満たしていなければ被用者保険の加入対象にはならなかった。賃金要件がなくなることで、新たに加入対象となるのは何人程度と見込んでいるか。
4 報道Aが指摘するように、
ア 「週二十時間」未満に抑えるため、「働き控え」「雇い控え」が起きて人手不足がさらに加速する可能性について政府は想定しているか。
イ 賃金上昇を伴わない労働時間の減少は、手取りの減少につながると考えるがいかがか。
ウ これらの懸念について、政府はどのような対策をとるつもりか、現時点での考え方を明らかにされたい。
右質問する。